復、マリッサの思い
あれから二年の月日が経ちました。
騎士がニコレット様の尻尾を掴みました。
だんな様がいない留守中に、見知らぬ男と会っていたのです。
しかもその男はデカンテ国の者。彼らは半年に一度、エイワード国に立ち入る商人でした。
運んできた荷の中に、沢山の違法薬物が混入しているのを、騎士が見付けたのです。
その際に、ニコレット様はその商人と部屋に入って行き、一晩出て来なかったそうです。
そういうご関係なら、ニコレット様の罪は確定したも当然ですね。
しかし半年に一度しか来ないのなら、見つけ出すのは大変だったでしょう。
それにニコレット様のお相手は、その商人だけではありませんでした。
何度も彼女の不貞現場を確認する羽目になった騎士は、うんざりしていたようです。
今回もスカか? と辟易していたところ大当たりだったので、逆に驚いたそうです。
彼らが去ってから、積み荷は関係者と共に一斉摘発されました。
ですが、それらは極秘です。
半年後、何も知らない彼ら商人が積み荷を持って訪れるのを、包囲しながらお待ちするそうです。
楽しみだと使用人一同、口角を上げました。
後はだんな様か……と思っていますと、オーガさんがだんな様の私物の中に何やら怪しげな物を発見したようです。
オーガさんは数人の男性使用人を使って極秘で調査を始めました。
それはどういった内容かと尋ねましたが、女性には到底聞かせられないような内容だと言うのです。
ですが私はアボラさんと共に、今まで苦労を共にしてきた仲ではないですか、クレイン様に関わるのなら教えてほしいと、懇願しました。
お戻りになられたクレイン様が、またお一人で苦しむ羽目になっては大変だと心配になったのです。
根負けしたオーガさんが話してくれた内容は……酷いものでした。
私はクレイン様の顔を思い出します。
ローザによく似た美しいお顔で、泣くのを必死で耐えられていたあのお姿を……あの男は……。
あんな男を父親として慕っていたクレイン様。あんな男を夫として受け入れたローザ。
私は泣き崩れます。
どうしてあんな男を選んでしまったのか、ローザの父親、亡きマルシアス侯爵様を恨んでしまいそうになります。
ですが、オーガさんが言います。
「マリッサ、クレイン様なら大丈夫だ。ジアス様が傍にいらっしゃるからな。だから、そう嘆くな」
家令の言葉に、クレイン様さえ大丈夫なら私が亡き侯爵様を責めるのはお門違いだと顔を上げます。
それにクレイン様にはジアス様がいるのだと、その事実に改めて嬉しくなります。
幼い頃の幸せな日々を、若いお二人は続けてくれているのです。
これで憂う事は何もありません。
全てが整った今こそ、だんな様家族には退場していただきましょう。
ええ、十分甘い汁はお吸いになられたでしょうから、これからは己の罪を償っていただきます。
私たち、マルシアス侯爵家の使用人は、クレイン様が笑顔でお戻りになられるのを待ち望むばかりです。
そうして全てが終わりました。
キャスカ様は怪しい薬で精神に異常をきたしてしまい、そのまま地下牢に入れられてしまいました。
狂ったまま、死ぬのを待つ事になるのでしょう。
ニコレット様も地下牢に入れられましたが、娘を利用して若い貴族に違法薬物をまき散らしたのです。
こちらも生涯、幽閉になるのでしょうが、彼女には出身国であるケッセル国での犯罪やデカンテ国の商人と結託した余罪があります。
洗いざらい話してしまえばいいのですが、無駄に高い彼女の矜持では素直に話すとは思えません。
拷問の末、幽閉とあらばキャスカ様同様、長くはもたないでしょう。
そしてだんな様は……私の目の前で地面に抑え込まれています。
ここは城にある地下牢です。
妻と娘がいる場所よりも、もっと奥にあたります。
普段は利用せず知る人も少ない、大罪人を捕えておく場所のようです。
そんな場所に、どうして私がいるかと言いますと、それはヘイネス公爵の恩情です。
目の前の敵をお前はどうしたい? と問われたのです。
「マリッサ、助けてくれ! 俺はお前によくしてやっただろう? ローザに懐いていたお前を解雇しないで雇い続けてやったんだ。行き場のなかったお前には、最高の職場だったはずだ」
目の前の汚物が何か叫んでいます。
私は座り込み、スッと汚物の顔に近付きます。
「ローザを殺したのは、貴方ですか?」
「!」
私の言葉に、汚物の体は跳ねました。
ああ、やはりローザに毒を盛ったのは、この男でした。
おかしいと思っていたのです。
どうしてあんなに突然、ローザは倒れてしまったのか? そしてその後の回復の悪さも。
「医者も貴方とグルだったのですね」
私の問いにブルブルと震える汚物の様子に、それが正解だと分かりました。
立ち上がった私は、ヘイネス公爵を振り返ります。
