さてさて、残る問題は
その後、カンヌお姉様ご夫妻とリンお姉様ご夫妻も加わり一緒に話をしていると、王太子が「ところで……」とチラリとこちらに視線を向けました。
「ジアスはいつまで、クレイン嬢の腰に手を回しているつもりだ?」
王太子の言葉に、私はジアス様を見上げます。
「いつまでも何も、私はクレインの護衛ですからね。よからぬ輩が近付かないように、本日の夜会はずっとこのままですよ」
そう言って周囲に視線を向けますと、じりじりと近寄って来ていた貴族たちがパッと視線を逸らしました。
「隙あらばと狙っているので、油断はできません」
ギュッと腕に力を籠めるジアス様に、私は赤くなりながらも首を傾げます。
「皆様、王太子殿下やお姉様方とお話になりたいのでしょう。私が邪魔をしているのかもしれませんね」
「いや、確かに王族と話はしたいでしょうが、本日の本命はクレイン嬢でしょう」
驚いた表情をされる第二王子に、私も驚いた表情で返します。
「え? それはありえませんわ。だって私は先程、大騒動を起こした張本人ですよ。警戒されこそすれ、わざわざ近寄って来られる方はいないと思います」
そこで皆様がハアーッと息を吐かれました。
カンヌお姉様が私の両肩に手を置きます。
「あのですわね、クレイン。貴方はサビティ国の王太子妃であった身なのですよ」
「はい。離縁されて出戻った身です」
「いえ、そうじゃなくてね。それだけでもステータスなのに、現在十六歳と若い身でありながらすでに侯爵位を継いだ方ですのよ」
「はい。若輩者の身で恐れ多いですわ。生意気申さないよう気を付けます」
「それに王家や公爵家が目をかけている存在なのを先程、陛下が申されました」
「はい。ご厚意に甘えてしまい申し訳ない事でございます」
「その上、その美貌。ご自分の容姿について、ちゃんと理解されているのでしょうか?」
「ヘイネス公爵がサビティ国に来てくださったお陰で、王太子妃として恥じない程度に磨いていただきましたので、最低限お目汚しにならない程度ではあると思います」
そこでカンヌお姉様がガクッと項垂れました。
そして今度はジアス様の方にガシッと手を置かれます。
「血筋が良く、優秀で、可愛らしい権力者、という事にどうして本人が理解していないのかしら?」
「わ、私に仰られましても……」
笑顔のお姉様に圧を掛けられたジアス様が、たじたじとなっておられます。
「まあ、クレイン嬢は虐げられて育ったからね。自己肯定感が低いのだろう」
王太子がジアス様の代わりに答えます。
あら、お姉様が仰っているのは、どうやら私の事らしいですわ。
私はそんな素晴らしい物ではありませんけど。
何せ産まれた家では家族に虐待され、嫁いだ家では誰にも相手にされなかったのです。
自己肯定感が低いと言われましても、誰にも求められなかった環境では致し方ないと思います。
けれど……、とジアス様をチラリと見ます。
彼だけは最初から、私を求めてくれたように感じるのです。
伴侶と仰ってくださったジアス様には……。
そしてお姉様がそのように仰ってくださるのなら……。
少し躊躇いながらも、私はカンヌお姉様のお洋服をツンと引っ張りました。
振り向いたお姉様に恥ずかしくて、もじもじします。
自分が相応しいとは思いませんが、それでも精一杯頑張れば彼の周囲の皆様は認めてくださるでしょうか?
「あの、お姉様、それでしたら私、ジアス様の隣に居てもよろしいでしょうか? いつもジアス様は優しくしてくださるのですが、少し負い目を感じていたのです。私などにそのような価値があるのかと。ですがお姉様や皆様が認めてくださるのなら、私はこのままずっと、ジアス様のお傍に居させていただきたいのです」
不安に押しつぶされそうになりながらも必死で懇願する私に、お姉様がプルプルと震えだしました。
そうして旦那様であるファルミン公爵に抱き着きます。
「ぎゃ、逆プロポーズ、もえ……」
「うんうん、初々しくて可愛いね。悶える君が一番可愛いけど」
ファルミン公爵に撫でられているカンヌお姉様に、優しいお姉様が返答を避けたと思った私は蒼白になります。
やはり私では駄目なのかと落ち込みますと、ジアス様が抱き寄せてくださいます。
「彼女を放置しないでください。可哀想に、勘違いしていますよ」
よしよしと頭を撫でるジアス様に、涙が出そうになります。いつの間に私はこんなにも泣き虫になってしまったのでしょうか?
