ハハハ、王都に逆戻り
カロリーナ様に喚かれて私の耳を塞いだジアス様はクルッと振り返ると、彼女の身柄を山賊たちと一緒にサビティ国に引き渡すと、無表情で答えました。
カロリーナ様がポカンと口を大きく開きます。
私も思わずジアス様を下から見つめてしまいました。
え、そういう意味だったのですか?
勘違いしていた私の顔は、カアーッと一気に赤くなります。
それはカロリーナ様も一緒だったので、彼女の顔も真っ赤になりました。
「ふざけんじゃないわよ! 何思わせぶりな言葉、吐いてんのよ! 人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!」
あ、彼女の赤面は羞恥もあるのでしょうが、大半は怒りだったようです。
しかしジアス様は逆に、呆気に取られた表情になります。
「いや、あの状態でどうして私が貴方に思わせぶりな言葉を吐くんですか? 明らかに貴方は敵ではないですか。私の手足を引きちぎると言われていたのに、貴方に欲情する方がおかしいでしょう?」
コテンと首を傾げるジアス様の発言は、正論です。
ううう~、カロリーナ様と同じように勘違いしてしまった私は、いつの間にか夫や彼女たちに感化されてしまっていたようです。
情けなくなって、ますます顔が赤くなります。
「ざけんな! 上品ぶってんじゃねぇよ! どんな状態であろうと、やれる時はやるだろうが。男なんて皆一緒だ」
「いえ、上品ぶってるとかじゃなくて脅してくる相手に勃つ訳ないと言っているんです。あと、貴方の愛人と一緒にしないでください。不愉快です」
冷静に答えるジアス様にカロリーナ様はキーッと叫んで飛び掛かろうとしますが、縄で縛られているのでその場に転げてしまいます。
ですが寝転んだままでも、ジッタンバッタンと地面の上で跳ねています。
これでは縄がほどけてしまうと思った兵が、足元まで縄を増やして縛り上げました。
最後には喚き散らす言葉があまりにも聞き苦しかったので、ハンカチで口元を塞がれました。
うー、うーっと暴れるカロリーナ様を兵が連れて行くと、代わりに別の兵がジアス様に確認に来ました。
「王都に戻って山賊たちを回収しに来てもらいます。次の村までは少し距離があるのですが、どうしましょう? 一旦、王都に戻りますか?」
「そうだな。クレイン様の容態も心配だし一度戻ろうか。王都の入り口に高級宿があったはずだ。泊まれるか先触れを出してくれ」
「畏まりました」
そう言って兵が下がると、ジアス様は私を見下ろしてきました。
下から見上げていた私とバチッと目が合うと、ジアス様の顔が見る見るうちに赤く染まっていきます。
何となく体を引き離されてしまうのではないかと思った私は、思わずギュッとジアス様の背中に腕を回して抱きしめてしまいました。
「ぐふっ!」
ジアス様から聞きなれない奇妙な声が聞こえます。
フルフルと小刻みに揺れるジアス様が、ぎこちない手で私の肩に触れました。
「こ、これは、どうしたら……。あ、あの、クレイン様、一先ず王都に引き返して宿に泊まりましょう。そこでゆっくり休んでください。体が優れないようなら医師も手配いたします」
「……はい、ありがとうございます」
「……あの」
「……はい?」
「……手を、放していただけますか?」
「嫌です」
「‼」
「あ、すみません。どうぞ、行ってください」
――錯乱していました。
ジアス様から離れたくない一心で、これから色々と指示しなければいけないお忙しい身の彼に我儘を言いました。
そっとジアス様から手を離した私は、シュンと俯いてしまいます。
気遣わし気に私を見下ろしながら、ジアス様は「すぐに戻ってきます」とそっと頭を撫でて、モナに私を託して馬車から降りました。
その際、ジアス様には珍しく足元を引っかけて転げそうになっていましたが、先程の戦闘でお疲れになっているのかもしれません。
そういえば、いつの間にか目は戻っていたようですね。
