13幕 メイキングシーンは残っている
クオーンは荒くなる息遣いを止めて、ゆっくりと深呼吸をした。額から流れる汗が敵の強さを示している。
(殺し屋か? 偶然とは思えんし、この技量はそこらのスラム街の人間を上回っている。もしや儂がしていることが漏洩したか……。だが、なんにせよ殺せてよかった。ゾンビたちに魔力を使いすぎて長期戦は苦戦しただろうからな)
ゾンビたちとの戦闘はターンアンデッドのみを使うだけであったので、必然魔力は目減りしていた。本来の魔力の3割も残っていなかったため、魔力障壁の展開も渋った結果、切り札の『生贄肉体』を使ってしまった。また太るにはかなりの時間がかかるだろう。
今までクオーンは数多くの人間を惨たらしく殺してきた。彼ら彼女らはほとんどがスラム街出身の奴隷で、まれに貧民もいたが、だからこそ身元を探す者もいなく、ばれなかったのだ。
しかし、どんなに隠していても、いつかは復讐者が現れることになると薄々感じていた。それが今日だったということだとクオーンはため息を吐く。
(これも自業自得、貴族の子息に媚びを売り、金を稼ぎ、その金で奴隷を買い、殺してきたのだからな)
悔恨の表情を浮かべるが、だがやめることは考えない。これからも必要な分だけ殺しをしていく。目を細めて、皮肉げに嗤うとクオーンはその場を去ろうとする。
「カット。カットカット。失敗しました失敗しました失敗しました」
だが、どこからか聞こえてきた声に、身構えて向き直る。
少女の声だ。まるで天上から降りてくるような、美しく澄んだ聞き惚れてしまう声音。だが、そのセリフは病んでいる者のような背筋をゾクリとさせるようなセリフだ。
何者だと誰何するまでもなかった。倒したホッケーマスクの殺人鬼が泥のように溶けると、頭上の空間がガラスのように割れて、一人の少女が飛び出してきた。
天使の翼のようにふわりとたなびく銀の髪。目を閉じているが、その顔だちは隠しようもなく、幼さからくる可愛さと本来の美しさを併せ持つ、絶世の美貌の持ち主だ。その肢体もほっそりと長い手足、服から覗く新雪のような白い肌、腰は引き締まり、小さな背丈に合わせた胸の大きさと、未だ成長途中であるのに色気を纏っており、男女関係なく魅了するだろう黄金比を保っていた。
まるで海面で跳ねるイルカのように現れると、その奇跡のような美貌を持った少女はトンと爪先から軽やかに舞踏をするかのように床に降り立った。
「あぁ、やはり一発撮りは上手くいきませんね。上手くいくかと思ったのに、上手くいくかと思ったのに。脚本は僕の範疇じゃないんですよ。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した」
顔を俯けて呪うように悔恨を口にする少女。美しいだけにその態度は酷く不気味で、クオーンの警戒心をマックスにするのは当然の結果だった。
「何者だっ? 今の現れ方、どうやらマリオネット系統の魔法。その仮面の男は人形であろう? 家門の者が刺客として儂を殺しに来たか?」
拳を構えて半身となり、クオーンは怒鳴るように尋ねる。危険を察知して、もはやクオーンと少女以外いない広場に、クオーンの声が虚しく響き渡る。
そこでようやくクオーンに気づいたかのように、少女は顔を上げてクオーンを見る。その瞳は真っ赤でまるで血のような紅き瞳であり、なぜか吸い込まれるような底なし沼のような力を感じさせた。
「家門? あなたも複雑な背景があるようですが、残念ながら外れです。僕はあなたたちを殺しに来た殺人鬼。都市伝説となるであろう物語に現れるクリーチャーの予定でした」
つまらなさそうに呟くと、少女は溶けた男の横に転がるホッケーマスクを拾うと、まるで屋台で買った玩具の仮面のように頭の側面に被る。その様子は、先ほどの男の不気味さとは正反対で、チャーミングなイタズラそうな少女に見えた。
だが、少女は暗く澱んだ瞳を向けると、皮肉げに口端を持ち上げる。
「ですがここで終わるのはなんとも観客にとっては失礼。どちらが死ぬか、そこまでやってエンディングを見せませんとね。『ショップ』、一万ポイントで魔力回復ポーションを買います」
少女はその手に銃にも似た注射器を取り出すと首元に当てて引き金を引く。プシュッと空気の抜けるような音ともに、少女の体が一瞬淡く光り、その身体に内包する魔力が増えたのを、クオーンは見た。
「魔力回復ポーションっ! そのような高価なものを使うとは……やはり家門からの刺客かっ。だが、ここで殺されるわけにはいかぬっ。返り討ちにしてくれるわっ!」
1台で100万ドラはするのが魔力回復ポーションであった。そんな高価なものを使う者がこのスラム街にいるわけがない。クオーンはここにきて、この少女が殺しを繰り返してきた己を密かに処理にしにきた、家門の刺客と勘違いした。
(既に儂の魔力は尽きかけておる。ゾンビたちを倒すのに消費した魔力。殺人鬼に見せかけた刺客を倒すのに必要以上に消費してしまったこともあり、もはやほとんど力は出せぬ。そこまで計算して襲撃を計画してきたということは、こやつは家門で密かに育てられた暗殺者ということだろう。ならば、生命力を絞り出し切り札を切って戦うのみよ!)
