11幕 ホラー殺人鬼の演技は辛い
少し休んで息を整えた。『身体強化』という能力は最底辺の魔力で使っても、凄まじい回復力を持っており、乱れた呼吸がもう落ち着いている。
この世界の魔法という力に初めて触れて、少し感動しちゃったよ。
こっそりと覗くと護衛たちがゾンビの手足を切り落とし、安全になってから神官見習いが近づいてターンアンデッドを使っていた。所謂、パワーレベリングというやつだ。この世界は経験値でレベルが上がるイージーな世界ではないけど、実戦による度胸がついて魔法の使い方が上手くなるのだろう。100の組手よりも1の実戦というしね。
護衛は4人。デブ司祭と神官見習い3人。計8人だ。女衒たちが片付けられたのは僥倖だった。あの人数相手だとかなり厳しかったろう。
廃ビルの殺人鬼にしては、壁に背をつけて慎重に相手の様子を窺うという、かなりかっこ悪い姿だけど、始まりは僕が飛び出してからだ。
魔力を再度身体に巡らせて『身体強化』を発動させる。見かけは鈍重だが、今の身体は羽根のように軽い。
「まさかデーンの記録を読むだけで基礎とはいえ魔法を使えるとは驚きでしたよ。普通は見ても使えないんですよ?」
「『記憶閲覧」は本人の記憶やその時の感情、本人が気づいていない無意識の行動まで教えてくれますからね。僕は模倣が得意なんです」
デーンは先輩に教えられて、魔法を使えるようになると牛タンをひたすら食べていた。喉を詰まらせて、必死になって呼吸をしようとして魔力操作に目覚めたのだ。正直言うとよく分からない経験だったけど結果良ければ全て良し。
回想シーンには使えないアホな覚醒だったけど覚醒時の呼吸から体内の感じ方まで閲覧できたので、見様見真似だけど模倣して使えるようになったのだ。僕はお金を稼いだら焼肉屋に行くことを決心した。
「素晴らしいですよカナタさん。クズスキルに見えるスキルを強力なチートスキルに変えられる可能性を持った能力ですからね」
セイが感心するけど、カナタは地球にいた頃から脚本の役を完全に模倣できた。三流俳優の得意技で、警官役や爆弾魔役、通りすがりの一般人まで完全にマスターしたものだ。その腕前は大御所でも感嘆の声を上げるほどだった。
「へー。なのになんで三流俳優だったんですか? これだけの演技力なら一流俳優と呼ばれてもおかしくないと思うのですが」
不思議そうに尋ねてくるセイだけど嫌な思い出なので口を噤むことで教えない。
「知ってるのに聞いてくるなら教えないですし、知らないから聞いてくるのなら言いたくないので答えません。どちらにしても教える選択肢はありませんよ」
頭を振って気を取り直すと、作戦を立てる。
護衛の中で一人だけずば抜けて動きのよい人がいる。今にも折れそうな細い刀身のレイピアを持ちながらも、ゾンビの手足をバターのようにあっさりと切っていくのだ。
軽薄な感じの金髪に髪を染めた男で、いちいちカッコをつけて攻撃しているが、それを可能とする速さと切れ味を持っている。太刀筋も綺麗なもので、剣士として鍛えていることが分かる。
ニヤニヤと楽しそうに嗤って、ゾンビの手から少しずつ切り落としているところを見ると、サイコパスの可能性ありだな。
最初に片付けるのはあいつで決定だ。戦術の基本、最初の目標は最大の敵を狙え、だ。とは言っても、飛び出して奇襲攻撃はホラー的な殺人鬼に相応しくない。
緊張で一筋の汗が額から流れる。撮影する始まり、ピンと張った糸のように硬い空気。何度経験があっても慣れることはない。しかもこれは現実でフィクションではないのだ。わざと手加減してくれるわけでも、殺陣の演技でもない。殺される時はあっさり殺されるだろうし、本当に人を殺す。
だが、そこで立ち止まるつもりはない。そもそも立ち止まるのなら最初から巫女と契約をしたりしない。
