17幕 全ての人が転生者で役者の世界
「では、ご説明いたします。なぜ貴方たちが必要なのかを。昨今は芸術の消費速度が速すぎると思いませんか? 様々なコンテンツが現れては消えて、泡のように弾けるので、芸術は長くは保ちません」
たしかにサブスクもそうだし、ショート動画もそうだ。人は観ることに慣れて飽きるのも早い。
「そうだろうと頷く方がいましたね。そのとおりなのですよ。ですがアイデアのほとんどは人の閃きから生まれるわけではありませーん。実は小生が考えたアイデアを受け取っている者も多いのです。ほら、小生は劇の神なので?」
ヒットした脚本家が作成時に神が降りてきたと称する事があるのだが、それは小生のことなのですと、セイは自慢げに胸を張る。
だが、すぐに悲しげな顔で、オヨヨと泣き真似を始める。
「ですが、消費の激しさにさすがに小生も限界が来ました。1人で考えるのは無理がありますよね? なので二千年前くらいから、やり方を変えたのですよ。こうなったら、死した者たちを雇い、小生の創造した舞台で様々な役柄をしてもらおうと」
「それが僕たちなのですか? 出演者は数百人程度?」
世界を舞台にしたにしては人数が少なすぎる。ざっと見、五百人は超えないだろう。カナタの問いを予想していたセイはクスリと笑う。
「貴方たちは選ばれたキーマンというものです。転生前の記憶を持ち、世界に彩りをもたらす者たち。他の転生者たちは記憶を消し来世では最低限の条件として人間に転生するという条件で雇用しております。小生の世界の知性ある者は全員そのような転生者です。光る活躍をした方は来世でその活躍に相応しい環境や才能を持って生まれると約束しておりますゆえ」
「っ!? 全人類? 全人類が転生者なのか?」
あまりにも壮大なスケールに思わず声を上げるが、セイは平然とした様子で頷く。
「はい、そのとおりなのですよ。そのかわり、小生の世界は劇の世界。パンを咥えて走ればヒロインにぶつかり、海で泳げばジョーズに襲われる。雨宿りで田舎の洋館に泊まれば、幽霊が現れて、学校ではテロリストが攻めてくるといった面白おかしい世界なのです。なのでラブコメの主人公になれても、非業の死をとげる一般市民となっても抗議はしないことが彼らの条件です。まぁ、勧誘すると、3割の方は契約致しますね。もちろん貴方たちにもこの報酬は適用されます」
「……来世の人生が報酬なのか。あれか、ボタンを押すと何百年も部屋に閉じ込められるがその間の記憶はなく、終わったら百万円もらえるといった感じなのか」
「いい得て妙ですね。その通りでございます。人は転生時に記憶を失い、様々な才能や業もリセットされますが、それでもこの契約は魅力的と考える方が多いようで」
唸りながら皆は同じことを思う。当然だ、どうせ記憶に残らないならと、より良い条件の転生をするのは考えなくても分かる。断った人たちはセイの胡散臭い様子を見て断ったのだろう。
「キーマン……なるほど、その中でパンを咥えた男にぶつかる女性や、屋敷の殺人鬼をするのが私たちの役目なのだな。ようは意思通りに動く役者が必要なのか、世界を面白おかしい状態にするのに私たちが必要なのだね?」
「説明する前に察して頂いてありがとうございます。その通りです、貴方たちは即興劇でもよいし、大長編でも良いです。行動を起こしてもらい、その様子は他の世界にインスピレーションとなって撒かれていきます。その際のインスピレーション代を振り込ませて頂きますよ。あくまでも公平、ボッタクリをするつもりはありませぬゆえ」
皆がその言葉に納得し、静まり返る。劇の世界なら誰もが役者であり、たとえ殺人をしても、殺した相手が来世では幸せになるというのなら罪悪感もすくない。
「まず向かう先は剣と魔法と科学ものです。世界観は……5年間という待機時間がありますので、ご自分でお調べください。色々と面白いことこの上ないと、小生は自負しておりますゆえ」