「大丈夫ですか、クレイン様?」
馬車の椅子に座らせてくれたモナが、そっと背中を撫でてくれます。
「……嫌な子ね、私。ジアス様の邪魔をしてしまったわ」
「いえ、とっても可愛らしい子でしたよ」
「どういう意味?」
首を傾げる私にモナは「フフフ、これが計算ならあざといですけれど、それを天然でやってのけるクレイン様は最早、天然記念物。涙と赤い顔、それに上目遣いのフルコンボ、おまけの小動物のような震えで決定打、破壊力満点です」と何やら意味不明な言葉を吐いて不思議な笑みを繰り返します。
モナ、貴方も錯乱するほど怖かったのね。
ジアス様が指定した宿屋は高級と言われるだけの事はあり、貴族か豪商しか泊まれない立派な造りの建物でした。
急だったので泊まれるかどうか不安でしたが、幸運な事にちょうど貴族の団体客が今朝出発したところだったので部屋は空いているとの事。
無理ならばロレント公爵家に戻らなければいけないところでしたので、本当に良かったです。
一番豪華な部屋に案内された私は、ソファに座りやっと人心地が付きました。
宿屋の女性がお茶の用意をしてくださったので、ジアス様と一緒にありがたくいただきます。
「医師の手配は、本当によろしいのですか?」
「はい、この通り元気です。ご心配おかけいたしました」
「いえ、大丈夫なら良かったです」
心配してくださるジアス様に元気だと拳を握りしめて両手を掲げますと、優しく微笑んでくださいました。
「けれどロレント公爵にまた、ご迷惑おかけする事にならなくて安心しました」
私がそう言うと、ジアス様が城から急遽非難した時の事を思い出し、くつくつと喉を鳴らします。
「公爵夫妻なら、喜んで迎え入れてくださると思いますけど」
「そうかもしれませんが、急にお伺いするばかりでは申し訳ないです」
「クレイン様は真面目ですね」
「あら、ジアス様が仰いますか?」
真面目な二人でそんな会話をしていますと、山賊とカロリーナ様を引き取ってくださった街の兵士から宰相が来ると知らされました。
「まあ、宰相自らわざわざお越しになるのですか?」
「はい。山賊たちを城に連行する騎士たちと一緒に来られるとの事です」
結局、山賊は全員死んではいませんでした。
瀕死の状態の者もいたようなのですが、ジアス様は急所を外していたようで重度の差はあるものの、とりあえず無事なようです。
ですのでカロリーナ様とお頭、あと数人の幹部っぽい山賊を城に連れて行くようです。
残りはこの町の牢に入れておくとの事。
兵士からそう説明されると、ジアス様がさもありなんと頷かれました。
「カロリーナ嬢が絡んでいますからね。宰相としてはこれ以上カール殿下が巻き込まれないよう、それとクレイン様に遺恨が残らないようにと考えたのでしょう」
「彼女が現れた時点で、残っていると思うのですけれど」
そうして夜半過ぎに宰相はよれよれの姿で現れました。
ジアス様にはおやすみと寝かせつけられそうになりましたが、流石にそういう訳にはいきません。
皆様が起きてらっしゃるのに、私だけがのうのうと眠りにつく訳にはいかないのです。
だって私はもう大人ですから。母国に帰ったら立派な侯爵にならなければいけないのです。
本音を言うと、体はへとへとですが……。
宰相もよれ具合からして、知らせを聞いてすぐに動かれたのでしょう。
心身ともに疲れたと言わんばかりの様相です。
もう若くはないので、ちょっとお気の毒ですね。
「こんなにすぐにお会いする事になるとは思いませんでした」
ジアス様と挨拶を交わした後、私に向かって宰相はそうぼやきました。
それには私も同意見なので素直に頷きます。
「私もですわ。こう申しては何ですけど、宰相とは不思議な縁があるように感じます」
「悪縁ですね」
――言いますわね。
半眼で見つめますと、宰相は慌ててジアス様に視線を向けました。
ビビるなら余計な事を言わなければいいのに、宰相の悪い癖ですね。




