痛い、あまりにもイタイ
突然、前触れもなく現れた闖入者はまさかのカロリーナ様で、何故かジアス様を訪れて来られました。
思いもよらぬ名前に、全員がキョトンとします。
「カロリーナ・ナロス男爵令嬢というと、カール殿下の愛人ですわよね?」
夫人が問われましたので、私は頷きます。
「その愛人がクレイン嬢ではなく、ジアスに会いに来たのか? お前たち、面識があったのか?」
「いえ、カール殿下に見せびらかされた事はありますが、紹介されてもいませんし、言葉も交わしていません」
ロレント公爵の疑問に困惑顔のジアス様が答えますが、確かに面識があるとは言えない関係です。ていうか、クラウディア様以上に知らない関係です。
私は二年程前に、彼女がジアス様に会いたがっていた事を思い出しました。
「……もしかしたら、調べたのかもしれませんね。ジアス様に興味を持たれていたようなので」
「興味?」
「はい。私が初めてお会いした時に紹介してと言われました。それに先日、カミュウ殿下と宰相が来られた際にもカール殿下にはついて行かずにカミュウ殿下やジアス様の愛人になりたいと仰られていたと思うのですが」
「そういえば、そんな事を話していたな。まさか、それを実行しようと?」
「そこまでは分かりませんが、繋がりを持とうとなさっている事は間違いないかと……」
「いくら後がないからといってあろう事かジアスに目を付け、しかも我が公爵家にまで押し掛けるなんて、どういう神経をしているのだ? ジアスはここに居ろ。私が会う」
ロレント公爵はあまりにも身勝手な彼女の行動に憤慨して、ご自分が防波堤になろうとしてくださいます。
しかし隣で聞いていた公爵夫人が「いいえ」と否定します。
「あなたも、ここに居てください。私が会いましょう。お二人は城に行っている事にいたしますので」
そう言って誰も返事をしないうちに、さっさと執事長と従者を連れ立ってエントランスホールへ歩いて行きました。
公爵夫人、お強い。
惚れ惚れしている私をよそに、公爵とジアス様が頷き合っています。
そして私に振り返ると、ジアス様がこんな提案をなさいました。
「クレイン様、私たちは夫人が心配なのでエントランスホールの近くの部屋で様子を見ます。貴方はここに居てください」
まあ、素敵。覗き見ですわね。
私は顔を横に振りました。
「いえ、ご迷惑でなければ私も連れて行ってください。もしかしたら、彼女の用件に私も関係しているかもしれませんので」
私が抵抗すると、公爵が「分かりました」と了承してくださいます。
喜んで私が立ち上がろうとしますと、その膝裏と背中に手を回され、再びジアス様に横抱きにされてしまいました。
もう大丈夫ですよ、と伝えても、これが嫌ならここに居てください、と言われてしまっては、大人しく抱きかかえられるしかありません。
もう羞恥心も何もありませんよ。夫人が心配ですからね。
エントランスホールの前にある小部屋に入ると、そこにはカーテンのかかった小さな窓がありました。
そこからはホール全体が見渡せるようになっていて、客人の顔や人数なんかを使用人がここで判断しているそうです。
先触れがあったとしても急に違う方が来られたり、人数が変わったりする事もあるそうなので、お客様の対応をする使用人が常に確認するために設けられている部屋だそうです。
これは便利ですね。侯爵家に戻ったら私も作ろうと思います。
公爵が開けてくれた扉をくぐると、ジアス様は一つしかない椅子に私を下ろして、窓際のカーテンを少し開けて覗き込む公爵の後ろに立ちました。
「……確かに、カロリーナ・ナロス男爵令嬢のようですね。しかし供も誰もいませんけど、一人ですか?」
「そのようだな。向こうの声が聞こえるように窓を少し開けるから、声を出さないようにしてくれ」
ジアス様と私はコクリと頷きました。
朗らかに笑うカロリーナ様を前に、公爵夫人が颯爽と歩いて行きます。
「お待たせいたしました。我がロレント公爵家に何かご用でしょうか? ご令嬢とは初対面のはずですが」
「はい、そうです。初めまして。私はジアス様に用があって来ました。彼がここにいる事は知っているんですよ。呼んできてください」
不躾な言葉がガンガン聞こえます。
え、ちょっと待ってください。確かに夫人も険のある言い方をされていますが、自分の名も名乗らないでジアス様を呼べと言うのは、どういう了見でしょうか?
