第3章:〜NPCとの遭遇と聖騎士団の襲来〜
「ぜぇ……ぜぇ……! ひ、ひぃ……!」
必死の思いで笹藪をかき分け、急斜面を駆け上がったタツヤは、倒れ込むようにして土の上にへたり込んだ。
幸いにも、あの凶悪な魔獣の足音は遠ざかり、どこかへ去っていったようだ。
タツヤは乱れた息を整えながら、両膝をガクガクと震わせた。
スウェットは泥と笹の葉だらけ、足元は右足にボロボロのスリッパが一足、左足は靴下が破れて素足が覗いている。満身創痍であった。
「ふ、ふん……命拾いしたのは奴のほうだな……。もし俺が【真の力】を解放していたら、あの程度の魔獣など一瞬で蒸発していたところだ……」
虚勢を張りつつ、タツヤはズボンのポケットを探った。
命がけで採取した『薬草』は、先ほどの逃走劇の中で跡形もなく落としてしまっていた。
「くっ、採取クエストの報酬が……! だが焦るな俺。怪我をしていないのが何よりの証拠だ。まずは人里を探そう。このエリアの近くには、きっと旅の冒険者が集まる村や、初心者を導くNPCがいるはず……!」
タツヤは立ち上がり、ヨロヨロと森の中を進んだ。
すると、少し開けた尾根沿いの木々の合間に、一本の舗装されたような平坦な道が見えてきた。
道沿いには、カラフルな大型のリュックサックを背負い、頑丈そうな登山靴を履いてペチャクチャと喋りながら歩く二人の男女の姿があった。
(……っ!?)
タツヤの目が輝いた。
(お、NPCだぁぁぁぁッ!! 旅の行商人……いや、ランクCくらいの先客冒険者パーティーか!?)
二人の人物は、四十代半ばと思われる身なりの良い夫婦だった。休日を利用してトレッキングを楽しんでいる一般の登山客である。
しかし、重度の異世界フィルターが装着されたタツヤの目には、二人が背負っている本格的な登山用バックパックが『伝説の魔法リュック(マジックバッグ)』に映り、手に持っているトレッキングポールが『精霊の魔導杖』に見えていた。
「おーい! 旅の冒険者どのーッ!」
タツヤは片足スリッパのまま、泥と草だらけの全身で大喜びしながら二人の元へ駆け寄った。
夫婦は、突然茂みから飛び出してきた怪しげな男にギョッとして足を止めた。
髪はボサボサ、スウェットは泥まみれ、片足は裸足で、泥のついた顔でニヤニヤと奇妙な笑みを浮かべている。どう見ても不審者、あるいは危険人物であった。
「う、うわっ!? な、なんだね君は!?」
旦那さんが妻を背後に庇い、手に持ったトレッキングポールを身構える。
タツヤはそのポールの構えを見て、深く頷いた。
「ふむ、さすがは上級職……! 隙のない身構えだ。安心してください、俺は怪しい者ではありません! 昨晩この近くに転移してきた者です!」
「テ、テンイ……? 君、山で迷子になったのかい? 服装も……そんな部屋着みたいな格好で……」
奥さんが引きつった顔で呟く。
タツヤはフッと鼻で笑い、腕を組んだ。
「くくく……気づきましたか。そう、俺は初期ステータスも装備も持たずにこの厳しい世界へ放り出された者。ですが安心してください! さきほど危険度Aランクの魔獣『アーマード・ボア』をソロで退治(※ただ逃げ切っただけ)してきたところです!」
「は、はあ……? ボア……? イノシシのことかい……?」
「そうです! この森の深部には、まだまだ凶悪なモンスターがうごめいています! お二人もそんな頼りない杖一本でウロウロするのは危険ですよ。ところで……ここから一番近い『冒険者ギルド』はどちらの方向にありますか?」
「……ゴー? ギルド……?」
夫婦は顔を見合わせ、完全に言葉を失っていた。
会話が全く噛み合わない。
タツヤの中では「やはり言語が通じにくい異世界特有の異文化コミュニケーションか」と納得していたが、夫婦側からすれば「山の中で頭の可笑しくなった男に絡まれている」という絶望的な恐怖しかなかった。
「あ、あのね君……僕たちはただの登山客で……ギルドとか何のことか分からないんだが……」
「ふふん、シラを切らなくても大丈夫ですよ! 俺には分かります。あなた方は初心者である俺に試練を与える『隠しクエスト発生系NPC』ですね!? さあ、どのような依頼でも受けて立ちますよ! 報酬は銀貨3枚、もしくは温かい宿屋のスープで手を打ちましょう!」
タツヤはグッと親指を立て、不敵な笑みを浮かべた。
妻が怯えた声で旦那の服の裾を引く。
「あなた……この人、なんだか様子が変よ……! 精神的におかしくなっているか、危険な薬物でもやってるんじゃ……!」
「し、静かに……刺激するな……」
旦那さんはひそひそ声で囁くと、タツヤに向かって引きつった笑みを向けた。
「あ、ああ……そうかい! クエストだね! 警察……じゃなくて、ギルドの人に連絡してあげるから、君はここで待っていなさい!」
「おお! やはり連絡手段をお持ちで! お願いします!」
旦那さんはゆっくりと距離を取りながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。
タツヤはその長方形の端末を見て、目を見開いた。
(なっ……あの光る板は……!? 超高純度の魔導石を使った通信魔道具か!? さすが異世界、魔法技術の発達が凄まじいな……!)
