終わらない、宰相の苦悩
私がエイワード国と縁を結びたいがために当時、子供である侯爵令嬢を無理矢理カール殿下に勧めたのを、令嬢が殿下を好きで自ら来たのだと受け取っていたのだ、この馬鹿王子は。
いや、馬鹿は私だ。
当然だ。王女が駄目なら他の公爵、侯爵家の令嬢を勧められるのはカール殿下でも分かっている。
そしてあれほどの大国に、年頃の高位貴族の令嬢がいないはずがない。
それを押しのけてわざわざ出て来た令嬢が子供となると、それはその家の野心か本人の意思によるものだと考える方が自然だ。
クレイン様の場合、侯爵家というか父親による陰謀だったようだが、両親に甘やかされて育った坊ちゃん王子には、本人の意思を無視して嫁がされたとは考えにくいのだろう。
それならばその娘がどこかでカール殿下に惚れて、強引に父親にお願いしたと考えてもおかしくはない。
全員の視線が私に集中する。
あの時期、私がカール殿下にクレイン様を押しまくっていたのを、皆が知っている。
項垂れる私は、そのまま謝罪を口にした。
「……申し訳ありません。全て私の責任です」
「何を謝っている、宰相?」
首を傾げるカール殿下に、私は本当の事を説明した。
「クレイン様を勧めたのは、どうしてもエイワード国との縁が結びたかったからです。エイワード国の高位貴族が、わざわざ我が国に令嬢を差し出す旨味はありません。自ら進んで手をあげる者はいなかったのです。伯爵位ならば喜んで年頃の娘を差し出したかもしれませんが、それでは我が国の対面が保たれません。そこで名が挙がったのがクレイン様です」
説明を始めるとカール殿下がキョトンとする。
確かに我が国は小国ではあるが、諸外国とも平和にやっている豊かな国というイメージだ。
そんな国の王太子の伴侶。いずれは王妃を約束されている座が価値のない物だと決して誰も思わない。
だが、大国のエイワード国の高位貴族にとっては、こちらが思っている以上には価値などなかったようだ。
作物の豊富さならエイワード国の方が上だし、諸外国との連帯も保たれている。
それならば隣国のケッセル国の方が、海に面していて海産物が大量に取れるという事で取引上、旨味がある。
要するに、父親に売られたクレイン様以外に、なり手がいなかったのだ。
「平和ボケした我が国の価値を、私は見誤ったのです。それでも高位貴族の令嬢が来ていただけるのであれば、それが子供でも数年待てば立派な王太子妃になられると、私は考えたのです。決してクレイン様が望んだ訳ではありません」
そこまで説明すると、カール殿下は「う~む」と唸った。
「宰相の言いたい事は分かった。だが、それでクレインが俺に惚れていないとは言えないだろう」
「は?」
またもや訳の分からない言葉を口にした。
私の間抜け面も板についてきた。
「クレインは俺に惚れている。そうでなければカロナを虐めるはずがない」
「は?」
もう、本当に訳が分からない。
こいつは一体、何を言っているのだろう?
クレイン様が自分に惚れている理由が、愛人であるカロリーナ嬢を虐めているからとカール殿下は言っているが、どうすれば執務室と部屋から出ない彼女が四六時中、夫と一緒に居る愛人を虐められるというのか?
皆がゆ~っくりと頭を傾ける中、カミュウ殿下が額を押さえて兄に問う。
「虐めとはどういう事ですか? その証拠は?」
「カロナが言っていた。俺が愛人を一掃した時、クレインが『後はお前とクラウディアだけだ』と排除する言葉を、カロナの耳元に囁いたそうだ。それから城に来るたびに誰かに水をかけられたり、階段から落とされそうになったりした。それで怖くなったあいつは、俺から離れなくなったんだ。証拠はカロナがずぶ濡れで俺の元に訪れたり、怪我をしてきたりしたのを俺とソックスが見ている」
そう言って力強く頷いたカール殿下が、後ろにいるソックスに視線を向けた。
ソックスはブンブンと勢いよく顔を横に振っている。
「濡れているのと包帯を巻いているのを見ただけです。直接かけられた現場は見ていませんし、傷も見ていません」
「何を言っている? 自分でずぶ濡れになったり、傷もないのに包帯を巻いたりする奴がいるものか」
ハハハと笑うカール殿下に、皆の目が細くなる。
……それは、証拠とはいわないのでは?
クレイン様を貶めるために、カロリーナ嬢が自作自演したとは思わないのだろうか?
「それに、怪我を負ってからカロナは、城に来る回数が減ったし、来てもすぐに俺の元に来て一歩も部屋から出ない日々を過ごすようになったんだ。虐めが余程、怖かったんだろう。可哀想に思った俺は、あいつに物を買い与えるようになった。それがだんだんと増えていき、必死に仕事をしても懐は寂しくなる一方で……。だからつい、王太子妃の予算から出させようと思ったんだ。元はといえば、クレインがカロナを虐めたからこんな事になった訳だし、少しは責任を取らせようと思ってな」
どうやらここ数年、真面目に公務に取り掛かっていたのはカロリーナ嬢に物を買ってあげるためだったらしい。
怠けていると陛下に王太子予算を削られるからな。
その上、カロリーナ嬢が城をウロウロしなくなったのも、クレイン様に虐められるとの虚言を吐いた上での事だったらしい。
二人の最近の言動は理解できたが、いや、もう、総合的に見て、どう考えてもカロリーナ嬢がカール殿下を独り占めして、貢がせようとした結果こうなった、としか言いようがない。
まんまと篭絡されていたカール殿下にカミュウ殿下が、両手で顔を覆ってしまった。
ふと隣を見ると、陛下まで同じように顔を覆われている。
こんなのと血が繋がっているのが恥ずかしい、とでも言わんばかりだ。
こうなってくると、何だかクラウディア嬢が不憫になってくる。
同じ愛人であるのにも関わらず、方や男を手玉に取り好き放題しているのと、方やその男のために一人で必死に王太子妃教育を頑張っている。
成果は横に置いておくとして、それでも今までの彼女では考えられないほど真面目に取り組んでいるのだ。
自慢の体を露出したムチムチ衣装も、最近では少し控えめだ。少しだけな。
胸がポロリと出ない程度には布が増えた。
全員が無言になる中、法務大臣が頭を抱えながらカール殿下に問いかける。
「……カール殿下は、それほど大事にされていたカロリーナ嬢と縁を切ってでもクレイン様を取り戻したいと? クレイン様はカロリーナ嬢を虐めていたのですよね?」
そうだよな、と全員が頷くのを見て、カール殿下はキョトンとする。
愛する人を虐めるような女性をわざわざ呼び戻して、愛する女性と別れるなんて、それでいいのかと問うてしまう。
本当は連れ戻したクレイン様に、カロリーナ嬢の意趣返しに無体を働きたいだけではないのかと疑ってしまうのだ。
するとカール殿下はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「カロナを虐めたのは、クレインが俺を好きで嫉妬したからだろう。まあ、怪我をさせたのは流石にやり過ぎだった。だがそれほど俺の事が好きなのだとしたら、可愛くもある。俺がカロナと別れてこれからはクレインだけだと言えば、そんな事もしなくなるさ。だから早くクレインを連れて来い」
……カール殿下の思考回路はどうなっているのか?
虐められて可哀想な愛人を慰めるために物を買い与え、その金を虐めていた正妻から奪おうとしながらも、その正妻が嫉妬心から行ったなら可愛いと思えるその神経。
ある意味、器のデカイ男ではある、のかな?




