12幕 撮り直しはできない
初撃で油断したザコンが殺されて、他の護衛たちはなにが起きたのか理解できなかった。ゾンビウォーリアごときにザコンは負けるはずはなかったのだ。現実に殺されたザコンを理解出来ずに、護衛たちが棒立ちする中で、カナタは再び歩き出す。
「は? な、なん」
「ゾンビウォーリアが」
「こ、この野郎」
カナタは仮面の下でギラリと目を光らせると、摺り足から飛ぶように間合いを詰めて剣を振っていく。護衛たちが動揺から立ち直る前に、その首を狙っていき、縫うように護衛たちの間を通り過ぎざまに、切り裂いていくのであった。力強く、かつ流れるような動きに護衛たちは反応する前に全員息絶えるのであった。
「カナタさん、その動きはクリーチャーではなく、剣士のものですよ?」
「仕方ないんです。レイピアを持った人は予想以上に強かったので、他の護衛たちも油断している間に倒さないと。護衛と切り結ぶクリーチャー殺人鬼なんていないですからね!」
蚊のような囁きで面白がってツッコミを入れるセイにカナタは小さな声で反論する。正直言うと、不可視の障壁で防がれた時は心底驚いた。あんな技があるのかと、いきなり殺人鬼は倒されてしまう展開かと恐れてしまった。スラム街ではあんな技を使う者はいなかったので、魔法かもしれない。
情報不足を痛感して、残りの護衛はサックリと殺すことに決めたのである。
混乱していたので意外とあっさりと殺せた。どうやらあの不可視の障壁は他の護衛たちは使えないようで、抵抗らしき抵抗もなかったことに安堵する。
(残りは司祭と神官見習いたちだけ。これであとは恐怖の殺人鬼を見せつけつつ、エンディングだよ)
護衛たちが殺されて呆然とする司祭たちを横目に、倒した護衛の腰に付けられている投げナイフを引き抜く。
神官見習いたちへと、スナップを効かせて、投げナイフを投擲していく。投げナイフは撮影にて本物そっくりの臨場感が欲しいから練習してくれと監督にお願いされて鍛えたことがある。刃は落としてあるが、命中するとかなり痛く、仲間と共に投げ合って、上手い方が撮影でナイフ投げをする役柄をとるという話になったものだ。苦労して鍛えて僕は役をとったが、尺の問題でそのシーンはカットされたという痛い思い出もあったりした。
「ギャッ!」
「いてぇっ!」
「肩に、肩に刺さったぁ〜」
狙い違わず、ナイフは神官見習いたちの肩に刺さり、苦痛の悲鳴が広場に響き渡る。
「皆さん、ここから逃げるのです。このゾンビは儂が倒しますが、万が一ということもありますからね」
でっぷりと太った司祭は、傷ついた神官見習いたちへと手を振って、逃げるように促す。こういうパターンだと我先にと司祭は逃げ出すかと思ったが、予想外に責任感があるらしい。
バタバタと慌てて逃げ出す神官見習いたちは、戦士にあるまじき無防備な状態で警戒することなく一目散に広場から出ていく。
この距離と神官見習いたちの無防備っぷりなら、ナイフを何本か投擲すれば殺せるだろう。だが、カナタは逃亡を防ぐこともせずに見送った。
「あれ? 逃げてしまいますよカナタさん。ここは皆殺しというシーンでは?」
「皆殺しにしたら、誰が廃ビルの殺人鬼の噂を流してくれるんですか。それに……彼らはまだ子供だから、殺しはコンプライアンス的にNGなんです」
そう、神官見習いたちは13、14歳くらいの子供たちであった。映画などでは子供を殺す直接的な描写はアウトなのだ。
「殺す描写はカットされれば大丈夫ですよ。本当は子供を殺すのに罪悪感を感じるのでは? ご安心ください、契約時も説明しましたが、彼らは非業の死であっても文句は言えません。そのような契約ですので」
セイが僕の目を覗き込むように顔を近づけてくる。その瞳は底なし沼のように不気味さを感じ、目を合わせるとどこまでも心を吸い込まれるような黒々とした瞳だった。
「わかってますけど、感情は別なんです」
その瞳から逃れるように顔を背ける。撮影云々は理由付けであることは本人が分かっている。契約的に殺しても問題はないが、感情が忌避しているのだ。子供を殺すのに躊躇いを持つのは、辛うじて良心が働いているのかは不明だけど。
「さあ、その話は終わりです。廃ビルに響き渡るほどに悲鳴を上げさせて、司祭を殺します」
護衛の死体を踏み分けて、剣をだらりとぶら下げて司祭に向き直る。返り血に染まり、迫りくるゾンビウォーリア。司祭は駄々っ子のように暴れて殺されるか、ターンアンデッドを使って無駄に抵抗をして殺される。
それが廃ビルの殺人鬼のエンディングであった。少なくともカナタは太った司祭を見てそう考えていた。
即ち、そこで油断した。捌かれるのを待つだけの犠牲者と地球の基準で考えてしまったのだ。
「おのれ、おのれぇぇぇ、これまで媚びを売って来たというのに、貴族の子息に怪我をさせよって、許せんぞ!」
どうやら責任感からではなく、自身の保身を考えて司祭は子供たちを逃したらしい。怒髪天を衝くという言葉通りに怒り狂い、クオーンは手を向けてくる。
魔法を放とうというのだろう。しかしカナタは素早く残りの投げナイフをクオーンに向けて投擲する。狙うは目であり、身体強化された身体は今まで以上に正確に跳んで行く。
「くっ、小技を!」
クオーンは手を引くと迫るナイフに対して魔法にて迎え撃つことに変更した。魔力障壁を持ったザコンが倒されたところを見ているので、なにか魔力障壁を打ち破るスキルか特性を持っているのではと警戒したのだ。
魔力弾が放たれてナイフを迎撃していき、爆発音が響き、煙がクオーンの視界を隠す。その隙を狙っていたカナタは床が砕けんばかりに踏み込みをすると、一気にクオーンの懐に入るとクオーンの太った腹に剣を突き出して、串刺しにするのであった。
これでおしまい。最後はクオーンの断末魔の悲鳴でエンディングだと、カナタは得意げに笑うが━━。
「これで終わりだと考えたか、化け物?」
串刺しにされたはずのクオーンがニヤリと笑い、刺さった剣を掴むと一気に引き抜く。貫かれたクオーンの身体は蠢き、穴を急速に埋めていき治癒していった。
(魔法!? こんな魔法あり!?)
