はい、連行
――はっ、意識を失っていた。
とんでもない発言をしたカール殿下が、慌てて両手で自分の口を押えている。
遅いわ!
室内は異様な雰囲気で静まり返っていて、いや、もう、なんていうか……。
「……情けない」
そう、それ!
はぁっと顔を覆った陛下がボソッと呟いた言葉が、部屋にいる全員の心の声だろう。
あ、ソックスが泣いている。
うん、情けなくって泣いちゃうよな。
「あ、兄上は、そんな理由で、クレイン様を手元に置きたかったのですか? 王座は諦められても、クレイン様との一夜は諦められなかったと……」
怒りからかフルフルと震えるカミュウ殿下に、カール殿下は目を逸らす。
バキッ!
王妃の扇が真っ二つに折れた。
いや、自然に折れたのではない。怒りのあまり手に力が入った王妃が折ったのだ。
陛下とカミュウ殿下が思わず引いている。
私は恐怖のあまりまともに顔は見れないが、その怒りの形相を隠していないだろう王妃に、二人が無意識に恐れて身を強張らせるのも無理がないと思う。
王妃が折れた扇を手に、ダンッと立ち上がった。
「貴方がクレイン様にそういう理由で固執していたのは分かったわ。では、ヘイネス公爵、いえ、ジアス様に色々絡んでいたのはどうしてなの? あの行為もエイワード国を怒らせる要因になっているのよ」
王妃が冷静に、カール殿下にヘイネス公爵親子に取っていた態度を訊いた。
あれほど怒っていたのに怒りのまま怒鳴るのではなく、冷静にもう一つの問題を彼に問いただす姿勢に、私は呆然としてしまう。
こ、これはまとめて怒りを放出しようとしているのか?
ハラハラしながら二人を見てしまう。
他の連中も一緒のようで、少しずつ王妃とカール殿下から距離を取り始めた。
巻き沿いを喰らうのは、ご免だからな。
しかしその王妃の雰囲気にも気付かない強者カール殿下は、キョトンとして母親に問う。
「エイワード国は怒っているのですか?」
ピキッと額に青筋を浮かべる王妃。
「ハッキリとは仰っていません。けれど、いつ開戦宣言されてもおかしくはなかったでしょうね。それほど無礼な態度を、貴方はずっとしてきていたのよ」
王妃の言葉を聞いたカール殿下は、バツが悪そうに視線を横に逸らした。
こういう態度は、幼い子供の用だな。
言っている事は、欲丸出しの立派な大人だけど。
カール殿下は両手の指を合わせて、チラチラと王妃を見ながら口を開いた。
「……最初はクレインを、一緒にエイワード国に連れ帰らそうと思って奴に近寄ったのですが、その、俺より四つも下なのに侍女が俺よりも奴を見ていたから面白くなくて。それにクラウディアまで頬を染めやがったから、その、ちょっとムカついて、つい揶揄ってしまいました」
は?
「そのうちにジアスが何度もここに来るから、女探しに我が国に来てるのかと牽制するつもりで会いに行ってました。俺の方がモテるんだと知らしめるために、女を見せびらかしました。だけど悔しがるどころか、奴はいつも平然としていて、その上、連れて行った女は全員ジアスに見惚れる始末で……正直ついムキになっていた事は認めます」
は?
全員がポカーンと口を開いています。
王妃まで先程の怒りはどこへやら、顎が外れそうなほど口を大きく開けている。
え、まさかそんな子供のような理由で、国を危機に陥らせたのか?
カール殿下の正気を疑っていると突然、彼は何を思ったのかいきなり顔を上げた。
「でも、俺は間違っていなかった。母上、クレインはジアスには無茶苦茶可愛い笑顔を向けるんです。あの二人は何かあります。そうだ、ジアスはクレインに会いに来ていたのだ。俺の女癖の悪さばかり口にするが、クレインだってジアスと浮気していたんですよ。二人して俺を裏切っていたんだ。でないとあんな可愛い顔で笑うはずがない。エイワード国はサビティ国を小国だと馬鹿にしていた。それがあの二人の態度で、俺はそれに気が付いてたからこそ、二人を警戒していたんだ」
力説するカール殿下に、呆然とする。
何がどうしてそんな思想に陥ったのだ?
