声と尾行
1
女性の後ろをつけている。
黒のパンツスーツで化粧っけもなく黒髪をうしろで束ねただけの、とても地味な女性だ。
本屋さんで新発売の書籍を立ち読みしていたとき、その女性が後ろを通り過ぎた。
ただそれだけの関係だ。
店内では視線だけで追いつづけ、本屋さんから女性が出るときに追うようにしてこちらも出た。
商店の並んだ大通りを抜け、小さな会社や一軒家の立ち並んだせまい通りへと進んでいく。
道にヒトの往来はほとんどない。
あたりはすでに暗く、街路灯と民家から漏れる明かりだけが道を照らしている。
闇にまぎれて足音をしのばせ隠れながら尾行する。
五メートルもないほど接近してしまっているが、意外にもこちらに気づくことはなかった。
――なぜつけているのか?
――なにをしたいのか?
自分でもわからない。
ただ、なにかが『追え』と言っているのだ。
2
手元に細長いクダのようなものがあった。
長さは十センチぐらい、直径は三ミリ弱だろう。
軽く硬い金属でできていて、先端が鋭角にカットされている。
いわば金属製のストローだ。
こんなものがどこにあったのかわからない。
女性を尾行しているあいだに、気がついたら右手ににぎりこんでいたのだ。
目の前にいる女性を追ううちに、声が別の言葉を発し始める。
『そいつを突き刺せ』
言葉が頭のなかをひびいている。
コメカミにできたちいさなカタマリを通して伝えてくるのだ。
そんな気がする。
これも、いつから有ったのかはわからない。
二・三日前、顔を洗ったときに初めて気がついた。
いままでそんなものはなかったはずなのに。
『刺せ』という言葉がしつこく響く。
そんなことはできるはずがない。
いや、『できればする』というわけでもない。
金属とはいえ、こんなものが人間のカラダに刺さるはずがない。
刺せるとすれば、あのやわらかそうな白い首筋がいいかもしれない。
考えながら角を曲がったとき、ちょうどひとめにつかない横道を見つけた。
『いまだ!』
自分の思考と内に響く声が重なる。
女性の背中に向かい走り出していた。
3
振りかぶって突きたてたストローは女性の首に半分ほど刺さった。
皮膚を破る感覚もなく、するりとはいっていく。
瞬間、糸が切れたように女性はヒザから崩れ落ちた。
血でも噴出すのではないか、と思ったがストローからはなにも流れ出てくる様子はない。
あたりを確認する――ダレにも見られていない。
寝転ばせたまま女性の手首に指をあて、脈を確認する。
死んではいないようだ。
胸部も上下しており、呼吸も問題ない。
両脚をもち上げ、引きずるようにして横道へと引きこむ。
しばらく引きずり、ひとめにつかない場所まで運んだ。
脚を放り出し、女性の首のストローを見る。
――どうすればよいのだろう。
こんなときに限って声が聞こえてこない。
ストローはやはり吸うためのもの……なのだろうか。
迷いつつ、首に刺さっているストローにクチをつけた。
クチをうるおす程度に吸いあげる。
そのつもりだったが、軽く吸っただけで液体でクチが満たされてしまった。
水のようにサラサラとしている。
半分程度を飲み込み、残りを転がすようにして口内全体で味わう。
濃厚なホワイトチョコレートの味だ。
ほおが痛くなるほど甘いが、なかなか美味しい。
今度は、息を吐いてストローをくわえ、思い切り吸い上げた。
ふたたびクチの中が液体で満たされ、それを飲み込む。
一口、二口、そして、三口目の途中で中身がなくなった。
名残惜しみつつクチをはなす。
と、ストローは首のなかへ自然と飲み込まれていく。
開いたはずの穴とともにストローもあとかたもなく消えた。
女性の呼吸がいつのまにか深くゆっくりとしたものになっていた。
もう一度脈をみる。
たおした直後よりも、はるかに遅くなっていた。
今更ながら、
――いったい自分はなにを飲んだのだろう。
頭をよぎるそんな不安は、すぐに消え去ってしまう。
なにかに消されているのかもしれない。
考えることをあきらめて、女性を道の端へ転がした。
ダレにも見られていないことを確認して、その場を後にする。




