静寂と噂
1
最後の授業が終わり、先生が教室を出ると室内がさわがしくなる。
――いつもならそうなる。
今日はいつもとは様子がちがう。
放課後の教室は、授業後十分も経っていないにもかかわらず、すでにボク以外ダレひとりいない。
ふだんならば、用もないのに教室にたむろする生徒もいるが、今日はいない。
そんな『ダレもいない教室』という場所が居心地よく、おもわずボーっと静けさにひたってしまった。
もうしばらくこのままでいたいという気もしたが、図書室に用があるのだ。
ゆっくりと立ち上がり、スポーツバッグを肩にかけた。
どうせこれからしばらくは毎日見られる光景なのだから。
そう思い切りをつけ教室を出た。
2
図書室は、ヒトが多くいるにもかかわらず、本をめくる音となにかを書く音しか聞こえない。
教室とは違う意味での静寂に満ちていた。
室内にいるのが見知った顔の常連ばかりで、冷やかしや気まぐれで来る生徒がいないぶん余計にそう思えるのかもしれない。
カウンターでは図書委員の女子が本を読んでいる。
先輩とは別の上級生だ。
長い髪を束ねてねじりあげ、後頭部できれいに固めた髪形をしている。
それに加えアレンジした制服をファッションとして可愛く着こなしている姿はとても大人びて見えた。
眉間にしわを寄せ難しい顔をしているが、読んでいる本は女子中高生向けのファッション雑誌だ。
ボクは図書委員の仕事に来たのではない。読み終えた本を返却し、新しい本を借りに来たのだ。
カウンターの前に立つと上級生は読んでいた雑誌を閉じてこちらを見た。が、相手がボクだと気が付くと、雑誌を開きなおし読書を再開した。
勝手に返却しろ、ということだ。
お言葉に甘えてカウンターの内側へ回り込む。
スポーツバッグから、借りていた本を二冊取り出した。
カウンターの上に置かれたノートパソコンから伸びたバーコードリーダー、それを使って本に貼られたバーコードを読み取らせる。
それで返却処理は終わる。
「ねぇ」
いつのまにか上級生が雑誌をボクへ向けて開いている。
「こういうのどう」
モデルが、歩いている途中というようなポーズでこちらに笑顔を向けている。
上級生の指が示す先はモデルの着ているブラウスだ。
ほとんど白に近い薄い黄色のブラウスが一万九千八百円(税込み)。
いくら見ても、そこらへんにある衣料量販店のブラウスとなにが違うのかわからない。「……ゼロがひとつ多いと思います」
正直に答えた。
「だよね」
そう言って上級生は軽く笑い、元のように雑誌を読み始めた。
返却棚へ本をいれてボクが小さく別れの言葉をつげると、上級生は手をはためかせた。
3
借りる本を見つくろう。
先ほどまで借りていた本は本格派の長編ミステリーだった。先輩に面白いと薦められたものだ。一冊完結のシリーズ物なのでもう何作かある。
たしかに面白いのだが、文章も内容も硬めで読みきるのに精神的な疲労が大きかった。
そのため、今回は休憩やはしやすめの意味をかねて、まったく関係のない別の作品を読みたいと考えていた。
そうしてしばらく歩き回り、本棚からコメディの短編を二冊ほどピックアップした。
貸し出し処理をしようとカウンターへ向かうと、さきほどの上級生と先輩が並んで座っている。
上級生は雑誌を、先輩は分厚いハードカバーの本を読んでいる。
ボクが近づくと先輩がこちらを向いた。
そして、両腕をカウンターの上で大きく開き、ここに本を置け、とボクへうながしてくる。
そのとおりに本を置くと、手早く貸し出し処理を済ませてくれた。
自分の本とボクの本を抱えて先輩が立ち上がった。
「ノドかわかない?」
これを言うときの先輩は、ボクを外へ連れ出したがっているのだ。
図書室内での飲食は禁止されている。
それを踏まえた、先輩なりの『外へ行こう』というおさそいの言葉だった。
カウンターを出て、ボクのワキを抜け、図書室から出て行ってしまう。
本を持っていかれてしまった以上ついていかざるを得ない。
4
"コ"の字型に校舎で囲まれた中庭。
中心には背の高い木、四隅にエル字型の花壇がある。
