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ユリカは覇道を目指す!  作者: 名切沙也加
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第26話 月の中へ

仕事がいそがしくて久しぶりの更新です。

 月の空洞説はかつてアポロ計画で実施された地震計のデータなどでも噂されていたが定かではなかった。また、その空洞説から実は月は人工天体ではないかとも噂されていた。が、それが噂ではなく事実だったことが今、俺の目の前で証明されている。

 ラムゼリア共和国の宇宙戦艦は月のクレーターに設けられた秘密の入り口を抜け月の内部へと侵入していく。直径500メートルほどの穴を月の内部へと高速で降下していく。

 戦艦内部に設けられた豪奢な貴賓室で俺たちは今、何とも言えない居心地の悪さを覚えながら出された紅茶を飲んでいる。

「これは地球産の高級茶葉です。アッサムですわ。セイロンもありますのでご希望であれば用意いたします。今は旅の疲れもあるでしょうからゆっくり寛いでいてください。まだ内部の宇宙港まではかなり時間がかかりますから」

 女王から王女であると紹介されたかつての友アスモデウス、今は王女キラン三世というらしい、から紅茶に対して丁寧な説明がある。女性となっている今の友は何とも奇妙なものだ。どう接して良いのか迷いがある。まあ俺自身も外見はとんでもない美少女となっているのでお互い様だが。俺は二杯目の紅茶に砂糖とミルクを多めに入れてもらいそれをいただく。少しは疲れが取れるかもな。

「地球産ですか、ここは地球から38万キロも離れているのですが」

 ナターシャが不思議な顔をして尋ねるが女王も王女も答えない。これが居心地の悪さのもう一つの正体である。質問に対しては何も答えてくれないのだ。

 正面には大型のモニターがあり、その情景が鮮明に映し出されている。戦艦は地面に対して垂直に内部に侵入しているが人工重力がすでに実用化されているのかそれを全く感じさせない。驚くのは月の地殻である。モニターの表示によるとすでに10キロ近く内部に侵入しているが、それまでの岩石然とした地殻が突然、人工的なものに変わった。外壁が明らかな金属質となり所々にトーチカのような突起もある。そしてその突起から網の目のような光るパイプラインが縦横無尽に走っている。光はまるで虹のように変光しまるで生物が脈打っているようでもある。

「すごいわね。まるでデススター見たいね」

 ナターシャが思わず口にする。俺自身もあの映画は観たが正直、ここの方がすごいと思う。なぜならその後のモニターに映し出されたものは俺の想像を遥かに上回るものだったからだ。

 地殻部分を抜け巨大な空間に出る。そしてぼんやりとした薄明かりの中で何かが動いているのがわかる。いや回転しているようだ。やがてモニターの輝度が上がりそれがはっきりとする。それはとてつもなく巨大なリング。はっきりと映し出されたそれは、その表面を鏡のようにキラキラと輝かせている。所々に巨大なバーニアがありそこから時折、ガスのようなものが噴出している。

 想像を絶する巨大なリング。月の中には3つの巨大なリングがあり、それが猛烈な勢いで回転しているのだ。それぞれが60度の角度を保ち交差している。

・・・一体これはなんだ・・・

 素朴な疑問にアステリア女王がようやく答えてくれる。

「ご想像の通り月は人工天体です。はるか昔。そう大体5千年前くらいに異星人によって作られたことがわかっています。私たちがここに来た500年前にはすでに放棄され異星人達の姿はありませんでした」

 さらに女王から詳しく説明がなされる。500年前。当時、宗教改革により迫害されたフランス北部のラムゼリア公国の人々は悪魔と契約を結ぶ。そしてその悪魔により、ラムゼリアの首都エルザードの地下に転移ゲートが設けられた。その転移ゲートを抜け月にやってきたというのだ。総勢はラムゼリアの人口の半分の200万人。当時の女王キラン二世により率いられた人々はこの月の内部に設けられたこのリングに移住してきたのだ。そして月の内部に第二の故郷たる新ラムゼリア公国を作り上げたというわけだ。

