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いざ、学園生活!

一通り案内し終わりアレンがルナを連れて教室へ入ると、室内の空気が一瞬で変わった。

話し声が途切れ、ほとんどすべての視線がルナへ集まる。

無理もない。ただでさえ珍しい留学生であるうえに、ルナは人目を引く容姿をしている。

何より誰に見られても動じず無表情のまま立っている姿には近寄り難いほどの気品があった。

魔王城で大切に育てられた娘なのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

人間の勉強はしそびれたと言っていたがマナーは最低限学んでいるようだ。

魔界のマナーがどこまで人間界に通じるかは分からないが表向きは公爵令嬢という設定なので、その雰囲気は好都合だった。

担任教師が教卓の前に立ち、手を叩く。


「皆さん、席についてください。今日からこのクラスに留学生が加わります」


生徒たちが自由に席に着き、視線だけはルナに向けられたままだった。


「遠方のリゼル国から来られた、ルナ・ヴァレンタインさんです」


担任教師に促され、ルナが教室を見回す。

アレンは教室の後方で腕を組みながら、その様子を警戒していた。

昨日までに、教師から自己紹介の内容は教えられているはずだ。

余計なことを言わなければ問題はない。


「ルナ・ヴァレンタインだ」


最初の一言は問題なかった。


「父は魔──じゃなかった、遠方の国で大きな領地を治めている公爵で母といつも仲良しで強くて尊敬している」


アレンは魔王の姿は知っているが魔王の妻は見たことない為想像でしかないが意外と魔王夫妻はお茶目なのかもしれないと思ったが魔王を思い出してもお茶目な姿を想像できない。

それに早速魔王と言いかけたなと思いながらも修正していたので内心安堵している。


「ルナさん、趣味や好きなものを教えてもらえますか?」


挨拶がすぐに終わってしまったので担任教師が尋ねた。

ルナは少し考える。


「趣味は魔法の研究と戦闘だ」


教室がざわついた。


「戦闘?」


「公爵令嬢が?」


「意外と武闘派なのか?」


アレンは額を押さえた。

嘘ではないのだろうが、もう少し無難な答えはなかったのか。


「好きなものは菓子だ。特に昨日食べた丸くて茶色いものが気に入った」


「クッキーだ」


アレンが教えるとルナは「そうだ、クッキーというものだ」と言うので恐らく魔王の娘とはバレてはいないが世間知らずなのは少しバレてるかもしれない。


「クッキーが好きだ。それから、今のところアレンにも興味がある」


教室が静まり返った。

次の瞬間、女子生徒たちが一斉にアレンを見た。


「今のところとは何だ」


アレンは声を落として問いかけた。


「まだ会って1日目だからだ。今後、さらに興味を持つ可能性も、興味を失う可能性もある」


「そういう意味ではない。なぜ自己紹介で俺の名前を出す」


「好きなものを聞かれたからだ」


「俺は物ではない」


「では、好きな者だな」


ざわめきがさらに大きくなった。


「アレン様とどういうご関係なの?」


「今日会ったばかりだよね?」


「留学生を案内する係だって聞いたけど……」


女子生徒たちの視線が痛い。

この学園内で目立つ存在は何人かいるがそのうちの1人にアレンは含まれている。

現勇者であり、剣術も魔法も学年首席。容姿にも恵まれているため告白されないわけがない。

すべて断っているが、それでも密かに好意を寄せる女子は多い。

そんなアレンへ、現れたばかりの美しい留学生が興味を示したのだ。

騒ぎにならないはずがない。


「アレンは私の恋人候補だ」


ルナが堂々とそう宣言すると女子たちの空気はピリついた。

男子はというと「またアレン狙いか」と落胆する者や羨望してる者、諦めていない者まで様々な反応だった。


「ではルナさん好きな席へ座ってください」


担任教師が空気を変えるべく慌ててそう言うとルナは周囲の視線など気にする様子もなく、アレンの隣の席へ向かった。

そして椅子に腰を下ろすとルナは辺りを見回す。

何か気になることでもあるのだろうかと思っているとルナが小声で聞いてくる。


「アレン、この学園は貴族しかいないのか?」


「貴族だけじゃない。ここは魔法と剣術を重要視してるから勉強ができて剣術か魔法に特化していれば身分は関係ないが貴族が多いのは確かだ。それにここは魔導師とか騎士とかを育成する学園だから全員が冒険者になるわけではないからな」


