うげっ、闖入者再び
丁寧に入浴のお世話をされた私はその後、ヘイネス公爵家のメイドたちの手により磨き上げられております。
「まあ、なんて滑らかなお肌でしょう。これほどお綺麗なら化粧水だけの方がいいですね」
「御髪もサラサラのツヤツヤですが、香油はどうしましょうか?」
「あら、でも旅のお疲れが足に出ていますね。お任せください。しっかりとケアさせていただきますので」
キャイキャイと若いメイドの手により、こねくり回されていますが、思った以上に疲れていたのかとても気持ちがいいです。
ああ、眠くなってきました。
はっ、いけない、いけない、と首を振りますが、メイドにお眠りになっていていいですよと言われた私は、睡魔に負けました。
そうして目が覚めたのは、翌朝です。
あ、ジアス様に会うお約束も夕食もすっ飛ばしてしまいました。
自己嫌悪に項垂れます。
「おはよう。よく眠れたかい?」
朝の支度をモナに手伝ってもらい、迎えに来たケイティに食堂へ案内されると、お茶を飲んでいたヘイネス公爵に挨拶されました。
私は深々と頭を下げます。
「おはようございます。昨日は大変失礼いたしました。気が付けば朝になっていまして……お恥ずかしい限りです」
「ハハハ、それだけ疲れていたんだろう。無理もない」
ヘイネス公爵は豪快に笑ってくれます。その様子にホッと息を吐きます。
昨日から思っていたのですが、サビティ国の王太子妃ではなくなった私に対して公爵は、親しい言葉で話しかけてくださいます。
それがとても嬉して、私はつい微笑んでしまうのです。
公爵は立ち上がって私の手を引き、椅子に座らせてくれました。
豪快な物言いに対して行動は紳士です。
公爵にお礼を言った私の前に、給仕が朝食の用意をいたします。
「あの、ジアス様は?」
「ああ、朝一番で王太子殿下に呼ばれたみたいだね。文句言いながらも出て行ったよ」
「お忙しいのですね。それなのに私の問題にも関わらせてしまって、申し訳ないです」
「何を言ってるんだい。君の問題は国同士の問題でもあるんだよ。それに元はといえば、何の確認もしないで君をサビティ国に送った陛下が悪いんだ」
ヘイネス公爵が不敬にも国王陛下を悪者にしてしまいます。
私は慌てて首を横に振りました。
「いいえ。事の発端は父にあります。私が目障りだからといって他国の王族に送るなど大それた事を行った父が元凶ですから。陛下にもご迷惑をおかけいたしました」
「アレの事は気にしなくていいよ。自業自得だ。それよりも侯爵家を取り戻すためにどう動くつもりだい?」
公爵が陛下をアレと呼びましたが、もう気にしない事にします。
そうして帰路の間で無事に成人を迎えた私に、公爵が家を取り戻す算段を尋ねてきました。
「まずはサビティ国から預かった離婚の書類を城に提出して教会が受理してくださったら、すぐにマルシアス侯爵家の家令のオーガと連絡を取ります。侯爵の手続きに必要な書類を集めてくれているので、こちらは弁護士を仲介して届け出ます。処理されるのに数日はかかりますでしょうから、その間にオーガからお父様と継母、そして異母妹の悪事の証拠を見せてもらいます」
元夫には離婚は成立したと言っていましたが、教会への受理はまだ済んでいませんでした。
しかし二人の関係は国同士の話でしたので、両国が承諾した時点で成立したのと同じだったものですから、そう言い切っていました。
正直、元夫にこれを強調されていたら、ちょっと返答には困っていたかもしれませんね。
まあ、困るだけで言い切ってはいましたが。心はとっくに離婚していましたので。
ですから、まずはその手続きを先に行い、身軽になってから次の行動にと考えていたのです。
私の説明に公爵は頷いてくれました。
「キャスカ嬢に関しては、こちらにも情報をくれると嬉しい。彼女は宮廷からも監視が付いているからね」