覚悟を決めて通路から歩み出る。早足で、でもゆっくりと歩いているように演技をして、力強い足取りで、多少猫背で虎が今にも獲物に飛び掛かるように。巨漢であるからこそできる演技。足が長く歩幅があり、上半身を揺らさないようにすると不思議とゆっくりと歩いているように見えるのだ。
地球では不可能であった自身の演技に嫉妬と羨望を思いつつ、敵の只中に突き進む。不利だとはわかっているけど、この見せ方以外にはあり得ないんだ。
さぁ、哀れなる犠牲者よ。都市伝説となるだろう廃ビルの殺人鬼がお出ましです。愚者が演じる化け物をどうか楽しんでくださると良いのですが。
◇
「ん? なんだ、ゾンビが通路から?」
最初に気づいたのは、カナタが予想した通り、レイピアを持った剣士だった。感知能力も高いのだろう、新たに現れたゾンビウォーリアにすぐに気づく。
ノシノシと近づいてくるホッケーマスクのゾンビを前に、しかし男は警戒することもなく、面白そうに笑っただけだった。
男の名前はザコン。身体強化はもちろんのこと、武器に魔力を流し、剣術も師範代クラスと、剣士として結構な腕前を持ちながらも冒険者ランクはCランクで昇格したことはない。
理由は簡単で、ザコンは命あるものを切ることに強烈な愉悦を感じる男だからだ。盗賊討伐においては、手足の腱を切ったあとに少しずつ切り刻み、冒険者と喧嘩をすると必ず相手の喉をきり裂き降参と言えないようにしてからゆっくりと甚振る。精神性に問題ありと、腕前は良くともさすがに高位のランクは与えられないと冒険者ギルドは判断したのである。
そうしてザコンは燻ることとなり、やがて同じ趣味の司祭であるクオーンと出会い、同好の士と分かり合い護衛として雇われることとなった。
人を斬り刻むことを趣味とする最低コンビの誕生であった。もちろん、他の護衛たちも人を甚振って殺すのが大好きな奴らばかりだ。ギルドに目をつけられそうになりお互いにほとぼりを冷ましているのである。
最近は平民殺しに国の目が厳しくなり、仕方なく鬱憤晴らしにゾンビと戦っていたのだが、近づいてくるホッケーマスクのゾンビを見て、多少は楽しめると笑った。
「切り甲斐がありそうだ。どうせ痛覚はないのだから、綺麗に切断できるかを目標とするか。木の年輪のように美しく肉も骨も断面状になるのを狙ってみてもいい」
自身の愛剣である風の魔法が付与された『木の葉』という銘のレイピアを構えて待ち受ける。15年ローンで買った『木の葉』は強力な魔道武器だ。見かけは細い刀身で叩いたら簡単に折れそうな剣であるがそれは誤りだ。この剣は魔法銀で柄から刀身まで作られており、魔力を流さずとも象に踏まれても折れない強靭さをもつ。魔力を流せば魔力で防護されていない物体ならたとえ戦車でも、チーズのように切り裂けるのだ。
今もそうだ。近づいてくるホッケーマスクのゾンビは大した魔力もないし簡単に切り裂けると判断した。ならば、どのような断面を残せるか綺麗に切るだけだと考えてしまった。
「人間でないのが残念ですが、それでも綺麗に切ることだけはできるというものです。さぁ、インスタ映えするように斬られなさい!」
この時点でザコンは油断していた。剣を持つのでゾンビウォーリアだとは判断したが、それ以上の推測はしなかった。レベル2のゾンビウォーリアは一般人にとっては脅威だが、ザコンレベルとなると雑魚だからである。
筋力、速度、魔力の全てにおいて上回り、かつ正式な剣術も習得しているうえに、魔道武器を持っているので負けるとは思わなかった。いや、警戒する必要もなかった。
なので、1つ目の誤りをした。これからまだまだゾンビを倒さなくてはならないので、込める魔力をゾンビを切り裂けるギリギリまで落とたのだ。
「はあっー!」
靭やかに、レイピアが鞭のようにしなると、反動を利用して、カナタに斬りかかる。その速度は最低限まで落としているために、カナタでもなんとか反応できるレベルだった。しかも魔物相手にフェイントは必要ないため、素直な軌道での一撃だ。
