むっ、問題大ありですね
「ジアス様の部屋はどこ?」
馴れ馴れしくも従者に問うカロリーナ様は、答えない彼に痺れを切らして「いいわ。自分で探す」と言って、夫人の横を通り過ぎて屋敷の中に入ろうとしました。
ですが……。
「追い出しなさい!」
夫人の一喝により、どこからかロレント公爵家の私兵が出て来てカロリーナ様を捕まえます。
「え、ちょっと、何するのよ⁉」
ギョッとするカロリーナ様を無視して、夫人は兵や執事長に命令します。
「不法侵入よ。早くつまみ出して。ナロス男爵家にも抗議文を送りなさい!」
「え、嘘? ちょっと、やだ」
抵抗するカロリーナ様ですが、夫人が「これ以上、居座るようなら騎士を呼びますよ」と城に連絡すると言うと、大人しくなりました。
ズルズルと引きずられ外に放り出された後も、ロレント公爵の私兵に色目を使って中に入ろうとしましたが、剣を突き付けられてムカついたのか、最後には罵声を上げて去って行きました。
そんな様子を窓から全て見ていた私たちは、脱力する夫人に労いの言葉を掛けます。
「私が出ればよかったな」
「いいえ、私でよかったわよ。あんな女、殿方には相手できないわ」
「ありがとうございます、夫人」
「はあ、ジアス様も大変な女に目を付けられたものね」
「大丈夫ですか、夫人?」
「クレイン様、早くジアス様のお嫁さんになって」
旦那様である公爵とジアス様の後に続いてオズオズと声をかけたのですが、何だかどさくさ紛れに変な事を言われたような気がします。
すぐにジアス様の大きな手によって両耳を塞がれたので、よくは聞こえませんでしたが。
きっとお疲れなのでしょう。
そうですよね、あのような化け物を相手にすれば誰だって疲れます。
私は近くの侍女に、夫人に熱いお茶を用意してほしいと頼みました。
コクコクと頷く侍女に慌てなくていいからねと言って。
その後、ナロス男爵に抗議文を送りつけると、男爵は慌てふためいてロレント公爵家にやって来ました。
平伏した男爵は、カロリーナ様が現れた事に驚きました。
「実は、カール殿下と別れて城から戻された後、あの子はすぐに屋敷からも飛び出してしまったのです」
あら、男爵家で軟禁されていると思っていたら、すでに自由になられていたのですね。
ですが、おかしいですね⁉ 宰相はそんな事、一言も言っていませんでした。
ジアス様が男爵に尋ねます。
「その事、城には知らせていたのですか?」
「そ、それは、その……。監督不行き届けだと非難されるのではないかと……。それに行く所もないあの子なら、すぐに帰って来ると思っていたので……」
要するに、知らせていなかったのですね。
公爵が半眼になります。
「貴方は娘の事を何一つ理解していなかったようだ」
公爵の冷たい言葉に男爵は飛び跳ねて、更に平伏しました。
そうして怯えながらも、口を開きます。
「その、あの子が城で色々と仕出かしていたのは知っていました。城に行かないように何度も足止めしたのですが、そのたびにカール殿下からお声がかかってしまい、私どもでは止める事もできませんでした」
どうやら男爵はカロリーナ様が城に居たのは元夫の命令だったと言いたいようですが、今はそんな事、聞いていません。
何だか話がそれそうだと思った私は半ば呆れていたのですが、そんな私をチラチラ見て、男爵は意を決したように顔を上げました。
「正直、言います。私にも野心はありました。もともとあの子は外の子供で平民として暮らしていたのですが、あれの母親が亡くなりまして私が引き取ったのです。最初は大人しくしてさえいれば構わないと思っていたのですが、気が付けばカール殿下の寵愛を受けていて、あの子が王太子妃になれば我が一族も優遇されると思ってしまったのです。もしかしたら爵位も上がるのでは、なんて。ですが、あの子はそのうちに高額な物を強請るようになりました。クレイン様やクラウディア様に引けを取らないようにと言うのですが、私が買わされた物は全て殿下から与えられた物だと吹聴して回っていたのです。おそらく殿下に一番愛されているのだと示したかったのでしょう」
何故かカロリーナ様の生い立ちを聞かされました。
正直どうでもいいのですが、まあ彼女の礼儀知らずの意味は分かりました。
しかし平民として暮らしていたからといって、アレは流石に礼儀を知らなさ過ぎ、を通り越して無礼ではありましたが。
ただ、男爵の話にはおかしな要素があります。
私は首を横に振りました。
「違うと思います。それは私が早々に皆様の前で暴露しました。違うと知られているのに続ける意味はありません」