「はい、もちろんです。それ以外にも全てお見せいたしますわ。もしもご迷惑でなければご意見いただけるとありがたいのですが」
「ハハハ、もちろんだ。君の役に立てるのなら嬉しい限りだからね」
「ありがとうございます」
公爵と話しながら朝食を終えると、何やらエントランスホールが騒がしくなります。
ジアス様がお帰りになったのかしらと首を傾げますと。執事長が現れました。
「お騒がせして申し訳ございません。すぐに処理いたしますので」
そう言って頭を下げる執事長に、公爵が呆れた溜息を吐きました。
「またか」
「はい。本日は門番に石を投げつけてきましたので振り払ったところ、泣き喚いたそうです。お尻をついて座り込みながら、振り払われた所為で膝を擦りむいたと喚くので、仕方なく手当しようと門番が近付いたところ押しのけて、玄関まで侵入してきました」
「毎度毎度よくやるなぁ」
「ご丁寧に本当にどこかで膝を怪我してきていたので、私兵も無理に手を出す事ができなかったみたいです」
公爵と執事長の話を聞いていた私の背中に、嫌な汗が流れます。
もしかしたらもしかしなくても、エイワード国でそんな非常識な事をする人物は後にも先にもあの子しかいないのでは?
バクバクする心臓を押さえながら、私は恐る恐る公爵に尋ねました。
「あの、もしかしたらそれって、異母妹の事、でしょうか?」
「ハハハ、クレイン様は気にしなくていいんですよ」
いえ、思いっきり気になります。
何ですか、その下町の悪ガキみたいな行動は?
真っ青になる私を横に、公爵が何かを指示して執事長は一礼して部屋から出て行きました。
「か、重ね重ね申し訳ありません」
項垂れる私に、公爵が苦笑します。
「一応アレにも貴族の血が入っているはずなのに、何をしたらあれほどの令嬢が出来上がるのだろうな? 少し興味深い」
公爵が珍獣を見るかのような目でエントランスホールから聞こえる獣の雄叫び、コホン、異母妹の喚く声に耳を澄まします。
「何するの、離してよ! 私兵風情が侯爵令嬢に手を出していいと思っているの? 私はジアス様に会いに来たのよ。早く部屋に案内しなさいよ!」
何だか以前にも同じような事があったような気がします。
あれはサビティ国のロレント公爵家でしたか。
嫌なデジャヴを感じながらも、久しぶりに聞いた異母妹の声は低く掠れていて聞き苦しく感じます。
以前はもう少し可愛げがあったようにも思いますが、時の変化はどう転んだのでしょうか?
「あれは隠し持っていた薬とやらの所為かもしれないな」
公爵がそう呟かれました。
「以前はもう少し女性らしい高い声であったと記憶しているが、今では声が潰れてしまっている。取り巻きに売っているだけかと思ったが、本人も常用しているのだろう」
私は眉間に皺を作ります。
あの子は何を憂いてそんな物に手を出したのでしょうか?
あれほど勝手気ままに生きていて、それでも何かが足りなかったとでもいうのでしょうか?
ふとそんな事を考えていますと、玄関の扉の開く音が聞こえて凛とした声が聞こえてきました。
「また貴方ですか。迷惑ですからお帰りください」
ジアス様が帰ってこられたようです。
ジアス様と異母妹が出会ってしまった。
思わず立ち上がってしまう私に、公爵がやんわりと手を掴みます。
「大丈夫ですよ。貴方はまだアレに会わない方がいい。ジアスが上手い事、追っ払いますから、ここに居てください」
「ですが……」
「それにジアス一人ではないようなので……」
そう仰る公爵がニンマリと笑みを作ります。
不思議に思いながらも、公爵の仰る通り私はまだ異母妹に見つかる訳にはいかないので、大人しく座りました。
祈るように両手を組んで、エントランスホールに視線を向けます。
どうか異母妹がさっさと諦めて帰ってくれますようにと。




