さあ、トラウマを克服しよう
「ば、馬鹿な事を言うな! 何の根拠があって、そんな事を言うのだ⁉ 俺は無実だ。誓ってそんな事はしていない」
焦って弁解するお父様に、王太子が冷ややかな声で伝えます。
「裏は取ってあると言っているだろう。お前が買っていたのは、小さな村や他国から攫ってこられた奴隷の少女たちだ。この国は奴隷を禁止としている。お前はその少女たちが奴隷だと知った上で、買っていたな。アジトを摘発した。そこの顧客名簿にお前の名前が載っていたんだ。ボスがお前は上客だと言っていたぞ」
誤魔化せない証拠に、お父様の顔色が真っ青になりました。
以前、私もこの事を聞かされた時は信じたくない気持ちでいっぱいでしたが、今の様子からすると、これはもう揺るぎようのない真実のようです。
暗くなる気持ちを必死に鼓舞して、お父様を見つめます。
「それとボスはこんな事も言っていたな。お前は上客だが特殊な性癖を持っていたから困っていたと。幼女に暴力をふるって、泣き喚く姿に欲情していたそうだな」
「!」
ぞわっと背筋が粟立ちました。
感情のまま『調子に乗るな、このガキ!』と叫ばれ殴られたり物を投げつけられたりしていた記憶。
その際のお父様は、赤い顔に大量の汗を流して息を荒くしていました。それは怒りのためだと思っておりましたが、まさか……。
ふと、お父様と視線が合いました。
その表情はあの時と同じで……にたぁと口角を上げられた表情に、震えが止まりません。
あまりにも酷い記憶に、足元がふらつきます。
しかしそれを、がっしりとした腕が支えてくれます。
「先程、妻子がクレイン嬢を虐待していたと言っていたが、お前もしていたのだろう。彼女を殴ったり物を投げつけているのを何人もの使用人が見ていた」
「お、俺のは躾だ。我が子を教育して何が悪い?」
「そこに欲情は抱かなかったのか? いや、違うな。お前はクレイン嬢のそんな姿を見て、その性癖に目覚めたのだ。奴隷の少女を痛めつけていたのは、クレイン嬢の代わりだろう」
「!」
またもや会場中に悲鳴が上がります。
お父様は狼狽え必死で否定しますが、ヘイネス公爵の追撃は怯みません。
「ち、違う……俺は、クレインを……」
「いくら邪魔に思っていたとしても、我が子に対して無視したり暴力をふるったりなど、普通はできない。前妻と何かしらの因縁があったとしても、娘を痛めつけるのは違うだろう。それなのにお前はクレイン嬢を傷付ける事を率先していた。それには何かしらの思惑があるはずだ。お前の場合、その行動に意味があったのだろう。例えば気分晴らしや快感を得るなどといった行為だが、お前はこの後者だな。クレイン嬢が傷付くのを楽しんでいた。いや、その姿に興奮していた」
「だ、黙れ! 何の根拠があって、そんな事を言うんだ?」
「だったら何故、二人きりの時にその行動を起こさなかった? 必ず他者が居る前でしか行わなかっただろう。それはその情欲を我が子に注ぐ恐れがあったのを、自分でも感じていたからだ。流石にどこかで理性が働いたのだろう。それだけは不味いと思っていたからこそ二人きりにはならなかった。だがクレイン嬢の泣き顔を見るのもやめられなかった。お前は妻子の虐めに同調して、欲を満たしていたのだ」
「ち、違う、違う違う‼ クレインは簡単に泣いたりなどしなかった。涙など流したら、見ていた使用人が自分を庇ってどんな目にあわされるか知っていたからな。必死にこらえて我慢していたんだ。そんな姿がいじらしくて愛おしかった。奴隷の子供などにクレインの代わりなど務まるはずがない!」
ヘイネス公爵に促されて発してしまったお父様の激白に、会場中が息を呑みました。
奴隷を買っていた事を自白してしまったお父様は慌てて口を押さえますが、遅過ぎです。
目を見開く私に、お父様が視線を向けました。
「ち、違うぞ、クレイン。これは罠だ。ヘイネス公爵が俺を罠に嵌めたのだ。俺はそんなお前の代わりに奴隷など買ったりしない……」
騎士に拘束されながらも手を差し伸べてくるお父様に、私は身を引きます。
そんな私を見たお父様は、ブルッと身震いいたしました。
「お、怯えているのか? そうだな、お前はいつも怯えながらも俺の怒りが他者に移らないよう必死でその身を投げ出していた。お前の白い肌から流れる真っ赤な血は、この世の物とは思えない美しさだった。神々しさすら感じたよ」
私の怯える姿に理性をなくしたのか、ハアハアと興奮したお父様は、その目に狂気を秘めさせ涎を垂らしました。
これはもう、お父様と呼べる者ではありませんね。