私が掠れる声を出しながら、元夫からの貢ぎ物ではない事を皆が知っていたと話しますと、男爵は「それならば何故?」と私に問うてきました。
知りませんよ、そんな事。
するとジアス様が「クレイン様」と私の名を呼びました。
「カール殿下が執務室に押し入った時、確か愛人のドレスや宝石の支払いを王太子妃経費で下ろせと言ってきたんですよね。いつからか本当に殿下が高額な物を買い与えていたのでは? その時期を早めるために男爵に高額な物を買わせていたのではないですか。正妻と愛人が他にいたとしても、長く愛されているのは自分だけだと示すために」
ジアス様の仮説に男爵が目を開きます。
「それともう一つ、クレイン様に対抗意識があったのでは?」
今度は夫人が声を上げます。
「対抗意識ですか?」
「ええ、最初は軽い気持ちでカール殿下にいただいたと言っていたけど、それをクレイン様に言い当てられて悔しかったんじゃないかしら? だからそれを本当にしようとしてジアス様の仰る通り時期を誤魔化した。今回、ジアス様に会いに来たのも、クレイン様と親しいジアス様を奪う事で貴方を悔しがらせようとしたのかもしれないわ」
夫人の仰る事に皆が納得しました。
あの理解不能な行動は、そういう事かと。
しかし私は首を傾げてしまいます。
確かに高額の物を買う行為はジアス様の仰る通りかもしれませんが、ジアス様に関しては本気で狙っていたと思います。
だってあの方は最初からジアス様を紹介しろと騒いでいましたから。
エントランスホールで言っていた『権力とお金を持っている人が好き。顔が良ければ尚良い』というのは、そのままだと思います。
むしろ私など眼中になく、ただジアス様が欲しかったというのが本当のところだと思います。
皆様、彼女の行動が理解できなくて無理矢理、理由を付けていますが、結局は元夫と似た人種、欲に弱いだけの人物です。
「どちらにせよ、娘を止める事もできず、報告もせず、我が家に迷惑をかけた。貴殿はそれをどう償うのか?」
圧のこもった公爵の言葉に、男爵は身を縮めました。
「……城でも散々無礼を働きましたので、どう償うのかと問われています。私は男爵家の令嬢として修道院に送るつもりでいました。ですが、もう面倒見切れません。私兵を総動員して探し出し捕まえ次第、勘当して平民になったあの子を、条件の厳しい修道院に送るつもりです」
男爵家の令嬢として修道院に送るのなら、それなりに寄付さえすれば、そこそこ条件の良い修道院が面倒を見てくれます。
流石にお嬢様の時のように使用人が身の回りの世話をしてくれるなどはありませんが、それでも気候の良い場所で、最低限決まった規則を守り、日々の暮らしの手伝いをすれば自由に過ごせます。
それが平民となってしまえば、荒れ果てた修道院に送られるのは必須。
過酷な毎日を送る事になるかもしれません。
男爵の決意に公爵は頷きました。
「では、城にそう伝えるがよい。我が家はこれ以上関わる気はない」
要するに、それで許してやるという事です。
男爵は「ありがとうございます」と言ってさらに頭を下げました。
私はジアス様の服の裾を引っ張りました。
「どうしました、クレイン様?」
ジアス様が顔を近付けて小声で尋ねてくれます。
自分で呼びつけておいてなんですが、その行動にちょっとドキッとします。
「お気を付けくださいね。あの様子では簡単に諦めないと思うのです。それこそキャスカよりも面倒になるかもしれません」
私はジアス様の周りをうろついていた異母妹の行動よりも厄介かもしれないと忠告しました。
ジアス様は「そうですねぇ」と凛々しい眉を八の字にします。
困り顔のジアス様はちょっと可愛いです。
「では、エイワード国に着くまでは常に行動を共にしましょうか。お互いに誰に狙われているか分からないという事で」
茶目っ気たっぷりな言いように、私はクスッと笑います。
「ええ、そうしてくださると嬉しいです」
「喜んで」
二人で顔を寄せあいクスクス笑っていると、シンと部屋が静まり返っていました。
顔を上げると生温かい目をした公爵夫妻がニヨニヨしています。
男爵は床に座ったまま、呆然としていました。
「こんなお二人の邪魔をしようとは……我が娘は本当に愚かです」
最後にはトホホと涙して帰って行きました。
お気の毒とは思いますが、一時でも野心を持ち他者を虐げる娘に協力したのなら貴方も同罪です。
私たちは男爵の馬車を見送り、かなり遅くなってしまった夕食を一緒に食べました。
起き抜けにスープと果物をいただいていて良かったです。




