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悪役に応募した三流役者。異世界での雇用でした  作者: バッド
一章 始まり

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21/53

21幕 スラム街から抜け出す者

 ━━1週間後。


 クオーン・シンの息子が回復したことは、屋敷の人々に衝撃を与えた。当然だろう。クオーン・シンの息子がかけられた石化の呪いはバジリスクの上位であるバジリスクキングの呪いだ。その呪いは解除不可能とも言われており、誰もが回復するとは考えていなかった。


 昨今のクオーンの行状もおかしく精神を病んでいるのだろうと囁かれており、あと数年も経てば、クオーンの建てたシンの家門は没落すると噂されていた。


 しかし、息子は呪いが解呪されて、さらにはクオーン自身も往年のまともな精神へと回復したのだ。使用人たちが驚き慌てふためくのも無理はない。


 だが、使用人たちの顔は明るい。古くからの使用人たちは元に戻った当主に安堵し、新しい召使いたちも、最近のオークのようなデブで怪し気なことをしていると噂されていた当主が、見た目も凛々しく頼り甲斐のありそうで筋肉質な体躯の者へと変わったのだ。喜びもその表情には浮いていた。


「ふ~ん、クオーンの息子をグールが治したねぇ……」


 1週間前までスラム街の住人にまで落ちていたアーシャ・上野は、離れの屋敷の二階にて、窓枠に腰かけながら、使用人たちが忙しくしているのをどこか思い悩んだ目で眺めていた。


 クオーン・シンの噂はたびたび聞いている。曰く、シンオー家の落ちこぼれとして追放された者。曰く、鍛錬により達人の一人として名を連ねた男。曰く、たった1人でA級ダンジョンを攻略し、大金持ちとなった者、曰く、『大海嘯』にて無数の魔物たちを駆逐して、多くの人々を助けた者。


 曰く、息子を助けることができず、妻も失い精神を病んだ堕ちた英雄。見事なまでの成り上がりと堕ちっぷりだ。英雄譚として語られるのも分かる。その後に幸せに暮らしましたよりも、その後に悲惨な運命となりましたの方が人には受ける。凡百の成り上がりハッピーエンドよりも、悲劇的な泣ける話の方が記憶に残るのだ。


「でも、それも今日までなんだろうね。あたいとは違って羨ましいよ、まったく。でも、あたいも幸運が舞い降りたってことなのかな」


 自身のボサボサの赤毛をかきながら、アーシャは小さくため息を吐く。アーシャはアーシャ・上野という貴族の中で、男爵家を賜る上野家の娘だった。だが両親を大海嘯にて亡くし、混乱のさなかで叔父に家を乗っ取られて3年前に追い出されたのだ。9歳という歳で頼れる人が誰かもわからないため、スラム街に落ちてよくぞ生き残れたと自分でも思ってる。


 このままスラム街で生きていくのだろうと思ってたのに━━。


「姉御、ほら、ぼーっとしてないでお掃除手伝ってよ! ほらほら、あんな小さな子まで働いてるんだよ!」


 ドスドスと荒々しい足音をわざと立てながら、仲間の一人が耳をつかんでくる。結構力が込められており痛い。


「いてて、わかったよ、わかったから耳を引っ張らないで!」


 この場所はクオーンに住居として与えられた離れの屋敷だ。10人くらいは楽々に住める個室や広い食堂もある大きさで寮にするのにぴったりの屋敷だった。


 ただ、ここ最近は使われていなかったため、埃が積もって汚れているために今は大掃除の最中だった。


「おそーじ、おそーじしゅるのよ〜、まーちゃんはおそーじとくいなのよ〜、ままにもほめられひゅのよ〜」


 はたきを適当に振り回して、キャッキャッと楽しそうに走り回る幼女。埃を舞わせているだけで掃除をしているようには見えないが、幼女なので誰も文句は言わなかった。見てて癒やされるし。


「ほらほら、まーちゃんは雑巾でこの棚を拭き拭きして綺麗にしましょうね」


「あいっ! まーちゃんのふきふきぱわーを見せたげるね。カナタおねーたんみたいに、ぴかーってひかって、ふきふきしゅるの」


 さすがに見かねた母親がはたきを取り上げて、雑巾を渡すと小さな棚に運んでいく。幼女は大はしゃぎで、棚によじよじも登って、拭き始めるが足跡が残っていくので、いつまでも拭き終わることはなさそうだった。