 本来の首都エルザードにあった転移ゲートは第二次世界大戦で破壊されてしまったが、世界の各所に通じるゲートは未だに何箇所かあるそうだ。今でも闇取引による地球との貿易は行なっており、数年前からはインターネット回線も引かれネット環境も整っているそうだ。

 俺は試しに宇宙服の左裾のポケットからスマホを取り出す。確かにWi-Fiは繋がっている。どうやらフリーらしくしかもかなり電波が強い。にしても悪魔との契約か。当時は背に腹を変えられなかったのだろう。生きるか死ぬかだ。たとえ悪魔との契約であっても生きる道を選んだというわけだ。悪魔ね。悪魔。500年前にヨーロッパにいた悪魔。何だか俺の記憶の隅にモゾモゾと何かが湧き上がる。そして俺ははたと思い出す。

「その悪魔って俺じゃん」

 すっかり忘れていた。500年前、俺が冒険者として地球のラムゼリアを訪れた際に当時の女王キラン二世に恋心を抱いたのだ。恋は盲目。公国の危機に手を貸してやったのだった。月が人工天体であることはメリダから聞いていた。五千年前からメリダは地球の文明に関与することが多かった。まあ半分趣味みたいなものだが自分の理想の世界でも作りたかったのだろう。当時の地球人類は知能が低く思い通りにならないときはメリダは本来の竜神の姿となり人々を畏怖さ背ていた。そして当時起きた一番の出来事が地球の重力に月が捉えられたということであった。

 古来より地球の守り神たる竜神として崇められていたメリダによると月は突然現れたと言っていた。その時の急な重力異常で地球には大洪水や急激な地殻変動が起こったのだ。

 この辺りの出来事は世界各地に伝説や神話として残っているのでご存じの方も多いだろう。ノアの方舟伝説とかが良い例だ。

 さらにメリダによると月の内部には未だ居住可能な人工都市があり機能しているとのことだった。ただそこの住人はすでに滅亡していたと報告を受けていた。俺はそれを思い出しラムゼリアの住人を月に送ることは出来ないかとメリダに相談したのだった。メリダによると少しの改善で月は人類が居住するのに十分な環境があり、しかも永続的に住めるとの報告を受けた。そして俺は意を決してラムゼリアの人々を月に送り出したのだった。

「当時の地球はまだ未開の土地が多かったし、異世界も魔獣や魔物が多くてとても人類が移住するどころではなかったからな。それで月が最適だと考えたんだったな。思い出したよ」

 それにしても元々の月の住民はどこに行ったのだろうか。メリダによると転移ゲートはすでに地球の各地に繋がっていたということなので生き残りは地球に移住でもしたのだろうか。

「あー、それにしてもすっかり忘れていた。早速メリダに連絡を取らなきゃな。メリダはここの専門家とも言えるしな」

 とりあえず俺はネット環境が整っているとのことでスマホよりも脳内ネットを優先してメリダに連絡をとる。メリダは少し驚いていたが多くの情報を伝えてくれた。

 月の内部には3つの超巨大なリングがあり、それぞれが回転し遠心力により擬似重力を発生させている。1つリングは幅がおよそ30キロ、直径が3千キロ程度となる。そのリングの内側が居住空間となっているそうだ。一つのリングの内側の面積は約30万平方キロメートル。日本の国土より少し狭い程度。リング自体の太さというか内部から見れば高さだがこれは約千メートルもある。エネルギーは中心部にある直径500キロメートルの球形の核融合炉から供給されているとのこと。俺自身もかなり昔に聞かされたことなので忘れていたが何んとなく思い出した。

 そんな昔のことも思い出しながらモニターに映る巨大なリングにしばし見惚れる。

 しばらくして女王アステリアが俺たちにこれからの予定を告げる。そう言えば女王とキランの顔はかつて俺が恋したキラン二世の面影がある。昔を思い出しじっと見つめるが今や女性となった俺から見つめられても女王たちはなんとも思わないのだろうな。

「これから皆様には第二リングにおいで頂きます。そこにはラムゼリアの中心都市であるエルザードがあります。そこの王宮に向かいます。あと1時間くらいで到着ですのでそれまでおくつろぎください」

