10幕 廃ビルの殺人鬼
誰もが混乱して、突如として現れた男を見る。
コンクリートの分厚い壁を突き破って現れた男は異様と言えた。
背丈は190センチほどで、素っ気ない作業服を着ているが、筋肉の鎧と呼べば良いのか、はち切れんばかりの筋肉により作業服はパンパンだ。顔はホッケーマスクを被り、素顔を見ることはできなく、丸太のような手足は地面に倒れることはないとその姿から語っている。そして片手には剣を持ち━━。
脇腹は抉れて骨と内臓が見えており、ホッケーマスクから覗く横顔は削れて歯茎が垣間見えた。
無言で立っているその姿だけで威圧されるような気分になる危険な空気を醸し出している。
「ゾンビウォーリアだ! こいつ、ゾンビウォーリアですぜ! やべぶっ」
青褪めた顔の部下が男の正体を口にすると同時に、その首が切り落とされて宙を舞う。青褪めた表情のまま、ごろりと床に転がる生首はなにが起きたかもわからずに絶命したことを示しており、恐怖の表情よりもホオネリーたちに恐ろしさを教えてくれた。
「ゾンビウォーリアっても、たった1匹だ! 俺たちの方が数が多い。倒しちまおうぜ!」
「そう、そうだな! おら、かかってこいや、脳味噌空っぽ野郎」
「足だ、まずは足をきり落とせ! そうしたら、もう動けねぇ」
「へへっ、俺たちも冒険者の仲間入りってか」
だが、見た目は恐ろしくとも、たった1匹だと気を取り直して、部下たちは剣を構えると攻撃を始める。彼らは貧民街の荒くれ者たちであり、暴力には慣れている。ホオネリーの護衛に来たのも、強面の彼らが睨みを利かせれば、スラム街の人間など尻の帆をかけて逃げる。それにゾンビはまだまだ成人してもいない神官見習いでも簡単に倒せる。
だから剣を持っているゾンビを前にしても、すぐに落ち着きを取り戻すことに成功していた。
「ほいやっ!」
「おんどりゃー!」
「死ね、このゾンビ野郎!」
口々に罵りながら剣で斬りかかる。ホッケーマスクのゾンビはその剣をかわすことも防ぐこともせずに、案山子のように突っ立ているだけで、剣による傷が増えていく。
力自慢の荒くれ者たちはホッケーマスクのゾンビを前に、やれるとばかりに顔を興奮で赤くする。倒せそうだとの雰囲気から、彼らは勘違いすることとなる。
「冒険者でなくても倒せるじゃねーか、なんだ、かんた━━」
ポンと男の首が飛んだ。彼らの目にはまるで竜が尻尾を振るったように見えた。一瞬のうちに剛腕が男の首を通り過ぎて、剣にて斬り落とされたのだ。
「へ? ちょ、なんだよ、その力」
余りの力に顔を強張らせて、身体を膠着させる次の男の鳩尾に杭のようにホッケーマスクのゾンビの蹴りが入る。冗談のように男の体が浮いて勢いよく身体に叩きつけられていた。
「ま、まってく」
そして追撃の蹴りが男の頭に叩き込まれてコンクリート壁とゾンビの蹴りに挟まれた男の頭はスイカのように割れて、脳漿と共に血を撒き散らすのであった。
返り血で真っ赤に染まるホッケーマスクのゾンビが振り返り、残る二人の部下は震え上がり、へっぴり腰で剣を構えるが完全に戦意を消失していた。
彼らは貧民街の荒くれ者だ。力自慢で喧嘩などは日常茶飯時、睨みつければだいたいの人間は顔を俯けて逃げる。だが、反対に言えば、それだけだった。命を賭けてモンスターと戦ったこともなければ、魔力で肉体を強化できるわけでもない。一般人の枠を超えない者たちなのだ。
「は、へ、かかってこいよ、オラァ、バゲッ」
残りの部下たちはホッケーマスクのゾンビの剣を防ぐことも出来ずに、あっさりと斬り殺されて、ホオネリーの部下たちはあっという間に死体となった。
「れ、レベル2のゾンビが発生してやがったのかよ、ちくしょう、カネを惜しまなけりゃ良かった」
歯が砕けんばかりに噛み締めてホオネリーは自身の失敗を恨む。ゾンビを神官見習いたちがあっさりと倒していたのをいつも見ていたので勘違いしていたが、ゾンビは実のところレベル1の最低ランクでも強い。
