あのー、色々と驚きです
こちらが剣を構えると、男は嬉しそうに舌舐めずりしました。
「そうかい。じゃあ、やるしかないな。カロナは下がってろ」
「いいけど、ジアス様の顔は傷付けないで。私あの顔、気に入ったの」
「ケッ、結局はお前も顔かよ」
「当たり前じゃない。あ、でもお頭は力があるから好きよ」
「へー、へー、顔さえ傷付けなければ手足をもいでも文句は言わないな」
そしてお頭が「野郎ども!」と叫んだ瞬間、前に居た五人の山賊がドッと地に倒れてしまいました。
何が起こったか分かりません。
え? と呆けるお頭とカロリーナ様を無視して、ジアス様が他の山賊に切りかかって行きます。
は、早過ぎます、ジアス様。
ジアス様は山賊の間を駆け抜けながら剣で切り裂いているようで、ジアス様が通った後の山賊たちはどんどんと倒れ伏せていきます。
兵たちも何人か相手にしていますが、ジアス様の邪魔にならないように動いているようでした。
訳の分からないリックが、ジアス様の私兵に動きを止められています。
そうしてものの数分後には、お頭とカロリーナ様だけが立っている状態でした。
ピッと剣に付着した血を振り払ったジアス様は、返り血を浴びたのか頬に血がついています。
それが野性味を溢れさせ、まるでしなやかな獣のようで、恐ろしい状況だというのに美しいと見惚れてしまいます。
惨状を目にしたカロリーナ様は、へたりとその場に座り込んでしまいました。
ふとモナを振り返りますと、彼女もまた青い顔をしています。
確かに悪者とはいえ、目の前で人が大勢切り殺されたのです。
恐怖で震えるのは普通の事でしょう。
ですが私はそのよう惨劇を目の当たりにしても、怖くはありませんでした。
先程の、ジアス様にもしもの事があったらと考える方が怖かったのです。
ジアス様が残ったお頭とカロリーナ様に近付くと、お頭がカロリーナ様を立たせて持っていた剣を彼女の首元に突きつけました。
「来るな! それ以上近付いたらこの女の命はねぇぞ!」
仲間だったはずのお頭に捕まるカロリーナ様。
途端に彼女の顔が真っ青になります。
「な、何するのよ! やめて、冗談じゃないわ」
「こっちだって冗談じゃねぇよ。こんなに強い奴がいるなんて聞いてないぞ。いい女がいて、金目の物もたんまりあって、護衛も大した事がないって言うから話に乗ったんじゃねぇか。まさか、こんな一瞬で壊滅させる化け物がいるなんて……やってられっか!」
「ちょっと、ねえ、これって真似だけよね? 本当に私を殺すつもりじゃないわよね?」
お頭の剣幕に震え出したカロリーナ様ですが、恐怖のあまり声が大きくなっている事に気付いていません。
「うるせぇって言ってんだろう。俺を見逃すならこの女は返してやる。お貴族様なんだろう? じゃあ騎士が守るのは当然だよな?」
お頭の眼は血走っています。
どうやら自分だけは助かろうと、カロリーナ様を人質にジアス様と交渉しようとしているようです。
カロリーナ様と面識がありそうなジアス様を、この国の騎士と勘違いして騎士道に訴えているのでしょう。
ですがジアス様はこの国の騎士ではありません。
百歩譲って騎士だったとしても、敵であったカロリーナ様を助ける謂れは全くないのです。
「悪いが、その女に人質としての価値はない」
ジアス様も関係ないと仰います。
それに反応したのはカロリーナ様の方でした。
顔を上げてジアス様に怒鳴りつけます。
「嘘でしょう。目の前で女の子が殺されそうになってるのよ。助けるのが男でしょう。私を助けなかったら、どうなるか分かってるんでしょうね。カール様にチクるわよ。そしたらあんたなんて、すぐに牢獄行きなんだから。あ、もしかして見返りを求めてる? もう、しょうがないわね。だったら後で私の事、好きにしてもいいわよ」
