ホホホ、首を絞めていってますね
会場には、暫く異母妹の醜い笑い声だけが響いていましたが、ふいに陛下が低い声を出しました。
「……余を、奴隷商人にしたのか」
「ひぃ!」
ジロリと睨む陛下の眼力の強さに、お父様がドスンとその場にお尻をつきます。
「ち、違います。キャスカは、その、ちょっと疲れていて……。私が陛下をそのように扱う訳ないではないですか」
ヘラヘラと笑いながら否定しますが、陛下の鋭い眼が戻る事はありません。
「サビティ国から婚姻の打診があった時、お前は真っ先にクレイン嬢を差し出した。他国に追いやれば邪魔者はいなくなると思っての事だろう⁉ 正直に言おう。余はお前の顔を覚えていなかった。娘をと言われて侯爵の地位ならば良いかと頷いてしまったが、後になって王太子が調べたら彼女がただ一人の侯爵の血筋の者だと分かって焦ったのだ。ヘイネス公爵にも馬鹿かとなじられた」
え、ヘイネス公爵、一国の王様を馬鹿だと言ったのですか? それは知りませんでした。
ヘイネス公爵の強さに、緊迫した空気が少しだけ改善されます。
いえ、陛下にとっては真面目な話なのでしょうけどね。
陛下は気持ちを落ち着かせるように、目を閉じました。
「せめてもの詫びとして彼女の後ろ盾になれればと、王太子がサビティ国まで赴いて結婚式に出席した。その後、彼女が苦労していないかと、どうにか連絡を取ろうとしても父親であるお前が、娘の新たな生活を邪魔してくれるなと言うのでそれ以上、接触を図るのは難しかった。二年後、ヘイネス公爵が単独でサビティ国に赴いて、初めて彼女の現状を知ったのだ。かの国の王太子はクズだったと。その所為で彼女も辛い目にあっていた。余はお前にのせられて、まんまと人身売買の片棒を担いたという訳だ」
ギンッと目を開いた陛下に睨みつけられて、お父様は「ひいぃ」とお尻で後退します。
「お前は余に王命で他国に嫁がせたくせに、妻子には奴隷として売ったと言っていたのだな。我が国の侯爵家の正統なる血筋の娘を奴隷などと……」
怒りで震える陛下に、お父様は真っ青になりました。
「うっさいなぁ、あいつが奴隷として売られたからって、何で文句言われないといけないのよ。お父様は家の主だ。家族をどうしようとお父様が決める事だろう。あ、血は繋がっていなかったか」
キャハハハと、またもや大笑いする異母妹。
いくら傍若無人なあの子でも、自分の国の王を相手にこんな事を言うはずがありません。
誰を相手に何を言っているのかさえ分かっていない様子に、この子の脳はすでに薬で侵されている事を知りました。
「キャスカ、貴方、薬はどこから手に入れたのですか?」
「はあ? そんな物、お母様にもらったに決まってるだろう。お母様は私が強請れば何でも与えてくれるからね。友達にも配ってやったんだ。皆、喜んでたよ。あ、そうだ。ジアス様にもあげますね。あげるから私を抱いてください。これ飲んでやると、すっごく気持ちがいいの」
濁った眼をトロリとさせてジアス様を見つめます。
元夫とクラウディア様のアッハンウッフン現場を思い出しゾッとした私は、思わず両手を広げてジアス様を庇います。
「おやめなさい。ジアス様をそんな気持ち悪い事に誘わないで」
「気持ちいいって言ってんだろう。経験もなさそうなお子様は黙ってろ!」
「私の方が姉ですわ」
「は、誰が姉だ? そもそも経験に年上もクソもないんだよ。経験豊富な方がいいに決まってんだろう。ねえ、ジアス様」
「え、そうなんですか?」
「……そんな訳ないでしょう。話それていますよ」
頭を抱えるジアス様に「何、真面目に会話しているんですか」と窘められてしまいます。
すみません。ついムキになりました。
私の肩に乗せられていたジアス様の手が伸びてきて、後ろから抱き込まれます。
「私はクレイン一筋ですよ」
耳元で囁かれてドキッとします。
はっ、緊迫した場でドキドキしている場合ではありませんね。
でもジアス様の手を解くのは勿体ないので、このままで会話を続けましょう。
