第2章:〜採取クエストと魔獣遭遇〜
「……よし、まずはアイテムの採集だ」
タツヤは、ヨレヨレのスウェットの袖を力強く捲り上げた。
足元はボロボロのスリッパだが、気分は伝説の冒険者である。
周囲を見渡すと、足元には青々とした雑草や、奇妙な形をしたキノコ、真っ赤な実をつけた果実が群生していた。
タツヤの脳内データベースが、猛烈な勢いと都合の良い解釈で回転を始める。
(見ろ、あの緑の葉っぱ! 普通の雑草にしては緑が鮮やかすぎる。あれは絶対にHPを微回復させる『薬草』だ! そしてあの怪しげな斑点模様のキノコ……間違いなく『毒消し草』の代用品か『MP回復キノコ』! 赤い実は『HP大回復のポーション原石』に違いない!)
タツヤは膝をつき、夢中で草を毟り取り始めた。
「よしッ、薬草をひとつゲト! む、これは根っこが頑固だな……ぬぬぬ、採集スキルが低いからか!? だが俺の執念を舐めるなよ! えいっ!」
プチッと音を立てて抜けたのは、どこにでもあるオオバコとタンポポの茎だった。
しかしタツヤの目には、それがまばゆい光を放つ希少素材に見えている。
両手いっぱいに雑草と、生で食ったら確実に腹を壊しそうな毒々しいキノコ、さらには泥のついた根っこを抱え込み、タツヤは一人で満足そうに頷いた。
「ふふふ……『初心者のための採取クエスト:薬草を10束集めよ』、コンプリートだ! これをギルドに持ち込めば、銅貨数枚にはなるはず……」
言いかけて、タツヤはハッと周囲を見回した。
「……あ、そういえば冒険者ギルドがねえわ」
一人ツッコミを入れつつ、タツヤは採集した薬草(=ただの雑草)を大事そうにスウェットのポケットに突っ込んだ。入るわけがなく、大半がポロポロと地面にこぼれ落ちる。
「くっ……『無限ストレージ』がないのが悔やまれる! インベントリの容量制限がスウェットのポケット二つ分とは、初期ストレージが渋すぎるだろこのゲーム!」
文句を言いながらも、タツヤは森の奥へと足を進めた。
スリッパの底が薄いため、木の枝や小石を踏むたびに「痛っ!」「ぬおっ!」「足裏の判定厳しくない!?」と悲鳴をあげる。
しばらく進むと、鬱蒼とした森林の向こうから、ガサガサと草木を押し分けるような不穏な音が響いてきた。
タツヤはピタリと足を止めた。
(……来たッ!!)
背中に冷たい汗が走る。
音は刻一刻と近づいてくる。枝が折れる「バキッ」という重苦しい音。何者かが巨体を揺らして前進してくる地鳴りのような気配。
(間違いない……! エンカウントだ! 異世界初戦闘……!)
タツヤは唾を呑み込み、周囲の地面を急いで探した。
武器がない。
スウェットとスリッパの男に、武器などあるはずもない。
焦ったタツヤは、足元に落ちていた長さ三十センチほどの、少し乾いた木の枝を拾い上げた。
先端が少しだけ尖っている、何の変哲もないただの木の枝だ。
「よし……『初期装備:ひのきのぼう』を装備!」
タツヤは両手で『ひのきのぼう』を構え、腰を落として身構えた。
(来い……スライムか? ゴブリンか? それともいきなり中ボス級の魔獣か!? 俺の潜在能力を呼び醒ます絶好の機会だ!)
ガサッ!!
茂みが大きく割り開かれ、その「巨体」が姿を現した。
「ブフォォォォッ!!」
荒い鼻息とともに躍り出たのは、体長一メートルを超える巨大な黒い塊。
毛羽立った剛毛、鋭く伸びた牙、そして血走った赤黒い目。
(ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇッ!?)