ですが、ここには私が泣いたからといって怒る方も嘲る方も、ましてや悦ぶ方もいないのです。
安心して泣ける場所ができた事に幸福感を覚えます。
そんな事を考えていますと横からヘイネス公爵が、膝を折って私と視線を合わせてきました。
「あー、クレイン嬢。ここにいる皆ではなく、俺が認めよう。息子は君に相応しいと思う。ジアスの嫁になってくれるかい?」
ド直球な公爵の言葉に、今度はボンッと顔が赤くなります。
え、え、え? 嫁って、あのお嫁さんですか?
つい数日前までは他の人のお嫁さんだったというのに、ジアス様のお嫁さんという生々しい言葉に錯乱してしまします。
「あ、あの、私はそんなお嫁さんなんて大それた立場になりたい訳ではなく、ただ側に居たいと……」
「え? クレインは私と結婚する気はないんですか?」
恥ずかしくて慌てた私が思わず、そこまで望んでいないと言うような事を言ってしまうと、ジアス様が驚きました。
「貴方は私の番だと言いましたよね。とっくにその気になっていただいているものだとばかり思っていました」
「あ、はい、そうです。そうですけど……」
ジアス様の発言と私の様子に、周囲がおぉっと歓声を上げます。
ちょっと待ってください。こんな大勢の前で結婚などという、大切なお話をしていいのでしょうか?
どうしましょう、恥ずかしくって完全に頭が回りません。
羞恥と衝撃とでパニックになる私を見て、ヘイネス公爵がジアス様の背中を叩きます。
「ジアス、お前ちゃんと気持ちを伝えていなかっただろう。だったらここで言ってしまえ。気合を入れてな。断られたら周囲にいる奴らに間違いなく持っていかれると思え」
父親であるヘイネス公爵の意味の分からない声援を受けたジアス様は、キッと周囲を睨みつけた後、片膝を付かれました。
そして乞うように熱のこもった瞳で私を見つめます。
こ、これは、もしかして、いえ、もしかしなくても乙女が夢見るプ、プロポーズゥゥゥ⁉
元はと言えば自分が傍に居たいと言い出した所為だというのに、錯乱した私はすっかりそれを忘れて、助けを求めるようにリンお姉様に視線を向けます。
しかし、何故か右手を握りこぶしにして突き上げらました。
旦那様である第二王子も同じ動作をされます。
意味が分かりません。
カンヌお姉様は、まだ旦那様に抱き着いています。
マリリンお姉様はニヤニヤ笑っている王太子の口を塞いでいます。
余計な事を言わないように、との行動でしょうか?
いえ、今なら余計な事、言ってもいいです。どうぞ、邪魔してください。ヘイ、カモン。
けれど私の動揺を無視して、ジアス様が私の右手を握りました。
ビクッと肩を揺らす私に、ジアス様は苦笑します。
「嫌かな?」
「え? いえ、そんな事は……。でも……」
「何も心配する事はないよ。大丈夫」
ジアス様にそう言われると何が大丈夫なのか分かりませんが、何故か緊張が解けました。
そして真剣な顔でジアス様が私の瞳を見つめます。
「クレイン、私は貴方が好きです。二度と貴方に辛い思いはさせません。生涯かけて貴方を守ると誓います。結婚してください」
真摯なその言葉に、照れくさくって逃げていた私は、心を射止められました。
そして気付けば返事をしていたのです。
「はい」
歓声が上がる中、王太子の合図で音楽が奏でられます。
ダンスが始まり、私はジアス様に手を引かれてダンスの輪に入りました。
踊っている間も皆様が祝福の言葉をくださります。
何人かの令息令嬢が肩を落としていましたが、ジアス様に気にする事はないよと言われたので気にしない事にしました。
クレイン・マルシアスとして産まれ、クレイン・アフレア・サビティとなり、またクレイン・マルシアスに戻った私は、今度はクレイン・ヘイネスとなるのでしょうか?
公爵家と侯爵家を守って行くのは大変でしょうね。
まだまだモナやリック、オーガやマリッサ、そしてアボラやその他の使用人にも力を貸してもらわないといけませんね。
そんな楽しい想像をしながら、私はジアス様のリードに合わせてクルクルと、今まで生きてきた中で一番楽しいダンスを踊るのでした。




