ほう、宴ですか
「実は殿下は、国内のクーデターに巻き込まれていてね。まあ、それ自体はさほど大した事ではなかったのだが、殿下自身を執拗に追い掛け回す者がいて、逃げ込んだ先がマルシアス侯爵家だったという訳さ。先々代のマルシアス侯爵、君のお爺様に当たるお方が彼の母方の祖父と知り合いだったために、こっそりと引き入れたそうだ。君の母上とはとても仲良しだったよ」
公爵にそう聞かされた私は、目を丸くします。
そんな方が身分を偽って侯爵家に居たのかと思うだけでも驚きですのに、お母様とも仲が良かったなんて、なんだかそれは……。
「嬉しいです。お母様にもそんな方がお側に居たなんて……」
同族同士、惹かれ合っていたのでしょう。
お母様にとって、もしかしたら私のように淡い初恋だったのかもしれません。
お母様にもそんな思い出があったのかと思うと、それだけで嬉しくなりました。
「お帰りになられたのは、問題が片付いたからですか?」
「そうだね。実は彼を狙っていたのは国の高位貴族だったんだ。彼は王弟殿下といっても側室の子供だったので、兄王子よりは血筋が劣る。だが兄弟仲は良かったんだ。彼自身も兄王子を支えると、幼い頃から豪語していたからね。しかしそれに目を付けたのがある高位貴族で、娘が彼にベタ惚れなのをいい事に、彼を王にしようと画策した。その高位貴族か彼を拉致して娘と既成事実を作らせ、担ぎ上げようと企んだんだ。それを察知した彼は早々に姿を眩ませた。その間に兄王子と連携して、その高位貴族は捕まった。という訳さ」
公爵の説明に、十分大した事ありますよね、と目を丸くさせましたが悪徳貴族が捕まったぐらいでは、公爵にとって大した事のない案件だったようです。
しかし、と私は公爵をチラリと見ます。
「何だい?」
私の視線に気付いた公爵が首を傾げます。
「いえ、その……。お二人は一緒に居る道を選ばなかったのかと……」
他国の王族の話です。滅多な事は口にできませんが、それでも腑に落ちません。
私の言わんとする事に気付いてくださった公爵は、苦笑します。
「あの時は、その高位貴族の処罰やらなんやらあって、彼も急いで帰国したんだ。そんな話もできなかったんじゃないかな? それにマルシアス侯爵が倒れてしまって急遽、君の母上が侯爵を引き継ぐ必要になって、君の父上との結婚が決まったんだ。感傷に浸る暇もなかったと思うよ」
そんな説明をされて理解はできましたが、納得はできませんでした。
色々な事情が重なってこのような形になってしまったのかもしれませんが、正直、王弟殿下がお母様を攫って、もしくは待っていてくれと言ってくださっていれば、お母様も幸せになれていたかもしれないと思うと、悲しくなりました。
「大丈夫?」
ジアス様が心配顔で覗き込みます。
自分の気持ちに没頭し過ぎてしまいました。
私は笑顔を作ります。
もう過ぎた事です。私が何を考えても仕方がない事なのです。
それに彼とお母様が結ばれていましたら、私はこの世に存在しない事になります。
本当はそれでも良かったのですが、そんな事を口にしましたら今現在、私を助けてくださっている皆様に申し訳なくなります。
ですので、これは心の中だけにしまっておきましょう。
そんな私の様子を見ていた公爵が、優しく尋ねてくれます。
「会いたいかい?」
「そうですね。……機会があれば」
「うん、機会などいつでも作れるさ」
「その時は……一緒に居てくださいますか、ジアス様?」
「もちろんです」
お会いしたら何の話をいたしましょうか? やはりお母様との思い出話ですよね。間違っても恨み言は申しません。
楽しい話を聞かせてほしいと私が顔を上げますと、公爵とジアス様が優しい目で見つめてくださっています。
そうですね、これが全てです。
そこに扉のノック音が響きます。
公爵の許可の元、現れたのはケイティです。
「王太子殿下から皆様に招待状が届きました」
「招待状? 今はまだ社交シーズンでありませんけど。あの方はまた、何をやらかす気なのでしょう?」
ジアス様は銀のトレーに乗った招待状を手にしました。
「あれ? 私と父上だけではなくクレインの分もありますね」
「クレイン⁉」
キランとケイティの眼が光ります。
思わずのけ反るジアス様。
そのジアス様に向かって、じりじりと足を進めるケイティはガッと招待状を持つ手を掴みました。
「淑女に対して馴れ馴れしいのでは? 私はジアス様をそのように失礼な殿方に育てた覚えはありませんよ」
ケイティの迫力に、たじたじとなってしまいます。
