うむ、それは言い訳です
負けまいと睨み返す私を見て、元夫は気まずそうに視線を逸らします。
「仕方がないだろう。俺は……お前が来るのを楽しみにしていたんだ」
「は?」
「宰相がいい女だと散々吹き込むから、いつしか俺はお前が絶世の美女だと勝手に思い込んでしまった。だから子供のお前を目にした時、落胆してしまったんだ。話が違うじゃないかと」
元夫の言い分に、私は半眼になります。
「知りませんよ、そんな事。私には関係ありません」
私は何を今更勝手な事を言っているのかと、呆れてしまいます。
チラリとソックス様を見ると、痛ましそうな表情を元夫に向けています。
「……ちょっと待ってください。まさか、今更そんなどうでもいい事を話したくて私を攫った訳じゃないですよね⁉ ソックス様まで協力して」
私が眉間に皺を寄せながら尋ねますと、ソックス様が顔を上げました。
「今クレイン様が仰ったように、お二人は夫婦でありながらまともに会話した事もないじゃないですか。私は今一度、お二人で話し合う機会をいただきたかったのです」
必死で懇願してくるソックス様に、私はジト目を向けます。
この国の人たちは本当に、何を言っているのかしら?
最後の最後に縋り付いてくるって、もっと早くにできる事もあったでしょうに。
今更感が半端なさ過ぎです。
私の白けた雰囲気を感じ取ったソックス様は、今度はガッと私の手を両手で握ってきました。
うげっ、何するの⁉
私はブンブンと振ってその手を解こうとしますが、ソックス様は手を握ったまま力説します。
「カール様は確かに女好きが講じて王太子を廃嫡になりました。ですが、それは女性が犯した罪で、カール様自身の落ち度ではないのです。王太子でなくなったとしても、せめて公爵位をいただきカミュウ殿下の補佐をさせていただければ、必ずこの国は発展します。カール様を辺境に送るなど、宝の持ち腐れです」
「それは陛下や宰相に直訴する事でしょう。私には関係ありません」
「冷たいじゃないか。仮にも夫婦なのに」
「だから、もう夫婦じゃありません!」
どうやらソックス様は、側近という立場から元夫の此度の処遇が気に入らなかったのでしょう。
それで私に上を説得する後押しをしてほしいと、そういう事らしいです。
私が勝手にやってろと言うと元夫が口を挟んできますが、いい加減にしてほしいです。
私はブンッと勢いよく手を振って、ソックス様の手を解きます。
そうして徐に寝台の上で仁王立になりました。
「調子のいい事ばかり言わないでください。殿下の女好きは殿下自身の問題です。宰相が何を言おうと、私が子供であったとしても、不貞腐れて私を蔑ろにしていいという事ではありません。それに愛人がした罪もそれを許した殿下の所為ですし、廃嫡に追いやられ辺境に飛ばされるのも、全て自業自得です。私に助力を求めないでください」
ふんぞり返る私に、元夫とソックス様が間抜けな表情をしています。
まさかこんなにハッキリと、私に言い切られるとは思っていなかったのでしょう。
ソックス様が眉を八の字にして悲しそうにする横で、元夫は頬を赤く染めています。
怒ったのかしらとチラリと確認しますと、目がランランと輝いています。
え、何その恍惚とした表情。キモッ!
しかし、ここで怯んではいけません。
ここから逃げるためには一人でも篭絡しなければならないのです。
どうにかしてソックス様を引き入れようと、私は彼に訴えます。
「ソックス様、確かに側近である貴方が殿下の心配をされるのは分かりますが、思い返してください。私は十二歳で夫の浮気現場に遭遇させられたのです。生々しいあの情事は、私のトラウマになっています。貴方も一緒に居たのですから、私の気持ちも分かってくださいますよね?」
同情を得るように悲し気な表情を作りますと、ソックス様はハッとされます。
そして視線をキョロキョロと彷徨わせました。
「……確かに、十二歳の無垢な少女にあれは衝撃だったでしょう。私も何年経とうと罪悪感がなくなりません」
子供にあんなお下劣なものを……と、俯いてしまいます。
以前にも思いましたが、トラウマになっているのはソックス様の方です。しかもかなり深刻な……。
それでも主のために、このような行動に出られたというのはある意味、忠義心の塊のような方ですね。
それが決して正しいものであるかどうかは別として。
「正直、私はあれから女性との行為に吐き気を催すようになりまして……婚約者とも別れました」
え?
「接吻をするのも無理な状態では、婚約者が逃げるのも仕方ないですよね」
ハハハと空笑いするソックス様に、私は内心『えええ~⁉』と驚きの声を上げます。
あの時の状況に一番傷付いてるの、この人だった!
当の私はチャンスとばかりに離婚に向けてあの事態を利用させていただきましたし、そればかりか後学のためとガン見いたしました。
まさか近くでこれほどダメージを受けていた人がいたなんて……。
内心焦りまくる私に、ソックス様は痛ましい表情で続けます。
「隣にいた私がこれほどの傷を負っているのですから、当のクレイン様が傷心しているのは重々承知しております。ですが、それでもカール様を王都に残す手助けをしていただけないでしょうか? これは国にとって必要な事なのです」
真剣なソックス様に私は言葉が出てきません。
どうしよう、この人……クソ真面目過ぎる……。
ドン引く私を横目に、元夫が「おい」とソックス様に声をかけます。
「俺とクラウディアの情事は、そんなに下劣だったかよ。誰でもやってる事だろうが。特に変態的行為をした覚えはないぞ」
あまりにソックス様がお下劣だとか吐き気だとか言うものですから、元夫の眼が半眼になっております。
「子供に見せられる行為ではないという事です。誰も変態的とか思っていません」
「だよな。クラウディアとは正常な事しかしていない。変わったプレイはカロナとしかした事ないからな」
――この人、本当に馬鹿かしら?
自信満々に頷く元夫に、ソックス様が目を点にされています。
あら、この顔二度目ですわね。
しかし私はそんな二人に気付かないフリをして、元夫に話しかけます。
「もしかして、カロリーナ様を手放せなかった理由って、変わった事をしてくださるからですか?」
「まあな。あんな事をすれば普通の女は大抵嫌がる。それが背徳的でますます興奮する……あ、いや、俺は何を言ってるんだ?」
本当ですわね。
はぁはぁと興奮して息が乱れたところで我に返りあたふたする元夫に、半眼になります。
どうやらカロリーナ様を必要以上に庇っていたのは、好意からではなく、その行為に溺れていたからのようでした。
どんな変態プレイをしていたのかしら?
興味はありますが、今ここで聞くのは流石にいけませんね。
半眼の私とポカン顔のソックス様に、元夫は顔を真っ赤にします。
「ああ、もう、あの時の事はもういいだろう。クレイン、お前は俺の嫁としてこの国に来たのだから、せめて嫁としての仕事をちゃんとしていけ」
「それが殿下を擁護する事ですか? 嫌です。ご免蒙りますわ」
グタグタ言ってないで助けろと言う元夫に、私はツンとそっぽを向きます。
「だったら嫁として、一番大切な仕事をしろ!」
「は? 王太子妃の執務なら、殿下よりしましたけど」
「そんな事じゃない。こっちだ!」
そう言って、あろう事か元夫は寝台の上に立っていた私の腕を引っ張り、仰向けに倒したのです。




