ふっ、改めて酷い話です
ジアス様が私を庇うように背中に隠します。
王太子も王太子妃を抱きしめ、陛下や王妃の前にも騎士が立ちふさがります。
あと一歩で異母妹の手がジアス様に触れそうになったところで、側に居た騎士が二人、槍を交差して止めました。
ガチャッと硬質な音が鳴り響きます。
「それ以上、進む事は許さない!」
「きゃあ、危ないじゃないの」
騎士の静止の声にも異母妹は文句を言います。
「私はただ、婚約者の側に行こうとしただけじゃない。どいてよ、邪魔しないで。ジアス様、この者たちを下がらせて」
相変わらず自分の世界で生きている異母妹に、王太子が凛とした声を発します。
「以前、私が言った事を忘れたか、キャスカ嬢? 貴様はジアスの婚約者などではない。もちろん恋仲でもない。貴様はただジアスに言い寄っているだけの、迷惑な輩にすぎぬ」
「あら、王太子殿下。いくら私たちが友達だからと言って、そんな冗談を言うなんて酷いわ。あんまり揶揄わないでほしいわね」
異母妹は王太子に視線を向けると、しなをつくって眉を下げました。
「貴様と友人関係になった覚えはないが」
心外だと言わんばかりに、王太子が眉間に皺を寄せます。
「分かっているわ。友達以上の気持ちがあるのよね。でも、ごめんなさい。私はもうジアス様に嫁ぐと決めているの。父親であるヘイネス公爵がお父様を嫌って邪魔しているけど、ジアス様と私はしっかりと結ばれているのよ。悪いけど私の事は諦めて」
「…………………………………………は?」
王太子の端正な顔が引きつりました。
「ジアス様の紹介で友達関係になったけど、あの時から貴方は私の事が好きなのよね。その瞳に熱がこもったのを知っていたわ。だから不敬罪だとか言って、わざわざ牢に入れたんでしょう。ジアス様から離して自分の近くに置くために。それでも未成年の私を捕えておく事はできなかったから、こうしてまたジアス様の側に行くのを邪魔してる。でもね、真実の愛の前にはどんな障害も無意味なの。私とジアス様は結ばれる運命にあるのだから」
うっとりとジアス様を見つめる異母妹に、無表情になるジアス様とドン引きしている王太子。
「おい、ジアス……何だ、これは?」
「私に分かる訳ないでしょう。初めからこれなんですから」
眉間を押さえる王太子とジアス様に、異母妹は両手を広げます。
「ジアス様、早く私を攫って逃げて。抱きしめて愛を囁いてくれないと、この騎士たちにキャスカが奪われちゃうぞ」
「へ? なんで俺たち?」
槍を交差させて立ちふさがっていた騎士が、巻き添えを喰らいました。
そして槍に我が身を寄せると「キャー、助けて、ジアス様ー。槍で私を脅して犯そうとしているわ。愛するキャスカの貞操の危機よ」と意味不明な事を叫びます。
「ひいぃぃぃ」
槍を持つ手が震えだす騎士二人。
突然、不名誉な犯罪者に無理矢理されようとしているのですから、仕方がありません。
早く、早くと身もだえしだす異母妹に、会場中が青ざめます。
ですが、ここで下手に関わったら巻き込まれてしまうと思うと、誰も何も言えません。
異母妹の声だけが響く奇妙な空気が流れだします。
こ、これは私がどうにかしないといけないですね。
先程も約束しましたし、私がジアス様を守るのです。
私は頭を抱え込むジアス様の前に立ちました。
慌ててジアス様が私の肩を両手で押さえましたが、私はその手に右手を乗せました。
そしてニッコリとジアス様に微笑みます。
心配するジアス様から視線を逸らして、異母妹に向き直りました。
「お久しぶりですね、キャスカ。私を覚えていますか?」
「あ? 誰よ、あんた。女はお呼びじゃないのよ。すっこんでなさい」
「フフ、相変わらずの下町言葉ですわね。昔から私を相手にする時だけは、その言葉遣いでした。懐かしいですわ」
「ああん? 馴れ馴れしい女ね。どうでもいいけど、私のジアス様から離れろよ」
「いいえ、それはできません」
「はあ?」
ギロリと睨む異母妹に、私は微笑みます。
