ええ、吃驚です
ジアス様とロレント公爵と別れてカミュウ殿下と散歩に出かけた私は、和やかな雰囲気で彼と話をしていました。
カミュウ殿下は始終笑顔で、でもどこか寂しげな表情で私に話しかけてくれます。
思えばこの城で、彼だけが私を気にかけてくれていたと思います。
それが私に対する恋心だったのかどうかは分かりませんが、確かに彼の態度に癒された時もありました。
今の状況では受け入れる事はできませんでしたが、全く違った状況ならば、友達になれたかもしれません。
少し残念に思います。
そんな事を考えていますと、カミュウ殿下がふと足の歩みを止められました。
「クレイン様、貴方にとってこの国は嫌な思い出しかない最悪の場所だったかもしれませんが、それでも私は貴方に会えて幸せでした」
真っすぐに見つめる真摯な瞳は、それが本心であると教えてくれます。
真っすぐな想いには真っすぐに返すべきでしょう。
私はカミュウ殿下の瞳を見つめました。
夫、あ、もう元ですね。元夫に似た面持ちはあるものの、その生き方、考え方が全く違う二人はやはり全く似ていません。
私はカミュウ殿下に微笑みます。
「私もです。貴方がいてくださって、良かった」
本心を述べる私にカミュウ殿下は目を見開かれましたが、すぐに素直な笑顔を向けてくれます。
「嬉しいです。この国への長年の献身に、心から謝辞を述べます。ありがとうございました」
私たち二人が微笑み合い、騎士の二人も口元を緩めていますと、その場に似つかわしくない怒鳴り声が聞こえてきました。
「クレイン、ジアスだけじゃ飽き足らずカミュウにまで媚びるつもりか⁉」
騎士のお二人が咄嗟に私たちを背中に庇います。
「兄上……」
カミュウ殿下の言葉に、私は怒声を浴びせた人物を視界に入れました。
それは派手好きないつもの姿と違って、少しくたびれた感じの元夫の姿でした。
服装はいつもの煌びやかな物なのですが、目の下にはクマができており、髪もボサボサです。
目だけがランランとしており、元夫が興奮しているのが分かりました。
「兄上、何故ここに? 部屋で自粛を命じられていたはずですが……」
「煩い! クレインが来ないから俺が来るしかないだろう」
カミュウ殿下の言葉にも唾を飛ばして抗議する元夫。
そして私にひたと視線をぶつけると、サッと手を伸ばしてきました。
「おい、クレイン。他の男に擦り寄っていないで、俺の元に来い」
私が黙ってその手を見つめていますと、苛立った元夫が声を荒げます。
「早くしろ! お前は俺の妻だろう!」
そこでカミュウ殿下が私の肩を抱き寄せました。
「いい加減にしてください、兄上。クレイン様はもう貴方の妻ではありません。離婚は成立したのです」
「お前こそ、いい加減に俺の妻から離れろ! それは俺のだ!」
そう言って元夫が一歩前に足を踏み出した瞬間、護衛の騎士が腰に下げている剣に手をやり、元夫の前に出ました。
「申し訳ありません、カール殿下。我々はクレイン様の身の安全を一番とさせていただいております。それ以上お近付きになられるのなら、剣を向けさせていただきます」
「自国の王子に剣を向ける気か⁉」
「はい。それが陛下のご命令です」
一歩も引かない騎士に元夫が苛つきます。
その時、私を庇うように抱き寄せていたカミュウ殿下が「うっ」と言って、私の方に倒れ込んできました。
「カミュウ殿下⁉」
いくら十四歳の子供とはいえ、背丈は私と変わらない彼を、私のか細い腕では支える事ができませんでした。
一緒にその場に崩れてしまいます。
「カミュウ殿下⁉」
私の悲鳴とドサッという倒れた音に驚いた騎士が、こちらを振り返ります。
そして、その背後に元夫ともう一人の姿が……。
二人は騎士の頭部を、何かで殴りつけました。
騎士二人が目の前で倒れます。
