嫉妬も勉強の1つ
翌日の昼休み、中庭に4人は集まりアレンは改めて二人へ視線を向ける。
セシルが「お腹減ってるんだけど」と言うがそれよりも大事なことだ。
「いいか。ルナが魔族であることも魔王の娘であることも絶対に他言するな」
「分かってるよ。せっかくルナちゃんと友達になったのに速攻で友達を失うわけにはいかないからね」
「何年も経ってるとはいえ和平が結ばれても魔族を嫌っている人もいるんでしょ?」
「ああ」
「友達とは、何をするものだ?」
「一緒に話したり、遊んだり、困っていたら助けたりかな」
「昨日からしているな」
「そうだよ、でも困ったるところを助けるフリをする人もいるから気をつけてね」
「人間は難儀だがアレンの同じような忠告をしていた。アレンの言うことは正しいことが多い」
「多い、なのか」
アレンが口を挟むと、ルナは当然のように頷いた。
「すべてではない」
「何が間違っている」
「私と恋人になる可能性を低く見積もっている」
「間違っていない」
「まだ分からないだろう?」
「分からなくていい」
昨日の悩みを掘り起こさないでほしいがルナはどんな悩みを抱えてるか知る由もない。
ミアは笑いを堪え、セシルは面白そうに二人を見ていた。
「とにかく二人以外に気づかれている可能性もある。今後は発言に気をつけろ」
「昨日はアレンも魔王城と言っていた」
「お前が何度も口にするからだ」
「つまりアレンにも責任がある」
「俺よりお前のほうが多い」
「だが半分はアレンだ」
「半分もない」
「二人とも、中庭でその話を続けるほうが危ないと思うよ。誰かいるかもしれないし周りには気をつけないと…」
ミアに言われ、アレンは口を閉じた。
一応人がいないか気をつけたが確かにその通りだった。
「食堂へ行くぞ」
「今日も私に毒見をするか?」
「しない」
「昨日はした」
「あれはお前が食べなかったからだ」
「今日は食べる。人間の料理に毒が入っていないことは分かった」
「それは成長したね」
ミアが褒めると、ルナは少しだけ胸を張った。
自慢できるほどものでもないがアレンは言わないでおく。
「私は学習が早い魔族だ」
「あれ〜?でもルナちゃん教科書は今日も忘れていたけどね」
「忘れてはいない。アレンのものを見ればよいと思った」
「それを持ってこなかったと言うんだ」
「やはり明日も見せろ」
「断る」
4人が食堂近くの中庭を通りかかった時、セシルが女子に呼び止められる。
それに便乗するかのように女子が次々に集まり、セシルが女子に埋もれていく。
「あちゃー…セシルが女子に捕まっちゃったね」
確かにセシルは、人だかりの中心で女子生徒と向き合っている。
女子生徒は緊張した面持ちで、小さな包みを抱えていた。
「セシル様、ずっと前から好きでした。よろしければ、私とお付き合いしてください」
はっきりとした告白だった。
ルナは少し離れた場所からその様子を見つめる。
「あれは告白されているのか?」
「そうだよ。セシルってアレンくんと同じくらいモテるんだよ。顔もいいからね」
「顔が良ければ何でもいいのか」
「何でもよくはないけど、最初に興味を持つきっかけにはなるんじゃない?」
「では、性格が悪くても顔が良ければ告白される?」
「セシルは性格が悪いわけではないよ。ちょっと言い方がナンパっぽくなる時とかがあって誤解されたりセシルが実は軽い男なんじゃないかって噂があったりとかはするけど誰にでも優しいから」
「十分問題があるように聞こえる」
「ルナは厳しいね」
「実際軽い男なんじゃないのか」
「アレンくんも厳しいね」
そんなセシルは女子生徒の告白を最後まで聞くと、柔らかな笑顔を浮かべた。
「気持ちは嬉しいよ。でもごめん。今は一人の相手と付き合うつもりがないんだ」
