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悪役に応募した三流役者。異世界での雇用でした  作者: バッド
一章 始まり

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19/53

19幕 クオーン・シン

 クオーン・シン家の屋敷は平民地区と貴族地区の境目にある平民地区側の物だ。その屋敷の広さは庭や訓練場を含めて50000坪。いかに地価の高い貴族地区側ではなく、モンスターの襲撃の際に防波堤として使われる平民地区側であっても、その土地の広さは平民地区側では追随を許さない異常とも言える広さであった。どれくらい広いかというと、東京ドームの半分あるといえる。


 シン家はアトランティス帝国を支配する高位貴族7家の中の1家であり、それならば納得するかといえば違う。これはクオーンが家の力を借りずに1代で作り上げたものなのだ。


 屋敷の執務室にて、当主であるクオーンの代わりに仕事をしていた執事セバスチャンは万年筆を机に置くと、疲れた顔でため息を吐く。白髪が混じり、老齢で皺がずいぶんと多くなった顔には疲労と落胆によりシワが寄っている。


「今日の当主様は、『浄化』に行っているのか。また貴族の子息から大金を報酬としてもらっているのでしょうな。あのような方ではなかったのに、なぜこのようなことに……」


 セバスチャンはクオーンがシン家の落ちこぼれとして捨てられた時から仕えている執事だ。クオーンはシン家の秘術『マリオネットドール』による自分の分身人形を一体しか使えないと家門から捨てられても、その才覚は非常に優れていると感じて付き従った。


 セバスチャンの予想通り、若くして鳥葬拳を師範レベルまで鍛えて、魔法の使い方の難しい回復魔法と高位攻撃魔法を習得し、ダンジョン攻略における大金を手に入れるといった偉業を達成した。


 そして、自らと同じように、貴族としては力不足の下級貴族や、魔法を学ぶ機会のない平民たちの子供を育てる私立アカデミーを建設した。


 そうして、よくできた奥さんと結婚し、子供も生まれて、裕福でもあり、人々からも尊敬される幸せな人生を歩んでいたのだ。


 セバスチャンはそんな主人を見守ってきて、誇らしく、鼻高々となっていたものだ。


「だが、それも5年前まで……。あの『大海嘯』さえなければ……」


 悔しく思い、手に持つ万年筆を強く握りしめる。


 『大海嘯』。数十年に一度、原因不明の事象であり、世界各地に突然現れるゲートから大量のモンスターが津波のように生み出されて、全てを呑み込もうとする災害のことをいう。世界各地ということは即ち街の中にも出現するということ。それは予兆は全くなく、皇族地区、貴族地区、平民地区と平等に出現する。


 恐るべき事象であり、その中でもクオーンは運が悪かった。いや、悪すぎたと言える。街中に出現するとはいえ、各地区には兵士が駐屯されているし、シェルターもある。裕福な者たちはさらに優先的に守られるし、被害が出てもクオーンレベルの財力を持ち護衛兵も雇っている者なら、建物に被害が出るくらいのはずであった。


 しかし、クオーンの屋敷に出現したモンスターは最悪の魔物たちであった。


 『バジリスク』。石化の視線を使う十メートル

はある巨大なトカゲのモンスター。その視線を受けて護衛兵は石化し食べられて、クオーンの妻も抵抗むなしく殺された。そして子息は━━。


 当時、アカデミーにいたクオーンは生徒たちを守るために戦闘をしており、屋敷にはいなかった。アカデミーのモンスターを駆逐し、屋敷に戻った彼は絶望と悔恨で、心を落としたかのように虚無の表情を見せていた。


 そうして、セバスチャンの誇りであるクオーンは変わってしまった。


「いずれ元に戻ってくださる日が来るのか……」


 二度とは戻ってこないであろう在りし日を思い返しながら、再び書類仕事に戻ろうとしたセバスチャンであるが、執務室にノックの音が響く。


「大変です、権左衛門執事長!」


 血相を変えた若いメイドが扉を乱暴に開けると飛び込んでくる。


「ノックをすれば勝手に入ってよいというわけではありません。それに私の名前はセバスチャン! 権左衛門と言う名前はかっこ悪いので捨てました!」


「そんな二つ名誰も呼んでませんよ、権左衛門執事長。それよりも大変なんです、大変! 権左衛門執事長、権左衛門執事長!」


 セバスチャン改め権左衛門執事長は額に青筋をたてて、煽ってくるメイドを睨む。天然系無自覚メイドは、その視線に気づかず、手をブンブンと子供のように振る。


「当主様がご帰還なさいましたが、痩せているんです! 激痩せで筋肉質でカッコいいオジサマになっていたから、私は最初偽物かと思って、この館の当主様はオークよりもデブで、ヒキガエルよりも潰れて醜い顔の持ち主です、詐欺には引っ掛かりませんと怒鳴りつけたんですよ。でも、げんこつを受けて、もしかして当主様かもと思って、権左衛門執事長の判断に任せようとこちらに来たんです」