驚くべき事象に、カナタが顔を引きつらせ後ろに下がろうとするがクオーンは下がることを許さずに、腰の入ったフックをカナタの脇腹に食らわせる。
ズンと重い拳がめり込んで、肉体では耐えられず、カナタは激痛で息が止まりそうになる。思わずくの字に身体を折りそうになるが、カナタは驚異的な精神で耐えた。偏にクリーチャー殺人鬼が拳一発で苦しみ悶える姿など絶対に見せないと考えたからだ。
「効かぬか、だが神聖なる拳ではどうだ?」
『神聖拳』
でっぷりと太った体重が二百キロは超えていそうな司祭は、神聖力を付与した光る拳を再度脇腹に叩き込んでくる。ボキッと肋が折られた音がして、今度こそ激痛で倒れそうになるが、演技に全てをかけているカナタは耐えた。
デブの攻撃など効かないよと、平然とした様子で剣を振り上げる。
今度は驚いたのはクオーンの方であった。なぜならばアンデッドであれば神聖魔法の影響を受けないはずがないからだ。ゾンビウォーリア程度なら灰になるレベルの力を込めたのに、平気な様子の仮面の化け物を信じられない様子で見る。
「なにっ!? 神聖魔法による拳が通用しない? なぜ、まさか、ガハッ」
動揺するクオーンを全力をもって、肩から袈裟斬りに剣を振り下ろす。クオーンの肉体は半分くらい分断されて、今度こそ倒したとカナタは息を吐くが━━。
クオーンの身体が蠢くと、みるみるうちに肉体が繋がっていった。即死レベルの攻撃であるのに信じられない回復力であった。
(ど、どうなってるの!? 魔法が凄いことは分かったけど、これは幾らなんでも酷すぎない?)
目を疑うレベルの再生能力を前に、どっちがクリーチャーか分からないよと舌打ちをするカナタ。身体が繋がったクオーンはラッシュを仕掛けてくると、さすがに押し負けてしまい、カナタは後ろに下がってしまうのだった。肉体がクオーンのラッシュにより砕かれるような威力にホッケーマスクの下でカナタは歯を食いしばり耐え抜く。
(その力はなんだと聞きたいけど、クリーチャーは聞けない! でも……なんとなくわかってきたよ)
ふしゅーと大きく息を吐き、残心を解くクオーンを見て、能力の片鱗を察する。というか、見た目からバレバレだった。
なにせ、百貫デブが鍛えられたほっそりとした肉体に変貌しているからだ。
「くはぁ〜。たったの二撃で、闇魔法『生贄肉体』をここまで使わせるとは、驚いたわい」
なんかヒントもくれた。名前から推測するに脂肪をダメージの身代わりに消費する系統なのだろう。全国のダイエットに苦しむ人たちに人気になる魔法である。
「ふん、貴様、ゾンビウォーリアではないな? ゾンビウォーリアのフリをして儂を殺しに来た殺し屋か? それともスラム街の実力者が強盗に来たか? どちらにしても殺すことは決定だ」
神聖魔法で傷つかないカナタの正体があっさりとバレた。だが、問題はそれだけではない。
中肉中背で痩身の男は鍛えられた肉体を見せており、明らかに戦いの中に生きてきた武人の空気をまとっていたからだ。
予想外にも程がある。まさかのやられ役と思っていたデブの司祭の真の姿に、神を罵りながらカナタは剣を構える。
と、クオーンが両手のひらを向けてきて、魔法陣を中空に描いていく。魔法陣はまるで天使の翼を意匠としたようにどこか神秘的で、放電しながら純白の光で形成されていく。
推測しなくてもわかる。あの魔法はヤバイ。
焦りながら、クオーンへと踏み込もうとするカナタだが遅かった。
「天使の翼、神界の光、全てを焼き尽くす天上の雷よ。我らが敵を罰し給え」
『天罰』
クオーンが詠唱を終えると、魔法陣が光り輝く。
盲目となるだろう強き光が放たれて、カナタは躱すことも出来ずに、その肉体を粉々に吹き飛ばされた。
強力な一撃。司祭は贅沢な暮らしをする怠惰な者ではなく、優れたモンクであった。
廃ビルの殺人鬼は倒されて、カナタの狙いは果たされないのであった。




