よっし、人間諦めが肝心だ
自分の考えは正しいと微塵も疑わないカール殿下に、どうすればいいのかと項垂れていると、側近であるソックスが突然バンッと机をたたいた。
「いい加減にしてください、カール様! 貴方の勝手な思考に、これ以上クレイン様を引っ張り回さないでください!」
涙目になりながら怒鳴るソックスに、カール殿下は吃驚されたようだ。
少しだけ体が引いている。
「クレイン様は十歳で、侍女と二人きりで他国に嫁いできたのです。味方になり大切にしてくれるはずの貴方が、他の女に現を抜かして蔑ろにされたのです。十二歳の彼女に別の女との情事を見せつけてしまった状況を、私は今でも後悔しています」
おお、ソックスがあの日の恨み節を口にしている。
やはり無垢な少女にえげつない物を見せてしまった大人としてはトラウマになっていたのだろう。
カール殿下はあの日の事を言われて、顔を真っ赤にする。
まあ、どれほど図太い神経の持ち主であろうと、あれほど大勢の前でイチモツを晒したのは流石に屈辱だったよな。
人の視線に慣れている王族とて、それは例外ではないらしい。
「見せつけてなんていないだろう⁉ 変態みたいに言うな。あれは不慮の事故だ。それにクレインも悪いんだぞ。無表情の鉄仮面のような顔で見られたら、可愛がりたくてもできないじゃないか」
「緊張して心細くて表情が強張るのも無理はないでしょう。彼女は子供だったんですよ。それが分からなくて、どうするんですか⁉」
「だが、この間ジアスに対して笑っていたぞ。滅茶苦茶、可愛かった。それを俺の前でも、もっと早くにしていればもう少し可愛がってやったんだ。子供だって、もうできていたかもしれない」
おいー!!!
この男、今なんて言った⁉
クレイン様は今十五歳。もう少しすれば十六歳と、やっと成人になろうかという年齢だ。
そんな彼女が笑顔を振りまいていれば、すでにカール殿下との間に子ができていたかもしれないという事は、この男……犯罪者になる気だったのか⁉
ああ、クレイン様が人形姫でいてくれた事をこれほど喜ばしく思った事はない。
王族が犯罪者なんて冗談にもならないじゃないか。
そりゃあ貴族で、幼児を愛する思考の持ち主が合法的に認められている国もあるけれど、少なくとも我が国とエイワード国では、それは犯罪案件になる。
モラルの問題なのだ。
カール殿下を見る皆の眼が鋭くなる。
絶対にこいつを、クレイン様に引き合わせてはいけないと決意した。
「ああ、もうこの際だ。ここには関係者全員が揃っている。ハッキリ言おう。カール、お前をこの場で廃嫡する。普通ならば公爵位とそれに伴う立派な領地を与えるのだが、お前はエイワード国に無礼を働き過ぎる。いつ戦争を起こされても文句は言えない状況に追い込んでいるのだ。それも分からずに勝手な事ばかりほざくお前には、王都から離れた領地と伯爵位をくれてやろう。そこでなら好きなだけ女遊びをするがよい。それだけの遊び金が作れるかどうかは、お前の力量次第だがな」
本来なら正式な場所で申し伝える大事な事案を、陛下はこの場で言い渡してしまった。
彼の処遇は、以前からカール殿下をいつ廃嫡しようかと手ぐすね引いていた我々が相談して決めていた事。
それをあまりの出来事に、今この場で口にしてしまった陛下は悪くないと思う。
いずれは言うべき事だったと誰もが納得している。
ただ一人、言い渡されたカール殿下を除いては……。
「え? 父上、何を言っているのです? 俺が伯爵? 俺は長兄ですよ。長兄が王になるのではなかったのですか?」
「本来なら、そうだな。だがお前は素行が悪すぎた。諸外国にまで伝わった女癖の悪い王太子では、この国の品位も損なわれる。このままお前を王太子にしておく訳にはいかないのだ。ここにいる全員一致で決まった。次期国王はカミュウに任せる」
そこまでハッキリ言われてもカール殿下はキョトンとしている。
何を言われているのか一向に分からないという感じだ。
「それは……カミュウが俺から王位を奪うという事ですか?」
「奪うのではない。お前では力不足だからカミュウが引き受けてくれるという事だ」
「皆がそれを望んでいるのか?」
「文句なら好き放題に生き、誰の意見も聞かなかった己の行動に言ってください」
「母上も賛成なのですか?」
「もちろんです。女である私が、女遊びをする貴方をいつまでも大切に思う訳ないではないの。カール、貴方、傷付けた女性もいるでしょう⁉」
父親に問い、弟に問い、母親に問うて初めてカール殿下は、陛下の言葉が本気である事を知った。
特に最後の王妃の言葉は、カール殿下の耳に届いたのだろう。
ギクッと体を揺らしている。
「私たちが何も知らないとでも思っているの? 貴方が遊んでいたのは主に下位貴族の女性。そんな彼女たちに甘い言葉を囁いて手に入れたらあっさりと捨てた貴方を、貴族の父親が許すはずないでしょう。私たちが隠れて金銭で処理していたのよ。ああ、それも今思えば馬鹿な事をしたわ」
ぐったりと項垂れる王妃に、カール殿下はバツが悪そうに横を向いた。
私も何件かは知っているが、この言い方では王妃が独断で解決した案件もあるのだろう。
これで、どうして王位を継げると思っていたのか?
