ん、どうして貴方がここに?
無表情のジアス様に異母妹は抱き着こうとしましたが、公爵家の私兵に邪魔されて近付く事もできません。
異母妹は諦めて一定の距離を保ったまま、ジアス様に甘えた声を出します。
「ジアス様~、お会いしたかった」
「もう一度言います。迷惑です。お帰りください」
「キャスカね、もう待てないの。早く私をお嫁さんにして」
「三度言います。お帰りください」
「ジアス様が望むなら、結婚前でもキャスカの事、好きにしていいんだよ」
「お帰りください」
「婚約なんて面倒なものはしなくていいの。すぐに盛大な結婚式を挙げましょう。王太子に負けないくらいの。パレードなんかもしてさ……」
「ほう、私に負けないくらいの結婚式か」
「!」
全く通じない会話を延々と繰り返す異母妹とジアス様の間に、第三者の声が割り込みました。
その声には聞き覚えがあります。
「王太子殿下、迎えに行くと申しましたのに……」
「喜劇のような会話を、馬車で聞いているのは疲れてしまう」
「馬車まで聞こえるはずないでしょう」
ジアス様の言葉にフフフと笑う人物は、そうです、ここエイワード国の王太子殿下、その人です。
私は結婚式に、わざわざサビティ国まで来てくださった王太子殿下を思い出しました。
「お、王太子殿下、何故ここに?」
異母妹が戸惑った声を上げます。
礼儀のなっていない彼女の姿を目の当たりにして、眩暈がします。
どうやらあの子もクラウディア様やカロリーナ様と同じで、挨拶ができないようですね。
しかし王太子はそんな異母妹を気にした風もなく、ただ淡々と答えます。
「ジアスとは良き友人だ。君こそ何故ここに? 君の方がこの場には相応しくないと思うが……。確かマルシアス侯爵家の者だったな。他家でそのように暴れて迷惑だとは思わないのか?」
王太子殿下の抑揚のない声に反応したのか、異母妹の上ずった声が聞こえます。
「わ、私はジアス様の婚約者です。いずれここは私の家になりますから、問題ありません」
「変わった趣味だな、ジアス」
「……お戯れを」
「ハハハ、そう怒るな。そこの娘、ジアスには婚約者などいない。こいつの婚姻には私自身が認めの判を押す事になっているからな」
王太子が判を押した覚えがないと仰います。
我がエイワード国では、貴族の婚姻には王族の判が必要です。
婚約も同じでよっぽどの事がない限り、例えば私のような国同士の婚姻ではない限り、陛下は関わりませんから、国内での婚姻は全て王太子の管轄となっているようです。
誤魔化しようのない事を言われて異母妹がグッと言葉を詰まらせましたが、すぐに反論いたします。
「書類はまだ出していませんが、心はもう決まってます。私もジアス様もお互いが大好きだから、例え王族であろうとも邪魔はできませんよ」
王太子に食って掛かる異母妹に、倒れそうになります。
王族に歯向かうなど正気の沙汰とは思えません。
それに誰が貴方を好きだと言ったのでしょうか? お互いが大好き? 異母妹の完全なる一方通行ではありませんか。
異母妹の悪事により騎士が目を光らせているのでジアス様への接触はかなり減ったようですが、それでもこうして全く阻止できていないのが現状のようです。
ジアス様は私に心配をかけないようにと、詳しく説明してくださいませんでしたが、これはかなり手を焼かれていたのではないでしょうか?
