て、照れますねぇ
負けないぞというように、ジアス様の後ろから顔を出し笑顔で王太子に反論します。
情けない事に、その手にはジアス様の服がしっかりと握りしめられていますが。
背中に張り付く私を、ジアス様はジッと上から顔だけを向けて見つめています。
「おい、にやけるな、青少年」
「に、にやけてなんていません。地顔です」
何やら目を細めた王太子がジアス様に仰っていますが、緊張のあまりよく聞こえませんでした。
「はあ、せっかくジアスを城勤めさせるのにいい仲間ができたと思ったのだが、無理だったか。仕方がない、今日のところは諦めてやるよ。まあ、なんだかんだと協力はしてもらわないといけないしな」
「そうですね。クレイン様のためになるのなら協力は惜しまないですよ」
「公爵、一人息子を婿に出す気か?」
「う~む、それは困りますね。孫に期待しますか」
「いや、そこは公爵家を継げよ。侯爵家は孫に任せて」
「では最低二人。頑張れ、愚息よ」
「早い! 何もかもが早過ぎます!」
王太子が仰った言葉にジアス様が頷くと、王太子と公爵が何やら相談し始めました。
最後には真っ赤なジアス様に突っ込まれています。
なんだか恥ずかしい事を言われているような気がしますが、ここは敢えてスルーさせていただきましょう。
気にしたら、いたたまれなくなりそうなので。
慌ただしくやって来た王太子は、慌ただしく帰って行きました。
ふぅむ、内容は違えども王太子というのは意外に自由な方が多いのかもしれませんね。
数日後、教会の承認が無事におりるとヘイネス公爵とジアス様が、屋敷でささやかなお祝いをしてださいました。
正真正銘、自由の身です。
王室からも極秘にお祝いの品が届きました。
公爵曰く、長年苦労を掛けた詫びの品だそうです。フフ、意外と律義なのですね。
因みにそれは一目で高価な物だと分かる上質な青い布でした。これでドレスを作ったら、さぞかし素敵なのができそうです。
その翌日、私の元へ来客が訪れました。
家令のオーガが弁護士を連れてやって来たのです。
オーガとの連絡が取れた後、公爵に相談するとヘイネス公爵家で書類を作成していいとのお許しをいただいたので二人を呼びました。私はまだ身を潜めている状況なので。
応接室に公爵とジアス様と私、オーガとオーガが連れて来た弁護士が揃います。
お茶の用意がされて公爵が一人用のソファに腰かけ、その横の二人掛けのソファにジアス様と私、向かいのソファにオーガと弁護士が座ります。
「おや、誰かと思えばニクソンだったのか」
「はい。お久しぶりです、ヘイネス公爵」
どうやら公爵はこの弁護士を知っていたようです。
丸眼鏡が可愛い、茶髪のおじさまで公爵より幾分か若いように感じます。
「お知合いですか?」
私が尋ねますと公爵は頷きました。
「古くからの友人でね。貴方の母上もよくご存知だった」
「ニクソン・ガーデナーと申します」
「ガーデナーと申されますと、伯爵家の……」
私が聞いた事のある家名だと口にすると、ニクソン様は嬉しそうに頷きます。
「ご存知だったとは嬉しいですね。はい、ガーデナー伯爵家の三男です。不当に扱われていたクレイン様の事はずっと気になっておりました。此度の件、私でお力になれるのならばとオーガ殿に連絡させていただいた次第です」
あら、ニクソン様は自ら志願して協力してくださったようです。ありがたいですね。
嬉しくなった私は笑顔で「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」と頭を下げました。
「……その柔らかい笑顔、お母上にそっくりですね。懐かしくなります」
目を細めるニクソン様に、はにかんでしまいます。
お母様に似ていると言われると嬉しくはあるのですが、それ以上に気恥ずかしくなります。
お母様は病床においても美しい方でした。そのお母様に似ているという事は、私も少しは綺麗になってきたという事でしょうか?
テレテレしていると、隣に座るジアス様に腰を引き寄せられました。
え、いきなりどうしましたか?