私はジアス様に抱き着きながら、継母に視線を向けました。
「ニコレット夫人、ご無沙汰しておりますわ。キャスカの言っている薬を、夫人はどこから仕入れられたのですか?」
「何の事か分かりませんね。それよりも貴方、私たちをこの様な目にあわせてタダで済むと思ってるのかしら?」
「あら、また使用人を盾に私を脅しますか? それとも衆人環視の中、直接殴りますか?」
「オホホ、私がいつそのような真似をしたのかしら? キャスカの言っている事は全て妄言です。あの子はあの通り、ちょっとおかしくなってしまっていますから。けれど、それは愛するジアス様に冷たくあしらわれてしまったからですわ。可哀想な娘なんですのよ。それにお父様だって、貴方をサビティ国に嫁がせたのは嫌がらせなんかじゃないの。娘の貴方を大切に考えたからこそ、王族との婚姻を陛下にお願いしたのよ。親心です」
そう言い切った継母に、会場中が唖然とします。
異母妹のおかしな行動を逆手に取られました。
「夫人は薬の存在など知らないと仰るのですね。では、キャスカがあのような状態になっているのは、どうしてだと思うのですか?」
「だから、ジアス様に拒絶されたからだと言っているでしょう。もしジアス様が結婚してくだされば、あの子も正気に戻るでしょう。ジアス様、あの子を少しでも哀れだと思ってくださるのなら、結婚してくれませんか? キャスカは一途に貴方を慕っているのです。出戻りのどこかの娘と違って」
継母は異母妹の状態をジアス様の所為にします。しかも私と比べて。
その上、異母妹を元に戻すのにジアス様に結婚を強要しようとしています。信じられません。
「ニコレット夫人、無理矢理こじつけるのはおやめください。ジアス様にご迷惑です。それにキャスカの状態は、どう見ても薬物が絡んでいます。このままでは本当に取り返しのつかない事になってしまいますよ」
「知ったような事を言わないでちょうだい。貴方に何が分かるの? ジアス様、もしかしたらその娘がキャスカの邪魔をしているのかしら? でしたらその娘を私どもにお渡しください。教育しなおさせていただきますわ」
継母は、ジアス様に向かってサッと両手を差し伸べます。
ジアス様の腕の中にいる私を差し出せと言っているのです。
けれどジアス様は、逆にギュッと抱きしめている腕に力を込めました。
「おかしな事を仰いますね。クレインはもう、マルシアス侯爵ですよ。平民になられた貴方に彼女を教育する権利などありません」
「平民? この私が? 何を言っているのかしら? いくらその子が侯爵になったからといって、継母である私が平民になるのはおかしいですわ。それに侯爵であった主人は認めていませんし、何の書類にもサインしておりません。勝手に偽造されても困ります」
そう言い切った継母に、王太子が「ハハハ」と笑います。
「夫人は何も分かっていないね。元侯爵の承諾もサインも何もいらないんだよ。だってクレイン嬢はマルシアス侯爵家の唯一の正統なる後継者なのだから。侯爵家の血が一滴も入っていない元侯爵や夫人、更にキャスカ嬢には何の権利もない。それに何より、この国の王が認めているのだから、お前たちがとやかく言える訳ないだろう」
「私たちは家族ですわ。その子は私たちの娘。子が親を裏切り、爵位を継ぐなどありえませんが、万が一そんな親不孝な事をしたとしても、私たちが平民になるのはおかしいです。子なら親の面倒を見るのが当然です。私たちは侯爵家を出る気はありません」
「出る気も何も、お前たちは牢屋行きだよ」
「は?」
そこで陛下の迫力に放心していたお父様が顔を上げました。
「牢屋とはどういう意味ですか? 我々が何をしたというのです?」
「とぼけた奴だな。白を切る気なら、今からこの場で教えてやろう。お前たちは自分の都合の良いように記憶を改ざんする癖があるようだからな。一応言っておくが、今からあげる事は全て証拠がある。誤魔化しても無駄だという事だけ伝えておくぞ」
そう言って王太子は、近くに居た側近から分厚い書類を受け取りました。




