20幕 市井の聖女
死体の山が置かれている地下室。地下室の扉の向こうには権左衛門が待機していることを知っている。身体強化は五感を高めて、気配を探ることができるようになったのだ。アニメや小説の中でだけの幻想かと思ってたけど、熱感知器や動体感知器みたいに、どこに誰がいるか、狭い範囲だけどわかるようになって驚いているアマガミカナタです。
「本当に石化した息子を助けられるかは君にかかっている。あの戦いの中で君に出会えたのは祈りが通じたのだと私は信じておるのだ」
クオーンが柔らかな視線でカナタを見て言う。期待に応える事ができると、息子が救われると信じている顔だ。
殺したはずのクオーンがそこにはいた。幻覚などではない。本物の肉体を持ち、意思もある人間だ。
ブロンドに染まった白髪頭に、穏やかにして奥底に眠る鋭い目つき。190センチ程度の大柄の体格で、肉体は引き締まっており、まるで鍛えた鋼のようだ。戦う前のデブで醜悪な身体はどこにもなく、狂った精神も治っている。
クオーン・シン。落ちこぼれと呼ばれ家を追放されても、1代で平民から子爵にまで駆け上がって、私立アカデミーを設立した英雄である。そのことを『記憶閲覧』でカナタは知った。息子が石化し妻が死ぬという不幸が重なり、生贄魔法に手を出さなければ今も尊敬される男であったろう。
だが蘇生したわけではない。彼の持つ血統魔法『マリオネットドール』の力だ。
『マリオネットドール』は己の魔力を媒介に、自分の分身を創り出す魔法だ。ただの分身ではない。血統魔法と言うだけあって、その力は強力である。
自分の分身は本物の肉体と見分けがつかない。食事もできるし、血も出る。記憶は全く同じで、スキルも固有スキル以外は完璧に同じである。肉体の能力も全く同じで、視界や記憶を本体と共有することも可能。かつ一度創れば維持する魔力も必要がないチートなスキルだ。死を恐れない自身と同じ能力を持つ分身がどれだけ強力かは説明の必要はないだろう。クオーンは一体しか作れなかったが、本家は大勢の分身を作れるらしい。
弱点は魔力という名のガソリンが必要な点だ。分身の魔力は空っぽであるため、補給しなくてはならない。車は作れてもガソリンは必要という感じだろうか。全く同じ能力を持っても、魔力がなければ、身体強化も魔法も使えないからね。
ただ、これもなんとかなる。車にガソリンを溜められるように、魔力も分身に溜められるのだ。自身が魔力を回復しつつ、補給すればよいので、事前に作って補給しておけば、魔力量に不安はない。
その血統魔法をカナタは使えた。本来は使えないのだが、『マリオネットドール』の魔法構成は『記憶喰』と能力が酷似していたためだ。魔力を使い『記憶皮膚』により肉体を創り出すカナタの固有スキルを少し変えれば発動できた。
これは極めて幸運で、使えたことにカナタはお尻をフリフリ、両手をぶんぶん振って喜んだものだ。可愛らしい小柄な美少女が小躍りする光景は、動画配信しても良かっただろう。
ようは『マリオネットドール』は『記憶喰』の劣化版に近かったということだ。まだ慣れていないし魔力量も僅かなので、一体しか作り出せなかったが、充分だった。
しかも本来は自身の分身を作り出す魔法なのに、そこをクオーン・シンの記憶チップに入れ替えた。スキルも自身の一部であり、記憶チップを使用した肉体を創り出せるカナタだけしか使えない裏技と言えよう。
そうして、クオーン・シンの記憶と能力を完全に持つ分身が生まれたわけだけど……。
「愚かであった私に舞い降りた幸運の女神だ。息子よ、すぐに助けてやるから少し待っててくれ」
瞳を潤ませながら石化した子供を撫でるクオーン。その様子は演技ではない。そう、なぜかクオーン本人となってしまったのだ。違いは魂がないだけである。
(記憶や能力は幽体に帰属する。とすればこれも本物のクオーンと言って良いのかしらん?)