「そうなのか。ギルドのクエストとかを受けて自分で鍛錬しないのか?」


「冒険者の中には学園には行かず自分で鍛錬する者もいる。だが鍛錬はともかく魔法の技術を磨いたり敵について情報を知っておく必要もあるし知識を求められる部分も多い。じゃないと最悪死ぬことだってある」


「死なないための学園なのだな」


「言い方が物騒だな。間違ってはいないが」


授業が始まると、アレンは教科書を開いた。

隣を見ると、ルナは教科書を持たず、机の上に手を置いたまま黒板を見ている。


「教科書はどうした」


「持っていない」


「配られただろう」


「部屋に置いてきた」


「なぜだ?」


「重かったからだ」


「一冊しか使わない」


「どれを使うか分からなかった。すべて持ってくると重い」


「時間割を見ろ」


「時間割とは何だ?」


アレンは頭を抱えたくなった。

人間社会の常識を知らないとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。


「これだ」


アレンは自分の手帳に挟んでいた時間割表を見せた。


「曜日ごとに授業が決まっている。この表を見て、必要な教科書だけ持ってくるんだ」


「毎日違うのか?」


「ああ」


「面倒だな。すべての教科書を常に教室へ置けばいい」


「盗まれる可能性がある」


「教科書を盗む者がいるのか?」


「滅多にいないが、絶対ではない」


「盗んだ者は処刑されるのか?」


「されない」


「片腕を落とす?」


「落とさない」


「鞭打ちか?」


「教科書一冊で重すぎる」


アレンが声を抑えて答えていると、教師がこちらへ視線を向けた。


「アレン君。授業中ですよ」


「申し訳ありません」


「私は教科書を持っていない」


ルナが正直に申告すると教師は事情を知っているためか、わずかに引きつった笑顔を浮かべた。

やはり少し魔王の娘の存在が怖いのだろうか


「今日はアレン君に見せてもらってください」


「分かった」


ルナはススス…っとアレンへ近づいた。

近すぎる。距離感も教えないといけないのか。

肩と肩が触れ合うほどの距離になり、長い髪から甘い花のような香りが漂ってくる。


「もう少し離れろ」


「教科書が見えない」


「十分見える」


「文字が小さい」


「視力が悪いのか?」


「いや、遠くの獲物もよく見える」


「なら見えるだろう」


ルナは何も答えず、教科書を覗き込んだままだった。

周囲から女子生徒たちの視線が突き刺さる。

アレンは集中しようとしたが、隣にいるルナは一向に動こうとしない。

それどころか、授業の途中でアレンのノートに視線を落とした。


「アレンの文字は綺麗だな」


「今は授業中だ」


「私の家庭教師より綺麗だ」


「静かにしろ」


「アレンは何でもできるのか?」


「何でもではない」


「苦手なものは?」


アレンは一度口を閉ざした。


「それを知ってどうする」


「監視対象の弱点を知るのは基本だ」


「監視対象はお前だ」


「私もアレンを観察している」


「なぜだ」


「興味があるからだ」


ルナは何でもないことのように答えた。

その声は小さかったが、肩がぴくりと揺れたので前の席の女子生徒には聞こえたらしい。

授業が終わる頃には、アレンとルナが特別な関係なのではないかという噂が、教室中に広がっているのが分かった。

休み時間になると、ルナの周りにはすぐに生徒たちが集まった。


「ルナちゃんって、リゼル国のどの辺りから来たの?」


「学園にはいつまでいるの?」


「好きな食べ物はクッキー以外にもある?」


「アレン様とは本当に今日会ったばかりなの?」


次々と質問され、ルナは無表情のまま全員を見回した。


「一度に話すな。誰を見ればいいか分からない」


その言葉に、生徒たちが少し気圧される。

言い方もどうにかしないと…とアレンが思いながらも様子を見てるとルナは近くにいた女子生徒を指さした。


「そこの女から話せ」


「え、わたし?」


「名前は?」


「ミア・ローゼンだよ」


「ミアだな。覚えた」


ルナは一人ずつ名前を聞き始めた。

公爵令嬢らしからぬ尊大な言い方ではあるが、本人に悪意はない。

むしろ全員の名前を真剣に覚えようとしているようだった。

ミアという女子生徒は少し戸惑いながらも、やがて笑顔になった。


「ルナちゃんは、アレン君のことが好きなの?」


「大好きだ」


