最初の来店はお得意さん
店のOPEN後、しばらくは閑古鳥が鳴くといっていいくらいに客は来なかった。
まあそもそも普段あまり宣伝をしていない錬金術士のアトリエなんてものはそんなものだ。
そのうえ、アレイシアは美人ではあるが性格はめんどくさがりで偏屈な部分がある為、客からの印象が良いとはあまり言えず、それに需要がそもそもアヨティスの需要に合っていない。
そして更に、ちゃんと営業許可は取っているとはいえまだアレイシアは学院生である。
錬金術士には当然プロの経営者の大人だって居る。
そういう人達の方が、一品物を作るタイプの錬金術士の中では信頼があるのは当たり前と言えるだろう。
学院の教師陣や錬金術の研究員からは、「非常に独創的で斬新、性能も申し分ない、プロの錬金術士に負けない天才かもしれない」と、その製造品自体はかなり評判が良い。
なので、真面目にやればもっと賑わう可能性はあるが……。
アレイシアにとっての錬金術の大事なことは、深奥を追究する事である。
その研究の時間が減るのはなんか気が進まないし、そもそもアレイシアは煩いのはあまり好きではない。
なのでほどほどに客が来て、食事に困らないくらいに稼ぎが有れば良いのだ。
まあ、お金に困ったら流石に本腰を入れて営業活動もしたりする事になるだろうが、そこに関してはまあ仕方ないと割り切っている。
とりあえず、今はこれでいいのだ。
「お、アレイシアちゃん、開いてるかい?」
「あら、カインドさん、いらっしゃい。」
そんな時に来たのは近所のカインド、という中年の女性だ。
カインドはアレイシアが引っ越してきて以来、近所という事で世話を焼いてくれたり、仕事の紹介をしてくれる、まさに近所の世話焼きおばちゃん、という感じだ。
アレイシアの祖母とも面識があるらしく、その縁も有ってか、アレイシアににこにこといつも歳に反して元気に溢れた表情でいつもアレイシアに接する。
アレイシアも恩を仇で返すような事はしないので、カインドの依頼には出来るだけ応えたり。時には依頼料を安くしたりとサービスしていた。
要するに、この店の数少ない常連客、というわけだ。
もちろんカインドの方もそれを横柄な態度を取ったりしないので客としては良好な関係を築いている。
「開店しているか聞いてきた……ってことは、何か依頼ですか?」
「そうそう、これを旦那から頼まれてね。少し数が多いけれど、頼めるかい?」
「どれどれ……。」
アレイシアは眼鏡をかけて渡されたメモを読む。
アレイシアは別に目が悪いわけではないが、それでも視力の補正や眼精疲労軽減の為にこうやって眼鏡を掛ける事もある。
書いてあるメモには、「頑丈な木の板、柔軟な木の板、研磨した岩、鉄板、それぞれ5つ」、と書かれていた。
一見すると、錬金術士に頼む内容ではない。
木材は林業の人間に、岩は石材を取り扱う人間に、鉄は製鉄の人間に。
それぞれ、専門の職種に頼めば良いものに見える。
だが……。
「なるほどね……いいですよ、これくらいなら多分一日で作れます。先に依頼が入っているので、受け取りは明日になりますけど……旦那さんに頼まれたって事は仕事の資材ですよね?」
「そうそ、いつも通りね!だから前に買った鞄に入れて持っていくよ!」
「なら鞄の用意代金は引いて……大体これくらいになりますね。」
「問題ないよ、じゃあ、よろしくね!」
サラサラと書いたメモに書かれた値段を見てカインドは頷くと、依頼書に慣れた手つきで記入して帰って行った。
「さて……じゃあ、早速依頼の準備をするかしら。確かこれくらいなら素材は残ってた筈……。」
そう独り言を言いながら、アトリエの錬金室に入る。
錬金室。
それは、ある意味錬金術士にとって、命よりも大事な二つの部屋。
自分の錬金術を研究の研鑽を重ねた研究資料室と、その研究の実践を積み重ねる場所。
当然、それはアレイシアも例外では無い。
アレイシアのアトリエには、特殊な合金の釜の中に魔力を纏った水を張った、錬金釜式の錬金設備がある。
錬金術を使うやり方には幾つか方法があるが、この錬金釜式は錬金術の中でも比較的ポピュラーなやり方だ。
なによりこの錬金釜式は、汎用性が高い。
これを用意するには資金がかかるが、これが有ればよほど大きな爆発事故でも起こさない限りは簡単には壊れないし、これ一つあれば大体の物は作れてしまう。