カナタは人間の記憶を完全に移したコンピューターは果たして人間と言えるのだろうかというような疑問に頭を悩ます。魂無くして、人間と言えるのかな? 自我があれば、ロボットにも魂があるとか、小説とかで読んだことがあるけど、この場合は魂が存在しないことをカナタは知っているのだ。しかも、カナタが解除すればクオーンは消えてなくなる。
(まぁ、今はこれで良いかな。気にすることはたくさんあるし、悩んでも答えは出ないだろうし。……クオーンの記憶を消すことが難しくなったけどね。息子が復活して、父親は消えましたは罪悪感あるし)
「……クオーン様、そろそろ浄化を行って良いでしょうか?」
コテリと小首を傾げて、クオーンへと問いかけると、クオーンは頷く。
「うむ、やってくれ。期待している」
「かしこまりました。では、祈りを捧げたいと思います」
その儚げな面持ちに相応しい大人しい少女に見せかけながら、カナタは床に膝をつくと、両手を組み合わせて目を瞑る。
その姿は神に祈りを捧げる敬虔な信者にしか見えない。
「カナタさんが何をするか、小生、ドキドキでワクワクしております。これが期待というものですか。分体である小生にとっては初めての感情です。何をするのでしょうか?」
ふよふよと浮いているセイが期待に目を輝かせて、カナタを見てくる。これはパフォーマンスであり、権左衛門執事長もドアの隙間から覗いているのを知っているからこその演技だ。
「細工は隆々、結果は御覧じろと言うやつですよ。ではいきます」
スゥと大きく息を吸い込むと、魂に眠る魔力を引き出していく。ゆっくりとゆっくりとF級しかない魔力を大切に無駄のないように身体に巡らせて、手のひらへと集める。そうして、脳内にインストールされた魔法を発動させるべく、魔法を構成させていく。
カナタの跪く足元から、黄金の魔法陣が描かれて、葉の生い茂った木を模倣する絵が描かれていった。
黄金の光によりカナタが照らされて、その様子を見るセイやクオーンも緊張の面持ちで見守る。
緩やかに風が巻き起こり、被っていたフードが取り払われて、銀髪がふわりとなびき、カナタの美貌が露わになる。神々しい黄金の光のもとで、幼き女神のような美しさを見せる少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「神よ、ここに哀れなる子マーモットがいます。魔の力により、その肉体を封じられた子マーモットをその偉大なるお力でお助けください」
朗々と紡ぐ言葉は、本当に天へと届きそうな天使の奏でる鐘のように、部屋へと響き渡り、魔法陣がこの言葉に応えるように、さらに光り輝く。
強烈な眩しさで、皆が目を細めて見守る中で、カナタは魔法を発動させる。
「神聖魔法『奇跡』」
『閃光』
『掃除』
セリフとは違う魔法構成が発動し、盲目になりそうな強烈な閃光が発すると、カナタを中心に黄金の花が咲くように光が部屋を覆っていくと、転がっている死体や骨のオブジェクトが光の粒子へと溶けていき、消え去っていく。全ての死体や骨がゴミと判断されたためだ。
そしてカナタは強烈な閃光で目を瞑っている皆の隙に手を翻す。
『ショップ、10万ポイントで上級状態異常回復ポーションを買います』
手品のように、小さなお手々にピストルタイプのポーションを取り出すと、石化している子供に銃口を向ける。
「息子さん、このアマガミカナタが聖女として、今お助けするのでご安心ください」
少女は不釣り合いな不敵な笑みで口角をつり上げると、引き金を引く。プシュと空気の抜ける音がすると、液体が細い針のように石化し子供に刺さり、その力を発動させる。
この街にて数人しか使い手がいないはずの上級神聖魔法の効果。呪いや毒、病気とその全てを回復させる強力無比な回復ポーションの力。定価で買うと一千万ドラ、その希少性を考慮すると数十倍の価値を持つ品物。
カナタは今回の仕事に賭けることにした。そのため、貴重なるポイントを10万ポイントも注ぎ込み、購入したのだ。
パァッと子供の身体が光り輝くと、石と化していた身体が元の肌色に戻っていく。瞳には生命が戻り、パチクリと瞬きをする。
「あ……ああ……」
細い声をあげると、子供はゆっくりと倒れていき、すぐにクオーンが支えると、脈や呼吸を確認し、安堵の表情となる。
「生きている。……あぁ、良かった、本当に良かった。ありがとう、ありがとう、カナタ嬢。息子を助けてくれて本当にありがとう」
子供を抱き上げて、クオーンは感涙し礼を言う。その様子は本物の人間のようだった。
「!?」
一瞬、クオーンの後ろに本物のクオーンが蜃気楼のように立っているのをカナタは見た。微笑みを浮かべて、感謝の念を視線に込めて。
『私は間違えた……。そして死して気づいたことがある。心をしっかりと持つがいい。この世界は残酷で、罪悪感を持たない理由は……』
蜃気楼のようなクオーンが片言を言うと、次の瞬間には消えていた。なにか忠告をしてくれたようだ。最後まで聞くことができなかったけど、とりあえず言いたいことは分かった。
(心をしっかりと持て……か。言われるまでもなく、僕は心を落とすことはありません。願いが叶う日まで)
魔力の残り滓がそよ風となって髪を靡かせる中で、カナタは微笑むのであった。
死体と骨のオブジェクトがうず高く積もる不気味にして恐怖の部屋はどこにもなく、今は綺麗な部屋だ。床に血の染みもないし肉片も転がっていないごく普通の地下室となっていた。
その光景はまるで強力な神聖魔法で浄化されたようにしか見えない。
本当は掃除魔法なんだけどね。ピカピカの部屋にするのにちょうど良い魔法です。
「ふへぇ、小生驚きましたよ! まさか、掃除魔法を使うとは! それにあの黄金の魔法陣や花の魔法効果は?」
興奮したセイがふんふんと鼻息荒く顔を近づけてくる。でもたしかに今のは神秘的で驚いただろう。なにせ、色々と使ったからね!
「『幻覚魔法スクロール』に『光源魔法スクロール』『閃光魔法スクロール』、『突風魔法スクロール』。計10000ポイントで買い込んだスクロールです。一回しか使えないのは残念ですけど、その効果はバツグンでしたね」
「たしかに! あの執事長は完全にカナタさんが凄腕の神聖魔法の使い手だと信じてますよ! 掃除魔法しか使えないのに!」
子供を助けるべく飛び込んできた権左衛門がカナタへ敬うように頭を下げてから、クオーンと共に部屋を出ていく。
観客が少ないのは残念だけど、ここから少しずつ噂を広めていけば良いのだ。
「『市井の聖女』が現れる。実は神聖魔法の初歩も使えない掃除魔法の使い手の詐欺師でした。これも悪役ですよね?」
クスクスと笑うカナタであった。