本人の真横でルナは即答した。

しかし、ルナは続ける。


「アレンは興味深いし顔もいいし強そうだ。それに私を恐れているのに、放っておこうとしない」


「恐れている?」


ミアが首を傾げる。

アレンはすぐに口を挟んだ。


「ルナは強い魔法を使えるから、俺が警戒しているという意味だ」


「そうなの?」


「わたしは国を1つ――」


アレンは反射的にルナの口を手で塞いだ。

教室中が固まる。

ルナは口を塞がれたまま、赤い瞳を瞬かせた。


「冗談だ」


アレンは周囲へ向けて言った。

どうにか誤魔化さなければ…


「彼女は少し表現が大げさなんだ」


「国を1つ、何?」


「国を1つ旅して回れるほど体力がある、と言おうとしたんだ」


かなり苦しい誤魔化しだと自覚はしている。

だがルナはアレンの手の下で頷いた。話を合わせているつもりらしい。

アレンは慎重に手を離した。


「そうだ。私は国を1つ旅して回れる」


「馬車で?」


「空を飛べばすぐだ」


「ルナ」


「貴族は飛行魔法を使えるのだろう?」


「使える者もいるが、普通ではない」


また余計なことを言った。

ルナの中では、自分が普通の公爵令嬢からどれほどかけ離れているのか分かっていないらしい。

そこへ、一人の男子生徒が人の輪をかき分けて近づいてきた。

整った顔立ちをした、いかにも自信のありそうな少年だった。

名はセシル・グランツ。侯爵家の次男で、魔法の成績も優秀。学園でアレンと同じくらい目立つ存在。

金髪碧眼で王子様のような見た目で男女共に人気が高く穏やかで物腰が柔らかい。観察眼が鋭いところもあるがそしてアレンの幼馴染。


「ルナちゃん、初めまして。俺はセシル」


「先ほど名前を聞いた」


「覚えてくれたんだ。光栄だな」


セシルは柔らかな笑みを浮かべると、ルナの机へ手をついた。


「この学園で分からないことがあったら、何でも俺に聞いてくれていいよ」


「アレンに聞く」


「アレンは忙しいだろう?勇者だからね」


「私の監視で忙しい」


アレンはすぐにルナを見て学園長に人前では監視と言わないでほしいと言われたことをもう忘れている。

周囲の生徒も目を見開いた。


「監視?アレンってそんな趣味あったんだ」


セシルが面白そうに聞き返す。

そんな趣味はないしそれで変な噂が広まったら最悪だと思ったアレンはすかさず説明した。


「監視ではなく護衛だ。留学生が問題を起こさないように見守る係という意味だ」


「なるほど。だけどずっとアレンと一緒では息が詰まるだろう?放課後、王都を案内しようか」


「王都か…アレンと行く約束はしているのだが」


人間の街には強い興味があるようで、だから武器屋に誘ったのかと納得する。

セシルはその反応を見逃さなかった。


「美味しい菓子を出す店も知っているよ」


「菓子」


ルナが反応する。

魔王の娘が菓子で釣られてどうするとアレンはやはりルナの警戒心の無さに危機感を覚える。


「クッキーもある?」


「もちろん。ケーキやタルトもある」


「ケーキ」


明らかに興味を持っていた。

セシルがなぜか勝ち誇ったようにアレンを見るがアレンはそれがなんとなくムカついた。


「どうかな?」


「行く」


「待て、駄目だ」


アレンはすぐに止める。


「なぜだ?」


「さっき言っただろう。知らない人間についていくな」


「セシルは知らない人間ではない。名前を覚えた」


「名前を知っているだけだ」


「同じ教室にいる」


「それでも信用できるとは限らない」


「アレン、まるで俺が危険な男みたいじゃないか」


「違うのか?」


「心外だなあ」


笑っているが情報収集能力が高くて一時期スパイなのかとアレンは思ったこともある。

ルナの正体を知らなくても、アレンとしては二人きりにする気にはなれない。

ルナが騙される心配もある。

逆にセシルが不用意なことをして、魔法で消し飛ばされる心配もあった。


「王都へ行きたいなら、俺が案内する」


「アレンが?」


「ああ」


「菓子の店にも連れていくか?」


「必要ならな」


「ではアレンと行く」


ルナはあっさりとセシルから興味を失った。

セシルはむしろルナに興味を持ったようだ。


「即決なんだね」


「アレンのほうが信用できる」


「今日会ったばかりなのに?」


「お父様に似ているからだ」


今度はアレンの表情が固まった。

魔王と似てる勇者なんてたまったもんじゃない。


