お、もう一度お城ですか
未練タラタラとクレイン様を見つめるカミュウ殿下だが、自然と寄り添うジアス様とクレイン様の姿を見て、何が言えるだろうか?
カール殿下ならこんな雰囲気でも、物ともせずに己の言いたい事を言ってしまうのだろうが、カミュウ殿下は空気を読めるお子様だ。
思わず憐憫の眼を向けてしまう。
「カミュウ殿下、どうかされましたか?」
あまりにもジッと見過ぎたのだろう。クレイン様が首を傾げて尋ねてくる。
「……クレイン様は国に戻って侯爵位を継ぎ、ジアス様と婚約されるのですか?」
おおっと、ここにきてカミュウ殿下が己の首を絞めた。
ポカンとした顔をしたクレイン様とジアス様は顔を見合わすと、ボボボッと一瞬にして顔を真っ赤にした。
そんなところまで仲良しなんですね。
「な、何を仰っているんですか、カミュウ殿下。私は王太子に捨てられた離婚経験者ですよ。そんな傷物が有望な次期公爵様であるジアス様となんて、失礼ですわ」
真っ赤になった顔を隠すように両手で頬を押さえて横を向くクレイン様に、ジアス様はコホンと咳払いをされた後、彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。
その行動にチラリとジアス様を振り向くクレイン様。
「クレイン様、それは貴方の傷ではありません。自国のために己の身を犠牲にした証です。そんな事で誰も貴方を貶める事などできません。胸を張ってエイワード国に帰りましょう。できれば私を傍に居させていただければ嬉しいです」
「ジアス様……」
……これは一体、私たちは何を見せられているのだろう?
キラキラとした瞳で見つめ合う二人と、その前で砂になってサラサラと吹かれているカミュウ殿下の姿。
十四歳の初恋は見事に砕け散った。
しかし私は見逃さなかった。
ジアス様、貴方それ、わざとですよね⁉
クレイン様がハッと我に返り恥ずかしくて俯く瞬間、チラリとカミュウ殿下に向け、不敵な笑みを浮かべたのは。
クレイン様もロレント公爵も、ましてやカミュウ殿下が気付くはずもない、ジアス様の裏の顔。
その証拠に、カミュウ殿下は項垂れて「お幸せに」などと世迷言を言っている。
いやいやいや、怖い怖い怖い。
私が震えていると、ジアス様と目が合った。
ひいいぃぃぃ~!
心の中で絶叫する。
「宰相閣下、離婚の必要書類はお持ちいただいていますか?」
ジアス様に問われて慌てて頷く。
「はい、エイワード国にお持ちいただく分はここに。教会にお出しするのは、私どもの方で提出いたします」
「いえ、できれば私どもの方で出させていただきたい。離婚確認後、すぐに侯爵の手続きに入らないといけませんので」
「それでしたら改めてお持ちいたします」
ジアス様と二人で確認をしていると、カミュウ殿下がクレイン様に「あの」と声をかけた。
「よろしければ城に取りに来られませんか? 最後に、庭を二人で散歩したいのです」
ああ、最後の思い出といったところか。
なんて健気な……と、ホロリと流れる涙をハンカチで拭う。
「え、嫌です」
あっと口元を押さえるクレイン様は、思わず本音が口から零れたという感じか。
それにしては容赦がない。
カミュウ殿下が胸元を押さえて蹲ってしまった。
その姿を見て、私は思わず余計な口を挟んだ。
「そ、そういえばクレイン様のお部屋に忘れ物がございました。その、同じ物が二つありまして、両方お持ちするのならそれでいいのですが、もしも片方だけでいいのなら、どちらをお持ちいただくか確認してほしいのです」
「忘れ物?」
コテンと首を傾げるクレイン様に、私は大きく頷いた。
「はい。人よりも大きな熊の人形です。こちらにお運びするにはあまりにも大きく、二つまとめてとなると人員も手間もかかりますので、城で選んでいただけると助かるのですが」
「あ、そうですね。えっと、分かりました。取りに行きます」
