エピローグ
「はー、しっかし、リューヤは異世界の人間だったのか。道理で料理なんてできるわけだ」
「まぁ、普通はそうだよな」
「……ん」
昼食も終え、イムルレリアまであと少し。
話の種に、と少し空いた休憩時間で、竜也はヒルデガルトに身の上を話していた。
「そういや、オルヴァンス王国って小さな国に、異世界の奴がいたって話を道中に聞いたねぇ」
「そうなのか? ヒルダ」
そういえば、そんな話をフィリーネから聞いたことがある。
だけれど確か、フィリーネは詳細までは知らなかったはずだが。
「確か、あそこの異世界人は宮仕えだったっけか。アタイもよく知らないんだよね」
「まぁ、そうだよな……」
「ああ。だけど今は、アタイを超える賞金が掛けられてるな。確か三千万アルだったっけ。つっても、二十年前に賞金掛けられたってのに、まだ捕まってないらしいけどねぇ。あんたは何か知ってるかい? フィリーネ」
「……ん。よく、知らない、けど」
どうやら随分と前の話らしい。
しかも賞金が掛かっているとは、随分やらかしたのか――と竜也が勝手に納得していると。
「……確か、誘拐」
「あー、オルヴァンス王国のハンナ・オルヴァンス姫殿下を誘拐したんだっけか?」
……。
随分聞いたことのある名前が出てきたけれど、多分偶然だと思うのでスルーしておく。
まさかな――と、あり得ない可能性に竜也は自嘲した。
「ん……そういや、リューヤ……ファミリーネーム何だっけ?」
「ああ、リューヤ・アサクラだけど」
「異世界人ってのはそういう名が多いのかい? 手配されてる異世界人は、ジョージ・アサクラって名前だよ」
……。
随分聞いたことのある名前が出てきた。
そしてここまで一致していると、最早偶然ではあるまい。
何やってんだ親父――そう心中で呟きながら、頭を抱える。
「まー、もう二十年も前なら、おっ死んでんだろね。三千万も掛かってりゃ、賞金稼ぎが放っとかないだろうし」
「……ん」
ははは、と笑うヒルデガルト。
ん、と頷くフィリーネ。
元気に生きていて、今でも異世界で洋食屋やってますよ、とは言えない竜也。
そこで、あの日――父の譲二の言葉が蘇る。
――俺も昔、五年くらい海外に修行に行きましてね。せがれにも同じ経験を積んでもらわなきゃいけねぇ、ってね。まぁ、俺はそこで料理も勉強したんですけど、ついでに嫁さんも貰って来たんでさ。
その行き先が異世界だなんて聞いてないし、その嫁が、オルヴァンス王国とやらのお姫様だなんて聞いてない。
しかも。
――アイツにも、修行先で嫁さんの一人や二人、連れて帰ってもらわなきゃねぇ。
ハッ、と小さく笑う。
料理一筋で、料理のこと以外何も考えてこなかった人生。
こうやって海賊船に乗って。
将来、浅倉屋洋食店を共に継ぐ相手を、この場所で探してみてもいいかもしれない。
例えば。
不器用で無口で、だけど優しい副船長とか。
「ん? そーいや」
「どうかしたか?」
「リューヤ・アサクラに、ジョージ・アサクラ……アサクラ?」
「ああ、俺の姓がアサクラだけど……」
「ふーん。なんだかさ」
と、そこで。
きっと何気なく。
全部の正解を、ヒルデガルドが呟いた。
「アーサー・クラウドみたいだね」
「え……」
「あ、知らないかい? いや、アタイもよく知らないんだけどね。なんだか魔術師として最高峰の奴だとか」
「……」
そう。
どこか引っかかっていた。
なんとなく、ずっと心に止まっていた、その名前。
アーサー・クラウド。
「……リューヤ」
「う、うん。い、いや、偶然だろ。俺、その人のこと、何も知らないし……」
「まぁ、そうだよな」
「……ん」
真実については、伏せておいた方が良いだろう。
きっとこの場でそれを伝えては、フィリーネが混乱する気がする。
だからこそ、心の中だけで恨み言を言っておくことにした。
顔も見たことのないご先祖へ。
きっとリューヤがこの世界にやってくる原因全てを作った人物へ。
浅倉屋洋食店、初代店主――浅倉宇堂。
アーサー・クラウドへ。
これにて完結。
ご愛読ありがとうございました。