「どこがだ」


「過保護なところが」


「俺は過保護ではない」


「先ほどから私が何かするたびに止めている」


「お前が正体を漏らしかけるからだ」


「それを過保護と言うのではないか?」


「違う。護衛だ」


「二人とも、やっぱり親しそうだね」


二人がコソコソと話している様子をセシルが見ながら笑っている。

ルナは少し考えた後、アレンへ尋ねた。


「親しいとは、どの程度から親しいのだ?」


「人による」


「私はアレンと親しいか?」


「今日会ったばかりだ」


「だが、手を繋いだ」


「握手だ」


「事実だろう?」


「事実でも誤解を招く」


「アレンは私に近づいた男を追い払い、菓子を食べに連れていくと約束し、常に隣にいる。これは恋人というものではないのか?」


「違う」


「そうなのか」


ルナは無表情のままだったが、ほんの少しだけ残念そうに見えた。

アレンは一瞬、言葉に詰まる。

だが周囲から向けられる視線に気づき、すぐに気を取り直した。


「俺はお前の案内役と護衛だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「今だけだろう?」


「なんで今だけなんだ」


「今は案内役と護衛だが、今後は変わる可能性があるのだろう?」


ルナが真っすぐに尋ねる。

教室中がアレンの返事を待っていた。


「……知らない」


断言すればいいだけのはずだった。

それなのに、なぜか即座に否定することができなかった。

ルナはその答えを聞くと、小さく頷いた。


「そうか。では観察を続ける」


「何をだ」


「アレンは私の恋人候補だからアレンのことをもっと知る必要がある」


「勝手に候補にするな」


「アレンもわたしを監視している。お互い様だ」


「全く違う」


ルナは納得していないようだったが、それ以上は言わなかった。


◇◇◇


昼休みになると、アレンはルナを食堂へ連れていった。

放っておけば何を注文するか分からないし食べ物の値段や金銭感覚も怪しい。

魔王夫妻がどこまで教えているのかも不明なのでルナを1人にできない


「好きなものを選べ。ただし、食べきれる量にしろ」


「どれが美味しい?」


「人による」


「アレンは何を食べる?」


「日替わり定食だ」


「では私もそれにする」


ルナはアレンの見様見真似で注文しアレンは安堵したが、料理を受け取ったルナは食堂内を見回した。

食堂は広いがテラス席は埋まっていてたまたま空いてた二人席に移動する。


「皆、毒見をせずに食べているな」


「普通はしない」


「毒が入っていたらどうする?」


「学園の食堂に毒を入れる者はいない」


「なぜ分かる?」


「毎日誰かが毒を入れていたら、学園はとっくに閉鎖されている」


「なるほど」


二人が席につくと、ルナは料理をじっと見つめた。

肉と野菜の煮込み、パン、スープ、どれも一般的な料理だ。

パンとスープはおかわり自由。


「食べないのか?」


「毒見は?」


「必要ない」


「魔王城では必ずあった」


「ここは魔王城ではない」


ルナはまだ料理に手をつけなかった。

人間を恐ろしい生き物だと教えられてきたのだから、食事に警戒するのも無理はないのかもしれない。

アレンは自分の皿から煮込みを一口食べた。


「ほら。毒は入っていない」


ルナはアレンが食べた様子を確認した後、ようやくスプーンを手に取った。

一口食べるまでもかなり警戒していてようやく口に入れた。


「どうだ?」


「美味しい」


「そうか」


「だが、魔王城の料理より味が薄い」


「人間の料理は全部同じ味ではない」


「では、もっと美味しいものもあるのか?」


「あるだろうな」


「クッキー以外の菓子は、これより美味しいか?」


「甘いものと比べるな」


ルナは食事を続けながら、周囲を観察していた。

楽しそうに話す生徒たち。

友人同士で料理を分け合う女子生徒。

パンを取り合って騒ぐ男子生徒。

その1つ1つが珍しいらしい。


「あれは何をしている?」


ルナが隣の席を指した。

女子生徒が自分の皿から一口分を取り、友人の口元へ差し出している。


「食べさせているだけだ」


「親しい者同士でするのか?」


「そういう場合が多いな」


「なるほど」


ルナは自分の皿から肉を一切れすくった。

そして、それをアレンの口元へ差し出す。


「食べろ」


「なぜそうなる」