 たんこぶができたんですと頭を差し出すメイドの頭を権左衛門も叩き、それから思い直す。このメイドが偽物と思った理由が思いついたのだ。


「君は二年前に雇われたんだったな。それなら知らなくても無理はない。当主様は三年前からある魔法を使うため激太りしていたのです。ですが激痩せしているということは……」

 

 この屋敷で、唯一クオーンのしていることを知っている権左衛門は青褪める。クオーンが激太りしたのは禁忌魔法である『生贄魔法』に手を出したからだ。殺した者の肉体の一部を脂肪として肉体に宿らせる『生贄肉体サクリファイスボディ』の力でオークよりも太り、その副作用か性格すら歪んだ。


 しかし、それが激痩せしたということは、死に瀕する攻撃を受けたということ。今や昔の面影もなく、非道な当主に変貌してしまったが、それでも忠誠を貫く権左衛門は慌てて立ち上がると玄関に向かう。


 普段とは違う荒い足音を立てて、権左衛門が玄関へと到着すると、そこには筋肉質の痩せた男性が立っていた。


「ん? 権左衛門か、どうにも天音が私だと信じてくれなくてね。困っていたところなんだ。私がクオーン・シンということを教えて上げてくれないか?」


 穏やかな声音で、その瞳が理知的で眼光鋭い中年男性は、口角を釣り上げて苦笑気味に言う。


「当主様!? いえ、元に戻ったのですか? いえ、元にとは失礼しました。ですが、その、コホン、いえ、どうなさいましたか? 服がボロボロではないですか!」


 強欲でその口調はねちゃりと粘着質であった声音の最近のクオーンとは違う、昔の人を助けるために動く立派なクオーンの頃を思い出し、ついつい本音が出てしまった。


 だが、そんなことはあり得ないとかぶりを振って、改めてクオーンを見ると魔法付与された鉄よりも硬い服は切り傷だらけで、血も滲んでいる。激戦があったということを如実に示していた。


「あぁ、これかい。浄化作業の時に異様に強いゾンビウォーリアが現れてね。ザコンたちも死に、学生たちも傷ついてしまったんだ」


「ザコン様たちが!? ザコン様はB級相当の剣士であるのに殺されたとは……。当主様は大丈夫だったのですか?」


「見ての通り、傷だらけだが、偶然にこの子に助けられてね。強い神聖魔法の持ち主だ」


 クオーンが体をずらすと、その影にフードを深くかぶった子供がちょこんと立っていた。ローブの隙間から垣間見えるのは汚れのない綺麗な服だが裾はほつれて、穴も空いていて古着に見える。貧民街の出身だろうか。ほっそりとしつつも柔らかな身体のラインから少女だと分かる。


 いや、それよりも回復魔法の使い手? クオーン自身も中級神聖魔法を使える凄腕なのに、そのクオーン自身が褒めるほどに?


