ボクと先輩
新しい本を並べるためには、古い本を廃棄しなければならない。
そのため、図書室では古い本と新しい本の入れかえがおこなわれた。
時間がかかる作業に思えたが、廃棄する本のリストアップと並べる本の適切な分類を女史がすませてくれていた。
女史自身はいなかったが、図書委員全員にたいする簡単で適切な指示書も残してある。
その指示に従い作業をすると、たいして時間がかからずにすべての片づけが終わってしまった。
作業終了によりいちおうの解散となったが、ひとりとして帰る様子はなかった。
みんなで入荷したての本を漁っている。
新しい本を一番に借りて読むことができるのは、図書委員の役得であり特権というものだ。
リクエストしたものや興味をもった本を手に取って、貸し出し手続きなり読むなりをしている。
しばらく見回したあとに、ボクもリクエストした本二冊とおもしろそうな本を一冊ほど借りた。
図書室には、先ほどまで作業をしていた図書委員が大多数残っている。
六人がけの机にひとりで座り、ボクは借りた本の中身を確認する。
厚みの割りに行間が広く文章量が少ない感があった。
一冊目を軽めに読み流し終え二冊目にはいろうとしたとき、よく知る先輩の姿が目にとまった。
本とカバンをもち、あたりを見回しながら歩き回っている。
座る席を探しているのだろう。
校章の付いた白いポロシャツ、うすいベージュ地にライトブルーのチェック柄がはいったスカート、ワンポイントの黒のソックス。
みんなと同じ、なんの特徴もない制服姿だ。
先輩が、ボクとボクの視線に気づいた。
すこしだけ早足になって、こちらへと近づいてくる。
肩よりもすこし長い髪は先のほうにすこしクセがある。
襟足でひとつに束ねられて小さなシッポのようになっていた。
服装も見た目も目立つところはとくにない。
身長が低いということ以外は。
先輩が目の前に立った。
となりに立つ先輩、イスに座るボク。
その状態でようやく目と目が合う高さになる。
先輩はもっていた荷物をボクのすわる机のうえに置くと、
「席あいてる?」
周りに聞こえない程度の小さな声でボクにつぶやいた。
答えを待たずに、ふたつとなりの席へと座る。
「借りるんですか」
「いや、必要なところだけ読んでく」
先輩のもってきた本に目を向ける。
宇宙からの侵略者と戦う海外エスエフ本、
未確認飛行物体に関するオカルト本、
オカルトを科学的に切り捨てる考察本。
今回のテーマは『地球外生命体』だろうか。
先輩は、ふだんは海外の探偵モノやミステリーを中心に読んでいるが、たまにこういうサブカルチャー的なものに手を出すことがある。
それより、片づけ作業も今も先輩に関して気になっていたことがあった。
「ところで……頭どうしたんですか?」
先輩は、小さなヒタイをかくすように大きな冷却シートを貼っていた。
「昨日ちょっと、トビラにゴツンッてぶつけちゃって」
言いながら、先輩がボクを見上げている。
「キミもおでこ赤くない?」
ボクも昨日、走っていてヒタイを強打していた。
すぐに痛みも収まったためとくに治療めいたことはしていない。
「軽くぶつけて赤いだけですよ」
「あー、これは今すぐ冷やさないと大変なことになるね」
先輩が自分のカバンをあさり始める。
「頭蓋骨内で血管が破裂して吹き出た血で圧迫された脳が――」
物騒なことを言いながら、カバンから冷却シートをとりだした。
カラダごとこちらへと向きなおり、手で『頭を出せ』とジェスチャーをする。
素直に従い、顔を先輩に近づけた。
制汗剤のものと思われるシトラス系のにおいがする。
「おでこ出して」
言われたとおりに前髪を両手でもち上げて押さえた。
手のひらに乗せていた水色のシートを叩きつけるようにボクのヒタイに貼った。
「まだ」
顔をもどそうとするボクを制止して、左手を側頭部にそえた。
いつのまに手にしていたのか、右手には油性ペンがにぎられていた。
反論するスキもなく、先輩がなにかを描き始める。
先輩のペンさばきは複雑すぎて、何を描いているのかまったくわからなかった。
何かのマークを描いているのだと思う。
「よしっ」
そう言って先輩はペンにふたをした。
「何を描いたんですか」
「キミの名前をヒエログリフで」
そういえばすこし前に先輩はエジプト関連の本を読んでいた気がする。
ボクは先輩の手からペンを抜き取った。
「じゃあこっちも」
といって、先輩のヒタイにペンをかざすが描くものが思いつかない。
とっさの判断で、簡単な目でいいや、と横にしたアーモンド形を描き、なかに丸を描きいれた。
「なるほど、エジプトつながりで『ホルスの目』だね」
よくわからないが納得されてしまったようだ。
目を描いただけで手が止まっているボクに、先輩がクチを出す。
「アイライン伸ばして二重にしてクマ描いて縦線」
言われたとおりになんとなくで描いていく。
「おっけー。あとは――」
ボクからペンをうばい、クマの部分の先端に渦巻きを描き足す。
見えないのにきれいに描けるものだ、とすこしだけ感心した。
「私が左目だからキミには右目ね」
ボクの冷却シートに描いた絵の横に手早く描いた。
確認はできないが、先輩のヒタイのものと同じ目のマークだと思う。
ボクのヒタイを満足げにながめ、先輩はペンをしまった。
「じゃあ、本を読もうか」
カラダを机へと向けて、もってきた本を読み始める。
自分が満足したら終わり、という相変わらずに自由なヒトだった。
そんな先輩にならい、ボクも自分の本を読み始めた。