ひらひらと蝶のように裾を翻しながら、セイは説明を始める。
「お伝えしたとおり、前払い金は新しい身体となります。年齢は7歳限定。それ以外であるならば、人間の分類であればドワーフ、エルフ、ピクシーにハーフリングとなんでもオーケです。心苦しいのですが、魔物と分類されるものは禁止とします。小生は血湧き肉躍る戦闘も、狡猾に動き人々をあっと言わせる展開も観たいのです。なにせインスピレーションは常に枯渇しておりますからね」
パタパタと手を振り、セイは説明を続ける。どうやら彼女は本当にインスピレーションが足りないらしい。劇の神も大変なことだ。
「貴方たちは役柄特典として、ご自身のステータスを見れます。そしてオーディション後に使えるいわゆるチートスキルを一つ進呈致します。ただ、ステータス閲覧と固有スキルはオーディションで初めて使えるので、5年間は平凡な人間です。オーディションを受けない方、落ちた方は固有スキルは没収しますので、あしからず。では、ものは試し、ステータスオープンと使い古されたセリフを口にしてくださいませ。脳内で思っても出てきますが、最初なので趣を考えてお願いいたします」
どこまでも、見た目を気にする少女である。全ての行動にリアクションを必要としているのだろう。
彼方たちは俳優だ。なので、演技めいた行動は全く恥ずかしくなく、『ステータスオープン』と平然と口にすると、デフォルトのモードが目の前に映し出される。
名前:
出生:両親のいないスラム街の孤児
総合ランク:F
体力:F
筋力:F
器用:F
魔力:F
固有スキル:『』
スキルスロット:『』
「数値ではないのですね。もっと細かく出てくると思ったのですが」
「人の力を数値化するのは難しいということだろう。数値よりも信頼感はあるということかな」
彼方のつぶやきに、ユウも顎を手でこすりながら頷く。これから固有スキルとやらを選べば良いのだろうか? にしても出生はなんだ?
「ステータスランクはSが最高となります。こんなのは説明しなくてもわかると思いますので、次を説明します。固有スキルですが、一覧から選べなどとは言いません。脳内で役柄に必要なスキルを考えてください。思考を読み取り世界に合わせたスキルに小生がアジャストしますので」
自分が考えたスキルとは太っ腹だ。そんなことを言われれば、一般人なら時を止めるとか、どんな攻撃も通じない無敵な体とか、『ぼくの考えた最強のスキル』を思い浮かべるだろう。
だが、この場にいるのは3度の飯よりも演技が好きな俳優たちであった。彼らは演技に映えるスキルはなにが必要かを考える。効率とか合理的とかは考慮しない。強いスキルを考えても、主人公に倒されるために、致命的な弱点をも思い浮かべるのである。
「あぁ、言い忘れました。固有スキルのランクですが、ランダムに決めた出生と関係しますのでご注意を。例えば王族の子供ならば、その出生の優位さを考慮されてBランク。スラム街の両親のもとで産まれれば固有スキルはSランクとなります。どちらが良いかは……5年間を暮らす中で分かるでしょう」
酷い言い忘れをする巫女であると、彼方はステータスを見て指を震わす。5年間、固有スキルを使えないのに、スラム街? しかも両親はいないと来たか。
「ユウさんは出生は?」
「私は王族だ。ふむ、立ち回りに注意が必要だな、面白いかもしれん。彼方君は?」
やりがいを感じるユウに、彼方も唇を震わせて答える。
「スラム街の両親のいない孤児です」
信じられない出生だ。ランダムとはいえ、これは酷すぎる。酷すぎるから━━。
「なかなか面白い始まりとなりますね」
悪役として最高の出生だと、獣のようにギラギラと瞳を輝かせて答える。悲惨? 泣きたい? 普通の人ならばそうだろう。だが、華のないと散々に言われ続けた彼方にとっては幸運以外の何物でもない。
スラム街から這い上がり、英雄の道を歩く主人公と相対する男。うん、なかなか良い。これが文字通り転機となるかもしれない。