 女王達とおつきの女官達が退席すると。俺たちとアスモデウスだけが部屋に取り残された。部屋の外には見張りらしきものが立っているのが曇りガラスのドア越しに見える。俺はとりあえずアスモデウスに今の事情を聞くことにする。ナターシャとマーベルはあまりの事態に我を失いかけているがかろうじて正気を保っているようだ。ただぼーっとして思考能力を失っているのも窺える。俺の前には超絶的な美女になったアスモデウスがゆったりとソファーに座り優雅に紅茶を啜っている。

「にしてもアスモデウス。どうしてその姿に。あの凛々しき男の姿はどこへ行ってしまったのかしら」

「まあ、それはそのまま魔王様にお返ししたいのですが。私も好き好んでこの姿になったわけではありません」

 アスモデウスによるとラカル帝国の戦艦兼移民船ウロボロスは月の裏側にて主船団が到着するのを待つ予定であったらしい。本隊の到着前に例のグレイ達の偵察部隊が先に地球に対して強行偵察を行い俺たちに遭遇したというわけだ。

「そして月の裏に着陸しようとした時に月に隠された迎撃システムの飽和攻撃によりウロボロスは大破してしまったのです」

 まさかの不意打ちでなすすべもなかったらしい。俺たちも遭遇した例のシステムだ。女王はあくまで暴走と言っていたが本当だろうか。ここからはアスモデウスとは念話により秘匿会話とする。女王は何か隠したがっていることは確かであるし、俺たちが悪魔であると知られることもまずい。いや、ここの歴史から考えるに悪魔であることはさして問題にはならないであろうが今は隠しておいたほうが得策だろう。アスモデウスはさらに続ける。

「我々は緊急覚醒した兵士が対応に当たりましたが残念ながらクルーの大半、つまり二千万人ほどが冷凍状態のまま亡くなってしまいました。残り3千万人はかろうじて無事でしたがエネルギー源が絶たれその命も風前の灯火でした。そこにラムゼリアの女王から援助の通信が入ったという訳です」

「お前はその時に怪我をしたというわけか。にしてもその体は?」

「はい、私も重傷を負いました。急遽、ラムゼリアの首都エルザードの医療機関に運ばれましたが残念ながら私は肉体を失いました。が、そこには重傷を負い脳死状態となっていたラムゼリアの王女キラン三世が待機していたのです。そして私の脳というか精神生命体はそのキランに移植いや憑依させられたという訳です」

 アスモデウスの報告は納得できるものであったが、なぜ月の迎撃システムが暴走したか。その真実はもっと別のところにあった。現在、月の内部にある第一リングは1年前に突如異世界に繋がった転移ゲートより現れた魔物の軍団によって支配されているそうだ。第一リングには3つのリングを制御し、かつ月の防衛システムを管理する中央司令部がある。現在、防衛システムを管理する棟が魔物達に占拠され、そのシステムが乗っ取られた。これによりウロボロスへの突然の攻撃があったというわけだ。どうやらこの事実を女王は隠したがっているらしい。まあ、二千万人もの命が失われている訳だしな。責任追及をされても困るだろう。

「今はリング自体の制御をする棟の防衛のための戦闘が続いているとのことです。ここを乗っ取られるとこの3つのリングによる世界は破滅を迎えるといっても過言ではないでしょう」

 大魔法使いであるキラン三世は第一リング防衛戦の最中に重傷を負い緊急転送にて第二リングのエルザードに運ばれたが既に手遅れだったそうだ。

 悪魔の本質は精神生命体である。つまり魂そのものと言って良いが、魔族自体そもそもの始まりが精神生命体であった。それが魔核を得ることにより実態のある肉体を持つに至ったという過去がある。つまり魔族の本質は元々は精神生命体であるということだ。精神生命体であるが故にそれが量子状態の形態をとることにより他の生命体の意識領域に侵入してそのものの精神に干渉することができる。つまりこれが憑依だ。

「ということは、俺が元のユリカに憑依したのと同じ道を辿ったというわけだな」

「ことの詳細までは聞いていませんが概ねその通りだと思います。驚いたのは魔王様と同じようにキランの意識は完全には消えておらず憑依した後も私の意識と融合した状態となっていることです。しかもかなり強固に融合しているようです」

