哀、マリッサの思い
無事に美しい女の子を出産したローザは、とても綺麗でした。
「これからも、この子を守らないといけないわね」
そう呟くローザに使用人一同、頷きます。
我々でこの子を守るのだと、皆が彼女の親になった気分になったのです。
しかしそんな子供に、父親であるだんな様は眉を寄せました。
「……こいつの髪は何故、銀色なんだ? 誰もこんな色、もっていないぞ」
訝しむだんな様は、事あるごとにローザに突っかかるようになりました。
「こいつは俺の子供じゃない。俺がこの家に来る前に、銀髪の男が住んでいたそうじゃないか。まさか、そいつとの子供じゃないだろうな⁉」
「何を仰っているの? 私は由緒あるマルシアス侯爵家の者です。平民とそのような関係だと思われるなんて、酷い侮辱ですわ」
「じゃあ、その色の説明ができるのか⁉ 銀髪なんて、この国ではありえない。その男と情を交わしたのではないのなら、お前は魔物とでも寝たと言うのか⁉」
「馬鹿な事、仰らないで!」
そんな会話が交わされるようになりました。
どうにか誤魔化すために、私はマルシアス侯爵家の家系図をめくりました。
何代も何代も遡り、その中にやっと銀髪の方がいるのを見付けたのです。
ローザにそれを渡して、だんな様に見せつけます。
「ここに銀髪の方がいらっしゃったわ。この子は先祖返りなのよ」
「はん、そんな物、証拠にもならない。それならこいつが俺の子である証拠を見せろ。そうしたら信じてやる」
……結局、だんな様はどうしたって認める気はなかったようです。
ローザは諦めました。
元よりこの美しい赤子は、だんな様の血を受け継いでいないのです。ですがローザの子供である事は確かです。
私たち使用人はローザと赤子を守れるのなら、それだけで良かったのです。
この頃よりカシック様とカリン様が、たびたび顔を見せてくださるようになりました。
もちろん、お二人の子供も一緒です。
「あの馬鹿と顔を合わせる恐れがなくなったから、安心して遊びに来られるな」
「もう、カシック様ったら。けれどローザの顔色が良くなって、本当に安心したわ」
ローザは子供が無事産まれるまで、気が休まる暇がなかったのです。
両親を亡くし侯爵家の重責を一身に背負う大変な中、子供を無事に出産するまでバレないようにと神経をすり減らしていたのです。
夫であるはずのだんな様は何の役にも立たないどころが、ローザの足を引っ張ってばかりいました。
仕事もせずに遊び歩いて毎日のように金をせびり、渡さなければ怪しい場所から借金取りが来るのです。
文句を言うと、だんな様を相手にしない事をネチネチと言い続けます。
ローザの顔色が悪くなるのも当然でした。
そんな彼女に私は何もしてあげる事ができません。私にできるのは執務だけです。
力のない自分に嫌悪感を抱きます。
しかし心配していた出産も無事に終えた結果、赤子の世話は大変ですが、彼女の存在は屋敷に喜びを与えてくれました。
元気に泣く赤子に、使用人一同デレデレになります。
だんな様はそれが面白くないらしく、ますます屋敷から離れていきます。
それは反対に私たちからしてみれば、行幸でした。
だんな様はローザの友人知人、取引先の相手でもローザの知り合いが屋敷に来るのを嫌がっており、カシック様とカリン様には特に嫌悪感を募らせておりました。
ローザはそんなだんな様に気を使って、お二人の訪問を断っていたのです。
しかし、だんな様が居なければ気遣う必要はありません。
彼が居ないだけで、この屋敷はのびのびと自由で優しい雰囲気に包まれます。
「あら、ジアス。クレイン様はお眠よ。邪魔しては駄目」
「う? ちゃま、なぁいよ。よちよち、ちてゆの」
クレイン様より二歳上のカシック様とカリン様のお子、ジアス様が眠っているクレイン様の頭を撫でていました。
「寝ているところ触られたら起きちゃうでしょう。こちらへ、いらっしゃい」
カリン様がジアス様を呼び寄せますが、ジアス様はいやいやと首を横に振ります。
「ジーは、ここよ。みちぇいる、だけなのよ」
そんなジアス様にカシック様は豪快に笑います。
「ハハハ、ジアス、クレイン様は可愛いか?」
「かぁいいのよ。ジーが、まもって、あげゆの」
「まあ、嬉しいわ。ジアス様、大きくなってもクレインを守ってくださいますか?」
ローザが嬉しそうに頬を染め、ジアス様に尋ねます。
ジアス様はコクンと頷くと「いいよ。ちゃ、クーは、ジーのねぇ」と嬉しそうに笑いました。
「おっ、ジアスはもう伴侶を見付けたのか。いいぞ、では俺も未来の娘を守るか」
「そうね。皆でこの幼い二人を、守っていきましょう」
カリン様がローザを見つめてそう言います。
ローザの眼に涙が光りましたが、誰もそれには触れません。
彼女の心を軽くしてくれたカシック様とカリン様に、私は思わず頭を垂れました。
どうか、そのお言葉通りローザとクレイン様をお守りくださいと。
ある日、ローザが倒れました。
クレイン様がようやく五歳になろうかという日。
風邪をこじらせたようなのですが、長年の気苦労の所為かもしれません。
覇気のないローザの様子に、私の胸も張り裂けそうです。
寝台に横になりながら、心配そうに側に侍るクレイン様の美しい銀髪にそっと指を通し、愛しそうに呟くローザ。
「美しい髪。誰が何と言おうと私はこの髪が大好き。誇りに思っていいのよ」
「ですが、お父様は……」
クレイン様が言葉を濁します。
歳より大人びた聡明なクレイン様には、ご自分の髪色がだんな様に嫌悪感を抱かせているのが分かっているのです。
しかし、まだ幼い彼女にはそれがどうして嫌なのか、その深い意味は分かりませんでした。
オーガさんやアボラさんは馬鹿な奴だと仰いますが、真実を知っている私には、そんなクレイン様にかける言葉がありません。
ローザが苦笑します。
「貴方は私の娘。マルシアス侯爵家の一人娘です。それだけでは、いけないかしら?」
「いいえ、それが全てです。私は優しくてお美しいお母様の一人娘です」
「ええ、私の優しくて可愛いたった一人の愛する娘よ」
ローザがそう言って抱きしめると、クレイン様もギュッとローザを抱きしめ返します。
早熟に育ったクレイン様ですが、まだたったの五歳。
愛する母親が倒れてしまい、不安が募っているのでしょう。
私は一日でも早い回復を祈りながら、ローザの代わりに執務に没頭します。
私がローザにしてあげられる事は、本当にこれだけしかないのです。
そして何故か、その頃からだんな様が頻繁に屋敷に居るようになりました。
ですが、ローザのお見舞いをする訳でも、クレイン様を気遣う訳でもありません。もちろん、ローザの代わりに仕事をする訳でもないのです。
ただカシック様やカリン様、それにローザの友人たちがお見舞いに来るのを拒んでいたのです。
「弱っているんだ。無理をさせないでくれ」
そんなもっともらしい事を口にして追い返しますが彼自身、ローザの部屋に寄り付きもしないのに、一体何の意図があるのだと不思議に思います。
私たち使用人は、だんな様に警戒心を抱きながらも、様子を見るしかありませんでした。




