かぁー、そうきましたか
あれから数日が経ち、当初の予定とは大幅に変更とはなりましたが、私はとうとうジアス様と一緒にエイワード国へ帰る事となりました。
モナとリック、そしてジアス様が連れて来た護衛とロレント公爵から借り受けた私兵と合わせて十人での旅となります。
ジアス様の護衛とは何度もお会いしていますし、ロレント公爵家の私兵ともこちらに来てから挨拶を交わす仲にはなっているので、気分は大分と楽です。
馬車にはジアス様と私とモナが乗り込んで、リックは護衛たちと一緒に馬で参ります。
一応、未婚なので異性と二人きりで馬車に乗るのは不味いという理由で、ヘイネス公爵にもらったクマのぬいぐるみにしがみ付いて「ジアス様に邪魔とか思われたくない。目なんか細められたら、いたたまれない」と何やらブツブツ言っているモナを、無理矢理引っ張り込みました。
そうです、私は未婚。教会にはまだ正式に承認をいただいてはいませんが、それでも両国が認めたのですから、私は立派な独り身です。ああ、なんて良い響きなのでしょう。
見送りには宰相が来てくださいました。
元夫の容態を教えてくれたのですが、まだ回復できていないとの事です。
ジアス様ったら、一体どれほどのお力で戒めてくださったのかしら?
そっと視線を送ると爽やかな笑顔が返ってきたので、気にしない事にしました。
まあ、元夫にはもう二度と関わりたくないので、後の事はこの国にお任せしましょう。
諸々の報告を終えた宰相は、最後に私の顔をジッと見て「カミュウ殿下が……」と眉尻を下げました。
「ご自分が城に来てほしいなどと言った所為で、あのような事態を引き起こして誠に申し訳なかった、と申しておりました」
生真面目なカミュウ殿下の顔が思い浮かびます。
きっと必要以上にご自分を責めてられるのでしょう。私が何か言おうとする前に、ジアス様が横から口を挟まれました。
「全くもってその通りです。反省してください」
この件に関しましては、ジアス様は辛口です。宰相が項垂れてしまいました。
「……カミュウ殿下がどのような国造りをなさるのか、楽しみにしております、とお伝えください」
「クレイン様……」
「いつの日か、またお会いできると良いですね」
ニッコリと微笑むと宰相がハンカチを目に当てました。ですので私はサッとモナから受け取った大きな封筒を差し出します。
「これは?」
不思議そうに首を傾げる宰相に「プレゼントです」と答えます。
「私が六年間でお世話になった方々の、私に対する行動をまとめておきました。フフフ、貴族問わず関わった全ての皆様のです。何かあればお使いになってくださって、よろしいですわよ。これを話せばきっと、どんな無理難題でも聞いてくださいますわ」
ニコニコと笑いながら手渡しますと、宰相は一瞬封筒を落としそうになりました。
ズシッとかなり重量感のある封筒に、真っ青な顔をします。
「フフフ、もっと詳しく知りたければ追加で送りますわ」
「いえ、いえいえいえいえ、結構です。これで十分です。ありがとうございます」
青い顔の宰相は、必死でブンブンと首を横に振っておられます。
「そんなに遠慮しなくても」
「いえいえいえいえいえいえいえいえ、お気持ちだけで、はい」
ヒシッと封筒を抱きしめる宰相に、まあ、謙虚です事、と微笑みます。
「まさか、こんな、事細かい事まで残していたなんて……ああ、こんな下の使用人の名前まで知っているとは……」
宰相が封筒の中の用紙をパラパラとめくりながら、ブツブツと呟いております。
フフフ、年季の入ったいじめられっ子は、常に証拠を残しておくものなのですよ。
長かった六年間にスッキリとした気持ちで別れを告げます。
お世話になってないけど、なりました。
ここでの事は忘れるつもりでいましたけど、忘れない事にいたします。
ロレント公爵家の方々には本当に良くしていただきましたし、カミュウ殿下とも最後はあんな別れ方になってしまいましたが、それでも好意を持ってくれた事は素直に嬉しかったですからね。