熊の存在を思い出したのか、クレイン様はパンッと手を叩くと、あっさりと承諾した。
いや、あの熊を忘れられるなど普通はありえない。
成人男性より大きな熊の人形なのだが本物の熊とは違い、目と鼻は大きな胡桃の釦で口は刺繍で半円を描いている愛らしい見た目である。
その中身は木材を細く削って乾燥させた、いわゆる木毛といわれる物が詰まっていて山羊の毛を織った布地でできている、サビティ国の特産品の一つである。
確かロレント公爵の領地で作られているはずだ。
それを私が、以前ヘイネス公爵との仲介をしてくれた時にクレイン様にプレゼントしていたのだが、もう一つは……。
「え、人形など私が後から届けますよ。費用は全て私が持ちますから、クレイン様が城に行く事などありません」
ロレント公爵が冷静に待ったをかける。
だが、クレイン様はフルフルと首を横に振った。
「一つはどうでもいいのですが、一つはヘイネス公爵からいただいた物ですので城に置いておきたくはないんですの」
「え、父上からですか? いつの間にそんなかさばる物を……」
「そういえば、奴から一つ頼まれた事があったがクレイン様に渡していたのか」
ワイワイとクレイン様たちが話し合っている中、カミュウ殿下と私は……落ち込んでいた。
どうやらあの熊、ヘイネス公爵も送っていたようだ。
そしてそちらは持ち帰りたいが、私からの方はいらないとハッキリ言われてしまっている。
ハハハ、と空虚な笑いが口から零れた。
それも私と彼女の関係では仕方がないのだが、辛いものは辛い。
カミュウ殿下も、とどめを刺されまくって泣きたいだろう。
「分かりました。では私もご同行するとしましょう。ジアスもいいね」
暫く協議した結果、ロレント公爵が一緒に行くと頷いたので、クレイン様の登城は決定した。
「あ、あの、それならば少しだけ私にお時間をいただけますか?」
カミュウ殿下が負けまいと、キリッとした表情でクレイン様に詰め寄る。
先程の、庭での思い出作りを提案しているのだ。
いいぞ、カミュウ殿下。こうなったら何か一つでもこちらの要望を通しましょう。将来、王となる身の貴方が簡単にひいてはいけません。
カミュウ殿下と私の鼻息が荒くなる。
「……そうですね。少しだけなら構いませんよ」
クレイン様が承諾してくれた。
ちょっと驚いてしまう。
もう一度、ハッキリと断られるだろうと思っていたから少し拍子抜けするほどだ。
カミュウ殿下は「ありがとうございます」と素直に喜んでいる。
「よろしいのですか、クレイン様?」
ロレント公爵が心配そうに尋ねるのを、クレイン様はコクリと頷く。
「あの城の中で最初から態度が一切変わらなかったのは、カミュウ殿下だけでしたので。ほとんど会う事はございませんでしたが、それでも幼い身で一生懸命話しかけてくれたのは、本当に嬉しかったのです」
カミュウ殿下を見つめて微笑んだクレイン様に、カミュウ殿下の目が潤む。
誰もが見向きもしなかった幼い王太子妃に、それよりも幼かった弟王子は侍女に邪魔されながらも必死で話しかけた。
色々な問題で避けていた部分もあるだろうが、それでもほんの一時とはいえ、彼女の心を和ませたのは間違いないだろう。
そんな気持ちのお礼だと言わんばかりに頷くクレイン様に、カミュウ殿下は感無量になる。
例えそれが失恋決定だとしても。
「では、明日改めてお迎えに上がります。よろしいでしょうか?」
「わざわざ迎えに来なくてもよい。こちらから行くので簡潔に済むよう用意していてくれ」
私とロレント公爵で時間を決めて、クレイン様の登城を約束した。
私はジアス様を見ずに、早々にロレント公爵家を後にした。
だってクレイン様が散歩を受け入れた際のジアス様の笑顔の口元が引きつったのを、私は見逃さなかったのだから。
触らぬ神に祟りなし、とはどこで聞いた言葉だったかな?