私は倒れたカミュウ殿下を支えながら、前に立つ元夫ともう一人の姿を見ました。
その手にはシャベルが握られています。
「……何故、貴方が……?」
私の言葉に元夫の横に立つ人物は、泣きそうな顔でこう告げました。
「申し訳ありません。ですが、クレイン様がお気持ちを変えてくださればカール様が辺境に飛ばされる事はなくなります」
そうして私の口にハンカチをあてました。
ツンとした薬品の匂いがします。
私は遠のく意識の中、ハンカチをあてるその人の手を掴みます。
「ソックス様……どうして……………………」
「ああ、目を覚まされたのですね。良かった。あまりにも深く眠っておられたので、薬の量を間違えたのかと心配になりました」
目を覚ました私に、ソックス様の安堵の声が聞こえます。
「ここは……」
私はゆっくりと体を起こそうとしましたが、まだ力が入りません。
体は再びボスッと倒れ込みます。
「まだ薬が残っているのです。無理はしないでください」
ソックス様の慌てる声が耳に聞こえてきます。
どうやら寝台に寝かされていたようで、倒れ込んだ体は全く痛みを伴いませんでした。
目を何度か瞬いて、ゆっくりと周囲を見渡します。
内装は城のような豪華な造りではありませんが、それでも高価そうな重い家具が揃っていて、どこかの屋敷か高級宿のように見えます。
「目を覚ましたか?」
そこにバンッと大きな音を立てて扉が開かれました。
そこには先程見た元夫の姿がありました。
元夫はズカズカと足早に歩いて来ると、寝台に横たわる私の横に腰かけました。
そしてジッと顔を覗き込みます。
「やはり、美しいな。俺の理想の顔だ」
そしておもむろに私の頬を掴むと、顔を近付けてきました。
キモッ!
私が悲鳴を上げる前に、その顔はガシッと誰かの手で止められます。
まあ、この場にはソックス様しかいませんけどね。
「カール様、おやめください。まずはクレイン様に話を聞いてもらわないといけません。無理強いなさるようでしたら、私は手を引かせていただきますよ」
グググッと両手で元夫の顔を遠ざけるソックス様。
元夫の顔は唇を突き出したまま目元や頬を後ろに引っ張られているので、とんでもなく面白い事になっています。
いえ、ここで吹き出してはいけませんね。
「ああ、もう分かった。やめるから離せ、ソックス」
「本当ですね。離した途端、ブチュッとかやめてくださいよ」
「信用ないな。俺をどれほどの暴君だと思っているんだ?」
「信用なんて、ある訳ないでしょう。私がどれほど貴方に裏切られてきたと思っているのですか⁉」
言い合う二人を横目に、動かない体を叱咤して少しずつ元夫から距離を取ります。
ズリズリズリっと這いずっていますと、元夫に見つかって片足を掴まれ引き戻されました。
スカートがずり上がって脹脛が露になります。
「へえ、良い足だな」
バキッ!
気が付いたら元夫の頬を思いきりぶん殴っていました。
元夫はもう少しで寝台から落ちるところをソックス様にもたれて、どうにか耐えていました。
姿勢を戻し、頬を押さえながらギロリと睨みつけてきます。
「はあぁ? 夫を殴るか⁉ それもパーじゃなくグーで」
「痛い、痛い、痛い。手が痛いじゃないですか! 慰謝料払ってください!」
私は元夫の悲鳴を無視して、足をスカートに隠しながら殴った手をひらひらと振ります。
乙女の柔な手を痛めさせた責任は、金銭で償っていただきます。
「……お前、なんか色々と変わり過ぎだ」
私の言葉を聞いて、元夫が半眼になります。
「何を仰っているのですか? 私を見ようともしなかったのは貴方ではないですか」
まともに話した事もないのに、変わったとか言われたくありません。
まあ、最初の二年はバリバリ演技していましたけどね。