 幼女の母親である堀ちづると幼女の堀まみ。この二人も一緒に住めることになったのだ。捨てられた時には今にも死にそうだったのに、ちづるは今は血色も良く元気である。


 他の仲間たちも全員この寮に住めることになった。全部グールと呼ばれていたカナタのおかげだ。しかも━━。


「皆さん、身分証明書が作られましたよ。あ、ちづるさんとアーシャさんの分はないです。アーシャさん、身分証明書持ってたんですね」


 アーシャも掃除機で床を掃除していると、てこてこと一人の少女が入ってくる。ふわりと銀髪がなびき、空中にキラキラと光の粒子が光っているかのようだ。


 一目見て、誰もが声を失う美貌の持ち主は、眠そうにあくびをしながら、片手にカードの束を持っている。


 アーシャたちをスラム街から救い上げた救世主である美少女だ。綺麗ではあるが着ている古着が大きすぎて肩からずり落ちて、胸が見えそうで危ない。


 身分証明書と聞いて、皆が駆け寄るとカードを受け取り、ワッと歓声を上げる。


「みてみて! 私の写真が載ってるよ!」


「これなんて読むのかな? えへへ、身分証明書で良いんだよね?」


「これで私たちも平民地区に入っても殴られたり蹴られたりしないんだよね?」


「攫われることもなくなるんだよ。本当かなぁ、道を歩いていても大丈夫?」


 それぞれカードを見ながら、嬉しそうに話している。その内容は悲惨とも言えるが、それがスラム街の住人の現状なのだ。戸籍を持たない人には人権がないのである。


「これ、まーちゃん、まーちゃんだおね? ねーねー、カナタおねーたん、これまーちゃん?」


「はい。これはまーちゃんのお顔です。でもあんまり見てると、写真の中のまーちゃんが出てきて、まーちゃんと入れ替わろうとするから気をつけてくださいね」


「きゃー! まーちゃん、あんまりみません。ママァ、まーちゃんのみぶんしょーめーしょもってて〜」


「こらこら、からかわないの。大丈夫よ、まーちゃん、これは見てても偽のまーちゃんは出てこないから」


 真面目な顔で幼女に冗談を言う美少女である。母親が嗜めるので、クスリと微笑むいたずらっ子だ。同じ女として悔しいけど、その美貌からくる微笑みは同性でも見惚れるほどに美しい。


 まーちゃんがちっこいお手々に持ったカードをちづるに見せて嬉しそうに笑顔を見せているのをカナタは優しい笑みで見ていた。


 アーシャも人のことはいえないが、カナタも人が良い。ほとんど付き合いのないアーシャたちを助ける理由などないはずなのに、全員まとめて助けてくれるとは予想外だった。少なくとも今まで見てきた人間で、そんなお人好しは見たことがない。


 今日を生きれても明日は目を覚まさないかもしれないし、道を歩いていたら攫われて奴隷にされたり、何年も貯めたお金を盗まれたりと、悲惨な暮らしから救い出した。


 柔らかいお布団で寝れるし、食べ物も残飯を探したりせずに、毎日3食食べられる。それにここはスラム街とは比べものにならない安全さだ。


 皆がカナタに感謝をしている。しているが━━。


「なぁ、グール、ちょっと良いか?」


 アーシャとしては、少し疑問があるのだ。


「はい、なんですか? もしや新しい身分証明書が欲しいとかですか? 偽造は時間がかかりそうですので、要相談で━━」


「そんな身分がバレたら殺される危険な地位とかじゃね~よ。うちはそこまで力はねーし、見つかっても嫌がらせされるくらいだ」


 捨てられた時は9歳という幼さだったのでなにもできなかったが、今はもう少しマシだ。もう一度スラム街に捨てられることもない。


 というか、最初に偽造という言葉が浮かぶこの子はどんな思考の持ち主だよ。


「ちげーよ。ほら、グールって、酷いあだ名じゃん? それなのに反論もせずに、飄々と享受していたのは実はその美貌を隠すためだったのかなと思ってさ」


 グールというあだ名を持つカナタはそれはそれは酷い容貌を持つと噂されていた。火傷で顔の半分は焼けただれて、髪の毛もほとんど生えておらず、その体も骨と皮だけで、あだ名のとおりグールと言う名前が相応しいと。だからこそスラム街の連中に1人で暮らしていても狙われなかったのだ。

 

 だが、よくよく考えてみれば、噂だけで本当にそのような容貌かをアーシャは見たことがないことを思い出した。思い出したからこそ想像するのが、グールのような容貌は噂であり、本当はその美貌を隠すためだったのかもと。


 幼くてもその美貌なら確実に攫われることは間違いなかったからだ。


 キョトンとした顔でカナタはアーシャを見ると、なるほどと頷き、小悪魔みたいに笑みを浮かべる。


「それはヒ・ミ・ツということにしておきましょう。ただ、皆さんを助けたいと強く思ったときに、神聖魔法に覚醒したのです」


「嘘つけ、そんな都合よく覚醒できるなら、誰でも聖女になれるぞ」


「まぁ、嘘なんですけどね」


「なぁなぁ、ちづるさんを助けた時のポーションもそうだし、グールって秘密を隠してねーか? もしかして秘密組織の一員とかで、人々を救っているヒーローとか?」


 この美少女には秘密がある。その秘密がなんなのかアーシャは子供らしく好奇心を隠さずに聞く。秘密組織とかロマンがあり、かっこいい!


「そんな秘密組織があれば、私も入ってみたいものです。もちろん福利厚生は厚く、週休3日で賞与は1年分」


「そんなよい仕事、あたいもやってみたいよ」


 真面目な顔で淡々と答えるカナタ。その様子から嘘はなさそうだとがっかりするアーシャだが、彼女はなにか秘密が絶対にあると、いずれ教えてくれると良いなと思うのだった。


「まぁ、いっか。それよりも━━あたいたちをスラム街から助けてくれてありがとう。あのままだったら、抜け出すこともできずに死んでたよ」


 本心から礼を言い、アーシャは頭を下げる。アーシャだけではない、彼女は仲間たちも助けてくれたのだ。


「ふふっ、お気になさらずに。これからの仕事に役に立つと思いますし。私からも皆へとお祝いをを。神よ、この子ウサギたちに祝福を! 『浄化』」


 カナタが両手を翳すと、その身体から光が満ち溢れて、アーシャたちを、そして部屋を覆っていく。


 眩しさで目を細めるアーシャたちが光が収まったあとに周りを見ると━━。


「うわぁ、あたしピカピカになってるよ!」


「服も綺麗だ!」


「部屋も埃がなくなってる!」


 仲間の歓声が響く。たしかに埃だらけの部屋はピカピカの新築のようになっていた。


 なるほど、カナタは聖女のようだとアーシャも感心するのであった。

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― 新着の感想 ―
「みぶんしょーめーしょ」を噛まずに言えて、まーちゃんはすごい‼ お掃除魔法で汚れにとっての悪役に。
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