断り方は丁寧だったがその言い方だと本当に軽い男と捉えられてもおかしくない。今は恋愛する気はないのか、それともいろんな女子と遊びの関係でいたいから誰か一人と付き合う気はないのか、どちらの意味で捉えるかは人それぞれ。
女子生徒は残念そうに俯いたが、礼を言って去っていったが少し泣きそうな顔をしていた。
「断ったぞ。セシルもアレンと同様に恋する気がないのか」
「セシルは告白されても絶対に断るよ。アレンくんと同じようにね」
「なぜ誰とも付き合わない?」
「自分から本気で好きになった相手がいないからじゃない?」
「アレンと同じか」
「少し違うと思う。アレンくんは恋愛自体に興味がなくて、セシルは恋愛を楽しんでみたいけど好きになれない感じ」
「複雑だな」
「人間の恋愛は複雑なの」
「魔族も似たようなものだ」
「ルナも誰かに告白されたら断る?」
「相手によるがアレンなら絶対に受ける」
「本人の前で言うな」
アレンはため息をついた。すると今度は、少し離れた場所から別の女子生徒が近づいてきた。
淡い金髪を綺麗に結い上げた、上級貴族の令嬢だった。手には白い封筒を持っている。
「アレン様、少し、お時間をいただけますか?」
女子生徒の頬は赤く染まっている。
周囲の様子から、何を言われるのかはすぐに分かった。
「ここで構わないなら」
「できれば二人きりで……」
アレンは少し迷った。ミアがいるからといっても今ルナから離れたくない。
だが、告白する側にとって人前で話すのは酷だろう。
「分かった」
近くの木陰へ移動しようとした瞬間、制服の袖を引かれた。
振り返ると、ルナが掴んでいた。
「何だ」
「どこへ行く?」
「少し話を聞くだけだ」
「私も行く」
「来るな」
「なぜだ?」
「二人で話したいそうだ」
「私は邪魔か?」
「ああ」
アレンが正直に答えると、ルナの手から少しだけ力が抜けた。
「……そうか」
ルナは袖を離し、表情はいつもと変わらない。しかし、赤い瞳がわずかに曇ったように見えた。
アレンは気になったが、女子生徒を待たせるわけにもいかず、その場を離れた。
少し離れた木の下へ移動すると、女子生徒は深呼吸をした。
「アレン様。入学した頃から、ずっとお慕いしておりました」
予想通りだった。
次の言葉も大方予想はできる。
「あなたが勇者だからではありません。剣術の授業で怪我をした生徒をすぐ助けていた姿を見てから、ずっと……」
女子生徒は震える手で封筒を差し出した。ラブレターを渡されるのはこれで何回目だろうか。
恐らく玉砕覚悟の上で用意したのだろう。
「私と、お付き合いしていただけませんか?」
アレンは封筒を見つめた。
誠実に伝えてくれているのは分かる。だからこそ、曖昧な返事はできない。
「気持ちは嬉しい。だが、応えることはできない」
女子生徒の顔が曇る。
「理由を聞いてもよろしいですか?」
「今は恋愛をするつもりがない」
「……あの留学生の方がいるからですか?」
アレンは一瞬、ルナが頭の中に出てくる。
そのルナは遠くからこちらを見ていてミアが何か話しかけているが、ほとんど聞いていないようだった。
「ルナは関係ない」
「本当に?」
「ああ」
そう答えたはずなのに、胸の奥に引っかかるものがあった。
女子生徒は唇を噛み、やがて小さく頭を下げた。
「分かりました。困らせてしまい、申し訳ありません」
「謝る必要はない」
「お話を聞いてくださり、ありがとうございました」
彼女は封筒を胸元へ戻し、その場を去っていった。
アレンがルナたちのところへ戻ると、セシルも合流していた。
「断ったのか?」
「ああ」
「なぜ?」
「さっき話しただろう。恋愛するつもりがないからだ」
「相手は綺麗だった」
「外見だけで決めるものではない」
「性格も悪そうには見えなかった」
「少し話しただけでは分からない」
「なら、話して知ればよかったのではないか?」
ルナの声はいつもと変わらない。
それでも、質問の仕方がどこか刺々しかった。