「エイワード国はサビティ国に喧嘩を売ってきたのだ。俺の失態を恩着せがましく口にするが、本当はこっちの弱みを掴んで属国にしようと企んでいたんだ。俺は悪くない。クレインが可愛い顔を見せなかったのが悪いんだ。自分も浮気していたくせに、俺ばかり悪者にして。賠償金をもらうのは、我が国の方だ」
どういう理論か全くもって理解できない言い訳を、カール殿下は繰り返す。
段々と馬鹿らしくなってきた。
白けた空気になる中、喚くカール殿下にソックスが「カール様」と名を呼んだ。
「要するにジアス様の男ぶりに嫉妬したという事でしょうか⁉ それだけの理由で彼が来訪するたびに絡んでいたという事ですか?」
ソックスが代表して、カール殿下の心境を口にする。
彼は不貞腐れながらも素直に頷いた。
「まあ、そうだが、けど、あの二人が怪しいのは本当……ぷぎゃっ!」
とうとう王妃の扇がカール殿下に命中した。
彼が額を押さえて蹲る中、周囲はドン引いている。
折れた扇の先が当たらなくて良かった。そんな箇所が当たっていたら、会議室が流血騒ぎになっている。
「母上、いきなり何をするのですか⁉」
カール殿下が涙目のまま怒鳴るが、王妃は冷めた目で我が子を見下ろしている。
「クレイン様にはエイワード国に帰っていただきます。お前はさっさとあてがわれた地に向かいなさい。これ以後、私を母と呼ぶ事は許しません。同時に陛下の事も父とは呼ばないように。さあ、残りの扇の欠片も投げられたくなければ、動きなさい」
その冷え切った声に、流石のカール殿下も身を引いている。
王妃の本気の怒りが分かったのだろう。
カール殿下は俯いてしまうが、ゴクリと唾を飲み込んで、また顔を上げた。
「ですが母上……」
「母と呼ぶ事は許さないと言ったわ」
ギロリと睨みつけられグッと言葉を飲み込むが、すぐに「では、王妃」と言い換えた。
「クレインをエイワード国に帰すのは構わない。だけど先程も言ったが、あいつらは二人して俺を嵌めたんだ。このまま幸せにしてたまるか。俺は復讐したい」
物騒な言葉を叫ぶカール殿下に、王妃は目を細めた。
「それがクレイン様を抱くという事?」
「そうだ! クレインの処女を奪えばジアスも悔しがるだろう」
「連行」
王妃の言葉に、控えていた騎士が会議室になだれ込んできてカール殿下を捕らえた。
「へ?」
「王族から犯罪者を出す訳にはいきません。貴方の領地行きはこちらで用意します。それまで部屋から出る事は許しません。ああ、貴方の愛人たちにも貴方の処遇はこちらから伝えておきます」
騎士に両腕を抑え込まれたカール殿下に、王妃が命令する。
「え、う、嘘でしょう母上? それはあまりにも横暴です。ち、父上、助けてください」
陛下はカール殿下に助けを求められるが、横を向いてさっさと連れて行けというように手をひらひらと振っている。
「お、おい、カミュウ」
弟にも救いを求めるが、カミュウ殿下もまた無言で目を閉じている。
家族に見放されたカール殿下は呆気に取られた表情をするが、騎士に無理矢理部屋から引きずられて慌てて怒鳴る。
「お、俺が何をしたというんだ⁉ 俺はこの国の王太子だぞ。少しくらい女と遊んだからといって、何でここまでの事をされないといけないんだ? 何もかも間違っている。もう一度、クレインと会わせろ。あいつが悪いって事を認めさせてやる!」
喚き散らすカール殿下に返答する者は、最早誰もいなかった。
ああ、これが我が国の第一王子の最後かと思うと虚しさだけが残る。
いや、まあ、死んではいないけどな。