タツヤの肝臓が跳ね上がった。
現れたのは、どう見ても野生のイノシシだった。それも発情期か腹を空かせているのか、異様な殺気を放っている大物のニホンイノシシである。
しかし、オタク知識に毒され、現実の危険動物に対する免疫がゼロのタツヤの脳内フィルターを通すと、その姿は一変した。
(で、出たぁぁぁぁッ!? 危険度Aランク魔獣『ブラッド・オーク』……いや、『アーマード・ファング・ボア』だぁぁぁッ!?)
「ブモォォォッ!」
イノシシは前足で地面を激しく掻きむしり、激しい威嚇行動をとった。
タツヤはガクガクと膝を震わせながら、ひのきのぼう(ただの枝)を前方に突き出した。
「くっ……落ち着け俺! 相手は所詮、序盤の雑魚モンスター……の形をした超危険生物! 焦るな、動きを見極めて【回避アビリティ】を発動させれば……!」
「ブフォォォッ!!」
イノシシにはタツヤの脳内設定など通じるはずもない。
突進の態勢を整えた刹那、猛烈な速度でタツヤ目掛けて突進してきた。
時速四十キロを超える弾丸のような巨体が迫る!
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?? 『超速突進』だぁぁぁぁぁッ!?」
タツヤはかっこよく横に跳躍して避ける……つもりだったが、履いていたスリッパがスポンと脱げ、ぬかるんだ土に足をとられた。
「ぶはっ!?」
盛大にズッコケ、顔面から笹の葉の群生に突っ込むタツヤ。
ドゴォォォン!!
タツヤがコンマ一秒前まで立っていた背後の樹木に、イノシシが猛スピードで激突した。
メリメリと音を立てて樹皮が弾け飛び、イノシシ自身も激しい衝撃で「ブギャッ!?」と悲鳴を上げて目を回している。
「ハぁ……ハぁ……! た、助かった……!?」
笹の葉まみれになったタツヤは、泥だらけの顔を上げた。
目の前でフラフラと千鳥足になっているイノシシを見る。
「……勝った。俺の完璧な【カウンター回避スキル】が破滅の突進を無効化したぞ……!」
完全に偶然の命拾いであるにもかかわらず、タツヤは鼻を鳴らして誇らしげに立ち上がった。
片方のスリッパは泥の中に埋もれて消えていたが、そんなことは気にも留めない。
「ふっ……覚悟しろ魔獣! これが人間に挑んだ者の末路だ! 行けッ、『ひのきのぼう』必殺撃——『ファイナル・スラッシュ』!!」
タツヤは落ちていた枝を振りかぶり、目を回しているイノシシの尻に向かって勢いよく叩きつけた。
パシッ。
なんとも情けない乾いた音が響いた。
枝はあっけなく真っ二つに折れ、タツヤの手元には十センチほどの小枝しか残らなかった。
静寂。
イノシシがゆっくりと振り返る。
その目は、先ほどまでの激突のダメージなど吹き飛んだかのように、血走った怒りで真っ赤に染まっていた。
「ブフゥゥゥゥゥッ……!!」
タツヤは折れた枝と、イノシシの牙を交互に見比べた。
「……ダメージ、ゼロ?」
イノシシが前足を深く引き、地鳴りのような唸り声をあげる。
「……ヒッ! ひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!! タイム! タイムだ魔獣! 一旦セーフティエリアに戻らせてくれぇぇぇぇッ!!」
タツヤは脱げたスリッパを放置し、裸足と片足スリッパという無様なスタイルで、全力で森の中を逆走し始めた。
「ブギャァァァァッ!!」
背後から迫る凶悪な殺気と足音。
「助けてぇぇぇ! 誰か! 勇者パーティーでも聖騎士団でもいいから救助求むぅぅぅぅッ!!」
異世界無双を夢見た男の現実は、ただの野生動物からの悲惨な逃亡劇であった。
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