「キャスカ、その声はどうしました? 掠れて聞き苦しいですわよ。顔もおしろいを塗り過ぎて血走っている眼が強調されて、気持ちが悪いですわ」
「はあ? 誰が気持ち悪いだって⁉」
「貴方、薬を常用していますね」
「!」
私が薬の存在を口にしますと、異母妹がギクリと肩を跳ねさせました。
同様に、会場内に居た異母妹の取り巻きだった方たちも青ざめます。
「幼い頃からおかしな行動をとる方でしたが、今ほど無茶苦茶ではありませんでした。それは薬の影響だと言っても過言ではありませんよね?」
「はあ、何言ってんのよ、あんたは? 薬? 何の事だが知らないね。てかお前、誰だよ?」
目の前の槍を両手で掴んでガチャガチャと揺すります。
騎士が「ぐっ」と声を上げるほど、その力は強いようです。
他の騎士たちも集まって来て、異母妹をぐるっと包囲しました。
「私はクレイン・マルシアス侯爵。貴方の義姉だった者です」
「はあ? クレインだって⁉ そんな訳ないだろう。あいつは他国に売ったんだ。奴隷になったとお父様が言っていた。それにこの国に帰ってなんて、きたくなくなるほど虐め倒してやったから、この場に居るはずなんてないんだよ」
異母妹の口から私に対する悪行が出てきました。
これはちょうどいいですね。自ら進んで告白してもらいましょう。
チラリと目をやると、お父様と継母が異母妹の口を塞ごうと走り寄ってきますが、騎士に邪魔されて近寄れません。
「キャスカ、私を奴隷として売ったというのはどういう事?」
「どうもくそもないね。あいつは私たち親子が幸せになるのを邪魔していた。お父様の本当の子供でもないくせに、偉そうにマルシアス侯爵家に居座っていたんだ。だから私たち親子はあいつを召使のように扱って、散々虐めてやったんだ。屋敷から出て行きたくなるようにな。あいつの持ち物を全部奪って、目の前で母親の持ち物をズタズタに切り裂いてやった。めそめそと泣きやがるから殴ったり蹴ったりして大人しくさせた。声を殺して泣く姿は、本当に愉快だったわ」
キャハハハハと笑う異母妹に、会場中がシンと静まり返ります。
そうですね、覚えていますわ。あの時の貴方たちの顔を。今のように本心から楽しんでいるようでした。
心が冷え切り、無表情になる私の肩に、力が籠められます。
ハッと後ろを振り返りますと、両肩に手を乗せていたジアス様が心配そうに私を見つめています。
チラリと横を見ますと王太子、王太子妃も同じように私を見つめていました。
会場にいるヘイネス公爵、お姉様たち、ご婦人方も同じように私を心配してくれています。
そうですね、今の私には強い味方が沢山いるのです。
私は顔を上げて異母妹に続きを話させます。
「そう、貴方たち母娘はよく私の味方の使用人を人質にしていましたね。私を殴る時は彼らの眼を盗んで来るよう、言い含められました。見つかったらその使用人がどうなるかと脅して。暴行した痕が見つからないよう、服で隠れる場所を選んでいましたね。お父様だけは感情に任せて、どのような場でも手を出してきましたが」
「そうそう、アレに関してはお父様は馬鹿だと思ったね。使用人が外部の者に告げ口でもしたらどうするつもりかとヒヤヒヤしたのを覚えてる」
クククと笑う異母妹は、そうだと思い出したように顔を上げました。
「そういえば、お母様が殴り過ぎて熱を出した事もあったな。夜中に膿んだ傷口を洗おうと、使用人に心配をかけないように井戸に水を汲みに行っていたから、私が水を汲んであいつにぶっかけ全身を洗ってやったんだ。そのまま鍵を閉めてやったから朝、使用人が鍵を開けるまで外に居たんだろう。次の日、使用人がバタバタしていたから、やっと死ぬのかと様子を見ていたけど、あいつってば見た目に反して頑丈だったから死ななかった。最後だと思ったから見て見ぬフリをしてやったのに残念だったな。だからお父様が奴隷として他国に売った。死なない奴は追い出すしかないだろう⁉」