「公爵の仰る通りでしたね。私たちはこの男の矮小さに、まんまと騙されました。医者の見立てがおかしいと思いながら、そんな大それた事ができる男ではないと」
「お、俺は知らない。何を言ってるんだ? ローザは病で死んだんだ。あの医者はローザが雇ったんだ。俺は関係ないだろう」
医者との繋がりを言葉にした私に、汚物は唾を飛ばして喚きたてます。そんな見え透いた嘘を言うなんて、本当に小者ですね。
こんな男にローザは……。
私が拳を震わせていると、ヘイネス公爵が汚物の前に進み出ます。
「お前が医者を金で雇った事など調査済みだ。とぼけても意味はないぞ。全て調べた。何もかも全てだ。ローザの墓を暴いて、彼女の遺体を調べたんだ。彼女の体には毒の形跡が残っていた。それもこの国にはない特殊な毒。お前たち夫婦は余程デカンテ国が好きだと見える。あちらの医師に調べてもらったから間違いない」
公爵の言葉に、汚物の顔色は蒼白になりました。
「な、何を言ってるんだ? 墓を暴いただと? そんな卑劣な事、よくもできたものだな。死者に対する冒涜だ。それにローザがもし毒を飲んでいたとしても、それがどうして俺の仕業だという事になる? 俺はデカンテ国の者との付き合いなど、一切ない!」
「お前になくとも、奥方にはあっただろう」
「知らない。あいつが誰と付き合っていようと俺の知った事ではない。俺はあいつに騙されていたんだぞ。あいつの男に毒を融通してもらって、妻を殺すなんてありえない」
「そのありえない事を、お前はしたんだ。デカンテ国の商人の顧客名簿に記載されていたぞ。ご丁寧に日付と商品名、全てな」
「何だと⁉」
ヘイネス公爵は、ずっとローザの死因に疑念を抱いていたのです。
あまりにも早い病の悪化、突然の死、全てに疑惑が拭えなかったのです。
そしてヘイネス公爵の奥様、カリン様の最後の願いがローザの死因を調べてほしいとの事だったのです。
彼女も病の末に亡くなりました。ですが、彼女には歴とした原因が存在していました。
心の臓が生まれつき弱かったのです。
ですからカリン様の死には計り知れない悲しみを伴ったものの、受け入れる事ができたそうです。
ですが、ローザの奇病には納得できませんでした。
ヘイネス公爵は罰当たりにも墓を暴くという大罪を犯しました。
しかしそこに証拠はあったのです。
ローザの無言の訴えが、現れました。
「顧客名簿の備考欄には、ニコレット夫人の名前とお前の名前以外にも、その商品の成分や効能までしっかりと書かれていた。マメな男だったのだな」
「ふざけるな! そんな物はそいつが俺を嵌めるために用意した物だ。俺は知らん。もしそれが本当なら、やったのはニコレットだ。俺じゃない」
「ああ、そうそう。それと調べていた際に分かった事だが、最後に教えておいてやろう」
公爵は汚物の騒音を聞き流し、ニッコリと微笑みました。
「お前が自分の娘と信じて疑わないキャスカ嬢だが、残念だったな。あれはお前の子供ではない。あのデカンテ国の商人との子供だ」
「!」
突然の暴露に、汚物は目を見張りました。
「お前の妄想通り、当然クレイン嬢もお前の子供ではない。お前には、血の繋がった人間など一人もいなかったのさ」
くつくつと喉を鳴らすヘイネス公爵に、汚物は力なくダランと押さえつけられた床に身を投げ出しました。
「う、嘘だ。キャスカ……も、クレインも俺の子供ではない⁉ じゃあ、俺の子は?」
「だから、そんな者は一人もいないのさ。お前が買っていた者にだって、そんな不愉快な現象は起こらなかった。お前には子種がないのだろうな」
「嘘だ―――――‼」
汚物が床に顔を埋めて泣き叫ぶさまを見ながら、ヘイネス公爵が私に声を掛けます。
「ローザを見捨てた医者は、俺の手で終わらせた。こいつはお前にやろう。ローザの最初の親友のお前に」
「……国の方はよいのですか?」
「陛下と殿下の許可はいただいている。クレイン嬢に返す金を稼がせないのは残念だが、どうせ生きていたって大して役に立たない。それならお前たちの好きにしろってな。獄中では何が起きても不思議ではないさ」
「……………………」
「無理なら、俺がやる」
ヘイネス公爵は私が黙り込んだのを見て、怖気づいたと思ったのでしょう。代わりを買って出てくれました。
しかし、それは違います。嬉しいのです。そう、私は嬉しかったのです。
私の手で、ローザの仇を取れるなんて思ってもいなかったのですから。
「ありがとうございます、カシック様」
そうして初めて持たされた剣は、重くて持ち上げるのも困難でしたが、何故かその重みは心地よい物でした。
私は全身の力を、剣を持ち上げるために使います。
明日は筋肉痛ですね。オーガさんになんて言い訳をしようかしら? なんて、呑気な事を考えながら……。
汚物の頭上に掲げた剣を、私は恍惚と見上げます。
ああ、ローザ。私のローザ。
「私の大切な親友。貴方に捧げます」




