初めての学園案内
学園の校舎を出ると、朝の陽射しが中庭を明るく照らしていた。
ルナの髪が風になびき、アレンの黒髪も風で揺れる。
アレンはルナの少し前を歩きながら、学園内を案内していく。
「こっちが中庭だ。昼休みになると生徒が集まることがある」
「広いな。ここで集まって何をするのだ」
「友人と昼食を食べたり昼寝したりとかだな。もちろん食堂はあるからほとんどは食堂で食べるんだが、食堂でランチボックスを頼んでここで食べる人もいる」
「なるほど。ベンチもあって噴水もあってなかなか良い所だ」
ルナはキョロキョロと周囲を見回している。
ここまで来るのにすれ違う生徒たちは自然と足を止めていた。
既にルナに関しての噂は広まっているようでどうやら「謎の美少女令嬢とあのアレンが仲良く手を繋いでいる」という内容になってるらしいが手は繋いでいない。ルナが袖を掴んでるだけ。
「あれが新しい留学生?」
「すごく綺麗……」
「アレン様と一緒に歩いてる……」
女子は羨望の眼差しを向け、中には嫉妬を隠せない者もいる。
一方、男子は…
「なんだあの美人……」
「公爵令嬢って本当か?」
「近寄りがたいけど、めちゃくちゃ綺麗だ……」
何人もの男子が視線を奪われていた。
しかし当の本人は、そんなことには一切気付いていない。
いつ口を滑らせるのか肝を冷やすので、この時間は人がいない静かな中庭を案内することにしたがルナは気に入ってる様子。
するとルナは花壇の前でぴたりと立ち止まった。
「アレン」
「なんだ」
「この花は噛む?」
「……は?」
思わず聞き返した。
そんな花は初耳だし危険すぎる。
「噛む花なんてあるのか?」
「魔界にはある。噛まれたら痛いぞ、人間は痛いだけじゃ済まないが」
「あるのか…って、おい」
アレンは反射的に周囲を見回した。
幸い、近くに人はいない。
それでも声を潜める。
「今は俺しかいないからいいが、人がいるところで魔界の話はするな」
「?」
「まだ魔族は人間に受け入れられてるわけじゃない。信用できる相手にだけ話せ」
ルナは少し考え込むように黙り、すぐに何か閃く。
「つまり、まずは友達を作れということだな」
「……まあ、そういうことだ」
少し意味は違う気もしたが、大きく間違ってはいない。
友達がいたほうがここで過ごすのに違和感はないはず。
「アレンは友達」
「違う。俺は護衛であって友達ではない」
「なら恋人か」
「話を聞け。さっき護衛だと言ったばかりだろ」
「さすがに出会ったばかりだし恋人候補にするか」
「聞け」
ルナの中ではもう恋人候補に認定されているようで今は花壇の花を眺めている。
まだ出会って数分しか経ってないのに好みと言われて恋人候補に認定されるなど初めてだが、もし拒否して暴れられたら困るのであまり強く否定しないことにした。
「あと、勝手にここの花は摘むなよ」
「わかった」
即答だった。言い訳もしないし反発もしない。
(……変だ)とアレンは心の中で呟く。
魔王の娘なら高圧的で傲慢な部分をそろそろ出すんじゃないかと思っていたが全然ボロを出さない。
魔族は人間を見下し、命など虫けら程度にしか考えていない存在ではないのだろうか。
少なくとも目の前の少女は違う。
知らないことが多いだけで、教えれば素直に聞く。
いや、素直すぎる。
警戒心がまるでないのは心配だ。
「アレン、これを見ろ」
ルナが袖を軽く引く。
指差した先には、1匹の蝶が花から花へと飛び回っていた。
羽が陽の光を受けて虹色にきらめく。
「羽が光ってる」
「普通の蝶だな」
「蝶か」
ルナは目を細めた。
その無表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「人間界の蝶は綺麗だな」
その一言は、どこか純粋な感動を含んでいた。
(……本当に魔王の娘なのか?)
そんな疑問が、思わず頭をよぎる。
その瞬間だった。
ビリッ――
空気が震えた。
「!」
花壇の花びらが一斉に揺れる。近くの木々がざわめき、葉が何枚も舞い上がる。
肌を刺すような圧力、それはほんの一瞬だった。
アレンは反射的に剣の柄へ手を伸ばえる。
視線はルナから一瞬たりとも逸らさない。
だが、ルナ本人も目を丸くしていた。
「あ」
小さく声を漏らす。
次の瞬間には胸へ手を当て、深く息を吐いた。
「すまない」
漏れ出した魔力が急速に収束していく。
数秒もしないうちに空気は元へ戻った。
静寂だけが残る。
しかし、アレンの額には冷や汗が流れていた。
(今ので……これだけか)
攻撃ではない。
威嚇でもない。
怒りですらない。
ただ感情が少し動き、魔力が漏れただけ。
それだけで、この圧力。
(父上の言っていた通りだ……)
本気になればこの少女は、本当に国を一つ滅ぼせるのかもしれない。
だからこそ、決して目を離してはいけない。
勇者として。
護衛として。
その決意を新たにした。
一方でルナは肩を落とし、しゅんと俯いていた。
「……怒ったか?」
不安そうな声だった。
わざとじゃないとはいえルナはつい気が緩んだだけ。
「いや、怒ってない」
アレンは短く答える。
するとルナは小さく息を吐いた。
「お父様にもよく怒られる」
「?」
「興奮すると魔力が漏れるから気をつけろ、と」
そう言って困ったように視線を逸らす。
「嬉しくても驚いてもつい漏れる」
「……癖みたいなものか」
「そうかもしれない」
しょんぼりした様子は、叱られた子どものようだった。
アレンは少しだけ考え、
「……気を付けろ」
それだけを告げる。
「努力する」
返ってきたのは短い返事。
だが、その声には反省の色が滲んでいた。
アレンは小さく息をつく。
(強すぎるのに……危なっかしい)
それがこの日新たに抱いた、魔王の娘ルナへの印象だった。
そんなことを思っているとルナは蝶を追いかけ始めたものの前を見ずに蝶だけを見ていて噴水にダイブしそうになったところをアレンがルナを捕まえてなんとか阻止する。
(父上がルナのことを悪い子ではないと言っていたのは本当なのかもしれない。だがここまで世話が焼けるのは聞いていない…!)