宰相も、まあ途中からは色々と頑張ってくれましたし。
ロレント公爵夫人と抱き合い、公爵とも別れの挨拶をして、馬車は出発いたしました。
ジアス様とモナとの談笑を楽しんでいますと、いつの間にか王都を抜け、人気のない山間に入ります。
小さくなる王都を眺めながら、モナが呟きます。
「ようやくですわね、クレイン様」
「そうね、モナにも苦労掛けたわ」
モナと二人でこの六年間を労っていますと、前に座っていたジアス様がビクッと何かに反応いたします。
「ジアス様?」
「何か変な音がしませんでしたか?」
「え?」
そう言うとジアス様は、隣を走っている馬上のリックに声を掛けました。
「止まってくれ。何かおかしい」
リックはジアス様の意図を組み、すぐに停止の合図を送ります。
全員が警戒する中、ヒュンと一本の矢が馬車の横に飛んできました。
それが合図であったかのように、茂みから複数の男たちが現れます。
見るからに普通ではありません。
山賊、としか思えないような粗野な身なりの男たちは下卑た笑い声を上げました。
馬車が二十人程の山賊に囲まれてすぐに、一人の男が叫びました。
「その馬車の中にいる女を渡してもらおうか」
今回の帰路には、女は私とモナしかいません。という事は、私を狙って襲ってきたという事でしょうか?
モナが伸ばしてきた手をキュッと握りしめます。
すると立ち上がったジアス様が「出ます。私が出たらすぐに鍵を閉めてください」と仰いました。
黄色の瞳がまたもや金色に光り、瞳孔も縦長になっています。
私はジアス様の服の裾を、無意識に握りしめてしまいます。
「ま、待ってください。出てはいけません。危ないです」
そんな私の言葉に、ジアス様はニッコリと笑いました。
「私はこれでも強いんですよ」
「知ってます。でも、嫌です。ジアス様にもしもの事があれば私は……」
震える私を、ジアス様がジッと見つめます。
「……ありがとう。でも私が出た方が早く片が付くと思います」
そう言って私の手をそっと服から離させると、ジアス様は馬車の扉を開けてサッと出てしまわれました。
動けない私の代わりに、モナがすぐに扉の鍵を閉めてしまいます。
ジアス様! と心の中で叫び窓に飛びつくと、外から「キャー、貴方がジアス様よね。なんでいるの?」という黄色い声が飛んできました。
え?
呆気に取られる私とモナが窓を覗くと、そこにはガタイのいい男に肩を抱かれたカロリーナ様が、笑顔でジアス様を見つめていました。
「やだぁ、ジアス様に会えるのならおしゃれして来るんだったわ。クレイン様を迎えに来ただけだから、簡素なワンピースで恥ずかしい」
「貴方は……確かカール殿下の恋人ですよね。こんな所で何をしてらっしゃるんですか?」
「え、やだぁ、カール様とは別れたわよ。だって王太子でなくなった上に、僻地に送られるんでしょう。私、田舎暮らしなんてできないもの。それよりもクレイン様を渡してくださいな。その後、二人きりでいい事しましょう」
フフフとしなを作ってジアス様に話しかけるカロリーナ様に、ジアス様が一瞬半眼になりましたが、すぐにニッコリと笑いました。
「クレイン様にどのようなご用件でしょうか? 申し訳ありませんが、この者たちにクレイン様を渡すとロクな事にならないと思うのですが」
「そんな事、ジアス様が気にする事はないわ。それにこの人たち、見た目は怖いけど結構優しいのよ。大人しくしていれば、いい思いさせてくれるわよ」
「意味が分かりませんね。私の記憶では貴方は貴族令嬢だったと思うのですが、どうしてこのような者たちと知り合いに?」
「うるせえなぁ、てめえには関係ないだろう。さっさと中の女、出せや!」
ジアス様がカロリーナ様と話していると、彼女を抱き寄せている男が苛ついた様子で怒鳴りつけてきました。
「そう言われて素直に渡すと思っているのですか? それは私たちも舐められたものですね」
笑顔のまま、ジアス様が剣を構えます。
周囲の兵たちも一斉に戦闘態勢に入りました。




