23幕 洋服の買い方
ガラス張りのドアを開けると、そこには綺羅びやかな服が並んでいた。眩しくて、元貧乏人はユーターンしたくなるよ。
前言撤回。前世と違うのは洋服にも表れている。なにせパーティーに出るようなドレスだらけなのだ。まるで中世ファンタジーのセンスである。あの膨らんだスカートは中に針金が入ってるんだっけ?
「あの、ドレスだらけなんですけど、外に出歩いている人たちは普通の洋服でしたよね?」
「本当にお金持ちの方は車で移動するので、外を出歩かないんですよ。皆様、ドレスが普通であり、それこそが高貴な身分を示してるんです」
ビビリな美少女は、こそっと小声でメイドさんに聞くと、恐ろしい返答がきた。こんな綺羅びやかな服装が普段使いなの? とっても嫌なんだけど。貧乏よりも金持ちの方が嫌になるとは思っても見なかったや。
「私も普段着でドレスなんて嫌ですけど、TPOとか言うのを貴族の方は気にしないといけないらしいですよ」
「コルセットは流行ってないよね? 僕はヘルニアにはなりたくないんですけど。ジャージとかではダメなんでしょうか? あ、聞かなくても、その梅干しを食べたような顔で答えはわかりました」
仕方ない。ドレスが必要なら動きやすいやつをできるだけ選びますか。
━━って、そんなわけないですよ!!!
「フルオーダーで作りましょう。か、考えている姿はあるんです」
少しどもっちゃうけど、着る予定の服があるのだ。━━僕が考えたわけではなく、大御所が考えてくれたので、センスはバッチリのはず!
教えてくれた時に、ニヤニヤと笑っていたけど大丈夫だよね? からかっているわけじゃないよね?
自信と畏れが半々に心に宿る美少女は、子猫が初めて入るお家のように、おどおどと足を踏み入れるのであった。
演技をしていないときは、結構小心者のカナタである。
◇
「いらっしゃいませ。ご予約はお有りでしょうか?」
キラキラと光るシャンデリアの下で、服が並んでなければ宮殿かと思えるような店内に入ると、丁寧に礼をしてくる中年女性。ニコリと笑う顔は人が良さそうで、服もフォーマルだけど、布が上等そうな雰囲気の服を着慣れた感じで着込んでおり、いかにも華やな仕事に就く者といった感じを与えてくる。立ち方も堂々としていて自信が垣間見えるので、後ろに立つ他の店員さんたちとは一線を画しているな。
「はい。予約したシン家の者です。今日はお嬢様に相応しい服をと思い、お伺いしました」
(ここは予約が2ヶ月先まで埋まっている人気店なんですよカナタ様。今回はお金を積んで予約をもぎ取ったんです)
こっそりと小声で教えてくれると、店員さんに合わせて、メイドさんが一歩前に出るとカナタへと手を向ける。
「ようこそ、シン家のお嬢様。私は『ナイセース』の店長をしておりますハイネ・ブラドーと申しますわ。失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、僕はカナタ・アマガミと申します。本日はよろしくお願いしますねハイネさん」
緊張をほぐすために、カナタも息を軽く吸うと、ニコリと微笑み挨拶を返す。
「あたちは、んと、マミ・日堀っていうおなまえでしゅ。4歳でしゅ! およーふくいっぱいだね! まーちゃん、なににしようかなぁ〜」
物怖じしない幼女も元気いっぱいにお手々を持ち上げると、指を4本立てて人懐っこそうにニカッと笑う。
「私は天音秋葉です。お嬢様の専属召使い兼護衛をしている、給料が兼業なのにそこまで高くないなぁと、この職場はブラックではないかと思い始めている花薫る美少女15歳。彼氏彼女は今はいない孤独なメイドです」
なぜか主人よりもアピールタイムが長いメイドの天音がグイグイとくる。
「ご予約は承っておりますわ。本日は私のお店にようこそいらっしゃいました。お嬢様方が満足していただける物を必ず用意できると自負しておりますわ。では、こちらへとどうぞ、ご案内いたします」
丁寧な物腰で、僕たちを奥へと案内してくれる店長さん。だが、歩きながらもこちらを横目でしっかりと確認してくるのを見逃さなかった。お客に不快を与えないために、本当に一瞬だが鋭い眼光を見せて、カナタがどんな存在かを見定めてきた。
カナタの服装は小綺麗にしてあるが古着のボロだ。見る人が見れば、最低レベルの古着だとすぐに分かる。貧民が懸命にお洒落をして来ましたといった感じで、この店に不釣り合いだと分かる。
事実、カナタたちの後についてくる店員には蔑みの笑みが浮かんでいる。これでも演技で食べてきたカナタだ。人の視線には敏感で、どんな感情で見てくるかある程度は分かる。
普通なら追い出されるはずの装いであるが、それでも追い出されないのは、シン家の予約だからなのだろう。貧乏そうな装いで、しかし貴族の名前で予約をとり、専属メイドもつけられている見たこともない美貌の美少女。どんな想像がされるのか興味があるね。寵愛を受けた愛人にしては若すぎて、隠し子にしては苗字が異なる。きっと頭を悩ましているに違いない。
「ではこちらにお座りください。すぐにアマガミ様たちに相応しい服をご用意いたします」
カナタたちがソファに座るようにを勧められると、ハンガーに吊るされたドレスを店員が持ってきて、お着替えの時間開始である。
━━というか、1人いてはおかしい子がいないかな?