驚く私と対照的に、ジアス様の眼はニクソン様に向けられています。
笑顔なのですが真剣な雰囲気がちょっと怖いです。でも、そんなジアス様も素敵です。
そんな様子に公爵がガハハと笑い、ニクソン様が苦笑します。オーガは目を見開いた後、何やら嬉しそうにしています。
皆様の反応に、ちょっと戸惑ってしまいます。
挨拶を済ませると、一通りの書類に目を通しながらサインしていきます。
沢山あって目を回しそうになりながらも、どれも重要な物だと納得しながら書いていきます。
ジアス様と公爵にも確認していただきます。
それらをまとめたニクソン様がこの後、直接機関に提出して来ると仰いました。
「王太子殿下にも話は通してありますので、処理は速やかに行われると思います」
「それは早くて助かりますね。ではすぐに出してきます。オーガ殿はこの後お話があるでしょうから私は先に失礼いたしますね」
「よろしくお願いいたします」
「はい。では失礼いたします」
ニクソン様が部屋から出ると、オーガが改めて私に首を垂れてきました。
「クレイン様、お帰りなさいませ。ご無事にお戻りになられて嬉しく思います。成人のお祝いも改めていたしましょう」
「ありがとう。陰で支えてくれたオーガたちの存在があったからこそよ。お祝いはマルシアス侯爵のお披露目で一緒に済ませてしまえばいいわ」
「そういう訳にはいきません」
「いいえ、いいの。ちゃんと旅路の途中でジアス様やモナたちが祝ってくれたもの」
そう言ってチラリと隣に座るジアス様に視線を向けると、柔らかく微笑んでくれます。
ジアス様とモナとリック、そして護衛の兵に囲まれて宿屋でご馳走を並べてお祝してくれたそれは、貴族の催し物とは違って質素ではあるのでしょうが、私にとっては素晴らしい真心のこもった祝宴でした。
ジアス様にはその時に、金の細い鎖にブルーサファイアのネックレスをいただきました。
今もそれは私の首元にあります。
あれほど楽しくて嬉しい誕生日を送れたのですもの。もう必要ないと申しますと、オーガは苦笑しました。
「では、新マルシアス侯爵のお披露目会は盛大に行いましょう。話は変わりますが、これが侯爵と奥様、キャスカ様が行っていた数々の悪事の証拠になります。ご確認の程、よろしくお願いいたします」
オーガは大きなカバンの中から、沢山の書類を出しました。
私がお願いしていた三人の悪事の証拠です。
まずはお父様からと、書類を一枚取り上げます。
正直、拍子抜けするほどの小さな罪ばかりです。これほどの細かい出来事まで集めたのかと、オーガたちの涙ぐましい努力に頭が下がります。
そしてその中に、信じられない嗜好が見つかりました。
これは、と血の気が引き体がプルプルと震えます。
隣に座るジアス様が私の異変に気が付いて、震える手から書類をそっと取り上げました。
ジアス様も大きく目を開き、公爵に書類を見せます。
その後、そっと私の肩に手を回して優しく抱きしめてくれました。
それほどまでに困惑していたのです。
書類を見た公爵も険しい顔つきになりました。
「これは、誠か?」
「はい。場所も押さえてあります」
「そうか。では王太子殿下に相談しよう。摘発は騎士に任せた方がいいな」
「それがよろしいかと」
お父様の件は想像以上に酷いものでした。
これに比べれば継母や異母妹の存在など可愛いものです。
思わず涙を浮かべる私に、ジアス様が優しく頭を撫でてくれます。
何も言えなくなった私を見ながら、オーガが公爵に尋ねます。
「クレイン様のお立場は、守れますか?」
「サビティ国で過ごされていたのはある意味、良かったのかもしれないな。一緒に住んでいたなら今まで気付かなかったのかと、新たに侯爵を継いでも不評が付いて回っていた。今なら戻って来たクレイン嬢がその不祥事のため、新しく侯爵になると正当化される。オーガ、よくやった」
公爵に褒められたオーガは静かに首を垂れました。