ムカムカする私をよそに、軽やかな笑い声が響きます。
「ハハハハハ、面白い娘だ」
王太子の笑い声でホッとしたのか、異母妹が弾んだ声を上げます。
「分かってくださって良かったです。こうしてジアス様が友達を紹介してくれるなんて嬉しいです。これからは私とも仲良くしてくださいね」
「はっ、貴様は馬鹿か⁉」
「え?」
異母妹のふざけた言葉に、一転して王太子が低い声を出しました。
「何もかもお前の戯言だろう。ジアスはお前など眼中にない。何が仲良くだ。私を馬鹿にしているのか? 騎士よ、この娘を不敬罪で捉えよ!」
王太子の命令に、玄関の扉がバンッと勢いよく開かれた音がします。
慌てて公爵を振り返りますと、口元を人差し指で『静かに』というように押さえます。
異母妹の悲鳴が聞こえてきます。
「やだ、やめて、離してよ! ジアス様、助けて!」
叫ぶ異母妹の声の間に、ジアス様の冷静な声が聞こえます。
「王太子殿下、応接室にご案内いたします」
「うむ」
二人は興味が失ったかのように異母妹を無視して、応接室の方へと歩いて行ったようです。
「やだやだ、ジアス様ー! 婚約者の私を助けてよー! 貴方の愛はそんな薄情なものだったの? ちょっと、変な所触らないで! やだ、犯される! ジアス様、ジアス様、ジアス様ー‼」
異母妹の悲鳴が木霊する中、私の心は何かに酷く削られた気分になりました。
「大丈夫か、クレイン嬢?」
公爵が気遣わし気に声をかけてくださいます。
これ以上ご迷惑はかけられないと、私は無理矢理笑顔を作りました。
苦笑する公爵が、私の背を優しく撫でてくれます。
「王太子殿下が応接室にいらっしゃる。挨拶に行こう」
「私がご一緒してよろしいのですか?」
王太子に挨拶に行く公爵が、私を誘ってくれます。
この国に戻る事は知っていらっしゃるでしょうが、すでにこのお屋敷でお世話になっている事は知っているのかしらと首を傾げますと、公爵は笑います。
「その報告に、朝一番でジアスが呼ばれたんだろう。国境を越えた時点で、城には連絡がいっているからね。一緒に帰って来たんだろうと言われて、ここに案内したんだろうな。まだ君を城に連れて行く訳にはいかないから」
そう説明されて納得しました。
それほど気にしていただいていたのであれば、ご挨拶に行かない方が失礼です。
私は公爵と共に、王太子とジアス様の待つ応接室へと足を運びました。
応接室に着くと、椅子に座ってズーンと落ち込むジアス様の姿が目に入りました。
「だ、大丈夫ですか、ジアス様?」
駆け寄る私に、ジアス様が気付いて微笑んでくださいます。
「ああ、クレイン様。お体はもうよろしいのですか?」
「はい。十分に休ませていただきました。それよりもジアス様の方がお疲れでは?」
「いえ、私は、ちょっと先程の問題で精神が……。いや、何でもありません」
明らかに異母妹に精神をズタズタにされたジアス様が、私に遠慮して口ごもります。
お顔の色が悪いと心配になった私は中腰になり、そっとジアス様の手に手を重ねます。
「本当に、申し訳ありません。なんてお詫び申し上げればよいのか……」
「クレイン様は気にしないでください。しっかり近付けさせれない私が悪いのです」
「いえ、あれほど妄想が激しく人の話を聞かない女性が相手では、どうにもできないですわ」
「良かった。ちゃんと彼女の言う事が嘘だと分かってくださっていて。クレイン様に誤解されたらどうしようかと思いました」
「そんな、そんな誤解はしませんわ。ジアス様は真摯な方ですもの。あの子の言うように、あの子を想う事などありえません」
「そうですか?」
「そうです。だってジアス様の事なら分かりますもの。私はずっとジアス様を見ていて……あ、いえ、何でもありません」
「何ですか? 言ってください」
「いえ……大した事では……」
「大した事でなくてもいいです。聞きたいです」
「あ、私は……」
「あー、コホン」
ギクッと二人で肩を跳ねさせます。
気が付けば私とジアス様は手を取り合って、ありえないほどの至近距離で話し込んでいました。
もう少しで顔がくっつきそうです。
慌てて手を離し、距離を取りました。
チラリと隣に視線を向けると、ニヤニヤ笑う王太子殿下と公爵が立っていました。
「公爵、もう少し放っておけば良かったのに。いいものが見られたかもしれないぞ」
「いや、流石にこれ以上は。後で私がジアスにボコられます」
そんな会話をしながらこちらを見る視線に、私の顔は真っ赤になります。
い、いたたまれません……。