ならば、イメージするのは、鋭い目付きの背の高い男だ。子供の頃から目つきが悪く━━。
「あら、よかったわ。それじゃ、姿は銀髪赤目にしなさいよ。悪役として目立つわよ、彼方ちゃん。もちろん誰も見たことない絶世の美女になるのよ」
彼方の肩に顎を乗せてくるのは、これまた大御所と呼ばれる女優だった。3年前に亡くなったはずなのに、ここにいると言うことは本当に死者も呼び出したらしい。
だが驚くのはそこではない。
「えっと、少女ですか?」
聞き間違えかなと確かめると、のほほんとした口調で頷く。
「久々に会ったけど、彼方ちゃんは華がないのは変わってなさそう。どうせ、顔の整った悪人顔を作るつもりだったんでしょ? そんなありきたりじゃいつものように影に埋もれるわ。その場にいるだけで只者ではないとのイメージを与えるキャラにするの」
「ふむ、君の言う通りだと私も思うよ。銀髪赤目など、ほとんど見ないビジュアルだし、インパクトがある。モブの中でも、この子は後々の重要人物だと、視聴者も一発で思うだろう。私も賛成だ」
大御所2人で酷いことを言う。だが悔しいが反論できない。
確かにモブの中でポツンと銀髪の美少女がいたらどうなる? 戦闘の際の野次馬でも良いだろう。視聴者が見たらそんな目立つ子は絶対に重要人物だと勝手に思うに違いない! まずは認識をしてもらわないと俳優は駄目だがビジュアルが美しければ最初の関門は越えられるのが世界の理なのだ。
だが女の子になる? う、うーん、お断りしたい。彼方は男俳優として有名になりたいのだ。彼らは悪意はなく、本当にこれから行う世界を動かす劇を前に真剣な提案をしているのだからたちが悪い。
「で、でもですね、そんな目立つ少女がスラム街にいたら、すぐに捕まって娼館に入れられますよ?」
「大丈夫でーす。オーディションで受かれば、その場で精神も身体も最高の状態に回復いたします。安心してください。たとえデロデロでも、狂っていても、ヤク中だろうが、すべて元通りです」
なんとか断ろうとするとセイが話を聞きつけて、ニヤニヤと余計な事を言う。
(オーディションに受かった場合はだろ! 落ちたら目も当てられない人生となるじゃないか)
脳内で罵る彼方であるが、ユウが彼方の肩に手を乗せて微笑む。
「考えたのだが、我々は世界を相手に劇をしなくてはならないが、その理由を他の人は伝えられない。とすれば裏舞台を知っている者たちで手を組み団結して行動しなくてはならないのだ。私は王子として行動しよう。君はスラム街で成り上がる絶世の美少女となるのだ」
「そうよ。その通りだわ。日本人として、邦画はまだまだ死んでいないと人々に教えないとね。それに人の模倣を得意とする彼方ちゃんにとっては少女の演技をするのにうってつけよ」
じ~っと見つめられる彼方。大御所は目力だけで途轍もない威圧があり、そしてなによりもこの世界で先輩に逆らうという選択肢は存在しない。演劇の世界は体育会系なのである。
「は、はい。分かりました」
がっくりと肩を落として彼方は頷く。
そうして、天神彼方は銀髪赤目の美少女となることが決まった。演技を何よりも大事にする者たちは、そのためならば命も性別も捨てられるのであった。
◇
「では、皆さんを転移、転生させまーす。次にお会いするのは5年後となるでしょう。皆様と無事にお会いできることを、小生楽しみにしております。どうかどうか、5年間を糧にしてくださいませ」
雇用した者たちがファンタズマの世界へと送られて行くのを見送りながらセイは礼をする。
「まぁ、5年後の生存率は平均して2%なのですが。ふふ、今回は二桁くらい生き残って貰えれば嬉しいのですが。でも、貴方たちがチートを貰えるのにと苦しみ悶えながら、悔しさと憎まれ口を叩き死ぬ姿もインスピレーションになりますのでご安心くださいませ」
三日月のように口元を歪めて、ニヤリと嗤うセイの呟きを聞く者は誰もいなかった。




