18幕 過去は終わり、現在
━━過去話終了。少し長かったかな。
現代に戻るわけだけど、要約するとこの世界の人たちはどんな目に遭っても仕方のない契約を結んでいるわけです。他の世界と違う劇の舞台となる世界。この世界ではなにが起こっても自己責任なのだ。
母親を失った幼女が懸命に生き抜くストーリーもあったかもしれないし、母親も幼女も死に、その悲劇を見て、スラム街から抜け出して哀れな人々を助けようとする正義感の強い少女のストーリーも用意されていたかもしれない。
インスピレーションのためには助けないことが正解であったかもしれないのだ。彼ら彼女らも全てはインスピレーションを発生させるために生きており、その役柄は強制されたものではなく契約通りだからだ。
━━だが、なんとなく嫌なのだ。悲劇的展開も、皆は納得して転生してきているし、本来は助けなくて良いはずなのに、心がモヤモヤとするのである。なぜモヤモヤするのかは分からない。だが、そのモヤモヤは子供を助けるという選択肢を取ることで消えた。
「でも、そんな展開よりも子供の泣き声の方が聞くのは嫌なので、助けたのですけど」
合理的とか、利益のためとかではない。単に助けたかったのだ。なのでポイントを使い切ったことに後悔はない。
雨が降ったら傘をさすように、冷たい風が吹けばジャンバーを羽織るように、子供を助けることに理由はない。自然なものなのだ。
さて、思いふけるのは終わりにして、このまま、僕は新たなストーリーを展開させる準備をしよう。
アニメの世界から抜け出してきたような誰よりも可愛い少女は、一眠りして完全に体調を回復させた。なので、行動に移ることにする。
「すてーたすおーぷん」
鈴の転がるような声音で呟くと中空にステータスボードが現れる。
名前:カナタ・アマガミ
所持ポイント:560000
総合ランク:F
体力:F
筋力:F
器用:F
魔力:F
固有スキル:『記憶喰』
メモリーチップ:『クオーン・シン』
スキルスロット:『掃除魔法』
……なんと言えばいいか。
「改めて見ると、ひっどいステータスですね。よくぞBランク相当の戦士たちに勝てたものです。このステータスなら百回戦って百回負けますよ」
魔力量もそうだけど、このステータスは全て最低ランクだ。
カナタの肩にのしかかり、ステータスボードを覗き込むセイがケラケラと笑いながら背中に張り付く。むにゅんとプリンが柔らかく、背中越しでもその感触は圧倒的だ。バケツプリンかな?
「ノーブラかな? もしかしてブラしてない? ちょっと鷲掴みにしていい?」
(それは間違ってるよ、百回戦って一回は勝てたんだからね。それにしてもBランクとは敵はかなり油断してたんだ、助かったよ。もう同じような戦闘はしたくないね)
「本音と建前が間違ってますよ、カナタさん。小生の奇跡の存在を鷲掴みにするには、かなりの活躍が必要となりますね」
「おっと、ついつい本音が出ちゃいました」
からかうように自分の頬をカナタの頬に擦り付けてくる。だが、そこで慌てて顔を真っ赤にして恥ずかしがる演技をするには、少しばかりカナタは疲れていたのでスルーした。性欲よりも疲れを重視するあたり、演技に狂ってる存在といえよう。残念そうに手をワキワキさせているが。
ポチポチとステータスボードを押下しながら、戦闘によるレベルアップなどがないことにがっかりする。本音を言えば、なにかステータスが上がってるかと思っていたのになぁ。
「それにしても、『ショップ』の品揃えは充実しているけど、値段が変じゃない?」
『ショップ』こそがカナタの生命線だ。ポイントも貰えたので、閲覧をしているが、どうにも違和感を感じる。
こんなふうなのだ。
『低級ポーション:100ポイント』
『中級ポーション:1000ポイント』
『上級ポーション:1万ポイント』
『伝説級ポーション:100万ポイント』
『神話級ポーション:1億ポイント』
『低級状態異常回復:1000ポイント』
『中級状態異常回復:1万ポイント』
『上級状態異常回復:10万ポイント』
『伝説級状態異常回復:1000万ポイント』
『神話級状態異常回復:10億ポイント』
なぜにここまで細かく分類されているかは分からない。たぶん自身が強くなればなるほどヒットポイントも増えるので強力な回復ポーションとかが必要になるんだろう。状態異常回復も神話級病魔とかあるんだろうね。
でも、幼女の母親は中級状態異常回復であっさりと回復していた。これからどうなるかは分からないけど、だいたい上級があればなんとかなるんじゃないのかな? とすると安すぎるのだ。
「回復ポーションは同じ系統のを1日1回以上は使えませんよカナタさん。一時的に魔力的な抗体ができて飲んでも効果を失うのです」
「無限に戦闘を繰り返さないといけない危機は免れて良しとするけど、この安さに対して、これは高すぎない?」
細い白魚のような人差し指で、カナタはステータスボードをツンツンとつつく。
『F級魔力上昇ポーション:100万ポイント。注意:E級になると効果はありません』
『E級魔力上昇ポーション:1000万ポイント。注意:D級になると効果はありません』
うん、高い。高すぎとも言えるだろう。1個も買えないよ?
