15幕 オーディションに出た
『ファンタズマ』世界。全ての人類が転生者であり、神であるセイに雇われた役者たちだ。そんな世界にアマガミカナタは悪役として転生していた。
俳優にしては幼女たちは演技に見えないという人もいるだろう。そう、彼女たちはその記憶がないから当然だ。
どういうことかと言うと……。それはカナタがセイに雇われた時に遡る。
◇
━━これは過去の話だ。僕が地球にいた頃の話。
今日という日を幕を下ろすかのように夕闇が染み込むように暗くなっていく中で、忙しなく歩く人々の作る雑踏に紛れ込むように、1人の男が歩いていた。
名前は天神彼方。都会の雑踏で歩いても、誰にも気づかれない存在感の無いそろそろ年齢を考えたくない年頃の中年男性である。
ちなみに俳優を職業としている。履歴書には常に俳優と記載して、生暖かい目でバイトの面接官から見られる経験多数あり。
日本の都会人は常に忙しい。特に大勢がひしめき合うオフィス街では、その足取りは早足だし、皆厳しそうな、いかにも私は仕事で大変ですといった表情だ。
(まぁ、空気を読んで忙しいふりをしているのかもしれませんが、僕も人のことは言えないですからね。貧乏暇無し、私は必死に生きますよアピールです)
俳優と書いて、フリーターと読む。その心はと言うと、売れなければバイトの方が収入は多いからだ。
彼方はどちらかと聞かれれば、幸いなことに俳優ですと、履歴書に書けるくらいには収入があり、バイトの収入とトントンといった感じだ。
そこで、なんだバイトと同じくらいかよと鼻で笑う人は多いかもしれない。いやいや、俳優として稼ぐのは大変なのだ。断言しよう、売れない俳優にとっては、一万円を稼ぐにもひどく苦労すると。それをバイトと同じくらい稼ぎ生活している僕は俳優と名乗っても良いだろう。テレビドラマや時代劇などにも出演しているのに、誰にも気づかれたことのない存在感の薄い男ではあるけれども。
(でも、俳優と名乗れるのもそろそろ厳しいかもな……)
若い頃はどんなに無茶なスケジュールで働いていても、ぐっすり寝ていれば疲れは取れた。だが、今はたっぷり寝ても、起きた時に体内に重りを乗せたように疲れが残るのだ。将来を考えると、そろそろ俳優としての見切りをつけるときかもしれなかった。
だが辞められない。一度人々の前で演技をして、拍手を貰える快感は麻薬のようなものだ。俳優を目指す者は誰でもが演技中毒とでもいうのだろうか、不治の病のように罹患している。だが、ほとんどの者はその狭き門を前に挫折し諦める。正直、宝くじで1等に当選するほうが売れっ子になるより簡単かもしれない。
彼方だって、これが箸にも棒にもかからない、演技力は欠片もなく、仕事も一切なければ諦めていただろう。
だが、幸か不幸か、彼方には演技力はあった。なので、脇役も実力派俳優で揃えようとか、下手くそな俳優を支える役を探そうと声が上がる時、彼方は声をかけられる。それだけの実力はあるのだ。
そして、それが彼を俳優から逃れられない状況としていた。
だが、その実力は決して売れるような実力ではなかった。彼はその役を上手に現実にもいるだろう存在にまで落とし込み演技をする。
しかし、俳優とはメリハリがなければいけない。リアクションは多めで、ハッと皆が目を奪われる輝くような演技をしなくてはならないのだ。
彼方は演技をする。例えば警官役をすれば本物の警官に見えるだろう。人殺しの役をすれば本物の人殺しのように演技をする。
どこにでもいるような警官になり、人々の目から逃れて影のように暮らす人殺しを演技する。
そこには華やかさなどない。極端な話、銃を撃ちまくる警官役の方が皆は覚えるし、猟奇的ないかにもチェンソーを振り回す殺人鬼ですと不気味に笑う役者の方が喜ばれるのだ。
彼は現実的すぎて、誰も思い出すこともないほど影が薄く、さりとて彼方が出演すれば、ぴりりと辛い山椒のようにドラマなどに趣が入る存在だった。
(一皮むければ、大成すると皆に言われて十数年。演技に深みが入り、本物そっくりだと言われるが、相変わらず華はない。自分でも理解してるのに、成長ないからなぁ)
雑踏の中を歩くのも、人を観察する訓練からだ。人は癖は当たり前で、歩き方もそれぞれ違う。会話の間のとり方、笑い方や怒る表情なども演技の糧とできた。
とはいえ、これが本当に演技の訓練となっているかと聞かれれば、胸を張ってそのとおりだとは言えない。
それに演技そのものよりも、僕には一つの大きな欠点があったのだ。
なにか事件でもあればと期待しつつ、彼方は歩き続けて小一時間は経過しただろうか。人混みは少なくなり、オフィス街からいつの間にか観光街に移動していた。昔は無い部品はないと言われた電気街、次にアニメやゲームが台頭してきたオタク街、最近は食い倒れの街と囁かれるほどレストランが増えた地区だ。
「お願いしま~す。お願いしま~す」