「俺の場合は元のユリカとは魂は完全には融合していなかったので、その後分離して今のクローンボディに移植された訳だが、アスモデウスの場合は魂自体が融合してしまったというのか?」

「そうですね。私は今はアスモデウスでもありキランでもあります。両方の知識を得た全くの別人と言っても良いものになっています」

 その後、しばらくアスモデウスとしての昔話に花を咲かせるが、複雑だなと思いつつも魔族として過ごした過去の記憶は全て持っていることに安堵する。

 まもなく宇宙戦艦は月の中心部にある宇宙港に到着した。巨大なゲートを潜り抜けると人工重力が働いているのかゆっくりと戦艦は巨大なデッキに着艦する。どうやらここは空気が満たされているようで俺たちは戦艦下部に設けられたタラップから徒歩で降りる。

「まるでスタートレックの軍港ね。でも本物なのよね。すごいわ」

 ナターシャは感心しているようだが俺は異世界にあった本物の宇宙軍港にも行ったことがあったのでそれほど驚かない。

 この後、俺たちは第二リングにある首都のエルザードに向かうことになるが俺は疑問を抱き女王に質問する。なぜリングに直接着陸しないのかと。すると女王は、

「リング自体は猛烈なスピードで回転して遠心力を生み出しています。地球的に言うとマッハ10くらいですかね。そんな速度にこの月内部の狭い領域で戦艦を加速させるなど危険極まりないのです。なので中央の宇宙港にまずは一旦着陸し、そこから転移ゲートで各リングに向かうという訳です」

 なるほどと思いつつもさらなる疑問をぶつける。

「この宇宙港には人工重力が働いているようですがなぜリングにもそれを使用していないのでしょうか」

 これだけの人工重力技術があるならわざわざリングを回転させて遠心力による擬似重力など発生させる必要はないからだ。この質問に女王はちょっとムッとした表情で答える。アスモデウスもなぜ自分に聞かないのかといった表情だ。おそらくあまりに基本的な質問だったのだろう。

「人工重力には莫大なエネルギーが必要とされるからですよ。この月の中心部にある核融合発電炉で作る出すエネルギーは5億キロワット毎時にしかすぎません。このエネルギーをすべてリングの人工重力発生にまわしてもたったの30分しか持ちませんよ。先ほどの戦艦やこの宇宙港の人工重力も人がいる部分にだけしか発生させていません」

 なるほどと納得。それにしても転移ゲートもあるんだと思い、かつて冒険者自体に攻略したダンジョンを思い出した。ダンジョンも各層のボス部屋の近くには帰還用の転移ゲートが設けられていたからだ。

 俺たちは宇宙港のデッキからゴルフ場にあるカートのような乗り物で中央にある円筒形の建物に連れて行かれる。かなり大きな灰色の建物で直径は優に1キロ近くありそうだ。高さはあまりにも高く推測できない。

 カートは思ったより小さな入口を潜り抜ける。中はトンネルみたいだがすぐに地下駐車場みたいなところに止まる。カートを降り壁にあるドアの先へと進む。そこは普通のオフィスビルの廊下のようだった。俺とナターシャ、マーベル、そしてアスモデウスは途中で女王と別れ再び待合室のようなところに通される。グレイ達はすでに姿が見えないが別室に連れて行かれたようだ。アスモデウスによるとウロボロスの再起動についての聞き取りがあるそうだ。あいつらああ見えても技術士官だしな。

 待合室は戦艦の豪奢な部屋とは違いかなり簡素な作りで椅子もパイプ椅子だ。ただ隅には日本でよく見かけるジュースの自動販売機が置いてある。見ると全て無料となっており俺はスポーツドリンクのボタンを押す。少し部屋の中が暑いのでそれで喉を潤す。

 女王がいなくなったので再びアスモデウスに質問する。念話で話すのも疲れるので魔界アークランドの言語で話す。これならナターシャやマーベルにはわからないはず。

 彼、いや今の彼女ならキランの記憶もあるのでこの世界の内情を詳しく知っていると思われるからだ。ちなみにアスモデウスは今はこの国の王女キランとしてすごしているので今後はキランと呼ぶことにする。