旦那さんは小声で緊急通報(110番)のダイヤルを押した。
「もしもし! 警察ですか!? こちら〇〇山のトレッキングコース3号線付近です! 錯乱した不審な男性が山の中にいて、支離滅裂なことを叫んで困っています! 部屋着で片足裸足で……怪我もしているかもしれません! 至急、救助と警察をお願いします!」
電話を終えた旦那さんは、タツヤに向かって大きく手を振った。
「す、すぐに助け……じゃなくて、ギルドの『聖騎士団』がやってくるからね! じっとしていてくれ!」
「聖騎士団……ッ!? いきなりクライマックス級の重要組織が登場するのか!? 素晴らしい、俺の異世界ストーリーは最高のスタートを切ったぞ!」
タツヤは感涙を流し、胸を高鳴らせたのだった。
それから約一時間後。
山道の開けた場所で、タツヤは腕を組み、仁王立ちで「聖騎士団」の到着を待っていた。
(ふふふ……きっと煌びやかな鎧を纏った美闘士の騎士団長や、可愛らしい聖女様が精鋭部隊を率いて現れるに違いない……!)
妄想はどこまでも加速していた。
すると、上空からバリバリバリバリと凄まじい風切り音が響いてきた。
ヘリコプターの回転翼が巻き起こす強風が、木々を激しく揺らす。
「ぬおっ!?? こ、これは……飛行船!? いや、伝説の巨獣『グリフォン部隊』の羽ばたきか!?」
さらに、山道の奥からガサガサと大勢の足音が近づいてきた。
現れたのは、蛍光オレンジの頑丈なジャケットを着込み、ヘルメットをかぶった筋骨隆々の男たち——山岳救助隊と警察官の集団であった。
総勢十名を超える捜索隊が、一斉にタツヤを取り囲む。
「いたぞ! 通報のあった男だ!」
「おい、動くな! 落ち着け!」
隊員たちが一斉にタツヤへと詰め寄ってきた。
タツヤの脳内フィルターは、この状況を最上級のイベントとして処理した。
(で、出たぁぁぁぁッ!? 精鋭防衛部隊『オレンジ・ナイツ』だぁぁぁッ!! なんという圧倒的な威圧感! 全員が凄腕の熟練冒険者とお見受けする!)
タツヤは感銘を受け、ばっと両手を広げた。
「歓迎感謝する、オレンジ・ナイツの諸君! 俺が異世界より降り立ちし者、タツヤだ! さあ、王都へ案内してもらおうか!」
救助隊員たちは一瞬呆気にとられたが、タツヤの支離滅裂な言動と、泥まみれの破れたスウェット、片足裸足という惨状を見て、即座に確信した。
「ダメだ、完全に熱中症か低体温症で頭が混乱している! すぐに保護しろ!」
「おい、暴れるなよ! 担架を持ってこい!」
「うおっ!? 待て、何をする!? 貴様ら、この俺を拘束しようというのか!?」
がっちりとした体格の警察官二人に両腕を脱力するように押さえ込まれ、タツヤは地面に組み伏せられた。
力ずくで押さえつけられる感触に、タツヤは焦りを募らせる。
「くっ……離せ! 俺の【隠された暗黒の封印】が解けたら、この山ごと吹き飛ぶぞ! 離さんかぁぁぁッ!!」
「よしよし、大丈夫だぞー。もう安全だからなー。毛布かけてやるからなー」
救助隊員は慣れた手つきでタツヤの暴言を適当に受け流し、彼を保温シートで包むと、手際よく担架へと固定した。
「な、なんだこの強力な拘束魔法具(保温シート)は!? 身体の脂質と体温が奪われていく……ッ!? おのれ『オレンジ・ナイツ』、俺の力を恐れてハメたな!?」
「はいはい、喋ると体力消耗するから静かにねー」
バリバリと音を立てるヘリコプターからホイストワイヤーが降ろされ、担架ごと吊り上げられるタツヤ。
眼下に広がる青々とした日本の山々を見下ろしながら、タツヤは空中で悲痛な叫びをあげた。
「覚えておけよー! 俺のレベルが上がったら、必ずこの屈辱を返してやるからなーッ!!」
ただの救助風景であるにもかかわらず、タツヤの気分は魔王軍に捕らえられた悲劇の主人公そのものであった。
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