ですが、勇気を振り絞ってジアス様とケイティの間に割り込みます。
「いいえ、違います。私がお願いしたのです。ジアス様には普通に接してほしいと。ジアス様は断られたのですが、それを無理に通したのは私なのです」
ごめんなさいと謝る私に、ケイティは驚いた表情をされました。
「あら? ジアス様の片思いではなかったのですね」
「……失礼だぞ、ケイティ」
「でも公爵様、ジアス様はヘタレでなかなか態度に出せませんでしたから」
「いや、こいつなりに頑張ってはいたんだ。ただクレイン嬢も鈍い方なのでな」
「まあ、それは失礼いたしましたわ、ジアス様」
「なんか、凄く腹が立つのだけれど……」
公爵とケイティにジト目を向けるジアス様。
私はというと、鈍い方だと言われて落ち込んでしまいます。
いえ、確かに自分でも鈍いとは思うのですが、仕方がないではないですか。歪んだ思惑の中で生きていたのですから。
環境が悪かったのですよと、プンッと膨れてしまいます。
「では私はこれで失礼いたします」
ジアス様と私のジト目を受けながら、すまして出て行くケイティ。
お強いですね。流石は古株侍女さんです。
公爵は笑いを嚙み殺して、ジアス様に王太子からの招待状を開封するように言いました。
「夜会を開かれるそうです。派手好きの陛下ならいざ知らず、倹約家の王太子が珍しいですね。それに先日は何も仰っていませんでしたよ」
「意図がありそうだな。クレイン嬢の招待状には、何か書かれていないかい?」
「開封しますね」
私が中を改めますと、招待状とは別に一枚の手紙が入っていました。
「あら、私のお披露目を城でしていただけるとの事です。王女の代わりに嫁がせた詫びと、あちらの問題で帰って来た経緯を公の場でお話しするそうです。そこをハッキリしておかないと、私への悪評が出回る恐れがあるからと」
「確かにクレイン嬢が帰って来た事は公にはまだ知られていないが、目ざとい奴はもう気付いている。有
耶無耶にしていたらクレイン嬢を貶める噂を流されるかもしれないな」
確かに夫である一国の王太子がいくら女癖が悪くとも、それで離婚して戻って来るなど恥と考える方もいるかもしれません。
他国には何人もの妻を同時に扱う一夫多妻制の国もあるし、側室制度が存在する国もあります。愛人をわんさかこしらえてハーレムを作っている王族も存在するのです。
何があっても貴族として義務を果たせという貴族もいるでしょう。
王太子に捨てられた出戻り令嬢と、陰口を囁く者や傷物扱いしてくる貴族は絶対にいるのです。
それならば真実を公表しても同じではないかと思うのですが、それでも堂々と人前に現れれば印象は変わるかもしれません。
しかも王太子が開いてくださるのです。私の後ろに王太子がいる事をアピールすれば、反発する声は確実に小さくなります。それに……。
「その際に、マルシアス侯爵家の継承式も行ってしまえと書かれています。お父様、継母、異母妹の罪もそこで暴いてはどうかとも書かれています」
「城の夜会で断罪を行う気ですか? それは少し公表し過ぎなのでは?」
王太子のお考えに驚くジアス様。
確かに色々とバラし過ぎかもしれません。
「それにそんな事までしたら、家族であるクレインが嘲りの対象になったりしませんか?」
懸念するジアス様が公爵に尋ねます。私も一緒になって公爵を見つめました。
「まあ、確かにそう危惧する気持ちも分かる。だが家族と言っても、クレイン嬢はずっとサビティ国にいたのだから彼らの尻拭いまでする必要がない事を、しっかり周りに示せばいいだろう。そして彼らが断罪されるのは、あくまで本人たちだけの責任だという事もしっかりと示しておけば、後々のマルシアス侯爵家に問題が生じる事もない。クレイン嬢の身の潔白を示す目的が、その夜会にはあるのだろうな」
「先日の書類の提出でクレインが侯爵に任命されれば、それが可能だという事ですか?」
「そうだ。奴らはもうマルシアス侯爵家とは関係ないという事を示した上での断罪になる。そうすればクレイン嬢がこの国に戻った理由にもなるからな。お前はしっかりクレイン嬢のエスコートをしろ。彼女にはもうヘイネス公爵家が付いている事もしっかり示せば、ちょっかい掛ける者も減るだろう」
公爵の言葉にジアス様が大きく頷きました。
「分かりました。妙な輩は近付けさせません」
「クレイン嬢も、それでいいだろうか?」
王太子の思惑に乗ろうと仰る公爵に、私も頷きます。
「お願いいたします」
一か月後、万全の準備をして最終決戦に挑みます。