そう思った瞬間、私は目の前にいる化け物から恐怖心が消えました。
こんな醜悪な者に嫌悪感はあれど、何を怯えていたのでしょう。
私はジアス様に抱き着きながら、化け物を睥睨します。
私の視線に気付いた化け物は「く、クレイン?」と困惑したように名を呼びますが、それすら気持ちが悪いです。
私は心のままに口を開きました。
「きもっ」
「!」
私が否定の言葉を吐くとは思わなかった化け物は、その場でビシッと固まりました。
王太子が私と化け物の間に入ります。
「奴隷と知っておきながら幼女を買った罪で、元マルシアス侯爵、貴様を捕らえる。安心しろ。ニコレット夫人同様、マルシアス侯爵家の財産を返済していけるような罰を与えてやるからな」
にこやかな王太子の判定に、化け物はガクリと膝から頽れました。
力が抜けきった化け物は、ズルズルと騎士に引きずられての退場となります。
会場中が騒ぐのを、王太子が静めます。
「静粛に! 陛下のお言葉があります」
一瞬にして静かになる会場中を、陛下が見渡します。
「皆の者、せっかくの宴だというのに見苦しい物を見せたな。しかし、今ので分かったと思うが、クレイン・マルシアス侯爵にあの者たちとの繋がりは一切ない。あれらは侯爵家を追い出された者たちが、あくまで各々の罪を暴かれただけに過ぎないのだ。以後、マルシアス侯爵に異論を申す者は許さない。彼女には王室をはじめ、ヘイネス公爵家の庇護がある。それをよく踏まえたうえで接してほしい」
陛下のお言葉に、皆が頭を垂れました。
元家族が犯した罪に、私が巻き込まれないようにとの陛下の御配慮です。ありがとうございます。
その後、陛下が夜会を再開してくださったので、私はジアス様と共に王太子とマリリンお姉様、ヘイネス公爵とお話いたします。
「大丈夫ですか、クレイン」
マリリンお姉様が私の体を労わってくださいます。
私はそんなお姉様にお礼を言いながら、今の心境を口にしました。
「確かに衝撃的な内容でしたが、反対にお父様に対しての恐怖心が薄らぎました」
「ん? どういう意味だい?」
王太子が首を傾げるのに、私は苦笑を返します。
「私は、継母や異母妹による攻撃も怖かったのですが、それよりもお父様の方が怖かったのです。暴力による痛みよりも、お父様の内から溢れ出る得体のしれない物の方が怖かった。私が恐怖で震えたり傷心する姿を見て喜んでいたのが分かっていたのです。ですから感情を殺して生きていたのですが、どうやらそれは自分でも気付かないうちにトラウマになっていたようです。以前、サビティ国の元王太子に暴力を振るわれた時、私に忘れきれない恐怖がある事に気付きました」
私の説明に、マリリンお姉様が「ちょっと待って。元王太子に暴力って、そんな事されていたの?」と驚かれましたが、ちゃんとジアス様に敵を取っていただきましたと説明すると、落ち着かれました。
それでも賠償金がどうとか何とかブツブツと呟かれていましたが。
私はそんなお姉様が落ち着いたところを見計らって、話を続けました。ちゃんと笑顔で。
「しかし先程、ヘイネス公爵がその恐怖の謎を暴いてくださり、ジアス様が全身で私を守ってくださいました。それで私はお父様、いえ、あの人を恐怖の対象としてではなく、私には理解できない醜悪な生き物だと認識したのです。恐れる者ではないと思うと、恐怖は薄まりました」
トラウマは解消されました、と説明いたしますと、皆がホッとした表情で私を見てくれます。
「そうか。それなら良かった。幼い頃に植え付けられた恐怖を簡単に消す事はできないが、それでもそう思ってくれたのなら無理矢理あの場に付き合わせた甲斐があったというものだな」
ヘイネス公爵の笑みに安心します。
ヘラリと笑う私の頭に、公爵の大きな手が乗せられました。
「けれど、クレイン様が幼少期にあれほど酷い目にあっていたなんて……。こう言っては何ですが例え女好き王子の元に居たとしても、この六年、あの家から出ていたのは良かったかもしれませんわね。あの父親から離れていなければ、もしかしたらもっと酷い目にあわされていたかもしれませんし」
「その場合は、私たちが踏み込んでいましたね。当主を名乗っていようが何だろうが関係ありませんよ」
マリリンお姉様の溜息に、ヘイネス公爵が答えます。
確かに、公爵はずっと私の事を気にかけてくださっていたようなので、私が嫁がずにあの家に居れば、いずれは助け出してくださっていたかもしれません。
ですがその場合、あの三人をここまでの罪で裁けなかったですから、結果的にはこれで良かったと思います。




