え、闖入者ですか
「ソックス様は私から殿下の処遇を見直すよう、陛下に嘆願してほしかったみたいです」
ソックス様の話が出たので私はロレント公爵に、彼がどうしてあのような行動に出たのかを口にしました。
ロレント公爵は頷くと、深い溜息を吐かれます。
「ああ、そうらしいね。だけど今の殿下にクレイン嬢を会わせたら、話し合いだけで済むはずがないと、どうして分からなかったのだろうか?」
殿下の性格は熟知しているはずなのに、と公爵は首を傾げます。
「逆に、殿下にバックレス様の性格が熟知されていたのでは?」
「ああ、いいように使われたか。殿下は女が絡まなければ、それなりに頭が回るからな」
公爵夫妻が、うんうんと頷かれています。
元夫の王族である顔が垣間見れた感じですね。
本当に、女が絡まなければそれなりの国王になれたかもしれないのに、残念です。
ええ、あくまでもそれなりの、ですけどね。
そしてふと、私は気になっていた事を尋ねました。
「あの、カミュウ殿下や騎士の方たちは大丈夫でしたか? 昏倒させられていましたけど」
私が攫われた時、一緒に居た彼らは元夫と側近に殴られていました。無傷という訳にはいかなかったでしょう。
一応、私の所為でとばっちりを受けたのですから、気になるのは人として当然です。
しかしジアス様は「気にする事はありません」と仰いました。
「私から言わせると彼らは自業自得です。何のために騎士はあの場に居たのですか? 護衛対象者をみすみす奪われるなんて、職務怠慢です。カミュウ殿下にしたって、実の兄上の行動を読めずにクレイン様と思い出を作りたいなどという己の欲を尊重した結果がこれです。申し訳ないが、同情する気は起きませんね」
「……おい、流石にそれは言い過ぎだ」
ロレント公爵が窘めます。
確かにジアス様にしたら珍しく辛口ですね。
ちょっと吃驚してしまいましたが、それだけ私を心配してくださったのでしょう。
公爵に窘められてもジアス様は引かれません。
「しかし私は彼らを信用してクレイン様を預けたのです。それなのに、これでは……。国として大きな問題ですよ」
「それは……私も耳が痛い」
公爵の方が項垂れてしまいました。
お二人に言い争いしてほしかった訳ではないと思う私は、申し訳なくてあたふたします。
そんな私に気付いた公爵が、安心させるように微笑みます。
「まあ、クレイン嬢が心配しなくても彼らは無事だよ。すぐに目も覚ましたし、意識もしっかりしていたからね。今日から通常業務に戻っているよ」
「そ、そうですか。それならば良かったです」
余計な事を言っては、また話が戻ってしまいそうなので、私は頷くだけにしました。
ですが、私を攫った二人の処遇は気になります。
私は恐る恐るロレント公爵に尋ねました。
「あのお二人は、今はどうしているのですか?」
私の質問に、公爵は眉間に皺を寄せました。
「ソックス・バックレスは地下牢に幽閉されている。監禁されている殿下を逃した際に、扉を守っていた兵士を傷付けてしまったようでね。それにクレイン嬢が連れて行かれたあの部屋は王族の離宮で、王妃が大切にしていた場所なんだ。幼い頃に隠し通路を見付けていたようで、そこから出入りしていたそうだ。そこで蛮行に出た挙句、扉まで壊したのだから、王妃の怒りは相当だった」
扉を壊したのはジアス様ではなかったかしら? と首を傾げますが、今はそんな野暮な事は言いません。
それにカミュウ殿下や護衛騎士だけではなく、他にも傷付けた人がいたのなら彼は牢に入れられたのも仕方がないかもしれませんね。
では、もう一人は? と顔を上げますと、公爵は真顔で私を見つめました。
「そしてカール殿下は、起き上がれない状況で、貴族が入る牢で養生している」
「え?」
私は首を傾げます。
起き上がれないって、養生って……一体いつの間に怪我をしたのかしら?
私の上に乗っている時は、元気いっぱいだったけど。
あれかしら? 助けに来てくれたジアス様とか騎士とかと格闘になったとか、かしら?
私が疑問符を飛ばして首を傾げていると、公爵がジアス様にジト目を向けました。
「少しは手加減しろ。あれでは事情聴取も取れないではないか」
「しましたよ。理性を働かせ、ギリギリのところで半分ほどの力にしました」
「話もできないようでは半分でも意味はない」
……え~っと、話を聞いていますと、やはりジアス様が助けに来てくださった時にちょっぴり本気を出してしまったようですね。
普段から鍛えているジアス様と女遊びしかしない元夫では、力の差は歴然です。
うん、起き上がれなくてもそれは仕方がないと思います。
ジアス様は悪くないと視線を向けますと、あれ? ほんの少し彼の黄色の眼が金色に光っているように見えます。瞳孔も縦長のような……。いえ、気のせいですね。
公爵は肩をすくめると、話を続けました。
「まあ、そういう訳で彼の罰は保留中だ。元から廃嫡が決まって辺境に移る手はずも整えていた所だから、王族にそれ以上の罪を着せるのはどうかという意見も出て、今はそれ止まりだ。それに元々は夫婦だったのだからという意見もあって……。私としてはそのまま幽閉にしたらいいと思っているのだが」
どうやら元夫の処罰に関しては色々な意見が出ているようです。
まあ、夫婦だった者が離婚後、もう一度会いたいと片方を連れ出したとしても大して問題ないと考える方もいらっしゃったのでしょう。
それに王太子妃であった私が目障りだった方も大勢いますでしょうから、貴族としてはこの件に対して大事にしたくないと思ってらっしゃるのかもしれませんね。
「エイワード国から正式に抗議すれば、幽閉だけでは済まないのですけどね」
ムスッとした表情でジアス様が仰います。
「此度の件はクレイン嬢の醜聞にもなるから、サビティ国がそれ相応の処理をするのならこちらも大事にはしないと、エイワード国の王太子から書面をいただいた。ジアス、お前早々にチクったな」
半眼で公爵がジアス様を見ます。
「当然でしょう。王太子殿下も気にされている案件です。逐一報告するのが私の義務です」
「その割にはカシックには、教えていなかったようだが。昨日、えらい圧のこもった手紙が届いた」
なんで俺に? 直接王宮に送ればいいのにと、公爵が溜息を吐きます。
「父上の手紙がそのまま王宮に届いたら、そく開戦ですよ。いいのですか?」
キョトンと首を傾げるジアス様に、公爵は「……これで良かった」とその後、無言になりました。
私たちの味方をしてくださっていたロレント公爵ですが、流石に戦争となると話は別ですよね。
公爵がちょっと不憫です。
――と、静まり返った室内に、控えめな扉のノック音が響きます。
執事長が眉間に皺を寄せて扉へ向かいますと、従者が申し訳なさそうに耳元に何かを伝えています。
その様子にロレント公爵が何かに気付いたらしく、執事長に何かあったのかと話を促しました。
「どうやら無礼な客が参ったようです。追っ払ってきましょう」
「まあ、先触れも無しに来るなんて、どなたかしら?」
執事長の言葉で、夫人が突然やって来た闖入者に眉を顰めます。
そして公爵は「誰だ?」と来客の名を訊ねました。
「カロリーナ・ナロス男爵令嬢だそうです。ジアス様にお会いになりたいそうです」
「え?」




