14幕 一応良心はあります
「ママァ〜! だいじょーぶだおね? ママ、だいじょーぶだおね?」
廃ビルの陽の差さない薄暗い部屋。埃が積み重なり、転がる錆びたデスクが虚ろさを感じさせる中で、寝ている中年女性にしがみついて、泣いている幼女がいた。女性を揺さぶりながら、周りの人に大丈夫と言ってほしくて、涙目で見渡す。
だが、アーシャたちはその瞳に合わせることが出来ずに目を逸らす。
女性は病気なのだろう。呼吸も浅く、しがみつく我が子に反応する力もなく目を瞑っている。アーシャが見るに、彼女はもう虫の息で、息絶えるのは時間の問題だった。だからこそ、女衒が他の死体と共に捨てに来たのだろうが。
母親が亡くなったあとに、幼女をなだめて、これからの生活を教えなくてはならない。幼い子どもにひどく残酷なことだが、アーシャたちの何人かは同じような思いをしていたので、歯を食いしばりながら幼女を助けなければならない。そうしないとこのスラム街ではすぐに死んでしまうからだ。
「だいじょーぶだおね? ママ、だいじょーぶって、まーちゃんをなでてくれたの。いまはおねむしてるけど、しゅぐおきるよね?」
「……」
その必死な様子の幼女を見て、誰もが顔を俯ける。答えのない答えが幼女になんとなくだが恐れている未来を感じさせて、また泣いてしまいそうになり━━。
「大丈夫ですよ。すぐに回復しますから」
通路の奥から聞こえてきた声に、皆が驚き振り返る。そうして、廊下の陰から現れた人に、再度驚く。
「グールか!? お前、血だらけじゃん。なにがあったんだよ?」
アーシャが真っ先に心配の声をあげる。アーシャの言うとおり、カナタは服には爪の跡があり、血が服を濡らしている。その血の濡れようから、今も死ぬかもと皆は思ったのだ。
「あぁ、これはほとんどかすり傷です。致命傷は避けているので、死ぬことはありませんよ」
だが、カナタは転んだ際の擦り傷とでもいうかのように気にせずに、幼女のそばに近づく。
「……子供の泣き顔は見たくないんです。さぁ、『病魔退散ポーション』と『回復ポーション』を怪物に殺された女衒から盗んできました。これを使えば治る……と思います。確証はありませんけどね」
玩具の銃にも見えるポーションピストルをカナタは惜しげもなく、幼女の母親の首元に付けると引き金を引く。まずは『病魔退散』を使い、母親の病気を治し、その後に回復ポーションだ。
プシュと空気の抜ける音がしてポーションピストルの薬液が抜けていく。薬液が無くなると同時に母親の体が淡く光り、病気を癒すと、今度は痩せ衰えていた身体が回復ポーションの力で、赤みが戻り、血色が良くなる。
「ううん……ここは? 私は娼館の掃除をしていて……」
「ママァ〜! よがった〜、おねむのじかんながいよ〜、まーちゃん、おきるまでよいこでまってたんだお」
「あらあら、まーちゃん、心配かけたわね。ごめんね、でもなんだかとっても体調が良いの。これからは大丈夫よ」
目を覚ます母親の胸に幼女が涙を残しながらくしゃくしゃの顔で飛び込む。母親がこのままでは死ぬと幼いながらも予感していたので、治った様子を見て、滝のように泣いて、コアラのようにしがみつくのであった。
母親も自身が死ぬ寸前であったとなんとなくわかっているのだろう。潤んだ目で幼女を優しく撫でる。
その様子を見ていたアーシャたちはポカンとしていた。スラム街の住人だ。高価なポーションなど見たことがなく、なにが起こったのか分からない人もいる。
「お、お前、その、良かったけどさ、そのポーション、幾らするか知ってたのか? その、いや、助けるために使ったのは立派なことだけどさ」
歯切れ悪くアーシャはグールと呼ばれる女の子を見る。アーシャだけはスラム街に元々いた人間ではなかったので、ポーションの値段を知っていた。回復ポーションはまだ良い。だが病魔退散ポーションはとんでもない金額で、闇市で足元を見られても、スラム街を抜け出て平民の身分証を買うことができることは分かっていた。
そんな高価な物をスラム街に持ってきた女衒の神経も分からないが、宝くじに当たったようなものだ。グールはスラム街から抜け出すチャンスを逃してことになる。
「……ん〜、よくわかりませんが、その様子を見るにかなり高価な物なのはわかります。でも、子供が泣くのは嫌ですし、だからこそ、アーシャも助けに行ったのでしょう? そこには打算などなかったはずです。私も同様です。助けるのに理由などありません。これが人生で最後のチャンスだとしても、ポーションを使うでしょう。貴女も同じ選択をするはずです。違いますか?」
コテリと首を傾げて、羽織っていたフードから銀の髪がさらりと流れ落ちる。その様子から本当にそう思っているとアーシャは思い、グールの肩を笑顔で抱く。
「ヘヘッ、そうだよな。お前なかなかいい奴じゃん! あぁ、あたいも同じだよ、きっと使ってただろうぜ! やっぱりチームに入らないか?」