クオーンはカナタが聞いたら、混乱するほどの勘違いをして、自身の魔力を魔法に流し込む。
「貴様の人形は破壊されてしばらくは復活できぬであろう? だが、この儂は残っておる。落ちこぼれと蔑まれても、一体は作り出せるのだ!」
『血統魔法:マリオネットドール』
蜃気楼のようにクオーンの体からゆらりと魔力が立ち昇ると集まっていき、人の形をとる。その姿は顔も背丈も装備すらクオーンそっくりであった。
「己と同じ力を持つマリオネットドール。ここで殺られるわけにはいかぬのだ、悪いが殺させてもらうっ! このクオーンの力を見よっ!」
鉤爪のように手のひらを曲げると2人のクオーンは少女へと対峙するのであった。
◇
(???)
絶賛混乱中のカナタです。なにやら勘違いしている模様の男性。1人で盛り上がって、鬼気迫る形相で構えている。しかも僕と同じような力を持っているらしい。血統魔法とか叫んでたから、家門の固有魔法なのだろう。うーん、なにやら殺されるだけの心当たりがバリバリあるんだろうね。とすれば、たしかに刺客と勘違いされても仕方ないか。
ここで否定しても、あの様子だと信じることはなさそうだし、どうせ殺すのだから放置しておくか。
「あははっ、残念でしたねカナタさん。なにやら都市伝説の殺人鬼から、陰謀蠢くサスペンスアクションになりそうですよ?」
「ここからはメイキング映像にシフトします。ボツ案があったということでお願いしますね」
腹を抱えて笑うセイにジト目を返しつつ、自身の脚本が完全に崩壊したことに落ち込む。ああいう反応をされる殺人鬼映画とか絶対にないからね! クリーチャー殺人鬼に対してお前は刺客だろうと立ち向かうホラー映画とか斬新すぎて、公開前にスポンサーに殴られるだろう。
酷く落ち込むが、元々撮影は一発撮りオーケなんて都市伝説だ。今回は失敗したが次回にこの失敗を反映させようっと。
「お蔵入りとはなりますが最後まで責任は取りますよ」
転がっているレイピアを蹴って、空中に浮かせると手に取る。手に取るだけで、その強力な魔力を感じて、やはり魔道具だったのかと微笑む。このレイピアなら魔力障壁を前にしても切り裂ける。それだけ強力な魔剣だ。
「ちっ、レイピアを取られたか!」
2人のクオーンが矢のように飛び出すと、指先に魔力を収束させて、カナタに襲いかかってくる。まるで猛禽のように爪を突き立てようと振り上げて、その爪の軌道には赤く光る軌跡が残る。
「きぇぇぇいっ! 鳥葬絶爪拳!」
叫びながら攻撃を繰り出してくるクオーン。その拳速はカナタがギリギリ反応できるレベル。しかも両手を使っての攻撃だ。
「くっ!」
カナタはレイピアで振り下ろされる右爪を受け止めると、フック気味の左爪を受け止めた反動を利用して後ろに下がる。
「逃がすかっ!」
だが2人目のクオーンが間合いを詰めてきて、小刻みな切りつけをしてくる。軽い切りつけでも、その鋭い爪の威力にカナタの肌は切られていく。
それに対してカナタは、さらに後ろに下がりながらレイピアにて迫る爪に突きを入れる。魔剣というだけあって、クオーンの拳をあっさりと貫き、鮮血が舞う。
「ヒュッ」
地球ではレイピアもカナタは練習をしてきたことがある。フェンシングの競技を中心とする映画があったのだ。そこで大会1回戦で主人公にあっさりとやられる脇役をやった事がある。そのために練習したのだ。ちなみに映画では5秒くらいの出演でした。
ゆえになんちゃって剣法ではあるが素人よりも遥かにマシな剣技でカナタはクオーンと戦えた。
「ぬぉぉぉ!」
爪で捉えようと、クオーンが連撃を繰り出す。2体のクオーンは息の合った連携であり、繰り出される爪撃の軌跡は無数に生まれて消えていく。
カナタも負けてはいない。後ろに下がりながらも、的確に爪の攻撃に合わせてレイピアを振るい、クオーンの攻撃を防ぎ、確実にダメージを与えていく。
腕をきり裂き、爪を弾く感触がまるで金属を叩いているかのように強く、手が痺れるほどだ。これが普通の剣なら、あっさりと断ち切られていただろう。
