ひいぃ、こわっ
私とカミュウ殿下の白けた雰囲気に、殿下は落とせないと気付いたカロリーナ嬢は、ドレスをパタパタと叩いてソファに座りなおした。
「私だって、私の魅力が分からないお子様なんて興味ないわよ。城に居たいから貴女で我慢してあげようと思ったのに。じゃあ、代わりの男、紹介してよ。城に泊まっていられる権力のある男。ああ、そうだわ。あの人がいい。あのエイワード国のオッドアイの人。あの人の愛人なら、城に滞在していてもいいわよね」
ここで、まともや頭の悪い発言をする。
これには私もカミュウ殿下も開いた口が塞がらなかった。
この女は本当に何を言っているのか?
「……宰相、兄上の愛人だと思っていたからこそ下出に出ていたが、兄上とは別れるつもりなら、ただの男爵令嬢だ。もう丁寧に扱う必要はないのではないか?」
「そうですね。私も同じように考えていました」
私はカミュウ殿下と顔を見合わせ頷いた。
「騎士よ、こやつを捕らえろ!」
私の言葉に、バンッと勢いよく開かれた扉から騎士が数人なだれ込んできた。
「え?」
驚くカロリーナ嬢の両腕を持って抑え込み、地面に這いつくばせる。
「ちょ、何をするのよ⁉」
「王族に対しての度重なる無礼の数々。カール殿下と別れるのだろう⁉ ならば恩情は一切なくなった。カロリーナ・ナロス男爵令嬢、不敬罪で貴様を捕らえる」
「は?」
「連れて行け」
「ちょ、ちょっと待って。分かった、分かったわよ。城から出て行くわ。だから牢に入れるのだけは勘弁して」
「二度と城に近付くな」
「分かったわよ」
騎士に連行されそうになって慌てたカロリーナ嬢は、やっと城から出て行く気になったようだ。
だが彼女の今までの非礼は、それだけで許せるものではない。
「ここにある物は全て置いて行ってもらう。そして今までカール殿下に強請って散財した分は貴方の父上、ナロス男爵に支払っていただく」
私がそう言うと、カロリーナ嬢はサッと青ざめる。
「え、そんな……。全てなんて無理よ」
「無理なら貴方が牢に入るだけの事」
一切許す気のない私の言葉に、カロリーナ嬢の顔が今度は真っ赤に染まる。
「それはいくら何でも横暴だわ。カール様、カール様を呼んできて。カール様なら助けてくれるわ」
動きを封じ込められたまま、顔だけをブンブンと振り回し大声を張り上げてカール殿下を呼ぶカロリーナ嬢。
その様子に、カミュウ殿下の顔が引きつる。
「貴方は先程、兄上と別れると言ったのではないか⁉」
「言ってないわよ。カール様の愛人をやめて貴方の愛人になると言っただけ。別れるとは一言も言ってないわ。それに貴方は断ったのだから、それは成立していないでしょう」
この訳の分からない理屈には、私も愕然とする。
「は、その屁理屈は何ですか? カール殿下がそれを聞かれて、まだ貴方を擁護するとでも思っているのですか?」
他の男の愛人になると言うような女に、流石のカール殿下でも未練はないだろう。
そこまで男を馬鹿にするなと、小娘に怒鳴りそうになる。
だが彼女は平然と言葉を返してきた。
「大丈夫よ。カール様はとても優しいもの。現実に浮気した訳でもないし、言葉だけのやり取りなんて許してくださるわ」
――カール殿下、舐められ過ぎです。
情けなくなった私は中腰になり、これ以上付き合っていられるかと、騎士に抑えられて床に這いつくばっているカロリーナ嬢の顎をクイッと上に上げさせた。
「貴方の散財した全てを弁償するか、牢に入れられるか、どちらを選ぶ?」
「だから、どちらも選ばないわよ。カール様を呼んで……」
「ど・ち・ら・を・選・ぶ?」
ビクッとカロリーナ嬢の体が揺れる。
いい加減、私もカール殿下の女たちとのやり取りは飽きてきた。
本来の私の宰相としての顔を見せつけると、若干二十歳の小娘は真っ青な顔になる。
「……すぐに出て行きます」
私は頷いて、騎士に彼女が城から出るのを見送るように指示した。
二人の愛人の末路を話し終えると、部屋の空気は微妙なものになっていた。
「それは、なんていうか……すさまじいな」
「カール殿下は、もう少しまともな方を相手にする事はできなかったのでしょうか?」
ロレント公爵とジアス様の言葉に、カミュウ殿下は額に手をやり俯いた。
その隣でクレイン様だけが頬に手を置いて考え込んでいた。
「カロリーナ様の散財を知ったら、クラウディア様ならひと暴れしてくださると思っていたのに、意外と普通の精神をお持ちでしたのね。残念だわ」
――待ってください。
クレイン様の言葉を耳にしてしまった私は、ギギギッと動かない体を無理に彼女の方に向けた。
そういえば、クラウディア嬢は言っていた。
少し前に侍女から聞いたと。カロリーナ嬢の散財の話を……。
まさかクレイン様、城に一悶着起こそうと企てていらしたのですか?
