ああ、懐かしき祖国よ
首を傾げる私を宰相の前の椅子に座らせると、ジアス様は隣に座り昼食を注文しました。
モナとリックにも近くの席で食事をするように言います。
旅の間は食べられる時に一緒に食べないと、後からでは食べられなくなってしまうかもしれませんからね。
食事が終わると、ジアス様と宰相が山賊に聞いた話を教えてくれました。
「やはりカロリーナ嬢とお頭は子供の頃、一緒に窃盗をしていた仲間だそうです。貧民街で育った子供が仲間を作り盗みをしているのは聞いた事がありますが、その中に彼女も混じっていたのでしょう。貴族になりはしたものの、抜け出せなかったのでしょうね」
「今回は行き場のなくなったカロリーナ嬢が、クレイン様を妬んだ末にお頭の助けを借りて誘拐を企んだようです。どこからかカール様がクレイン様を欲した話を聞いたのでしょう。それにジアス様と会えなかった事も行動の一端になったかと」
お二人の説明に、私はポカンとしてしまいます。
「縁が切れていなかったのですね。けれど、どうしてジアス様と会えなかったからって私を攫うのですか?」
「ロレント公爵家でジアス様に会っていれば、行き場がなくなるなんて事にならなかったと思っているようでした。カール様の代わりとして、本気でジアス様に寄生するつもりでいたようです。それが失敗したのは、この思考が私にはよく分かりませんが、全てクレイン様の所為だと思っていたようです。ロレント公爵に手を回してジアス様を隠したと。今の自分の境遇を全てクレイン様に押し付けていたのでしょう」
ジアス様を元夫の代わりにしようとしていたなんて、なんてふざけた話でしょう。
憤る私ではありましたが、やはり腑に落ちません。
私は宰相に尋ねます。
「待ってください。私、カロリーナ様とは数回しかお会いしていませんよ。それに彼女と言い争いになった事もありませんし。いくら殿下の問題があったからと言って、そこまで恨まれるような事は……」
「それが、彼女が言うには初めて会った時に恥をかかされたとか何とか……。それで逆恨みしたのではないかと思いますが、何か覚えはありませんか?」
「恥をかかされたって言われても……」
私は思考を巡らせますが、何も思い浮かびません。
「クレイン様、アレではないですか。ネックレスの件」
モナが隣の席から話に加わります。
「え、アレ?」
驚く私に宰相が食いついてきました。
「何ですか? 教えてください」
私は元夫の瞳の色をしたネックレスが、彼からのプレゼントではない事を暴露した件について話しました。
「なるほど。それがクレイン様を恨む動機になっていた訳ですね」
宰相の言葉に、私は目をパチクリいたします。
「え、でも私は、本当の事を言っただけですよ」
「本当の事だとしても、彼女の思考の中では恥をかかせた敵だと認識したのでしょう。ああいう女性は執念深いですからね」
こわっと私は身を震わせます。
まさか真実を伝えただけで、山賊を使って攫おうと考えるほど恨まれるなんて。
今更ながらに、恐ろしくなりました。
「大丈夫ですか、クレイン様?」
私の様子がおかしい事に気付かれたジアス様が、心配してそっと背中を撫でてくれます。
温かい手にホッとします。
まあ、確かにあの時の私にも意地悪な気持ちがなかった訳ではありません。
好き放題悪口を言われて傷付いてなかったとは言えませんから。ですが……。
「真実であろうと、何でも口にするのはやめる事にいたします。また攫われそうになるのは、ご免ですから」
「ハハハ」
反省する私に、ジアス様が笑います。
もう、笑い事ではありませんよ。
ムッとする私の頭をジアス様が撫でます。
「大丈夫ですよ。私が絶対に助けて差し上げますので」
その優しい眼差しに、キュンとします。
「あー、あー、コホン。ですが、ジアス様は本当にお強いのですね。全員ジアス様が倒したとお聞きしました」
ジアス様と見つめ合っていますと、宰相が咳払いをして話を変えます。
私はあの時の事を思い出し、目をキラキラさせてジアス様を見つめました。
「本当にすごかったですわ。私の眼ではジアス様の動きは見えませんでした」
尊敬を込めて両手を組んでそう言いますと、ジアス様は「ありがとう」とニッコリ笑います。
「日頃の鍛錬の成果ですよね。殿下の白いフヨフヨお腹とは違いますわ」
私もニッコリと笑ってそう言いますと、笑顔のジアス様と宰相がピキッと固まりました。
「え、えーっと、クレイン様。カール様のお腹など何故知っておられるのですか?」
汗をダラダラかく宰相に、私は首を傾げます。
「え、クラウディア様との情事をしっかりと見せていただきましたので」
「……では、何故ジアス様のお腹がカール様と違うのを知っておられるのですか?」
「え、それは先程マッサージの時に触って……うむっ」
何故か笑顔のジアス様に口を塞がれました。
あら? 食堂が微妙な空気になっています。
私は何かいけない事を言ったのでしょうか?
