24幕 ヒロインの服とは
「ふむふむ、このような形で良いでしょうか? 少し変わったスタイルですが、ドレスともフォーマルな服としても使える良いセンスですね、お嬢様」
ブティックの店長さんであるハイネ・ブラドーはカナタが伝えてきた内容をざっと絵にしてみせる。さすがは人気店の店長さんだけあって、鉛筆を手に取ると、淀みのない動きでサラサラと描いてみせる。
ラフ画とはいえ、カナタの想像通りに描いてくれて、感心するしかない。
「へー、こういう服がカナタお嬢様はご希望ですか。とっても可愛くて良いと思いますけど、この服に合わせる小物は難しそうですね。ちなみに私はこの換金しやすいララのブランドバッグを買いたいと思います」
横から覗いてくる天音も肯定的な意見で、この服を着て品がないと蔑まれる可能性は低そうだ。あと、そのとんでもない金額の値札が貼られているバッグを買うのは必要なの?
「まーちゃんはドーナツしゅき。ほらほら、見てみて、まーちゃんよいこだから、3つ目はがまんしゅるの。ままにおみやげにしゅるんだよ」
そして、テーブルに置かれたドーナツにしか興味を見せない幼女は、よだれを垂らしてじ~っとドーナツを見ています。気の毒だけど夕飯が食べられなくなるから、もう食べたらだめだよ。
そっとドーナツの乗っているお皿を横にずらして、ハイネに向き直る。
「僕の想像していた通りの服です。これでお願いします。えっと、どれくらいで出来上がりますか?」
そろそろ聖女演技も疲れてきて、ぐたっとなる美少女である。正直言うと、ここらへんは編集でカットされそうだから、演技の必要性がないように感じる。
演技をしないとだらけて、溶けたスライムのようにドロリとソファに寄りかかる。演技やその準備には気合を入れて頑張るけど、普段はこんなもんである。前世では普段気をつけていたのは、清潔なところぐらいだ。
フルオーダーなんて頼むどころか、頼もうと考えたこともないけど、実際どうなんだろ? 2週間くらいかかるのかな?
一着をパターンを使わずに一から作る時間など分からないけど、だいたいそれくらいだろうと予想をしたが━━。
「特別超特急とのことなので、今すぐに出来上がります」
「? 今すぐ?」
聞き間違いをしたかな? 今すぐとか聞こえたよ?
後から思うと、5年間もこの世界で生きてきたのに、まだこの世界が前世地球と同じと思っていた。コンビニやレストラン、サラリーマンに自動車とスラム街を抜けると、ほとんど前世地球と変わらない光景だったからだ。
「はい。私の固有魔法にてお作りします」
だから魔法という力がどんなに凄いかを、生活に密接しているかを今日初めて知ることとなった。だってマトモな魔法を見たことがなかったんだもん。
なにをするのかと見ていると、ハイネは部下に指示をすると、色鮮やかな布切れや糸、それに水晶にも見える魔石を持ってこさせる。
魔石。モンスターの中にたまに存在する胆石みたいに魔力が石となって固形化されたものだ。ゾンビを倒しても、1ミリにも満たない魔石があることがあるが、それでも1ドラはした。それが3センチくらいの大きさだ。
スラム街では、あの魔石を巡って、血で血を洗う争いが起きていた。たった1ドラでも、スラム街の住人にとっては、大金であったのだ。たまに大きな魔石が見つかると、死で死を洗う争いにまで発展していた。僕はといえば、巻き込まれないように遠い部屋の隅っこにプルプル震えて隠れていたものだ。
そんな時には宝石よりも価値がある魔石だが、惜しげもなくハイネさんは手に取ると魔力を込め始める。
「魔力よ、我が頭に眠る想像を現実と化す力を与え給え。触媒を元に世界を歪めよ」
朗々と詠唱を紡ぎ、魔石を乗せる手を掲げたハイネさんの姿は、神へと贄を掲げて祈りを捧げる神官のようだ。その足元には魔法陣が描かれていき、触媒たる布やら糸に魔石から生み出された光の粒子が振り注ぐ。それぞれの触媒が溶けるように光の粒子に変換されて、宙に集まっていく。
「成せ、成せ、成せ」
『衣服製作』
一際輝きが明るくなると、集まった光が描かれていた衣服に変わっていった。本来、フルオーダーなら一カ月は優にかかる製作期間が一瞬で終わるのは驚きだ。
「おぉ、こんな簡単に魔法で衣服が作れるなら、デザイナーは失職しますね」
フルオーダーなら上等な布を丁寧に手縫いで製作するのが当たり前だと思ってたけど、こんな便利な魔法があるなんてね。
「お嬢様、あの魔法を使うには数万ドラの魔石が必要なんです。しかも想像を現実化するには、正確に思い描かないといけないので、失敗する可能性が高いんです。成功する製作者は、服飾業界でもハイネさんぐらいですよ。なので超特急料金は軽く数万ドラします」
こっそりと小声で教えてくれるメイドさん。なるほど、世界は資本主義の理で動いてるんだね。魔法にもお金の壁が存在したんだ。この世界は本当にゴミだな。
パアッと光が満ち溢れて、その後にテーブルにふわりと花びらのようにゆっくりと落ちてくる。
「完成いたしました、こちらが製作した服となります。試着して頂きよろしいでしょうか?」
多少得意げな笑みでハイネさんはピシッと決まった動作で礼をすると、砂糖でベタベタの手で触ろうとする興味津々の幼女から服を退避させる。
「さすがは人気店の店長さんです。危機管理もバッチリなんですね。そのプロの動作はためになります」