私のジト目に気が付いたクレイン様は、城では見せた事のない優しい笑みを向けてきた。
こ、怖い……。
クレイン様の計画通りに進んでいたら、怒り狂ったクラウディア嬢がカロリーナ嬢に掴みかかり、女同士の取っ組み合いになっていた。というのは、まだいい。
下手をしたら両方の親が出しゃばって、貴族同士の派閥争いに発展していたかもしれない。
正直、今までそれがなかったのは両方の親の力が弱かったのが一番の理由だ。
それに女ったらしのカール殿下では、いつ相手が変わるか定かではないというのも貴族が王太子妃に固執しない理由の一つでもあった。
現状の王太子妃であるクレイン様に媚びを売っても、カール殿下が相手にしない以上、権力を持てるかどうかも定かではない。
二番手であるクラウディア嬢でも、それは同じだ。
年増で王太子妃教育が全く進んでいない彼女では、いつまでカール殿下の寵愛を得られるか分からない。
クラウディア嬢を後押ししても、彼女の家であるイブニン伯爵家の内情は困窮していて、旨味はそうないだろうと考えられていた。
そしてカロリーナ嬢。
一時は彼女を押す貴族もいた。
カール殿下の愛情は確実に彼女にあると。王太子妃になる未来も近いのでは⁉ と。
だが、彼女は王太子妃になる気がさらさらなかった。
試しに王太子妃の勉強をしてみるかと勧めた事がある。
彼女は学ぶべき授業の項目を聞いただけで、白旗を上げた。自分には無理だと。
彼女は大の勉強嫌いだったのだ。
カール殿下にも側室制度を設けて側室にしてほしいと頼んでいたほどだ。
面倒な事は何一つしたくない、旨味だけをくれと本気で言っていたのだ。
そんな事を言う彼女に、カール殿下は可愛い奴だと言っていたのだから、今更だがカール殿下の脳ミソは本当に大丈夫だったのだろうか?
何かに侵されていたのではないだろうな?
あ、下半身か。
まあ、それに何より彼女の家は男爵家。
小金を持っているとはいえ、あくまで下位貴族なのだ。
それならば自分の娘をと考える者はいても、本気で押そうとする貴族は少なかったであろう。
旨味のない彼女では高位貴族が養女に、という話も出なかった。
そういった理由で、今までは貴族同士の争いはなかった。
全員が静観していたのである。
だがクレイン様が城を出たのを知った貴族が、王太子妃という座に近い二人の女性のどちらかにつくという結論を考えた場合、その争いは大きな火種として貴族同士の問題に発展していた恐れがあるのだ。
カール殿下の廃嫡という知らせを耳にする前に……。
改めて王太子妃教育を受けたクラウディア嬢の性格が変わった事に、ホッと胸を撫でおろす。
しかし彼女が侍女から聞いたという事は、クレイン様では動かせる人員はいないはずだ。
そうなるとロレント公爵の子飼いと考えるのが普通だろう。
この男、自国を混乱させてどうするつもりだったのだ?
ここには味方がいない上、それぞれが取扱注意の要注意人物ばかりだ。
恐ろしいと一人震えていると、カミュウ殿下がジッとクレイン様を見つめていた。
あ、ここにも一つ問題が残っていた。