「なぜお前が勧めるんだ」
「別に勧めてはいない」
「では何が言いたい」
「分からない」
ルナは自分の胸元へ手を当てた。
「アレンがあの女と二人で話している間、ここが変だった」
「胸が?」
「痛いわけではない。だが落ち着かなかった」
ミアが目を瞬かせてセシルは何かに気づいたように笑った。
アレンも少し遅れてその正体が何なのか分かってルナの初めての経験なのかと理解した。
「ルナちゃん、それ嫉妬じゃない?」
「嫉妬?」
「好きな相手が他の誰かと親しくしていると、嫌な気持ちになることだよ」
「なるほど。アレンが他の女と話しているのは嫌だった。告白を受けるのではないかと思ったら、さらに嫌だった」
「それが嫉妬なんだよ」
「ルナはアレンくんを取られたくないんでしょ?」
「取られたら取り返すまで」
「ルナってば強いね」
「それにアレンは私の案内役だ。監視役で護衛で困った時に助けると言った。教科書も見せるし菓子店にも連れていく」
「今後はわざと教科書忘れたら見せないからな」
「それに」
「話を無視するな」
「一緒にいると安心する。面白いし明日も隣にいてほしい。だから他の女に取られるのは嫌だ」
「うん、やっぱり嫉妬だね。嫉妬が初めて何てもしかしてルナちゃんにとってアレンは初恋?」
「その通りだ。それに昨日お父様とお母様に友達と恋人候補ができたことを手紙で送ったら褒めてくれたぞ。お父様は恋人候補については殺すと言っていたが」
「……さっさと食堂に行くぞ」
「そうだった!食べる時間無くなっちゃうよ!」
ミアがそう言うと4人は急いで食堂へ向かった。
◇◇◇
午後の授業を受けながらアレンは前の席に座ってるミアとセシルを見ながら、この二人は鋼のメンタルをしてるのかと思うようになっていた。
ルナが魔王の娘と知って驚いてはいたが…ただ驚いただけでその後はいつも通りに接している。普通もっと失礼のないように振る舞ったりするはずだし魔王の娘がどれほどの立場なのか分かるのに恐れる素振りもない。
(ルナはそんな二人のことに不満も無礼とも思ってないようだし、それに俺がどれだけ警戒してようとルナが距離を一気に縮めてきたから今更距離を空けると落ち込みそうだな)
そう考えてる間に授業終わりの合図の鐘が鳴る。
他の生徒達はぞろぞろと席を立って次の授業の準備をしたり喋ってたりと自由にしている。
「授業、難しい」
魔法理論の授業が終わった途端、ルナが机に頬杖をつきながら呟いた。
珍しくはっきりと疲れた様子を見せている。アレンは黒板に残された複雑な魔力循環式を見た。
今日の内容は、魔力を術式へ変換する際の損失を減らす方法についてだった。確かに簡単な内容ではない。
「魔法理論は難しいからな。だが、魔法を使ううえでは大事なことだ」
「なくても使える」
「使えるかどうかの話ではない。効率や安全性に関わる」
「魔力を多く出せば解決する」
「しない」
「今まで解決してきた」
魔界はそうだろうけど人間界ではそうはいかない。だがルナは本気でそう思っているらしい。
アレンは小さく息を吐いた。
おそらく魔族は、人間ほど細かな理論を重視せずに魔法を使っているのだろう。
生まれつき魔力が多く、感覚的に扱える者が多いのかもしれない。ましてやルナは魔王の娘だ。桁外れの魔力量を持っているため、多少効率が悪くても力で押し切れてしまう。
とはいえ、魔王城で何の教育も受けていなかったとは考えにくい。
「ルナは今まで何を学んできた?」
アレンが尋ねると、ルナは指を折りながら答え始めた。
「戦い方と魔法の出し方と魔界の歴史と魔界の礼儀」
「そこまでは分かる」
「あと、触ったら噛んでくる花」
「待て、最後のは何だ」
「触ると噛んでくる花だ。昨日言っただろう」
「聞き返したわけではない。なぜそれを学ぶ」
「庭に多いからだ」
「魔王城の庭に?」