「ふわぁ、まーちゃんね、まーちゃんね、こんなにおよーふくいっぱいきるのはじめてだお。ワクワクしてりゅ、カナタおねーたんもワクワクしてりゅ?」
母親を助けてから、すっかりとカナタに懐いたマミちゃんが、お目々をキラキラと目を輝かせてドレスを見るとカナタをユサユサと揺らす。むふーむふーと鼻息荒く、お着替えする気満々で、その癒やされる笑顔に頭を撫でちゃうよ。
「でも、どうしてマミがここにいるの!? え、テレポートとか?」
「え? 車に乗っていたじゃないですか。カナタさん、気づいていなかったんですか!? ほら、リムジンで小さい冷蔵庫を開けて、ジュースを飲んでいいのかなって聞いてきたじゃないですか?」
セイの呆れた声に、車の中でのことを思い返し━━。たしかにジュースを飲んでいいよと答えてるや! え、無意識の行動なわけ? 思い返さないとまったく記憶になかったよ。たしかにお出かけしゅるなら、あたちもあたちもと、一緒についてきていた!
VIP扱いのようで、待っている間にテーブルにコーヒーとクッキーを置かれていたが、お口を開けて、モキュモキュと頬張る幼女。なんというか、風景に同化するかのように不自然さを感じさせない。
「このクッキーおいちいよ? カナタおねーたんもあ~ん」
カナタの視線に気づいて、ちっこいお手々に掴むクッキーを差し出してくる。サクサクした食感が良くて、たしかにこのクッキーは美味しいね。クッキーって、高級な物はびっくりするほど本当に美味しいんだよ。
「んん? その反応を見るに、この幼女は何かしらの認識不具合を引き起こす固有スキルをお持ちのようですね。小生にはあらゆる物理的、魔法的な効果は与えることができませんので、幼女のおかしさに気づけました。そうですね……そこにいてもおかしく思わない能力、ぬらりひょんとか? いえ、それだと可愛くないので、『座敷幼女』という能力が良いかも」
「なるほど、たしかに母親にしがみついてスラム街の死体捨て場についてきたのはおかしいと思ってたんだ。普通は無理やりでも引き剥がすもんね。この能力があるから、引き剥がされなかったのか」
座敷幼女とは、やけに可愛い名前をつけるセイだが、その能力については納得だった。スラム街で生き延びることのできる能力持ちだったわけだ。
「悪用がいくらでもできそうな固有スキルですね、この幼女が育った後に伝説の暗殺者とか呼ばれるようになっても、小生はまったく驚きませんよ」
「もうそんなルートは存在しないので残念でした」
もしもあの時に助けていなかったら、そんなルートも存在したのかもしれない。幼い伝説の暗殺者。殺そうとした主人公に負けて仲間になるストーリーとかね!
まぁ、オープンワールドのゲームとかではストーリーが変わるのはよくあるよ、うん、だからもしも神が用意していたストーリーでもカナタは悪くない、悪くないよ!
すくすくと成長をしておけば、悪堕ちルートはないだろうと、幼女の頭を撫でながら平和なストーリーに変更させたことを忘れるカナタである。
「アマガミ様、ではこちらをまずは着ていただいてよろしいでしょうか?」
店長さんが差し出してくるのは意外なことにドレスではなく、キュートな感じの普通の洋服であった。
「全てお似合いですよ、アマガミ様」
フェミニン、カジュアル、モードと次々と種類の違う服を店長さんは持ってきた。ドレスではなく、普段使いのできるものばかりだ。
「うーん、カナタ様の美貌は何を着ても似合いますねぇ。ガーリーな服装もよいですけど、しっかりとしたモードも似合いますね。男受けするなら、セクシーな路線が良いと思いますけど、幼さからくる可愛い感じもあるんですよねぇ」
なぜか主人よりも早く自分の服を決めた天音が悩んだ顔でクッキーを齧る。おかしいな、この世界ではメイドさんの服も主人と一緒に買うのかな?
「まーちゃんはたくさんリボンやフリルのついたこのふくがしゅき! えへへ、にあう? まーちゃんにあう?」
幼女は無邪気な笑顔で、くるくるとスカートを花のように膨らませて回転して見せる。たしかにマミちゃんによく似合って可愛らしいけど、すぐに汚して泣いちゃいそうでもあるな。
「うーん、たしかになにを着てもお似合いでありますわ。まさに天から降臨した女神のような美しさですので」
これもあれもと、店長さんも店員さんも、羨望の眼差しで勧めてくる。━━もう3時間は着替えをしているし、似合うとその場で天音が購入していくので、洋服はどんどん積み重なっていた。
「えっと、ドレスは買わなくてよろしいのでしょうか?」
ドレス中心で過ごすのが貴族と聞いたよ?
「アマガミ様は普段外に出て活動的に動く方と思いまして。ドレスよりも普段着が良いかと思いましたが違いましたでしょうか?」
「いえ、それならば問題はありません」
さすがは人気店。僕の現状をある程度は推測した模様。こっちもドレス中心でなくて助かったよ。
「それじゃ、フルオーダーで一着お願いできますか?」
なら、安心してフルオーダーを頼むとするかな。市井の聖女に相応しい洋服をね。