痛みを感じず、自身がどんなに傷ついても諦めることなく攻撃してくるゾンビは魔力で肉体を人外に強化できる冒険者にとっては雑魚でも、一般人にとっては脅威だ。頭を砕けば倒せると言っても頭蓋骨を陥没させる程度では倒せないし、首を一撃で斬り落とすこともできない。数人がかりでゾンビを押さえて何度も頭を叩き、ようやく倒せるくらいだ。
魔物が現れる外や地下階層ならばホオネリーは冒険者を雇っていた。しかし死体を運ぶだけであるし、そばには神官たちがいるので金をケチってしまった。それなのに欲にくらんで、子供たちを追いかけてスラム街の奥に来てしまった。そのツケが今精算されようとしていた。
「の、残り、残りの部下が来ればなんとか時間稼ぎを、ひ、ひいっ!」
他の子供たちを捕まえるべく、散っている残りの部下たちに期待をかけるが、ホッケーマスクのゾンビが壊したビル壁の奥を見て、もはや自分に部下の助けはないと理解した。
壊れた壁の向こうに、まるで人形のように真っ赤に血で染まる死体が積み重なっているのを垣間見たのだ。服装から彼らは別れて行動していた部下たちに間違いなかった。
もはや子供たちのことなど、どうでもよい。自分の命が大切だ。
「こ、こんなところで死んでたまるかっ! お、お前たちが餌になるんだな!」
今ならば子供たちがホッケーマスクのゾンビの餌となるだろう。そう判断して、ホオネリーは踵を返すと全力で逃げ出す。瓦礫や放置されたゴミなどを踏み分けて、ホッケーマスクのゾンビから少しでも離れようと駆け出し後ろを見る、きっとガキたちが今頃あのゾンビに殺されているだろう、そう思っていたからだ。それならばガキたちが殺されている間にホオネリーは逃げ切ることができる。
だが、その期待は無残にも破壊された。
ホッケーマスクのゾンビはホオネリーを追いかけてきていた。子供たちを見向きもせずに、ズシンズシンと力ある足取りで追跡してきていた。
「なんだよ、背を見せた奴を追いかける習性でもあるのかよ、ちくしょう!」
そろりと静かに逃げ出すべきだった。憎まれ口を叩いて逃げる余裕などなかったのだ。獲物を追いかけるように、ついてくるホッケーマスクのゾンビ。
追いつかれたら殺されることは確実で、ホオネリーは全力で逃げ出して、廊下の角をいくつも曲がり、時には部屋を通り抜けて距離を稼ごうとする。
「神官さえ、神官たちの所にさえ辿り着ければ、あぁぁ、なんで引き離せねーんだ? あいつは歩いているだけなのに、どうして距離が稼げねーんだよ!」
何度も廊下を曲がっているのに、ホッケーマスクのゾンビはいつの間にか追いついていた。早足であり、追いつける速度ではないのにじわじわと近づいてきている。
息は切れて、足は疲労で震え始め、ホオネリーは自身の体力が限界に近いことを知っていた。
だが、希望もすぐそばに近づいていることも知っていた。暗い廊下の先に光の扉が待っている。その希望を胸にホオネリーは走り続け、ようやく見慣れた場所が目に入る。
後ろを振り向くと、まだ少し距離はあり追いつかれることはないと確信し相好を崩す。やはり俺はここで死ぬ人間ではなかった。神は誠実に生きる俺の仲間であった。
「ぞ、ゾンビです。ゾンビウォーリアが」
通路を出ると神官たちとその護衛がいる広場に戻ってこれていた。喜びを顔に浮かべ後ろにゾンビウォーリアが迫っていることを告げようとするが━━。
強い衝撃を後頭部に感じてよろける。追いつかれたのだろうか? いや、それよりもなによりも……。
「う、嘘だ」
口から生える剣はなんだろうか? 痛みすら感じることなく、ホオネリーは床に崩れ落ちる。
最後に見たのは、ホッケーマスクのゾンビが剣を投擲した構えだった。
◇
ホッケーマスクのゾンビ。後に廃ビルの殺人鬼と呼ばれることとなるゾンビウォーリア。
