ふん、腐った真実ですこと
「嫉妬とは、難儀な物だな。何十年も前に青年に懸想していた貴様は、その青年と一時、仲が良かったという理由だけで、その女性の子供に暴行するほど憎しませるとは」
王太子の言葉に、憤怒で顔を真っ赤に染めた継母が睨みつけます。
「お前に何が分かる⁉ 私はあの方と初めて会った時から、心を奪われていた。あの方は私と結ばれるために存在していたのよ。だから色々な手を尽くして、手に入れようとした。あと一歩であの方と結婚できるところまで来ていたというのに、あの方は他国に、マルシアス侯爵家に行ってしまった。そして気付けば私の家は没落させられて、私は身一つでこの国まで逃げて来たのよ。逃亡生活は悲惨で、私から何もかもを奪った。地位も名誉も金も矜持も、何もかもよ。生きるために娼婦に身を落としたけれど、何の希望もなく生きていた私の前に、そのボンクラが現れた」
そこでビシッとお父様に視線を向けました。
お父様はあんぐりと口を開けたまま、固まっています。
そんなお父様を見て、継母は口角を上げました。
「私は歓喜したわ。この男さえ私のものにしたら、私からあの方を奪ったあの女に復讐できるとね。子供が大きくなったら乗り込んで、あの女から全てを奪おうと考えていたの。それなのに、あの女はあっさりと死んでしまった。私が復讐する暇もなくね。だから娘を相手にしたのよ。あの女を殴る代わりに娘を殴った。あの女を踏みつける代わりに娘を踏みつけてやったわ。私は仕返しをしただけ。それの何が悪いというの⁉」
継母の言葉は信じられないものでした。
私が虐待されていたのは、お母様への恨みだったのです。
気が付けば私の体はジアス様の腕を振り払い、継母の前まで走り寄っていました。
バシンッ!
勢いよく継母の頬を殴りつけます。
驚いた表情をする継母に、私は無表情で言いました。
「よくもそんな逆恨みで、マルシアス侯爵家を無茶苦茶にしてくれましたね」
しかし継母はアハハと笑い飛ばします。
「無茶苦茶? 馬鹿言わないで。私は貴方を殴っただけよ。無茶苦茶にしたのは、貴方の父親。私は関係ないわ」
そんな事を嘯く継母に、悔しくて情けなくて涙が出そうになりました。
ですが、ここで泣いては私の矜持に関わります。
グッと堪えて私は継母に言い返しました。
「関係なくはないでしょう。貴方が侯爵家の財産を、どれほど散財したのか知らないとは言わせません。最初は平民になる貴方たちに負債まで背負わすのは可哀想だと、請求しないつもりでいましたが、そういう訳にはいかなくなりました。罪を犯した貴方たちがどこまで支払いできるのか分かりませんが、使った資産は必ず返していただきます」
「ふざけるな! お前の母親が私のあの方に近寄りさえしなければ、こんな事にはならなかったんだ。全てお前の両親が悪いんだろうが。母親は誰にでも色目を使う淫乱で、父親は欲深い無能だっただけの事だろう」
そう言って騎士に拘束されながらも私に掴みかかろうとする継母の前に、ジアス様が立ちふさがりました。
「失礼」と言って継母の顔に近付いたジアス様は、耳にそっと囁きます。
『彼女は、あの方に似ていますね。髪色などそっくりだ』
囁きは小さすぎて私や周囲の者には聞こえません。
ですが、唯一その言葉を聞き取った継母の眼が驚愕に開かれます。
「……ま、さか……」
ジアス様は口角を上げると体を継母から離して、私の肩を抱きました。
「ご心配なく。彼女は私が生涯かけて守ります。あの方と同じように、貴方の事など欠片も思い出さないように」
寄り添う私たちに、継母の悲鳴が響きます。
王太子の合図によって、継母が騎士に連れて行かれました。
くるっと振り向いた王太子が、私たちに人の悪い笑みを向けます。
「あの方は、もうニコレット夫人の事など覚えてもいないという事か。それを告げるなんて、ジアスも人が悪い」
「私も王太子殿下と同じで、相手の精神を折らないと気が済まなかったもので」