巫女服を着た少女がなにやらチラシを配っていた。活発そうな感じで顔立ちも元気で明るそうな美少女だ。
(チラシ配りのバイトか。ありゃ大変だぞ)
必死になって配っているが、現実は甘くないことを経験者は知っている。美少女なら、すぐに受け取ってもらい、チラシがなくなるというのは嘘だ。アニメや小説に影響されすぎである。
実際は相手はそこまでチラシ配りを見ていない。チラシ配りに興味などないのだ。美少女だろうがおっさんだろうが、相手の顔さえ見もしないのだから小石と同然なので当たり前である。しかもティッシュではなくチラシだと、相手の興味は無いに等しい。無視されると態度は俳優でもある彼方には心に来て、二度とやらないと誓ったくらいだ。
だからこそ、一枚くらいは受け取ってあげるかと、差し出されたチラシを彼方は受け取った。一枚くらいで変わるものでもないが気分の問題だ。
そうして、チラシを見て━━。
「んん? なんだこれ?」
記載されていた内容に驚いてしまう。レストランかコスプレ喫茶の広告かと思っていたら、全然違ったのだ。
『急募:悪役』
『給料要相談(基本成功報酬)。契約報酬あり』
『賞与なし』
『有休なし』
『福利厚生なし』
『死亡手当なし』
『異世界で悪役をやりませんか? 英雄譚を彩る悪役を貴方の手で作りましょう。きっと世界を輝かす伝説を作れるはずです! アットホームな我が社は働き甲斐のある会社です。是非応募をお願いします!』
『応募条件、プロの俳優として活躍なさる方』
『株式会社聖霊トゥルー』
思わずそのセンスの良さに笑ってしまう内容だった。冗談にしても皮肉がよく効いている。
(どこかの劇団の悪ふざけか? それともドッキリ?)
振り返って、巫女のバイト娘を見るが、誰かしらが看板を持ってドッキリですとは言ってこない。昨今のドッキリは素人相手は下手したら訴訟にまで発展するからやらないが、それは芸能人でも同じだ。イメージを守るためにも、なによりもギャラが発生するから事前に打ち合わせを終えて脚本も用意されているのだ。
それでもワンチャン、自分のような木っ端俳優相手なら問題ないと考えて、ドッキリをやるかもと期待を込めて周りを窺うが、カメラを回している人もいないし、チラシ配りの娘の必死さは演技には見えなかった。
(そりゃそうか。ドッキリをやるには日本は環境が厳しすぎる。芸能人相手でもたちが悪いとクレームの電話を入れてくる奴もいる時代。昔みたいな放送事故ギリギリのことをやるようなディレクターもいないよな)
微かな期待が萎んでいき、彼方は苦笑する。それだけだカメラの前で演技をしてみたかったのだ。
なら、劇団かなにかのイベントか? 度胸試しか、悪ふざけか。もしかしたら罰ゲームの線もあるかもと彼方は推測するが、数分見ていても、チラシ配りをやめる様子はない。
(劇団の度胸付けかな。どちらにしても、これ以上眺めていたら不審者に思われるかもだし撤退しますか)
たとえ売れない俳優でも、スキャンダルは厳禁だ。あいつの素行は悪いとの噂が立てばコンプライアンスという鎖で雁字搦めとなっているテレビ局は使ってくれない。
なので、肩を回し嘆息しつつ、ちょっと疲れたから小休止してたんだとの演技をして離れることにする。
最後にチラシを受け取った人がいたので、どのような態度をとるか少し興味があり横目で眺める。もしかしたら彼方とは違った大きなリアクションをとるだろうと思っていたが━━。
チラシを受け取った青年はちらりと眺めると丸めてポケットに入れてしまうのだが、何も思うことはなく、後ほどゴミ箱に入れるだけという無反応だった。
だが、彼方は拍子抜けだと落胆はしなかった。なぜならば、青年の受け取ったチラシをちらりと覗けたからだ。
(どういうことだ? あのチラシはコンカフェの開店の宣伝だった……)
ポップな感じで三原色を使ったコンカフェの派手な宣伝だったのだ。何日に開店とまで大きな文字で描かれていたので、間違いない。彼方の貰った淡々と素っ気なく文字だけが書いてあるチラシとは明らかに違う。
(もしかしてドッキリ?)
何人かに1人、渡すチラシを変えて反応を見るドッキリかもしれない。
(もしかしてドッキリ?)
素人相手なら、未許可のヌーチューブ動画配信者かもしれないと、電車の中で思う。
(もしかしてドッキリ?)
それとも後からテレビ局が軽い感じで放映してよいか許可をもらいにくるかもと、コンビニで弁当を買いながら思う。
(もしかしてドッキリ?)
1LDKの家にて、布団に入りながら寝る前にテレビ局からメールなりなんなり来ていないか確認しながら思う。
(もしかしてドッキリ?)
なぜか広い空間に彼方はいた。周囲をうかがうと、大勢の人たちが同じように立っていた。
(もしかしなくても……ドッキリじゃないよなぁ)
なにかよくわからないことに巻き込まれたようだと、年甲斐もなく彼方はワクワクするのであった。