「ああ、赤い花は指を噛む。青い花は腕まで飲み込もうとする。紫の花は眠らせてから地面へ埋める」
「危険すぎるだろう」
「だから触り方を学んだ」
「触らない方法ではなく?」
「触らなければ世話ができない」
ルナは当然のように言ったがそもそも魔族が花の世話をすることが想像しにくい。
どうしても魔族と聞くと野蛮なイメージが出てくる。
「魔王城では、王族も花の世話をするのか?」
「お母様が好きだからな。私もよく手伝った」
「噛まれなかったのか?」
「最初は噛まれた」
「最初は?」
「慣れるとどこを触れば噛まれないか分かる」
「花に慣れるという言葉をそんな意味で聞くとは思わなかった」
「何の話をしてるの?」
前の席に座ってるミアが振り返りながら尋ねる。
「ルナの教育についてだ」
「触ったら噛んでくる花を学んだ」
ルナが説明すると、ミアは目を輝かせた。
ミアは割と魔界に興味があるらしく偏見はないしミアみたいな人間が多かったら魔王の求める共存も今頃叶ってたんだろう。
「何それ、見てみたい!」
「やめておけ。多分俺達にとっては危ない」
「でも、ちょっと可愛くない?噛んでくる花」
「青い花は腕を飲み込むらしい」
「可愛くないね」
ミアはすぐに考えを変えた。
そこへセシルも会話へ入ってくる。
「魔界って、普通の植物はないの?」
「ある」
「例えば?」
「歩く茸」
「それは植物なのかな」
「夜になると歌う木もある」
「綺麗な歌?」
「断末魔に似ている」
「魔界の森には入りたくないな」
セシルが苦笑する。全然普通の植物ではない。
ルナは不思議そうに首を傾げた。
「慣れれば眠れる」
「慣れたくないよ」
アレンは改めてルナを見る。
「他には何を習った?」
「毒の見分け方」
「それは役に立ちそうだな」
「食べて確かめる」
「役に立たない。口に入れないために毒を見分けないと駄目だろ」
「弱い毒なら舌が痺れる。強い毒なら喉が焼ける」
「身体で覚えるな」
「解毒魔法がある」
「そういう問題ではない」
「アレンは細かいな」
「お前の教育が大雑把すぎるんだ。毒は最悪死ぬことだってあるんだぞ。もっと役立ちそうな事は学んでないのか?」
「他には、敵の首を効率よく落とす方法」
「学園で口にするな」
「捕虜を逃がさず運ぶ方法」
「それもだ」
「暗殺者を見分ける方法」
「…それは少し聞きたい」
「食事を出した時に、先に毒見を勧めてくる者は怪しい」
「自分が仕込んでいないことを示すためでは?」
「暗殺者もそう言っていた」
「実例なのか」
「ああ。3人いた」
「魔王城は日常的に暗殺者が来るのか?」
「月に一度くらい」
「多いな」
「お父様は少ないと言っていた」
「基準がおかしい」
ミアとセシルは面白そうに聞いているが、アレンは笑えなかった。
魔王の娘として大切に育てられたとは聞いていた。だが、その“大切”の基準が人間とは大きく違う。
戦い方、毒への対処、暗殺者の見分け方、危険な植物の扱い。
どれも魔王城で生きるためには必要だったのだろう。
「学問はあまり習わなかったのか?」
「魔界の歴史は習った」
「算術や文学は?」
「算術は、兵の数と兵糧の計算をした」
「日常の買い物には使えなかったな。昨日も銀貨3枚に対して金貨出そうとしていたし」
「金貨しか持たされていなかったからだ。算術はできるしちゃんと銀行というところで両替している」
「教育ではなく周囲の問題がありそうだが両替したなら買い物は大丈夫そうだな」
「それと文学は、魔王の偉業を称える詩を読んだ」
「父親を称える詩か」
「お父様が自分で選んでいた」
「随分と自己評価が高いな」
「毎年新しい詩が増える」
「誰が書いている?」
「宮廷詩人だ」
「宮廷詩人も断れないだろうなぁ」
セシルが小声で呟き、ミアが笑いを堪えた。
ルナは二人の反応が分からないらしく、真面目に続ける。
「礼儀も学んだぞ」