最初は分かれた元夫の名前まで出して必死に訴えていたようですが、途中で何を勘違いしたのか色ボケ思考に移りました。
緊迫している状況だというのに、思わず全員がポカンとしてしまいます。
自分の命がかかった大変な状況だというのに、その思考に変えられるのは最早天晴です。
彼女を押さえつけていたお頭でさえ、気味悪そうな顔つきになっていました。
「そうですか。ではお助けいたしましょう」
そこでジアス様があっさりと、カロリーナ様を助ける発言をいたしました。
え? と目を剥く人々。
私もジアス様を見つめてしまいます。
嘘でしょう? ジアス様がカロリーナ様の色ボケに当てられた? いえ、ジアス様に限ってそんなはずはありません。だってカロリーナ様ですよ。こんなハチャメチャな女性を、山賊を使って私に復讐しようとする人を、ジアス様が相手にするはずがありません。ですが、ジアス様は彼女を助けると仰って……。
錯乱する私は何が何だか分からなくなり、気が付けば私の眼からは涙が出ていました。
「あらぁ、フフフ、やっぱりジアス様も男ですね。た~っぷりサービスしてあげますよ。だから早く助けて、私の王子様♡ ぐっ!」
カロリーナ様が頬を染めて、欲情した瞳でジアス様を見つめます。
すると彼女の首にお頭が、後ろから太い腕を回して締め付けました。
「や、やめろ、マジで殺すぞ。殺したらいい事も何もできねぇぞ。いいのかよ⁉」
剣を振り回し威嚇するお頭に、ジアス様は澄ました表情で答えます。
「問題ありません」
そう言ったかと思うと、ジアス様がその場から消えました。
え? と思った時には、ジアス様がお頭の顔面を右手で掴み、後ろの大木に後頭部をめり込ませていました。
目にもとまらぬ速さとは、こういう事を言うのかもしれません。
ジアス様が手を離すと、お頭の体はズルズルと地面に落ちていきます。
完全に気を失っているようです。
あっという間に山賊を壊滅させたジアス様に、兵たちのワアッという歓声が上がりました。
そしてお頭の身柄を他の兵に預けると、ジアス様が振り返りました。
私の馬車の前にいるカロリーナ様が、パアッと顔を輝かせます。
そして両手を広げて「ジアス様~」と甘ったるい声で駆け出しました。
ジアス様とカロリーナ様が抱き合う姿など見たくないと思った私は、咄嗟に窓から離れて座り込んでしまいます。
こんな展開、嘘です。ありえません。
両耳を塞ぎ、ギュッと目を瞑ります。
先程の惨劇を目の当たりにしても、これほどの恐怖を味わいはしなかったというのに、今はただ、ただ目の前が真っ暗でこのまま意識を手放したくなりました。
バタン!
そんな私の心とは裏腹に、無情にも馬車の扉が開き、そこから日が差し込みます。
やめて、開けないでと顔を上げると、そこに居たのはジアス様でした。
「大丈夫ですか、クレイン様? ご気分が優れませんか? すみません、このような場面を貴方に見せたくはなかったのですが。もう少ししたら片付きますので、もう暫く外は見ないようにしてください。あ、匂いは……ええっと、どうしようかな? モナさん、香か何か血の匂いを消す物って持っていませんか?」
涙を流す私にジアス様が狼狽えます。
「これほどの血の匂いは簡単には消せないかと……」
モナもオロオロしています。
焦る二人を前にして、私はポカンとしてしまいます。
私が涙など見せたのは幼い頃以来ですから、モナも戸惑っているのでしょう。
ふと、ジアス様の体越しに外の様子が目に入りました。
「ちょっと、これはどういう事よ! 離しなさいよ! ジアス様、助けて! 私を好きにしたいんでしょう⁉」
カロリーナ様が兵に捕縛されていたのです。
暴れ喚くカロリーナ様に、ジアス様が私の体を抱きしめて聞こえないように逞しい胸に耳を押し付けました。
「ええ、好きにしますので、貴方の身柄を山賊たちと一緒にサビティ国に引き渡します」