「で、キラン。先ほどから第一のリングから強い魔力を感じているのだけど、この魔力の周波数はもしかして」

 魔力にはその魔物が放つ独特の周波数がある。これによりどの世界の魔物かが大体わかる。数多くの異世界を旅したことのある俺にはこの周波数に馴染みがあった。

「ええ、今、この世界で起こっている最大の問題がそれです。実は第一のリングは現在、アークランド、つまり我々の故郷の魔物によって侵攻されているのです」

 ナターシャとマーベルは何を話しているのならと不思議そうな顔で俺たちを見ているが構わず話を続ける。

「これは大魔女マーベラの仕業です。マーベラはここに拠点を作り地球への侵攻を図ろうとしているのです」

 思わず出てきたその名前に俺は驚くとともに危機を感じた。大魔女マーベラ。彼女は俺の前世の肉体を屠った張本人であり、密かに世界征服を狙っている魔女である。いや、世界征服というより魔女による魔女のための世界を作り上げようとしている。元の世界であるアークランドはベルゼブブによりかろうじて難を逃れたと聞いていたが、ことあろうか次に目をつけてきたのが地球とは。キランは続ける、

「第一リングに設けられた転移ゲートは東京の町田につながっています。そのゲートを使って地球侵略を決行することが確実視されています。今は第一リングで魔物達の増殖と戦闘訓練を行なっているようです。地球への侵攻は遅くとも後半年ほどで始まると今は予測されています」

 意外と時間は残されてはいない。今や俺の第二の故郷となった地球、いや日本を守らなければならない。新たな使命、いやそれよりもマーベラとの因縁に決着をつけなければならない時が迫っているのだと自分に言い聞かせた。キランによると各リング間は転移ゲートで繋がれているが、実はそのゲートは地球の任意の地点に繋ぐこともできるそうだ。第一リングのゲートは機器の故障で東京の町田しか接続できないが、他のリングにあるそれは世界の主要都市の近郊に任意に繋ぐことができるそうだ。

 その後、俺たちは各リング同士を繋ぐ転移ゲートで第二リングにある首都エルザードに向かう。再び合流した女王達と入った部屋は体育館ほどの大きさの神殿のようなところだった。部屋の中央には大きな垂直の丸い輪があり直径は十メートルほど。これなら戦車くらいなら通れそうだ。その輪は大昔に放送されたタイムトンネルみたいな感じで輪の中は水面のように光りながら揺らいでいる。俺たちは再びゴルフカート見たいな乗り物でその中に突入する。少し目眩がしたが無事に輪をくぐり抜ける。くぐり抜けた先にも同じような部屋があったがカートはそのままその部屋を通り抜け大きめのシャッターをくぐり建物の外へと出る。

 そこにはヨーロッパの古い都市を思わせる街が広がっていた。建物自体はそれほど高くはない。煉瓦造りで10階建てくらいの高さだ。が、それが遥か彼方まで無限に連なっている。

「まるでパリね。わぁ、路面電車も通っているのね。車もそこそこ走っているし。人も多いわね」

 マーベルが少し驚きながら感想を述べる。まあ、月の中にこんな都市があるなんて誰も想像だにしないだろう。が、ナターシャが、

「月の地下都市の噂は実は米軍内では公然の秘密となっているのよ。今回のミッションでは私だけにその情報が開示されていたわ。アルテミス計画の際に小型のドローンが月の内部に放たれ、それがたまたま転移ゲートの転送ビームに巻き込まれたらしいの。そしてこの都市の映像を地球に送信したのちに消息を絶ったのよね。わずか二秒ほどの映像だったけどみんな本物かどうかかなり揉めたそうよ。でも一応都市だという結論になったわ。ある程度は予測していたけど、でもこれほどの大都市があったとは驚きだわ」

 街の中心部と思しき場所にはベルサイユ宮殿のような王宮があり、カートはその敷地に入っていく。門らしいものもなく公園のような一角に宮殿が設けられている感じだ。街の住民もここには自由に出入りできるようだ。女王が、