ニッコリと微笑むお二人に、私の涙も引っ込みました。
ジアス様が何を継母に吹き込んだのかは分かりませんが、あの発狂の仕方だと想像以上に彼女の心を抉るものだったのでしょう。
愚かな逆恨みで侯爵家を振り回した継母に、一撃を喰らわしてくれた彼らの笑顔、私は眩しく見つめました。
「お二人共、素敵です」
そうお礼を込めて述べますと、ジアス様は照れくさそうに笑い、王太子はアハハと声を出して笑いました。
「さあ、最後に残ったのは元マルシアス侯爵、貴方だけだな」
王太子の微笑みに、騎士に拘束されているお父様が呆然と振り向きました。
「お、俺は、俺はあの女に騙されていたんだ。クレインを他国に送ったのもあの女に強請られて仕方なくしただけだし、虐待されていたのも知らなかった。俺は何も悪くない。そうだろう、クレイン」
お父様が今更、私に助けを乞うてきます。
「薬なんて物もあいつらが勝手に売りさばいていただけで、俺は何も知らなかった。あいつとは離縁する。そうだ、クレイン。これからは親子水入らずで、二人で侯爵家を盛り立てて行こう」
そう言ってこちらに手を伸ばすお父様に、苦虫を嚙み潰したような表情をしたジアス様が私を腕の中に囲います。
その様子に眉を寄せたお父様が「クレイン!」と叫びます。
怒りのこもった声で名前を呼ばれた私は、ビクッと体を揺らしました。
幼い頃、暴力を振るわれていた記憶が蘇り、無意識に体が震えます。
目の前が暗くなり倒れそうになるところを、ジアス様の腕に助けられました。
『もう少しです。頑張って』
耳元でそう囁かれて、私はグッと体に力を込めます。
そうです、私は一人ではないのです。
『私にもたれてください』
『ありがとうございます』
ジアス様の支えで、私はどうにかその場に踏ん張りました。
私のそんな様子に気付きもしないお父様は尚も私の名を呼びましたが、そんな彼の前にヘイネス公爵が現れました。
「久方ぶりだな、サッド。私を覚えているな」
自分の名前を呼ぶヘイネス公爵に、お父様は顔を青ざめながらもヘラリと笑います。
「あ、ああ。もちろんだとも、ヘイネス公爵。クレインの母親が健在だった頃は、夫婦ともに君には世話になった」
「私はお前など世話した覚えはないぞ。ローザ、元マルシアス侯爵とは俺の妻を通して親交を深めていたがな」
「そんな冷たい事を言うなよ。そんな態度をとるから、俺はお前と妻の仲を疑ってしまったんだ」
「何を言っている?」
お父様の発言に、ヘイネス公爵の眉が寄ります。
「いや、だからあいつには仲の良い男が大勢いたからな。貴族として、侯爵としての付き合いだとか何だとか言うが、明らかに目に余る関係が多かった。だから俺は寂しくて、ついニコレットと関係を持ってしまったんだ」
お父様が継母との関係をお母様の所為にしています。
それを聞いたヘイネス公爵の顔が、お父様に対しての嫌悪感で歪みます。
そんな公爵の様子に気が付かないお父様は、ヘラヘラと笑って話を続けます。
「俺はつくづく女運が悪いようだ。前妻には複数の男がいて、後妻には騙された。娘は二人いたが、一人は薬漬けで馬鹿になって、もう一人は俺から爵位を奪った。本当に可哀想だよ、俺って奴は。でも俺は優しいからな。爵位を奪った娘を許そうと思う。もう再婚などせずに、今後は娘と二人きりで暮らしていくとしよう」
なあ、と私に振り向くお父様の瞳はどんよりと濁っていて、ゾクッとしました。
気持ち悪くなった私は、抱きしめてくれているジアス様にしがみ付きます。
「その特殊性癖は、隠す気がないのか?」
眉間に皺を寄せていたヘイネス公爵が、お父様に尋ねます。
お父様は首を傾げますが「特殊性癖?」と聞き返しています。
「隠せていると思っているのか? お前は少女を買っているだろう。それも年端も行かない幼女といっていい、年頃の子供ばかりを」
「!」
会場中に悲鳴が上がりました。
それまで静かに事の成り行きを見守っていた貴族が、あまりの嫌悪感で叫んでしまったのです。