エイワード国に帰る道中で山賊に襲われた私たちは一旦、王都に引き返したもののその後、無事に帰路に着く事ができました。
今、私はヘイネス公爵に抱きしめられています。
「我が娘よ、よく帰って来た。疲れただろう。部屋を用意してある。気に入ってくれると嬉しい……へぶっ!」
「誰が娘ですか、誰が。あと離してください。クレイン様が潰れます」
ジアス様がジト目を向けて、父親であるヘイネス公爵の横腹を突きました。
私を離して蹲る公爵に、いつもの光景ですね、と微笑みます。
うん、安心します。
「侍女頭のケイティだ。君の家に勤めるアボラとも仲が良い」
公爵家の立派な屋敷に入ると、ズラッと並ぶ使用人の中から白髪も美しい中年の侍女を紹介されました。
アボラと仲が良いと聞いて、驚いてしまいます。
「そうなのですか?」
「ああ、だからクレイン嬢の事情は全て知っているから、気を使う必要はないぞ」
ニコニコと笑う公爵に紹介されたケイティは、一歩前に出て挨拶してくれます。
「ケイティと申します。クレイン様のお母様、ローザ・マルシアス侯爵様にもお見知りおきいただいておりました。クレイン様はお母様によく似てらっしゃいますね」
凛とした表情から一転、ニコリと微笑まれ優しい声でお母様の名前を呼ばれた私は、目頭が熱くなりました。
ああ、私の知らない場所にもお母様をよく知ってくださる方がいらしたのですね。
ウルッと涙をためる私にハンカチを差し出してくれたのは、ジアス様です。
何も言わずに微笑みながらハンカチを目元に当ててくださるのを、私は静かに受け入れます。
子供のようにお世話される私を、公爵がニヤニヤ笑って見ていましたが、ジアス様にジト目を向けられて視線を逸らしました。
「何はともあれ、まずは旅の埃を落としましょう。お風呂の用意はできておりますので皆様もどうぞ。クレイン様は私どもにお任せください」
ケイティがジアス様だけではなく、モナやリック、それに護衛の皆様までお風呂に入るよう促します。
綺麗好きなのですね。
ケイティに促されて、すぐにお風呂に放り込まれそうになった私は、思わずジアス様のマントを掴みました。無意識の行動です。
一瞬、驚いた表情になるジアス様でしたが、すぐにニコリと微笑んでくださいました。
「大丈夫ですよ、クレイン様。ケイティは見かけほど怖くはないですから」
軽口を言われるジアス様に、ケイティがホホホと笑っています。
しかし次の瞬間、ジアス様の顔が引きつりました。
何気なく下を見るとジアス様の足の上にケイティの足が乗っているような?
気のせいかしらと思いながらも、私はジアス様に話しかけます。
「あの、ちゃんとお礼を言ってませんでしたので……。本当にありがとうございます。無事にエイワード国に帰ってこられたのはジアス様のお陰です」
「そんな事はないでしょうが、お役に立てたのならば良かったです。後ほどお会いしましょう」
「はい」
「~~~~~」
満面の笑みで返事をする私に、ジアス様だけではなく公爵まで蹲ります。
首を傾げる私にケイティが「しょうがない殿方たちですね。クレイン様は気にしなくていいですよ」と言って、背中を押してお風呂場に連行されてしまいました。