もちろんその正体はカナタです。ショップで三万ポイントもした使い捨てゾンビセットを買い、デーンに変身して装備すると女衒たちを殺しに来たのだ。
スラム街の暗闇に潜む不死の化け物デーンです。やっぱりホッケーマスクの殺人鬼は悪役の中で外さないと思うんだ。
元々デーンは『魔力弾』に『身体強化』も行える優秀な素体だ。『記憶閲覧』にて『身体強化』の方法を学んだ僕はサクサクと女衒たちを殺して回れた。コンクリートの壁を砕いて現れたり、切られても痛くないよと、力の差を見せつけて殺す。どこからどう見ても完璧なホラー系殺人鬼だ。
でも一つだけ誤算があった。
「は、早足で追いつくのは絶対に不可能です、ゼェゼェ、ちょ、息を整えないと、ゼェゼェ」
殺人鬼は早足で獲物を追いかけるだけでダッシュで追いかけたりしないのだ。じわじわと追い詰められる獲物を見て、観客はゾクゾクする恐怖の声を上げるのである。
うぉぉぉと叫んで追いかける殺人鬼は誰も求めていないのだ。
でも実践すると、物凄い大変だった。
「早足からのダッシュの繰り返し、ゲホゲホ、つ、つらたん。殺人鬼、さ、殺人鬼には体力が必要」
仮面の下は汗びっしょりで、息も切れて体力の限界に挑戦していた。なにせ、女衒が廊下を曲がりこちらの姿を見れなくなったら猛ダッシュして距離を縮めていたのだ。もはやコントかよと叫びたい気分だった。『身体強化』を使えなかったら、まず逃げられていたに違いない。
「デーン、死体漁りをする怠け者だけあって筋肉はそこそこありますけど体力がなかったです。予想外でしたけど死体漁りをする程度の底辺冒険者だから当たり前と言えば当たり前でしたか」
『記憶皮膚』は完全にその人そのものに変わるスキルだ。その人の魔力以外の能力を完全に引き継ぎ、五感も同じ感じ方となる。デーンは体を鍛えることをやめていたので疲れやすく、ホッケーマスクの化け物をするにはかなり厳しかった。ホッケーマスクの下は慌てていたよ。映画の殺人鬼はよく冷静に追いかけることができるもんである。
「あははっ、つ、掴みはオーケーですよカナタさん。たっぷり笑わせてもらいました。あれですね、連続殺人もので犯人側を漫画にしたのがありますけど、クリーチャー系統も同じなんですね」
腹を抱えて笑うセイに、ジト目で睨む。こっちはヒヤヒヤしていたのだ。舞台裏を見て大笑いする気持ちも分かるけど、もう少し抑えてほしい。
「ギリギリ追いつけてよかったですよ。剣が命中して本当に良かった」
こちらからは見えないが倒れた女衒の先には司祭たちがいる広場だ。合流する前に、殺せてよかった。それの方が恐怖を誘う展開だからね。
「しかし容赦ありませんでしたね、命を奪う行動に躊躇いが見られなかったので小生驚きました。平和な日本に住む方とは思えない辣腕振りでしたよ」
「スラム街に5年間いたせいで、かなり意識が変わったことは認めます。世界観にあわせるために5年間の準備期間を与えたのは悔しいですけど正解でした。……それに子供たちを笑いながら売り払おうとして、あまつさえ殺そうとする人間に同情の余地はありませんよ」
広場に戻れる寸前で死んだ女衒に駆け寄るどころか、近付く人の気配すらしらない。
ここは画面外と心で呟きながら、壁に背をつけてそっと広場を覗くと護衛たちも司祭たちも死んだ女衒を気にすることなく、ゾンビたちを倒していた。
「あの人たちも大概です。彼らが人の死を気にせずに自分のことしか考えない人たちで本当に良かった」
これが悲鳴があがり、恐怖する人たちなら、少しは罪悪感が湧いたかもしれない。
でも彼らは釣り堀に遊びに来た釣り人のように護衛たちにゾンビを釣らせて、とどめを刺している。あくまでも遠足気分で和気あいあいとゾンビ退治を楽しんでいる。
「良かった、クズたちで。遠慮なく行動に移りましょう」
ホッケーマスクの下で、口端を釣り上げるとカナタは広場に姿を現すのだった。