「魔界の礼儀は人間と違うのか?」
「少し違う」
「例えば?」
「目上の者には牙を見せない」
「人間には牙がない」
「笑った時に見えるだろう?」
「歯だ」
「同じではないのか?」
「少し違う。獣人族のほうが同じだ」
「敵意がない時は、相手の喉を見すぎない」
「なぜだ」
「狙っていると思われる」
「見るだけで?」
「魔族は喉を狙うからな」
「人間社会では絶対に言うな」
「もう言った」
「俺たちの前だけにしろ」
アレンは頭が痛くなってきた。ルナが人間社会の常識を知らないのも当然だった。
彼女は何も学んでこなかったのではない。人間社会ではほとんど役に立たないことを、徹底的に学んできたのだ。
だから人間社会について学びそびれたしアレンがいなければこうして過ごすことも難しいものになっていたはず。
「で、魔法理論は?難しいのは分かるが…」
「魔法の出し方は学んだ」
「どうやって?」
「出したいものを考えて、魔力を出す」
「それだけか?」
「それだけだ」
「術式は?」
「使わない」
「詠唱は?」
「必要ない」
「属性変換は?」
「勝手に変わる」
アレンは眉をひそめた。魔族はそんな簡単に魔法を使えるようになるのか。
しかも人間は魔法を使うのに詠唱や術式を使ったりして手間や時差が起こったりするが魔族のような魔法の出し方はまさに理想ではある。
「少し魔法を見せろ」
「ここで?」
「小さいものでいい。火を出してみろ」
ルナは片手を差し出した。次の瞬間、指先の上に黒い炎が浮かぶ。赤や青は見たことあるが黒い炎は初めて見た。
だがこれの属性は炎なのか闇なのかと考えると教室内の温度が一気に上がった。
「小さくないよ!」
「ルナちゃん消して!」
アレンは慌ててルナの手を押さえるとビックリしたルナが火傷させないように炎はすぐに消えた。
すると近くにいた生徒たちが一斉に振り返った。
「何でもない」
アレンは周囲へ言い、声を落としてルナを睨む。
「小さい火と言っただろう」
「小さかった」
「人間の感覚では大きい」
「蝋燭程度にしたぞ」
「魔界の蝋燭は何を燃やしているんだ」
「魔獣の脂」
「納得したくないが納得した」
ルナは黒板に残された理論式を見る。
簡単に魔法を出せるルナにとってこの式は難解なのもなんとなく分かる。
「この計算をしなくても出た」
「確かに出た。だが魔力を無駄に使っている」
「まだほとんど減っていない」
「お前の場合は元が多すぎるんだ」
「なら問題ない」
「問題はある。周囲に与える影響を考えろ」
「火を出しただけだ」
「机が焦げかけている」
見ると、ルナの机の端がわずかに黒くなっていた。
ルナは指で焦げ跡を擦る。
「本当だ」
「他人事のように言うな」
「弁償すればよいか?」
「そういう問題でもない」
「人間社会は、そういう問題ではないことが多いな」
「お前が力任せに解決しようとするからだ」
「では人間らしく金で解決するか?」
「嫌なとこ突いてくるな…」
ルナはしばらく黒板を見つめた後、珍しく小さく息を吐いた。
「やはり難しい」
「最初から全部理解しなくていい」
「アレンは分かるのか?」
「ああ」
「教えろ」
「授業を聞け」
「聞いたが分からなかった」
「教科書を読め」
「文字が多い」
「学問とはそういうものだ」
ルナは無言でアレンを見つめる。
見つめるだけならまだしも徐々に近づいてきてやはり距離感がおかしい。
「何だ」
「教えろ」
「なぜ俺が」
「監視役だからだ」
「魔法理論を教えることは監視に含まれない」
「護衛でもある」
「もっと含まれない」
「恋人候補でもある」
「それも関係ない」
「私達も魔法理論については教えることが出来るから協力するよ!」
「俺も教えるよ。それに女子には優しくしないと男の風上にもおけないよ」
二人がそう言うとルナは「これが友達としての助け合いか」と妙に一人で納得していた。