「アレン助かった」
「ちゃんと前を見ろ。魔力は漏れるし噴水に飛び込もうとするし」
「魔力漏れは頑張って抑える。せっかく角とか羽を隠して耳も人間と同じ形にしてるのに魔力でバレたら元も子もない。お父様からは学園卒業するまでは信用できる友達ができるまでバレないようにと言われているからな。ちなみにアレンは恋人候補だから友達カウントしていない」
「恋人候補も認めていないけどな」
「やはり恋人にするか」
「ランクアップするな。というかルナは学園卒業したら戻るのか?」
この学園は5年制で既にアレンは2年過ごしている。
アレンに合わせているのでルナも3年生ということになっているので学園を共に過ごすのはあと3年間。
しかも3年生は1番忙しい時期で18歳は学園行事もだがデビュタントも控えている。
「一応だ。私は和平の証としてここにいるが人間界は魔族と共存出来そうかどうかも報告しなければいけないから。それからお父様とお母様が人間界が魔族にとって共存できるかとか判断して安全だと分かれば行き来できるし危険だと判断されたら許可が出るまで人間界には行けなくなる」
「共存か…随分前向きな考えだが魔族にとっても人間を受け入れるのは難しいんじゃないのか?さっきルナが言ってた『人間は魔族を見つければ皮を剥ぎ、骨を飾り、肉を煮込んで食べる』ってイメージなら尚更だが」
「それはまだ和平が結ばれる前に言われてたことだから仕方がないが魔族は単純だ。人間と争ってたからこそ人間について悪いイメージをつけるために言っていた事だと思う。私も人間界に興味はあったがお父様にそう言われて人間は恐ろしい生き物と思っていたが実際会ってみるとそうでもない。それに和平が結ばれてる今は人間のことを知ろうとする魔族がいっぱいいる。私は人間について勉強しそびれていたが」
単純なのはルナだけなんじゃないかとアレンは思ったが言わないでおいた。
だがルナの話が事実なら魔族はもう人間と仲良くなる為の準備を進めているのに人間は未だに魔族を敵だという認識が抜けていない。
もちろん魔族に興味を持ってたり仲良くしようとする人間もいるが十数年経ってもこのギクシャクした関係なのは歩み寄ろうとしている人間が少ないのも原因なのかもしれない。
だが実際、ギルドや冒険者がまだ存在しているのはダンジョンや森で魔物が襲ってくるからであってそれも原因で未だに共存など実現していない。
「せめて学園でも武器を装備しなくても良いようにしなければいけないな」
ルナはアレンの腰にある帯刀しているアレンの剣を見ながら言う。
本来学園では武器は使うとき以外は亜空間に仕舞って必要なときに召喚するのだが今日からアレンは特別に帯刀するのが許されている。
ルナの護衛なのでルナの身に何かあったらすぐ対処できるようにと学園長が許可した。
「ルナの護衛だから帯刀してるだけでルナを警戒しているわけではない。それにルナの行動を見てると帯刀していたほうがいいと俺も思っている」
「私は安全な魔族だ」
「それは分かっている。敵意はないし攻撃してくる素振りもない。ただルナが危なっかしいから帯刀しているんだ」
「だがその武器Aランクの剣で名無しなのはアレンに勿体無い。てっきり聖剣でも持ってるのかと思っていたがアレンならもっと強い武器のほうがいい」
「聖剣は父上でも見つけられなかったしSランクの名付けできる剣は武器屋に置いてないから手にすること自体難しいのはさすがに知ってるだろ?」
「知ってるがアレンが今の勇者だからてっきり持ってるかと思っていたのだが…ちなみに私の武器は名前付きだ」
そう言ってルナの手元に大鎌が現れるとルナはその武器を愛でる。
相当気に入って愛用しているのが分かるが愛でられたとき大鎌が返事をするように震えたのは気のせいだろうか。
「今度アレンと一緒に武器屋を見に行くか」
そう言われて王都にルナを連れて行くのは多少不安はあるが制限するとそれこそストレスが溜まって暴走されたら困るし、勝手に行って悪い奴に騙されてついて行く未来を容易に想像できる。
「そうだな。いつか一緒に行くか」
「本当か!アレンとデートできる」
そう嬉しそうにして言うのでそれが目的だったのかと今更罠に嵌められたことに気づく。
今度は魔力漏れを起こしていない。上手く制御しているようだ。
「ルナはもしかして魔力漏れをしないように制御に集中してたから無表情だったのか?」
「それもあるが元からだ。表情に出にくいだけで感情はある。だがよく気付いたな、恋人候補にしておくのが勿体無い。恋人にするか」
「遠慮しておく」
そう言うとルナはちょっと不貞腐れる。
思っていたよりルナは感情豊かなのかもしれないとアレンは思った。