「この街は自由で開かれた街よ。流石に宮殿の中までは一般人の入場は無理だけど敷地は公園みたいになっているの。ここにいる人たちに悪人はいないのです」

 宮殿の入り口には衛兵らしきものもいない。が、カートが車止めに近づくとメイド服みたいなドレスを着た女性が2人出てきて宮殿の入り口の扉を開けた。入り口でカートを降り中に入る。そこは予想通りのお城の中だった。ピカピカの御影石の敷かれた大広間がすぐあり、5つの方向に放射状に伸びる広く長い廊下がある。女王はそこで別れ俺たちはそのうちの一つの廊下を案内され進む。するとまた大広間があり、ここには分厚い絨毯が敷かれていた。調度品も戦艦の中と同じように豪奢で凝った作りのものばかりだ。ソファに座るように指示されしばし待つ。するとメイド服に身を包んだ5名の若い女性が出てきた。そのうちでも年長者らしき女性が、

「お疲れでしょう。それに宇宙服ですと気が張ったままと思いますので着替えを用意しております。湯浴みの準備も整っていますのでどうぞこちらに」

 そういえば俺たちはヘルメットと生命維持装置こそ外していたが宇宙服のままだった。案内されたのは広い浴場。ローマの風呂みたいだ。お約束のライオンの口から湯がとうとうと溢れ出している。メイド達に宇宙服と中の下着を脱がされ裸となる。ナターシャとマーベルの裸も目に入る。第一印象は2人とも胸が凶器だ。推定Gカップ。スポーツブラで圧縮されていたそれが、その圧力から解放されまろび出る。その大きさと形に思わず鼻血が出そうになるが今俺は女だ。興奮を抑えねばならない。

「心頭滅却すれば火もまた涼し、南無阿弥陀仏」

 自分でも何を言っているかわからないがとりあえず何か言えば心が静まる。心が落ち着いたところで湯船に入るがほのかに桜の花の匂いがする。入浴剤でも入れているのかと思ったが違った。なんと天井は吹き抜けになっており、そこから桜の木が見える。そしてその花びらが湯船に散ってきているのだ。なんとも風情がある。ゆっくりぬくもった後は湯船の横のマットに横たわるように指示される。そしてメイド達が柔らかなヘチマで俺たちの全身を綺麗に洗ってくれる。自分でやるからとヘチマを取り上げようとするが巧みにかわされてしまった。反抗する気にもなれずなすがまま。ナターシャが、

「気持ち良すぎて寝てしまいそうね。ていうかマーベルは寝てしまったみたいね」

 見るとマーベルははしたなくもイビキをかいて寝てしまっている。まあ、疲れがどっと出たのだろう。仰向けになって寝ているが凶器である胸が天を突いている。俺がガン見しているとナターシャが、

「過ぎたるは及ばざるが如し。という日本語があるわね。マーベルとの一戦、私も見ていたけどマーベルの胸があなたと同じCカップだったら互角だと思ったわ」

 ゆっくりと顔を背ける俺であった。

 風呂から上がると新しい下着とドレスが用意されていた。見るとちゃんと地球製のブランドものだ。不思議そうな顔をしているとメイド長らしき女性が説明してくれた。

「ここの宮殿はイタリアのフィレンツェと転移ゲートでダイレクトにつながっていますから。先ほど係のものが皆様のサイズをお測りしてリナセンテ・デパートメントで購入して参りました」

 リナセンテといえばフィレンツェの有名なデパートだ。最新のイタリアファッションで俺たちは着飾られた。が、見た目が姫というか本物の姫である俺は良い。ナターシャとマーベルは軍人のせいかやたら筋骨隆隆でかなり違和感がある。細マッチョで普通の服なら問題ないが少し露出の多い服では問題がある。それに気づいたのかメイドは露出少なめのものに着替えさせた。ゆったり目のドレスであることもあり今度は問題なしだ。

 その後、ダイニングらしきところに通される。そこには食事が用意されていた。キランもやってきて会食となる。女王は忙しくて来れないとのことで会食は始まる。ごく普通のフランス料理のフルコースだ。前菜にはウニが使われており、少し地球と言うか日本が恋しくなった。肉が和牛であったのもそれに拍車をかける。最後のデザートは白玉ぜんざいにリキュールアイスが乗っかっていた。全体的に和風テイスト。食後のコーヒーを飲んでいるとキランが、