なので、カナタはレイピアの命中する肩に、瞬間、魔力を収束させて、肩の硬度を上げた上に、加速してザコンの懐に入り込む。
ザクリとレイピアが食い込むが、間合いを詰められたため、その力は充分ではなく、なおかつ肩の硬度が上げられたため刀身は肩の半ばで止まってしまう。
「なに!? これほどに硬いのか?」
簡単に切り裂けると考えていたザコンが予想外の結果に目を見開き、そして、ゾンビウォーリアの不自然な加速に狼狽する。
その瞬間、ザコンは動きを止めてしまった。レイピアを引き抜こうと魔力を練り直す時には、カナタは肩から奔る激痛に涙目となりつつも、剣をザコンの首に突き入れる。
「油断して魔力の練り込みが浅かったか? 失敗したな」
ザコンはゾンビウォーリアらしくない動きに狼狽はしたが、剣が首に迫ってきても自身の優位性を信じていた。
『魔力障壁』
ザコンを守る魔力の鎧。その身体を不可視の障壁が覆う。『身体強化』が一人前の冒険者であるならば、『魔力障壁』は一流冒険者となる登竜門と言える技だ。自分の魔力を体内から皮膚へと流して、魔力による鎧を作る。魔法を防ぐためにも物理的に防御をするためにも必須な能力だ。特に物理的攻撃は魔力が込められていなければミサイルですら込める魔力量によっては防げる脅威の技であった。
魔法を使わないため、瞬時に展開できる『魔法障壁』をザコンは使用できた。ゆえに、魔力の籠もらないゾンビウォーリア如きの攻撃など簡単に防げる。そう考えていた。
薄皮1枚の最低限の魔力量でも、防げると考えてしまった。
これが2つ目のザコンの油断となった。防がれたのはたまたまだろうと考えて、危機感を覚えずにまだ魔力量を絞ってしまったのである。
だが、カナタはその油断を察していた。
(最初の犠牲者がぼんやりして一撃で殺されるのはホラー的クリーチャーものではセオリーだよ!)
全身に全ての魔力を流し込む。さらにカナタは加速して、剣がザコンの首に命中する。不可視の障壁が空間を歪ませて剣から火花が散っていく。全力での攻撃も簡単に防がれていた。
(な! なんだこれ? 見えない壁? こんなのあり!? ぐ、にゅぉぉぉぉぉー!)
だがカナタはめげることなく、体当たりをするように剣を突く。
ピシリと空間が割れる。
カナタの全力に剣に魔力がうっすらと流れ込むと、魔力障壁を貫き、その首に突き刺さった。
僅かに数センチほどの浅い傷。致命傷には程遠いダメージ。身体強化を行える冒険者なら、まだまだ致命的とはならない攻撃だ。
しかし喉という場所が悪かった。そして、ザコンは魔力障壁を突破されたという事実に混乱してしまった。
「ゴフッ! こ、この野郎、ゾンビウォーリアではないな、貴様」
喉からせり上がる血を吹き出して、口を押さえると、ザコンは目の前のゾンビウォーリアがイレギュラーだと悟る。魔力を視認して分かった。突きを入れる瞬間にゾンビウォーリアの展開する魔力が跳ね上がったことを。自身の魔力量に比べたら、弱々しいものであるが、たしかに身体強化を使用した。
「く、レアモンスターか! なら、今度は油断しません!」
本来の魔力を引き出してザコンは魔力障壁を展開させる。本来の力であれば、この程度のゾンビウォーリアなど雑魚だ。レイピアの力を発動させれば一撃で倒せる程度。
ザコンの身体が引き出した魔力により、緑のオーラを纏う。もはやこの障壁であるならばゾンビウォーリアは傷もつけられない。
「ふふ、ゾンビウォーリアごときが、私に傷をつけるなど万死に値します」
ザコンは自身の身体から展開する魔力障壁に満足し、そしてなぜか自身の身体を正面から見れていることに疑問を持つことなく嗤う。視界が落下していき、嗤ったまま床に転がる。
首を失ったザコンの身体がその上に倒れ込み、レイピアがカランと金属音を立てる。
首の痛みで一瞬だけザコンは魔力障壁を消してしまった。その隙を逃さずに、切り払った構えの仮面の殺人鬼がその前には立っていた。