「幼女から服を逃がしたくらいで褒められるのもモヤモヤしますが、お褒めの言葉ありがとうございます。後これはプロの動作とは無関係なので、魔法の力を褒めて頂けると嬉しいです」
ポケットから取り出したクッキーで、服からクッキーに幼女の興味の対象を変えながら苦笑するハイネさん。どう見てもプロの動きなのに違うらしい。
「では試着させて頂きますね」
「はい、この服はわずかながら魔法強化も付与されて、ご満足頂ける自信の逸品だと自負しております」
おぉ、魔法付与までされているとは、さすがは人気店。どのくらいのレベルかさっぱり分からないけど、とりあえず感心しておくと、カナタはニコリと微笑むのであった。
◇
「素晴らしい出来ですね、お嬢様! アクセサリーなどの小物も買い込んでおきましたが、ブティックに置かれている程度の装飾品ではその服には似合わないかもしれないので、後で宝石店に参りましょう」
「褒めてくれてありがとうございます。でもこのお店のアクセサリーも買い込んだんでは? その紙袋にたくさん入ってますよね?」
着替えたカナタを拍手をして褒めてくれるメイドの天音さん。だけど、セリフと行動が合っておらず、両手に大量に紙袋をぶら下げている。その中身はメイドの選んだ服と、アクセサリーだ。
「はい、右から左までこれらを全部くださいと、さっきかっこよく買い物をしました。ぴしりと人差し指を突きつけて、それはもうかっこよく」
ピシッと人差し指を天に掲げるメイドさん。
「そのシーンを僕から奪ったメイドさんがいたらしいですよ? 換金しやすそうな小さな宝石が付いている目立たないアクセサリーを中心に買い込んでたよね?」
「そんな不遜なメイドがいるなんて酷いことですね。私が排除しますので全権を私にお任せくださいませ」
「迷宮入りが決まった瞬間だ」
このメイドさん、天音秋葉という名前だっけ。即席の課題で漫才ができるとはなかなかのポテンシャル。
「もしかしなくても、この人は『キーマン』ではなくエキストラです。単なるメイド役の人ですよ」
僕の予想をぶった切るセイ。そっか、ワンチャン、僕と同じキーマンとして存在する転生者だと思ったんだけどさ。
話は戻るが、カナタアマガミの服は完全に具現化していた。
神々しい縞下着、インナー上はピッチリと肌に吸い付くようなタンクトップ。ミニスカートを穿いて、上着は着物にも似た草花を模した意匠の入った羽織りだ。カナタが着ると少しエッチな小悪魔天女のようなイメージを与えてくれる逸品である。
ぶっちゃけ、オタク受けしそうなコスプレに近い服装だけど大御所たちが決めた服装なのだ。
その効果は、飛んだり跳ねたり、少しの動きでも神々しい縞下着が見れる付与能力が付いてます。撮れ高が取れると決められたのだ! 少しエッチな服装は美少女に必須らしいよ!
大御所の命令は神の命令。これも耐え抜くしかないのだ。少し虚ろな瞳なのは、哀れに思ってスルーしてほしい。
お買い上げありがとうございましたと、ハイネさんたちの見送りを受けて、僕たちはリムジンに乗り込む。
「ぶっちゃけ換金可能な物を集めているのは、ご当主様のご様子が元に戻ったからなんですよ」
天音さんが対面に座ると、備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出す。
「元の優しい性格に戻ったんなら良いんじゃないの?」
クオーンは元の英雄と呼ばれた性格に戻っているのだから問題ないんじゃないのと、カナタが不思議そうに怪訝な顔を向けると、意外なことを言われたとばかりに困った顔を向けてくる。どうも知っていて当然の一般常識っぽいな。
「ええとですね、私たちには言い伝えがあります」
「言い伝え?」
「はい。悪ガキが記憶喪失になって立派な性格になったり、役立たずの無能な人がパーティーを追い出された後に急に強くなったり、婚約破棄された後にモテ始めたりと、普通ではないことが起きた場合、周りの人たちは職を失ったり、財産が尽きたり、最悪死んだりすることが多いんです。なので、人々はこういったことが起きると、巻き込まれても被害を最小限にするように逃げる用意をしたりするんですよ」
「とっても説得力のある言い伝えを教えてくれてありがとう」
この世界は劇の世界だ。人々はキーマンの巻き起こすイベントにエキストラが巻き込まれることが多いのだが、さすがは現実の世界。エキストラたちも順応して対応策を用意してあるのね。
なんというか理不尽さにも適応する人間の凄さをヒシヒシと感じるよ。
「えっとですね……ほら、こんなふうに何かが起きるんです」
通過する窓の外に天音が向けると、いつのまにか街の中を走っていたのに窓の外は真っ白だった。
「わー、きりだお。まーちゃんしってゆの、これってきりっていうんだよ、しってゆ? しってゆ?」
まーちゃんは大喜びでペチペチと窓を叩くけど、たしかに霧だ。まだ、昼も最中で夕方まで時間もあるし、霧が発生するような環境でもない。しかも一寸先も見通せないほどに濃い。
そうして、戸惑っているカナタたちを他所に、リムジンがゆっくりと停車する。
「運転手さん、なんで車を停めたんですか?」
敷居のある運転席をコンコンと叩くと小窓が開き━━。
「アァァァァァァ」
腐って顔半分が溶けているゾンビが錆びたブリキ細工のように振り向くのであった。