2体との激闘は続き、お互いの影が交差して、戦いの音が広場に響き渡る。魔力を消耗しすぎたクオーンと魔力を回復したとはいえ、最底辺のステータスのカナタの実力は伯仲しており、お互いに傷が増えていくが致命的な一撃は二人とも入れることができなかった。
カナタは蹴りでクオーンの拳を蹴り上げて、2体目のクオーンにレイピアの突きを入れる。対してクオーンは蹴り上げられて体勢を崩すが、そのまま倒れるように背を反らすと腰を屈めて、回転蹴りで反撃してくる。カナタが回転蹴りをかわそうと後ろに下がると、その隙を逃さずに、2体目がショルダータックルで吹き飛ばしてくる。
「この人、鍛えています! 侮れない!」
「小生も驚いております。これは悪魔的展開、まさかのやられ役が主人公だったというストーリーですかね?」
吹き飛ばされたカナタが素早く起き上がり、クオーンの想像以上の力に驚くと、セイが楽しそうにクフフと含み笑いをする。
隠れ主人公かよと、カナタが舌打ちをする中で、クオーンはその手にさらに魔力を集中させていき、腕が異様に膨れ上がる。
「むぉぉぉ、我が手よ、岩をも切り裂く爪となれ!」
『鳥葬絶式』
クオーンの必殺技と一目で分かる。恐らくは残り少ない魔力で勝負に出たのだ。
「これが主人公なら一発逆転の展開でしたのでしょうが、そうはいきません!」
カナタも勝負に出ることとした。このままではまともな魔法も使えないカナタはジリ貧になる。
呼気を吐き、カナタは必殺の一撃を放とうとするクオーンの懐に前傾姿勢で入り込もうと、足に残りの魔力を集めて、加速しようとする。
(本体だ。2人いるように見えるが、本当はたった一人。本体を倒せば終わる!)
必殺の一撃を放とうするクオーンはこの戦闘中で最も傷が少ない。攻撃を加えようとすると、2体目が巧妙に入り込み、さっきから妨害するからだ。
レイピアで突きを入れると、2体目がカバーに入る。斬りかかると爪で対抗してくるのは2体目で、常に1体目は安全な立ち位置にいた。
だからこそ本体を倒せば、2体目も消えるのだろうと確信できる。
「むんっ!」
クオーンの横薙ぎの一撃が空間を切り裂く。その爪は魔力により長大となり、カナタだけではなく後ろのビルの柱すらもバターのように分断した。
だが、カナタはギリギリで躱していた。脚に込めた魔力を爆発させて、爪を潜り抜けるとレイピアに全ての魔力を込めてクオーンの頭を狙う。必殺の一撃を放ったクオーンは硬直しており、このまま突きを入れれば確実に倒せる。2体目が妨害する前にレイピアはクオーンの頭を串刺しにするだろう。
(もらった……!?)
だが、カナタは2体目を見て、その表情に違和感を覚え━━。
「とった! 鳥葬絶式!」
2体目が必殺の一撃を振り下ろしてくる。
魔力の爪が振り下ろされて、突風が巻き起こり、爆発音が響き、砂煙が巻き起こり床がその衝撃で崩れ落ちてゆく。
そして━━。
「ば、馬鹿な……」
砂煙が風で散っていき、レイピアを顔に突き立てられた2体目の姿が現れる。
「か、完全に騙せたはず……」
「えぇ。騙されました。貴方はなかなかの演技でしたね」
震える声で後ろに下がる2体目。そして、血だらけのカナタが凄絶な笑みを見せていた。
「分身をすれば本体を狙うのはセオリー。分身が防いでくるので、敵はますます本体を倒そうとします。本体が必殺技を使えば、その隙を狙うのも当然の流れ。だからこそ貴方は2体目の分身と見せかけて、本体で分身を守っていたのですね。見事です、途中まで完全に騙されていました」
ゆっくりとレイピアを引き抜くと、本体に見せかけた分身が消えていく。
「ですが最後の攻撃で防ぎもせずに笑っていたのを見て悟りました。プロの俳優の目は誤魔化せません。油断しましたね」
血のついたレイピアを軽く振り、血を落とす。
「うぬ……最後に油断したか……ここで、ここで死ぬわけには、息子のために……死ぬわけには……」
顔を貫かれても、なおも驚異的な意志で腕を振るおうとするクオーン。その様子を見てカナタはレイピアを構え直す。
「さようならクオーンさん。貴方の役柄はこのアマガミカナタが頂きます」
風切音が広場に笛のように響き、ドサリとなにかが倒れる音がするのであった。