「少し高いとは思いますが、このくらいでは? 普通の人が苦労して修行して上げる能力をポーションで上げられるんですから。カナタさんもこれから活躍なさればこれくらいの稼ぎは簡単に入りますよ」
セイがまだ初めたばかりなのに、せっかちですねと苦笑するけど、僕は騙されない。彼女は演技をしている。
即ち騙している。プロの俳優を騙そうとは愚かな少女だ。
「まるで1個でクラスを上げられるようなセリフですけど、これ1個で上昇するとはどこにも書いていませんよね? そもそも複数購入を念頭に表記されてます。とすると、想像するにこれ1個使っても『魔力が1上がった』とか表記されてクラスは上がらないんじゃないですか? 隠れステータスがあるというやつです。即ち、これはポイントを注ぎ込むことを念頭に置かれてます」
「ギクッ。なかなか鋭い指摘をしましたね。苦労して1個買って、クラスが上がらないのかよと、落胆する姿もインスピレーションになり面白かったのに残念です。ここは敢えて引っ掛かり、オーバーリアクションでがっかりするのが芸人なのでは?」
「むむっ、たしかにそのとおりです。僕は芸人ではなく俳優ですが、たしかに美味しいシーンでしたね、失敗です」
裾をひらひらと振りながら、小悪魔のように笑うセイに反論できない。俳優は目立つシーンが大好きなのだ。
「まぁ、それだけお手軽に能力を上げるのは厳しいということです。肉体の能力を上げるには副作用がないかを徹底的に調べないといけませんからね。筋力を上げたら血管が圧迫して破裂したとか笑い話にもなりませんし。幽体に干渉するスキルに至っては説明するまでもありませんね? 下手に取得させると精神が耐えられないので緻密な計算が必要なのですよ」
ちっちっと人差し指を振る巫女。それぞれのキーマンにアジャストしたポーションを製作しないといけないので開発費が大変なんですと教えてくれる。
なるほど、納得である。スキルはもっと高価な物だった。『掃除魔法』はF級だ。それでもセールがなければ100万ポイント。E級からポイントの桁も増えていくし、C級からは二桁以上の桁が増えているしね。これ、上級スキルは買わすつもりないだろ。まぁ、そうでなくては、スラム街出身よりも王族出身の方がポイント稼ぎやすいかもしれないし、スキルのクラスを出身で分けた意味がないか。
「それにポーションが安いとおっしゃいましたが市場価格です。1ポイント100ドラですよ? 下級ポーションは市場だといくらするでしょう?」
「なるほど……1万ドラということは日本円にして200万円!? 高っ、高すぎですね、なるほどポーションって高価な物だったんですね」
そんな高価な物をスラム街に浄化に来た人が持っているのは極めて不自然だけど……。アーシャたちが疑問に思わないことを祈るよ。
「他には『エキストラ』? エキストラってあのエキストラ?」
一覧によく分からない表記があって、コテリと小首を傾げると銀髪がサラリと肩を流れていく。
『F級エキストラ:雇用期間1月10ポイント』
「はい。この世界にアバターで出演したいという者たちです。基本この世界で殺されてもアバターであるので彼らには影響ありません。彼らの望みは様々です。単に出演したいというものから、ポイントを稼いでショップで買い物をしたいという者たちまで」
「F級はこの安さ……なんだか身近に感じて辛いです」
売れない俳優の辛さよ。でも一月1000ドラなら日本円にして20万円か。僕の下積み時代よりははるかにマシだな。いつか雇う時も来るだろうけど、とりあえずはスルーだ。
とすると、買うものは……。
「まずはこれ」
『メモリーバインダー3枠:10万ポイント』
メモリーチップを3枠保有できるアイテムだ。これは必須と言えよう。ちなみに4枠は1000万ポイントで手が出なかった。
ポチリと押下すると、空中にふわりと半透明のバインダーが現れてカナタの身体に吸い込まれた。本能的にこのスキル枠が増えたことを感じる。
よしよし、あとで殺したレイピア使いの記憶も回収しておこう。
「それと、『初級魔力運用法:マーモットでもこれで魔法使いになれる!』の本です。これ、タイトルに偽りはありませんよね?」
『初級魔力運用法:マーモットでもこれで魔法使いになれる!:30万ポイント』
この邪神は平気で人を騙すから油断できませんと、怜悧な瞳でじろりと睨むと、セイは肩を竦める。
「小生のショップに偽りはありません、もちろん個人により効果は違いますが、それでも最低限効果はあると保証しますよ。それにしても、ステータスを上げるのではなく上げる方法を手に入れるとはなかなか頭が回りますねカナタさん」
これは本音っぽい。たしかにショップの信用問題になるから、誤魔化すことはしないか。
「明らかにステータスは修行したほうがよさそうですから」
空中に本が出てくる。三角帽をかぶって、杖を持つ可愛いマーモットが表紙だ。著者マーリンか。マーリンってアーサー王伝説の魔法使いだったか。なら信用できそうです。
とりあえずはこんなところだろう。残りはいざというときの保険だ。
「それじゃ、クオーンの記憶を見ますか」
「クオーンに成り代わるのですか?」
「えぇ、だからこそすぐに逃がした生徒たちに合流しないといけませんしね。家にも潜入するから、しっかりと模倣しないと」
『記憶閲覧』
クオーンの記憶の中でも性格や、これまでの重要なことを閲覧する。とりあえずは名前や癖などを覚えて、後は家に潜入してから閲覧していき本人に成り代われば良いだろう。
動画が映し出されて、カナタはそれを観ていき、徐々に顔を顰めていく。
「これは……クオーンは殺人鬼だったのですね」
そこには、多くの人々を無惨に殺していく光景が映し出されていた。同好の士と思ったレイピア使いザコンも途中から仲間になっている。
酷い光景だった。命乞いをする人々を殺している。その光景は怒りをもたらす内容だった。
だが━━。
「そうですか、この人もこの世界の住人ということですか」
この世界の残酷さに、悲しげにため息をつく銀髪美少女であった。