「女王陛下からの伝言ですが、ナターシャさんとマーベルさんにはこの後、米国のワシントンにつながる転移ゲートから地球に帰還してもらいます。すでに米国政府との折衝は済んでおります。そしてこの手紙を大統領にお渡しください。ここのことはすでに米国政府には知らせています。ある重大なミッションについてですがそれは大統領から知らされるでしょう。お二人にはまだまだ協力してもらわなければなりません」

 食事が終わると宮殿内の来客用の貴賓室に案内される。この後すぐにナターシャとマーベルト別れることになり簡単な挨拶を済ます。キランによると二、三日中に戻ってくるとのことでしばしの別れとなる。それにしても大統領への書簡とはどういうものだろう。それについてはキランから説明があるとのことだった。貴賓室に入ると驚いたことにメリダがいた。龍神でありかつての冒険者仲間。今は俺の秘書となっている。

「しばらくぶりです。魔王様、あ、今はユリカですね。そしてアスモデウスかしら、こんな姿になってしまったのね」

 メリダにとってもアスモデウスは旧知の仲だ。

「今はキランとしてこの国の王女をしています。アスモデウスとしての自覚はあるのですが半分近くは元の体の持ち主であるキランの意識もあるのですよ。不思議な感覚です。まるで魂が融合したみたいな」

 いつものビジネススーツでビシッと決めたメリダはいつも通りである。部屋には2人のメイドがいてお茶の準備と寝室の準備をしてくれているが、ここにいるのがまさか大魔王サタンとその部下の龍神メリダ、アスモデウスとは思いもよらないだろう。今は魔界語で話しているのでおそらく内容はわからないはずだ。

「で、メリダがここにいるわけは何なのかしら?」

「ナターシャ達が大統領に届けている書簡とも関係しているけど、事は急ぐらしいので大統領令より先に事前準備をしていこうと思ったからです。大魔女マーベラの侵攻を未然に防ぐ、というよりマーベラの息の根を止めるためね。あとはアスモデウス、あ、今はキランね。あなたから話してちょうだい」

「わかったわ。今、まさにマーベラとの最終決戦の火蓋が切られたと言っても過言ではないかしら」

 そしてアスモデウスことキランから説明されたことに俺は驚きを隠せなかった。

「大魔女マーベラはマジックキャンセルの魔法を完成させていたの」

 元々、この月の中の国ラムゼリアは魔女の国だ。中世のヨーロッパから迫害を逃れた魔女達が作った国だ。この月の中の世界は異世界とのゲートで繋がっていたせいか魔素たるマナが豊富にある。自然とこの国は魔法が普通に存在する世界となっていった。国立の魔法学院があり、そこを卒業した秀でた魔女は時々ランダムに開く異世界と繋がったゲートから侵入してくる魔物の駆除に対応していた。

「ある日、第一リングに突然、大きな異世界ゲートが開きそこからマーベラの魔物軍団が侵攻してきたの。私、キランは防衛隊の指揮官として派遣されたわ。でも全く魔法が役に立たずに重傷を負ったというわけ。マジックキャンセルの魔法陣が展開されるとまるで魔法が役に立たないの。そこで仕方なく月の前住人が残していった物理攻撃兵器を使うことにしたの。ユリカの宇宙船を攻撃した誘導ミサイルと同じね。武器庫がたまたま見つかったのはラッキーだったわ。そこには携帯型のミサイルランチャーがあったというわけ。しかもかなり大量に。今はその兵器でかろうじて魔物達を防いでいるけど残りはわずかとなったの。そこで米国政府に支援を要請したというのがことの次第」

 納得がいった。魔王たる俺が大魔女マーベラの攻撃により討ち取られたわけが。勇者剛毅との最終決戦の際に起こった大爆発。俺は咄嗟に防御の魔法陣を展開させたのだがまるで役に立たなかった。

「マジックキャンセルか。ただ物理攻撃は通じるのだな。ならやりようがある」

 俺は大魔女マーベラを討ち取るべく思案を巡らすのだった。


もう初夏ですね。服のコーディネイトが難しい季節ですね。

執筆には暑くもなく寒くもないので良い季節です。

Kindleにて他のTS作品も公開中です。こちらもよろしくね!

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