アレンはしばらく黙った後、机の上の教科書を開いた。
「……放課後、一時間だけだ」
「教えるのか?」
「このままでは次の授業でも同じことを言うだろう」
「言う」
「言い切るな」
「今から教えろ」
「放課後と言った」
「予習だ」
「さっき授業を受けたばかりだから復習だ」
「人間の学問は言葉まで難しい」
ルナは不満そうに教科書を見る。その横顔を見ながら、アレンは少しだけ考えを改めた。
ルナは勉強ができないわけではない。ただ、人間とは全く違う方法で育てられてきたのだ。
魔法を理論ではなく感覚で使い、危険を避けるより力で退け、礼儀より生存を優先する。
その常識を一つずつ変えるのは、簡単ではないだろう。
「まずは魔力循環からだ」
「循環ならしている」
「感覚じゃなくて説明できるようにならないといけないんだよ」
「説明できなくても使える」
「試験では説明が必要だから」
「試験?そんなの聞いていない」
「学園なのだからあるに決まっている」
「戦って勝てば合格ではないのか?」
「違う」
「魔法を見せればよいのでは?」
「筆記試験もある」
ルナの表情が初めて、はっきりと強張った。
もしかして魔界のテストは全部実技なのだろうか。
「筆記」
「ああ、実践できても言葉で説明することも大事だ」
「国を一つ消せる魔法を使えても?」
「点数にはならない」
「理不尽だ」
「学園では普通だ」
「私は人間界に来たばかりだぞ。こうなったら…答えを事前に教えろ」
「教科書に答えは載っている」
「…あっ!もしかしてカンニングをしようとしてる?ルナでもそれはしちゃいけないよ」
「カンニングしたらどうなる、鞭打ちか?処刑?」
「カンニングしたら0点だよ。努力が水の泡になっちゃうしアレンに幻滅されちゃうかもよ」
そう言われるとルナは真剣な顔でアレンの袖を掴んだ。
なぜ俺を巻き込んだと言わんばかりの目でセシルを見るが彼はニコニコしてるだけ。
「私はアレンに嫌われたくない。カンニングはしないと魔王に誓う」
「スケールがでかいな。カンニングしないならいいが」
「カンニングするくらいなら赤点取ったほうがまだ誠実だし、どのみち不正は先生にバレるから」
「うんうん、でも赤点も避けたいから頑張らないと。ちなみに赤点は30点以下が赤点だよ」
「30点か…」
「ルナちゃんの場合なら何かご褒美があればやる気は上がると思うけど」
「ご褒美か…ご褒美は欲しいものだな」
そうルナが言って考え出すとすぐに何かを閃いたようだ。
菓子店を買い取るとかしなければいいが、と思っていたら比較的平和なものだった。
「赤点回避できたら頭を撫でてほしい」
「それって私達に?」
「うむ、お父様とお母様はいつも撫でてくれたから人間界に来てから誰にも撫でてもらえてない。だからミアとセシルは私を撫でる権利をやる」
「あははっ!立場が逆転したんだけど。アレンには何してもらうの?」
「抱きしめてほしい」
「待て、なんで俺だけその役目なんだ」
「恋人候補だからこれでも譲歩してるのだぞ。結婚してほしいと考えたが譲歩に譲歩を重ねた結果だ」
「まず結婚から考えるのがよくない。撫でるくらいならいいと思っていたが抱きしめるとなると話が変わる」
「アレンはわがままなのだ!」
「だったら代替案だ。何かプレゼントを買ってやる」
「デートだな。分かったデートで手を打つ。昨日武器屋に行くの忘れていたからな」
「そういう意味で言ったんじゃないが…まだデートがマシか」
アレンは呆れながらも、わずかに笑った。
ルナがこうして試験や勉強について悩めるのもミアとセシルの存在が大きい。
アレンだけだと別の不安や学園に味方がいないストレスだって抱えるかもしれなかったが二人がルナの友達になってくれたことでルナがこうして勉強に悩むことができる。
「ところで試験っていつだ?」
「それも知らずに話してたのか」