いや、自分が次代の王だと思うからこその蛮行だったのかもしれない。
「最後の恩情だ。下位貴族に落とされなかっただけマシだと思え。一か月以内に移るがよい。お前の女にも話をして、連れて行くなり家に帰すなり対策を取れ」
そう命令した陛下に、とうとうカール殿下は諦めたようだ。
青い顔をしたまま頭を垂れて「陛下の命に従います」と了承した。
正直、もうひと暴れすると覚悟していたから拍子抜けだった。
しかし、やはり彼は女絡みでなければ馬鹿ではない。
状況が判断できれば、暴れるのは得策ではないと素直に従う事を選んだようだ。
皆、ホッと胸を撫でおろす。
そしてカール殿下は顔を上げた。
「では、クレインを連れて来てください。アレは俺の妻だから一緒に連れて行きます」
場は一瞬にして固まった。
クレイン様を連れて行く?
いやいやいやいやいやいやいや、やっぱり馬鹿だったー!
バッと皆の視線がカール殿下に注がれる。しかしそんな様子にも澄ました顔のままだ。
私はたまらず声を荒げた。
「ですから、廃嫡された要因には貴方がエイワード国に無礼を働き過ぎた要素が大いに影響しているのです。その主たるクレイン様を、廃嫡された貴方が連れて行ける訳ないではないですか」
必死で宥めるが、カール殿下はフンッとそっぽを向く。
「どれほど両国で離婚の手続きを取っていようと、俺は書類にサインしていない。クレインはまだ俺の妻だ。俺が城から追い出されるのなら、ついて来るのが常識だろう」
いや、貴方が常識を言わないでください。
私は頭を抱えたまま、カール殿下に説明する。
「別に今更カール殿下がサインしているかどうかなど、どうでもいいのです。これは両国で決まった婚姻でしたので、離婚も両国で決定しました。それが全てです。クレイン様の成人を待って離婚を成立させるお話でしたが、こうなっては今すぐに成立させてもいいのですよ」
「なんでだよ? 成人を待つという約束なら、その日まで待てばいいだろう」
「それはあくまで、クレイン様がこちらに非がないようにと提案してくれた話です。子ができなかった事を理由にするのなら、離婚は成人を迎えた状態で行わなければなりません。ですがカール殿下の女癖の悪さが諸外国に漏れた以上、非は明らかにこちらにあります。もうそんな嘘を吐いても意味がないのです」
私の説明にカール殿下はワナワナと震えます。
少しずつではあるが、理解してきたのだろう。
「そんな、そんな話聞いた事がない。二人のサインがない離婚届を、教会が受け入れるものか」
「国レベルの婚姻など王族や高位貴族にしかありませんし、普通は大抵の者が義務として余程の事がない限り我慢します。どうしても離婚となった場合でも、お互いが了承しての事になりますので、サインを書かないで成立する事はありません。その普通ではない例外を、カール殿下がされただけです」
「だから、それは悪かった。過ちは認めるし、これからはクレインだけにする。王の座も諦めたんだから、妻ぐらい残してくれてもいいじゃないか」
「ですから、何度も言わせないでください! クレイン様の件が一番大きな問題なのです! 残せるはずないでしょうが!」
「だったらせめて一回ぐらいさせろよ! せっかく理想的な体になったのに、指一本触れずに離婚してたまるか!」
…………………………………………は?