 ということはまさか━━。


「あぁ、権左衛門の予想しているとおりだ。彼女なら私の目的を達成できるかもしれない。すぐに連れて行く」


「あの場所にですか? それならば少し散らかっておりますので、片付けを……」


 気が急いているクオーンに、慌てて権左衛門は制止しようと手を伸ばすが、そもそもここで立ち止まるようなら、クオーンは禁忌魔法に手など出さなかった。


「問題ない。私の弱みも見せて、彼女に信用してもらう予定だしな」


 権左衛門の引き留める声など無視して、少女を連れて早足で歩き出す。地下室に連れて行くつもりなのだろう。


 天音が首を傾げて、どこに行くのだろうと不思議そうにしているが、もしも失敗した場合のことを考えて処理の準備をしなくてはと権左衛門はこっそりと嘆息するのであった。


           ◇


 クオーンがしばらく歩いて、人気のない廊下の奥にある部屋の隠し棚に隠された階段を進むと地下室があった。


 薄暗い部屋で、蛍光灯が切れかかっているのか、点滅を繰り返しており、静寂さも相まって不気味だ。


 いや、不気味なのはその雰囲気だけではない。部屋を彩る飾りが問題だ。


「うわぁ〜、これは素晴らしいオブジェクトですね、カナタさん。見てください、この苦悶に満ちた人の顔を。この骨なんか組み合わせが秀逸だと思いませんか?」


「思いませんよ。映画とかではよくある光景ですが、現実に見るととてもではないが凝視できませんね。死臭も凄いですし、吐くのを我慢するのが大変です」


「その割にケロリとした顔で立っているではありませんか。カナタさんの心はオリハルコン製ですね、小生はここまでの物を作り上げたクオーンを賞賛しますよ」


「趣味が悪いことですね。ここまで酷いとは思いませんでした」


 巫女が部屋の様子を見て、面白そうにケラケラと笑うが、クオーンに化けたカナタは顰めっ面だ。


 なにせ、地下室は血塗られた魔法陣が描かれて、その周囲には人骨や腐った死体がオブジェクトのように囲まれて置かれていた。換気もしていないので、死臭だけでも倒れそうだ。


 怖気を齎す光景。これこそがクオーンのしていたことだ。人を生贄にして願いを叶える邪法だ。


 なにを願っているのかは知っているし、知らない者もこの光景を見たらだいたい推測できるだろう。なにせ、血塗られた魔法陣の中心には子供の石像があるからだ。驚きの表情で口を空けて立っている石像はまるで人のように精巧で、今にも動き出しそうだった。


「バジリスクキングに石化された息子を助けるために、生贄魔法で石化を解除しようとする狂った父親。あぁ、なんという悲劇的な展開。その父親は願いを叶えることも出来ずに、哀れ化け物に殺されました。これは素晴らしいインスピレーション高となりますよ」


 祈るように手を組み合わせて、つらつらと語る巫女。彼女はクオーンの悲劇的な人生も、ぴりりと辛い料理のように味わうだけで、同情することはない。


 まぁ、ここまでやっていて同情の余地があるかというと僕もないんだけどね。


 この子供は5年前の『大海嘯』でバジリスクキングに石化されてしまったクオーンの息子だ。クオーンは以降、息子のために手段を選ばずに行動していた。


「バジリスクキングの呪いの石化は上級呪いのようですね。この街では上級神聖魔法を使えるのは数人らしいですから、クオーンの立場では頼み込むのは不可能だったようです」


 まともな方法も最初はとっていたのだが、けんもほろろに断られたと記憶されている。殴られて蹴られて、罵られて、詐欺にも遭って、そしてそれでも上級神聖魔法の使い手と会うこともできなかった。そして、クオーンは狂ったようだ。


「それをカナタさんが上級状態異常回復ポーションでお助けするということですね。謝礼として大金ですか? それでもポイントがもったいないと思いますけどね」


 セイがカナタの心を読むように悪戯そうに笑うがそんなわけがないだろ。


「そんなしょぼい目的でポイントを使うわけがないでしょ。僕の目標は『市井の聖女』です」


「『市井の聖女』ですな? 神聖魔法も使えないのに? いえ、『マリオネットドール』も少し見て模倣できたカナタさんなので可能と言えば可能ですけどクオーンは中級神聖魔法までしか使えませんし、そもそも魔力量も足りないと思いますが? それに悪役ルートを反れてしまいますよ?」


 ここに立つクオーンは『マリオネットドール』で創り上げた分身だ。あっさりと使えるようになったカナタを見て、セイは感心しつつも、聖女を目指すとはと首を傾げていた。


「もちろん僕の目指すのは悪役です。まぁ、結果をみていてください」


 これは神聖魔法が使えない所にコツがあるんだよね。そう、悪役として活動できる方法があるんだよ。


 サラリと流れるように銀髪をかきあげて、美しき美少女は小悪魔のように悪戯そうに微笑むのであった。


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― 新着の感想 ―
権左衛門執事長の中の人は、前世は名前のせいでへっぽこな人生を送ってたんですかねえ。 悪役の活躍にドキドキ。
名前が執事長言うか・・・・御家老?w
“よくできた奥さんと結婚し、子供も生まれて、裕福でもあり、人々からも尊敬される幸せな人生を歩んでいたのだ。” 「う~ん つまらない三文ドラマですね ここは私がクオーンさんの人生劇場に"テコ入れ"してあ…
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