いつものように断られるだろうと予測しながらも、グールの心優しさに笑顔で破顔するアーシャ。スラム街でその選択を躊躇いなく行える人など、お互いにいないと思えるから、その優しさが嬉しい。
「チームに入るのは貴女たちです。実は仮面の殺人鬼は倒されました。ですけど、その際にクオーンという人の命を救いまして、お礼として平民の身分証をくれると言うんです。なのでせっかくなのでアーシャたちの分もお願いしておきました」
だが予想外のセリフに目を丸くする。皆もその話を聞いてお互いに顔を合わせると戸惑った顔となる。
当然だろう、スラム街の住人の夢はこの境遇から抜け出すことだ。いつ何時死ぬか分からない。さっきのようにゾンビウォーリアが突然現れて殺されるかもしれないし、奴隷狩りにあって捕まるかもしれないのだ。
「それ、本当なのかっ!? 嘘だろう! 騙されてない?」
「命の恩人へのお礼ですし、学校の理事長のようなので一応信用してみて良いかと。まぁ、その手続きも仮面の殺人鬼の処理が終わってからという話ですし、ダメ元で数日待ちましょうよ」
「そ、そっか。ダメ元……そうだな、数日間ならダメ元で待ってもよいかもなっ!」
期待してだめな時に予防線を張って、アーシャはそれでもニヤける顔を隠せずに、自身を納得させるように頷く。
「それじゃ1週間は連絡が取れる場所にいてくださいね。では、私は行きます」
喜びを隠せないアーシャたちを優しい目で見つめると片手を上げて、グールと呼ばれる少女は去るのであった。
◇
「良いのですか、カナタさん? これでポイントは空っぽになってしまいましたが? せっかくの貴重なポイントなのに。助ける必要があったのですか? 所詮はエキストラ、どのような運命でも享受しなくてはならない存在なのに」
ひょっこりと顔を覗いてくるセイは、セリフは心配げだが口元が小悪魔のようにニヤニヤしている。僕の選択肢が愚かだと語っているようで、殴りたくなるね。
「いいんです、僕は僕の心に従っただけなんで。結果に責任はないとはいえ、それでも助けたいと思ったんですから」
痛む体を引きずりながら歩き、地面にポツポツと血が流れていく。予想以上にダメージが大きく、切られた個所が焼きごてでも当てられたように痛い。これ、寝れば治るんだよね? 信じてるよ?
まるで虎に襲われて、命からがら逃げてきた感じである。顔を隠しているのでグールと呼ばれる不細工な少女と知られているため襲われることはないが本来の美貌を見せたら、餌をばら撒かれた鯉のように群がってくるだろう。
隠れ家の一つに到着してようやく一息つく。
ローブの下に隠していた、クオーンの服や財布、装飾品を隠して、壁にグッタリと寄りかかり、ため息を吐く。
「失敗しました。初の脚本で監督も僕、主演も僕、思った方向にはいきませんでしたね」
がっかりだ。魔法の世界ということを考慮するべきだった。あのデブのおっさん強すぎだろう。負けるかと思ったよ。
疲れ切ったので早く寝たいと呟くカナタに、しかしセイはクフフと含み笑いをすると、蝶のように裾をたなびかせて、両手をあげる。
「がっかりすることはありませんよ、カナタさん。今回の劇は成功です。脚本家は貴女の活躍にインスピレーションを得て、少なからず成功を収めました!」
「失敗ではない!?」
絶対にボツ案だと思ったよ?
驚く僕に、セイはニンマリと笑うと人差し指を突きつけてくる。
「はい。多くの世界で、映画や劇のインスピレーションとなりました。おめでとうございます、貴女には56万ポイントがインスピレーション代として贈られます。パチパチ〜」
「もしかして傑作ができたとか?」
僕って脚本家の才能もあったのかしらんと、勢い込んで尋ねると、拍手をするセイが空中になにかの映画を映し出す。
「ある意味傑作ですね。B級ホラー映画の定番となりました。一番売れたのが、『14日の土曜日。仮面の殺人鬼は美少女でした』です。ホッケーマスクをかぶり、次々と人を殺そうとするクリーチャー殺人鬼をしようと頑張る小柄な美少女です。正体バレバレで、いつもくだらないミスから殺しが失敗して落ち込むお間抜けな美少女を描くホラーコメディです」
「さいですか……」
PVなのだろう。美少女がホッケーマスクをかぶって糸鋸を持ってキャンプ場を歩いていた。いちゃつくカップルを見つけて襲いかかろうとして、ズボンの裾を踏んづけて顔から地面に転んでいた。泣いてしまい気づいたカップルが助け起こしに来るというお間抜けっぷりだ。
これも悪役と言うんだろうね……。おや、目から汗が流れるよ。
命懸けで戦ったのにと落ち込むカナタを前に巫女はくるりと空中を回転すると、その瞳を暗く光らせる。
「最初の稼ぎにて貴方はこの世界に主役級俳優として正式に登録されました。おめでとうございますアマガミカナタさん。全ての人類が転生者にて役者である劇の世界『ファンタズマ』へようこそ!」
暗い部屋で蝶のように舞い踊る巫女の言葉。
そう、この世界の人間は皆役者として転生されているんだ。