更に、錬金釜式は、良い状態の物を作るのに向いている。
なので、錬金術士の中でもお金がある錬金術士は、複数の錬金方法を運用し、品質の高いアイテムを作る時は錬金釜を使うという場合もある。
アレイシアのアトリエにあるこの錬金釜は、言うまでもなく祖母からの遺産だ。
一応家にも錬金釜があったので、基礎の練習をしてはいたのだが、実家の錬金釜は見習いや子ども用の小型の釜だったので複雑な調合は出来なかった。
「さて、まずは……。」
依頼されたもののうち、まずは簡単に作れる木の板二種類を作る為の素材を棚から引き出す。
先程も上げたとおり、普通は錬金術士に頼む依頼の内容ではない。
しかもカインドの旦那は、研究棟の、建設関連の研究者だ。
素材の加工に関しては、厳しい目で見る。
研究や建設に使うのなら尚更だ。
だが、それでもアレイシアに依頼をするのは、アレイシアの錬金術が他の錬金術士では難しい内容であるからだ。
「まず頑丈な木の板の方は、カチコチ杉の木材を基本に入れて……木材を硬くする方向なら、多分圧縮と形状の変化をしない為の素材だから、次に壊れたガラクタ……時計のガラクタがあったわね、これを入れて……圧縮対策は、万年氷の一部を入れて……。」
木の板を作る、という点において、基本となる素材jは当然ながら木だ。
だから木材を入れる。
次に形状の記憶、という性質を持たせるのだが、これは錬金術士によってやり方が分かれるであろう。
アレイシアの場合は、「停止した時間」、「積み重なった記憶」という特性を持つ、壊れた時計のガラクタを入れてその性質を持たせる。
そして圧縮の性質だが、万年氷は、「圧縮を繰り返して体積を変えない」という特性を持つ。
素材としては少し高めの素材だが、かなり使いやすい素材だ。
「後は……力仕事ね……っと。」
素材を入れ終われば、杖の先端を釜に入れてこぼさないようにしながら、自身の魔力を込めながら素材を混ぜる。
あまり肉体労働は得意ではないアレイシアだが、錬金術士として必要な戦闘術と、釜を混ぜ続ける体力はつけた。
なので、魔力と集中力、そして完成品のイメージをしながら素材を混ぜていく。
まず、試作に一つ。
杖に魔力を込めて、釜の中で出来た木材を引っ張り上げる。
木材は、水の中にあった筈なのに錬金術で作られた為、全く濡れていない。
コンコン、とノックのように軽く表面を叩いてみる。
(よし、硬さ十分。ならこのままいこう)
試作品がしっかり出来ていた事を確かめると、素材を加工の余裕があるように大きくして、硬さも損なわず、5枚分作る為の素材を入れながら混ぜていく。
そう、アレイシアの錬金術は、こういった、「性質を持たせた、マジックアイテムではない素材や物質」の制作が得意なのだ。
これは、意外にも他の錬金術士で出来る人間があまり居ない。
というのも、基本的には、性質や特性を持たせる、という作業はマジックアイテムに使う作業工程である。
なので、それ以外の物を作る時にそういう事をしようという錬金術士はあまり居ない……というか、そもそもマジックアイテムやポーション以外でそういう物作りをしようとする人間があまり居ないのだ。
まさに錬金術士の隙間に出来た仕事をするのがアレイシアの主な仕事なのである。
学院の教師陣や研究員の一部からは勿体ない、と思われることもある。
せっかく、超一級品のマジックアイテムを作れる才能があるのに、それを主にすれば大金持ちも間違いないのに、と。
だが、アレイシアには思う事があるのだ。
アレイシアにとって、大事なのは、錬金術で困る人達を助ける事。
そして、錬金術の深奥を極める事。
それは、色んな人が同じ道を辿るだけではなく、自分のように違う道を辿りながら目指す人物が居る事も大事なのではないか、と。
だから、これは他人の為でもあり、自分の為でもあるのだ。
「……ふう。よし、出来た。」
頑丈な木の板を作り終えて、その出来に安心の一息をつく。
仕事ならば、しっかりとやりぬく。
それはアレイシアのポリシーだ。
次は柔軟な木の板。
多分これを作る頃にはアルモニアも戻ってくるだろうと思いながら、アレイシアは次の錬金の準備を始めるのであった。




