目撃者と口封じ
閉館後の図書室で司書である女史とふたりきりになっている。
カウンター業務中に居残りで手伝いを頼まれたのだ。
作業自体は簡単な資料整理だったためすぐに終わった。
なぜ手伝わされたのか疑問に思う程度の仕事量だった。
帰ろうとすると女史に引き止められて話に付き合わされる。
女史の様子がいつもと違い、みょうに話が回りくどい。
話自体も大した内容ではない。
そんな違和感のある談笑をしながら女史の肩をもまされていた。
マッサージについて書かれた雑誌の記事を読み、座っている女史の肩で試したところ、意外に気持ちよかったらしい。
女史は作業の手をとめて、背もたれに寄りかかるようにこちらに身を任せていた。
「そういえば――」
女史が正面を向いたまま話を始める。
「前に手伝ってもらった日の帰り、なにか無かった?」
あの日は、確か、逃げるように走って突然なにか――
思い出そうとすると頭にチリチリとしたものが走り、
「とくになにも」
自分のクチが勝手に動いた。
「なんでですか」
女史へ問い返す。
「すこし調べてるんだけどね、ヒトが何かに襲われてるとかいう噂、知ってる?」
「はい」
「噂の中で『光を見た』っていうのが有って、一番初めにその光が目撃されたのがあの日らしいの」
女史は、肩をもまれながら首を左右によじって具合を確かめる。
「光ったのがキミの家の方角だったからね」
「だれかがおもちゃの飛行機でも飛ばしてるんじゃないですか」
「それもあるかも。あと……」
すこしだけ溜めて、女史は話を続ける。
「キミ、昨日、女のヒトを尾行してなかった?」
耳にした一瞬で、思考が別のなにかに完全に乗っ取られた。
「たぶん違います。学校終わったあとすぐ家に帰りましたから」
きっぱりとウソをついた。
昨日は、女性をつけてヒトケのないところで襲っていたはずだ。
「……ふーん、まぁ世の中似た人が三人はいるっていうし」
こちらの言葉を信じたのだろうか。女史はそれ以上追求をしては来ない。
女史がすぐに話を切り替えてなにかをしゃべり続けていたが、一切耳にははいっていなかった。
――どこからどこまで見ていたのだろう。
尾行は見られていた。
獲物を物色しているところは?
襲撃した、しているところは?
カラダにストローを突き立てたところは?
被害者を放置したところは?
すべて見られたかもしれない。
グルグルと思考がめぐるが、やることはひとつしかなかった。
――口封じ。
見られた以上このままにしておくわけにはいかない。
緊張でのどが渇いている。手の中にはいつのまにかストローが握られている。
つまりはそういうことなのだろう。
外は明るいが、時間はすでに閉門時間に近い。ヒトの気配はほとんどない。
乾いたつばを飲み込み、女史の後頭部をみながらやわらかそうな部分を探す。
そうしてみつけた後頭部の中心に人差し指をあてがう。
ゆっくりとチカラを込めていくと、ズブズブともぐりこんでゆく。
指が根元まではいったことを確認し、一気に引きぬいた。
「んっ……」
女史が鼻から小さく息を漏らした。
「いまなにかしなかった?」
自分の頭に手を伸ばし何度か撫でるがポッカリ開いた穴には気が付かない。
こうして穴を開けて吸い出すほうが、ストローを直接刺す方法よりも多く飲むことが出来る。
なぜかはよくわからない。
開いた穴の中からは不自然なほどの甘いニオイがする。
肩をもみながら隙を見て、ストローをくわえる。
くわえたストローを頭部の穴へと差し入れていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
先端が、なかの液体へと触れた。
とたんに女史は肩をすくめるように小さくふるえた。
「な、な、なにかしてるでしょッ」
ストローでどんな感覚が走ったのだろう。
逃げ出すような動きを見せたがそれはすでに手遅れだ。
液体を一気に吸いあげる。
女史が叫びとも黄色い声とも喘ぎ声ともつかない声をあげた。
バナナの甘み。パイナップルのほのかな酸味。牛乳の滑らかさ。
求めていた渇きをいやしてくれる甘露に思えた。
いままでで一番おいしい。
女史は、暴れて逃げようとするが肩を手で押さえられているため逃げ出すことが出来ない。
自分でも驚くほどに強いチカラが出ている。
ストローの先から空気を吸う音がした。
中身がカラになったのだ。
ストローを引き抜き、手のひらに握りこむ。
そして手を開くとストローは消えた。
「ごちそうさまでした」
女史は、肩で荒い息をしながらうつろに天井を見上げるだけだった
二
次の日、意識不明の女史が発見された。
早朝練習に来た野球部の生徒が、いつもなら閉め切られているはずの図書室の暗幕カーテンが開かれていたことを不審に思いのぞき込んだらしい。
原因不明の昏睡状態のまま、司書はいまも病院のベッドで眠り続けている。