「親しい者同士でするのだろう?」


「俺たちは今日会ったばかりだ」


「先ほど親しいかと聞いた時、明確に否定しなかった」


「それは…今日会ったばかりだと言っただろ。まだ親しくないって意味だ」


「では、親しくなるために食べさせる」


「順番がおかしい」


「口を開けろ」


「自分で食べろ」


アレンが拒否しても、ルナはスプーンを下げない。

周囲の生徒たちがこちらをチラチラと見始めている。目立つのは避けたい。

だが、ここで食べれば別の意味で目立つ。


「アレン」


「何だ」


「冷める」


「お前が食べろ」


「私が差し出したものは食べられないのか?」


ルナの声も表情も変わらない。

けれど、ほんのわずかに瞳が曇ったように見えた。


「……一口だけだぞ」


根負けしたアレンが口を開くと、ルナは肉を食べさせた。

途端に周囲がざわめく。


「本当に食べた……」


「アレン様が?」


「今まで女子の誘いを全部断っていたのに」


何も聞こえなかったことにしたかった。

ルナは本当に純粋に親しくなろうとしているのにそんな気持ちを無下にできない。


「これで親しくなったか?」


「食べさせた程度で関係は変わらない」


「では、もう一口」


「もういい」


「二口なら変わるかもしれない」


「変わらない」


ルナは少し考えた後、自分でその肉を食べた。


「人間の恋愛は難しいな」


「なぜ恋愛の話になる」


「親しくなる方法を調べている」


「俺以外で試せ」


言った直後、アレンは余計なことを言ったと気づいた。

ルナは別の席の男子生徒を見た。


「では、あの者に――」


「やめろ」


「なぜだ?」


「知らない相手に食べさせるものではない」


「アレンはいいのか?」


「俺は監視…護衛だから仕方なく付き合っているだけだ」


「やはり私にはアレンしかいないな」


「その結論になるな」


食事を終える頃には、ルナとアレンが食べさせ合うほど親密だという噂が、食堂中に広がっていた。

アレンは今日だけで何度目か分からないため息をつく。

魔王の娘を監視する。それだけの任務だったはずだ。

しかし実際には正体を隠し、人間社会の常識を教え、知らない男についていかないよう注意し、食事の仕方まで世話をしている。

監視というより、子守りに近い。


「アレン」


「今度は何だ」


「午後の授業では、どの教科書を使う?」


「時間割を見ろ」


「持っていない」


「あとで写してやる」


「ありがとう」


ルナはほんのわずかに目元を和らげた。

一瞬だけだったが、それはルナの笑顔に近い表情だった。

アレンは思わず見つめる。


「どうした?」


「いや」


「私の顔に何かついているか?」


「何もない」


「では、なぜ見ていた?」


「確認しただけだ」


「何を?」


「お前が本当に魔王の娘なのかを」


「何度も確認しているな」


「ああ」


魔王の娘。国一つを消し去れるほどの力を持つ、警戒すべき存在。

その認識は今も変わっていない。

それなのに、アレンの中では少しずつ別の印象が大きくなっていた。

危険というより、危なっかしい。

恐ろしいというより、目が離せない。


そして無表情で何を考えているか分からないと思っていたが、よく見れば意外と感情は分かりやすい。

菓子の話をすれば瞳が輝く。

拒絶されればわずかに曇る。

褒められれば嬉しそうにする。


「アレン」


「何だ」


「午後も隣で教科書を見せろ」


「…清々しいほどに図々しい頼み方だな」


「図々しくない。それにアレンの隣のほうが見やすい」


「近すぎるんだ」


「わたしは嫌ではない」


「俺が嫌だ」


ルナはアレンをじっと見た。


「本当に嫌なのか?」


真っすぐ問われ、アレンはまた言葉に詰まった。


「……授業に集中できない」


「つまり、私が近いと気になるのか?」


「そういう意味ではない」


「では、どういう意味だ?」


「説明する必要はない」


「人間はすぐに説明をやめるな」


「お前が妙な解釈をするからだ」


ルナは少し考えた後、静かに頷いた。


「分かった。午後も近くに座る」


「何も分かっていないだろう」


監視対象に振り回されながら、アレンの学園生活はこれまでとは全く違うものになり始めていた。

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