従者に名乗ったからそれでいいとでも思ってるのかしら?
はっ、そういえばこの方、陛下や王妃の前でも礼儀は皆無だったわ。
そっか、この方に常識を求めてはいけなかったのね、と思いながらも私はあまりの礼儀の無さに軽い眩暈を起こしました。
それは夫人も公爵もジアス様も同じようで、唖然としております。
「失礼ですが、貴方はジアス様とはどういったご関係でしょうか?」
「ジアス様の親でもないのに関係ないでしょう。わざわざ訪ねて来たのだから、早く呼んでください」
夫人がジアス様との関係を尋ねますと、ムッとしたカロリーナ様は口を尖らせてそんな風に言いました。
あ、夫人の額に青筋が……。
夫人はサッと扇を出して、口元を隠して会話を続けます。
「実の親ではございませんが、ジアス様がこの国に来る際は、本当の親のつもりで接しています。ジアス様の実父からも許可をいただいております。それで、我が息子に他人の貴方様は何のご用でしょうか?」
そう言い放った夫人に、カロリーナ様は不貞腐れながらもこのままでは不利だと思ったのか、コロッと笑顔を向けました。
「そうなんですか⁉ では、私のお義母様になるかもしれませんのね。カロリーナです。よろしくお願いします」
は?
私たちは目を点にしました。
どうしてロレント公爵夫人が、カロリーナ様の義母になるのでしょう?
頭痛がするのか額を押さえた夫人が、カロリーナ様にその真意を尋ねます。
「あの、意味が分かりませんわ。どういうつもりで、そんな事を仰られるのでしょうか? 貴方はジアス様とは何の関係もないでしょう?」
「あら、今はないかもしれませんが、お会いすれば必ずそうなりますわ」
「ジアス様を馬鹿にしておられるのですか?」
「そんなつもりはないわ。でも私に会えばジアス様は私を妻に迎えたくなります。だって私たちは運命の相手ですもの」
――もう本当に、何を仰っているのかしら?
公爵とジアス様を見ると、スンッと真顔になってらっしゃいます。
対面している夫人は目を細めると「ナロス様」と呼ばれました。彼女に自己紹介されたカロリーナとは呼びたくなかったんでしょうね。
「貴方は確か、カール殿下の愛人ではなかったのですか? そんな貴方がジアス様の運命のはずがありません。失礼な事を仰らないで」
夫人の言葉にカロリーナ様はまたもやムッとして頬を膨らませます。
「あら、失礼なのはどっちよ。親代わりか何かは知らないけれど、どうして私とジアス様が運命の相手なら失礼になるの?」
とうとう夫人が我慢できないというように、声を荒げました。
「貴方のような礼儀知らずが公爵家の嫁になれる訳ないでしょう!」
「まあ、やっぱりジアス様は公爵家の子息なのね。正解だったわ」
キャッキャと両手を合わせて喜ぶカロリーナ様を目にして、夫人が扇を落としそうになりました。
唖然とする夫人に、カロリーナ様は微笑みます。
「私、権力とお金を持ってる人が好きなの。それに顔が良ければ尚良いわ。ジアス様は私のお眼鏡に叶ったって事。フフ、息子の結婚式には呼んであげるから、早くジアス様をここに連れて来てちょうだい。あ、私が部屋に行くわ。その方が彼も喜ぶでしょう。早く二人きりになりたいでしょうから」
フフフと怪しい雰囲気を醸し出すカロリーナ様に、怒りでワナワナと震える夫人と呆気に取られる公爵とジアス様。
私はそんな皆様を見つめながら、やはり元夫の愛人は元夫と同じように色ボケなのだと理解しました。
彼らの頭の中は、ピンク色一色なのでしょう。