しかし、コンクリートはひび割れ、花壇とは名ばかりで乾いた土が盛られているだけ。根が死に絶えた木はいつ倒れてもおかしくない。
なにもかもがボロボロだった。
そんななかに設置された色あせて朽ちかけた木製のベンチにボクは座っている。
ボクの手には、先輩から返してもらった借りてきた本と、紙パックのキャラメルラテがあった。
先輩におごってもらったものだ。
先輩の手にも同じように本と紙パックのイチゴ牛乳がにぎられている。
イチゴ牛乳をストローですすりつつ、ベンチに座るボクの前をウロウロしながら読んだ本の話をしていた。
先輩は読んだ本の話を要約や独自解釈を交えてボクへ話す。
読書により入力したものを、ヒトに話すという出力をおこなうことで、記憶を定着させることが狙いらしい。話をすること自体も好きなようだ。
先輩のこれにつきあわされるヒトは多くいたが、ひたすらに話を続けるだけの先輩に付き合いきれなくなり、最終的に先輩の独演会にはボクだけが残っている。
ボクは先輩の話を聞くことがキライではなかった。
興味のないジャンルの話も多いが、先輩なりの解釈に面白みがあり話自体もわかりやすい。
なにより、小さな先輩が大きな身振り手振りを交えて語るその姿がとても魅力的だったのだ。
今日の先輩の話は、先日借りていた宇宙人の本に関する内容だった。
ユーフォーや宇宙人がフィクションであることを前提とした、『大衆文学に見る時代ごとの宇宙人観のちがい』が今回の話だ。
時代によって変わる宇宙人のあつかいを、いくつかの作品を例に挙げて製作者の意図や信仰をからめ論じる。
そんな話の合間にイチゴ牛乳を飲みつつ、ボクの前を行ったり来たりしている。
さすがにまったく知識のない分野の話であったため、ほとんど理解することが出来そうにない。
結局、考えることはあきらめて、キャラメルラテを堪能しつつ先輩の一挙一投足を楽しむことに専念した。
動き回りながらジェスチャーを交えて真剣とも笑顔とも取れる表情で先輩は話を続ける。
そのまましばらく続いた話の結びとして、今後の宇宙人モノの傾向と予想を述べて、
「――というわけで結論は、このあいだ読んだ宇宙人モノのオチがひどかった、ってところかな」
一通りの話を終えると同時に、イチゴ牛乳の最後のひとくちをすすった。
これで先輩の話は終わりだ。
あとは、空っぽのパックを捨てに歩きつつふたりで適当に話をして解散する、と決まっていた。
だが、今日は先輩にふってみたい話題があった。
先輩はすでにこちらに背中を向けて歩き出していた。
「先輩、知ってますか」
急いでボクが声をかけると先輩が振り返った。
不思議なものでも見たような顔をしている。
「今日学校にヒトがすくない理由」
「すくないの?」
周りを見回し、校舎を見上げる。
ヒトがあまりいないことにすら気が付いていなかったようだ。
飲んでいたキャラメルラテのストローを指示棒のようにふりながらボクは説明を始める。
「じつは――」
最近、この近辺で何人ものヒトが倒れているという。
外傷もなく、原因もわからず、倒れた人間に共通するものもない。
病院に運ばれた全員が原因不明の昏睡状態にあるらしい。
真偽はわからないが、そんなことが起こっていた。
その話に面白おかしく尾ひれが付いて広まり、今日に至って『正体不明の何者かが夜な夜なヒトを襲っている』という話になっている。
そんな話を鵜呑みにして信じる人間がうわさの広まりとともに増え続け、まるで事実であるかのように語られているのだ。
「――っで、学校全体が『襲われたらこわいから早く帰ろっか』というわけです」
「へー」
先輩は一応の納得顔で気のない返事をした。
噂を真に受けた人間の行動なんてまったく興味がないのかもしれない。
キャラメルラテでクチをうるおし話を続ける。
ここからが先輩にふりたい話題の本題だった。
「『倒れる直前までなにかに追われていた』とか『その日、空に不思議な光を見た』とか言う目撃証言が――」
「あー間違いない、宇宙人の仕業だね」
ボクのわざとらしいフリに、先輩もわざとらしくノッてきてくれる。
茶化した口調とは裏腹に、先輩の目はいきいきとしていた。




